『永遠のおでかけ』

一条真也です。
いよいよ今年も残すところわずかですが、125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。同紙に連載中の「ハートフル・ブックス」の第129回が掲載されています。今回は、『永遠のおでかけ』益田ミリ著(毎日新聞出版)を取り上げました。

f:id:shins2m:20181228165713j:plainサンデー新聞」2019年1月1日号

 

わたしはグリーフケアについての研究と実践を心がけているのですが、その活動の中で出合ったエッセイ集です。グリーフケアの最大のテーマが死別の悲嘆への対処なのですが、そのヒントがたくさんありました。著者は1969年大阪府生まれのイラストレーター。主な著書に『今日の人生』(ミシマ社)、『美しいものを見に行くツアーひとり参加』(幻冬舎)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)などがあります。

 

本書には、著者の父親との別れが描かれていますが、そのプレリュードとして、「叔父さん」というエッセイで、著者の叔父との別れが綴られています。子供がいなかった叔父は、姪っ子たちをわが子のように可愛がってくれましたが、その中でも著者は叔父との関わりが最も少なかったといいます。それでも、叔父が亡くなったときは、深い悲しみを経験しました。

 

著者は次のように書いています。
「お通夜やお葬式でも、わたしなどが、叔父との思い出話をする立場ではないように思えた。だから、なにも言わずにおいた。泣く資格さえないかもしれないとまで思った。なのに、涙は次から次から溢れた。みな驚いていたかもしれない。わたしなりに、やさしかった叔父さんのことが大好きだったのだ」

 

「美しい夕焼け」というエッセイでは、母親からの電話で父親の訃報に接した様子が描写されています。実家に向かう新幹線の中で、著者は涙が止まりませんでした。
しかし、いろんなことを並行して考えている自分にも気づいていたそうです。その日の朝早く、原稿を送っておいて良かった、とか。父の体調を配慮して断るつもりだった旅行記の仕事をやっぱり受けようかな、とか。車内販売のコーヒーを飲みたい、とか。

 

そんな著者は「悲しみには強弱があった」として、次のように書いています。
「まるでピアノの調べのように、わたしの中で大きくなったり、小さくなったり、大きくなったときには泣いてしまう。時が過ぎれば、そんな波もなくなるのだろうという予感とともに悲しんでいるのである。雲がかかっており、残念ながら新幹線から富士山は見られなかった。その代わり、オレンジ色の美しい夕焼けが広がっていた。窓に額をくっつけて眺めていた。こんなにきれいな夕焼けも、もう父は見ることができない。死とはそういうものなのだと改めて思う」

 

本書を読んで、わたしはしみじみと感動をおぼえましたが、生前の父親が祖父の思い出話をしたとき、著者にとって印象の薄かった祖父がいきいきと動き出したというくだりが一番好きです。生者の思い出によって、死者は生きるのです。

 

永遠のおでかけ

永遠のおでかけ

 

 



2018年12月29日 一条真也

なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり(上杉鷹山)

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今回の名言は、米沢藩9代藩主上杉鷹山の言葉です。
ブログ「上杉神社」で紹介した米沢の神社には、鷹山の「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」の歌碑があります。


上杉鷹山公歌碑

 

米沢藩は、かの有名な戦国武将上杉謙信を藩祖とする上杉家が国替や改易されずに明治維新まで治世していた藩です。その9代藩主である上杉鷹山は江戸時代における屈指の名君として知られています。鷹山は、寛延4年(1751年)の生まれですが、もともと上杉家の嫡男ではなく、日向国(現在の宮崎県)高鍋藩主である秋月種美の次男でした。
宝暦10年(1760年)、10歳の時に米沢藩8代藩主である上杉重定の娘幸姫の婿養子となり17歳で家督を相続します。

 

しかし、当時の米沢藩は深刻な財政難に陥っていました。鷹山は、この厳しい状況を打開し米沢藩を復興していく覚悟を誓詞にしたため、春日神社と白子神社に奉納しています。
誓詞の内容は「藩主は民の父母であるという心構えを第一とする」「学問・武術を怠らない」「質素・倹約を心掛ける」「厳正な賞罰をおこなう」というものでした。


上杉鷹山公の銅像の前で

 

名言ブログ「上杉鷹山(1)」でも紹介しましたが、鷹山は、明和4年(1747年)12か条からなる大倹約令を発令し、自ら鷹山は率先して節約を実行しました。江戸藩邸での自身の生活費を約7分の2にまで削減しており、食事は一汁一菜、普段着は木綿とし、奥女中も50人から9人まで減らしました。まさに、「してみせて 言ってきかせて させてみる」という鷹山の名言を実践したのです。

 

まず、鷹山は藩政改革として農業開発に力を注ぎます。安永元年(1772年)には、鷹山自ら田を耕す「籍田の礼」を執り行っています。これは『周礼』や『礼記』にも記されている古代中国の勧農と豊饒を祈願するための農耕儀礼であり、藩主自ら農業の尊さについて、身をもって示した訳ですが、いかに鷹山の教養が高かったかを窺うことができます。この後、荒地開発や堤防修築などを積極的に実施していきます。農業に留まらず、鷹山は殖産興業にも取り組んでいます。「米沢織」は現在も米沢の主要産業ですが、これは鷹山の時代に始まったものです。

 

また鷹山は「学問は国を治めるための根元」であると考え、安永5年(1776年)、米沢城下に藩校「興譲館」を創設します。鷹山は藩校創設に際して、幼少時代の師・細井平洲に意見を求めています。平洲は、学問とは政治や経済に役立つ「実学」という自らの信念にもとづき、鷹山に「建学大意」という指導書を献策しています。


不退転の覚悟で藩政改革を実施した後、天明5年(1785年)、鷹山は35歳で家督を譲り隠居します。家督を譲るに際し、10代藩主となる上杉冶広に君主としての心得を記した「伝国の辞」をしたためています。「伝国の辞」は以下の三カ条からなります。
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候
一、国家人民のために立たる君にして君のために立たる国家人民にはこれなく候


上杉鷹山公の銅像の前で


鷹山の改革により藩財政は少しずつ好転していきますが、「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬ成りけり」という名言が、単なる精神論ではなく、こうした開明的な国家観を背景にしていたことに驚かされます。

 

ちなみに、第35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディが、日本人記者団から「あなたが、日本で最も尊敬する政治家は誰か」と問われた際、「上杉鷹山」の名を挙げたが、日本人記者団の中でその名を知っている者はいなかったという逸話も有名です。
ケネディ元大統領が鷹山を尊敬していた所以は世界史的にも先駆けとなる民主的な政治思想も持ち主だったからでしょうか。

 

ただ、この逸話を裏付ける映像記録や文書がなく、もしかすると米沢市を中心とした「都市伝説」の類ではないかとさえ言われていたそうです。もっとも2013年11月27日、ケネディ元大統領の長女で駐日大使のキャロライン・ケネディ駐日米大使が、就任後の初講演の席上で元大統領が鷹山を尊敬していたことを明言しています

 

さらに昨年9月27日には、ケネディ大使は米沢市で開幕した「なせばなる秋まつり」に合わせ米沢市に訪問し、「父(ケネディ元米大統領)は(米沢藩9代藩主)上杉鷹山公を尊敬していた。皆さんが鷹山公から受け継いだ遺産をたたえ、新しい世代に伝えていることは喜ばしく、お祝いしたい」と語っています。このケネディ元大統領の逸話についての真偽はともかく、鷹山が優れた政治家であったことは揺るぎのない事実です。


鷹山公の墓所を参拝しました

 

米沢藩の藩祖である上杉謙信は「非道を知らず存ぜず」という名言を残していますが、鷹山も「人の道」、すなわち礼を重んじて「王道」を歩んだ保守本流の為政者であったことは間違いありません。その鷹山の人となりを象徴する言葉こそ、「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」という名言なのです。ブログ「上杉御廟所」で紹介したように、先日わたしは米沢を訪れ、尊敬する鷹山公の墓所を参拝しました。鷹山公のような素晴らしいリーダーに少しでも近づきたいです。

 

2018年12月27日 一条真也

 

サンレー本社忘年会

一条真也です。
26日の夜、サンレー本社の忘年会が行われました。
会場は、もちろん、われらが松柏園ホテルであります。日頃から冠婚葬祭の現場部門をサポートする本社スタッフが集まりました。

f:id:shins2m:20181226175718j:plain最初に、佐久間会長が挨拶しました

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続いて、わたしが挨拶しました

f:id:shins2m:20181226175922j:plain今年も大変お疲れ様でした!

f:id:shins2m:20181227093500j:plain今夜は大いに楽しみましょう!

 

最初に、佐久間会長が挨拶しました。
会長は、社員のみなさんの一年の労をねぎらいました。
続いて、社長のわたしが挨拶しました。わたしは「1年間、大変お疲れ様でした。ありがたいことに、今年のサンレーグループは売上・利益ともに、大きな目標を達成できそうです。これも、みなさんのおかげと感謝しています。本当は、冠婚部門や葬祭部門の忘年会にも参加したかったのですが、いずれも多忙で開かれず、叶いませんでした。どうか、みなさん、大いに飲んで食べて歌って、今年を締めくくって下さい! 今夜は大いに楽しみましょう!」と述べました。

f:id:shins2m:20181226180209j:plainカンパ~イ!

 

その後、東常務の乾杯の音頭で宴がスタートしました。
日頃はなかなか話せない人とも言葉を交わしました。
差しつ差されつで、メートルも上がりますね。
楽しい会話に、さらにお酒が進みます。
忘年会は有意義かつ楽しく過ぎていきました。

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新入社員による「YOUNG  MAN(YMCA)」

f:id:shins2m:20181226184118j:plainだんだん増えていく「め組のひと」

 

忘年会が盛り上がった頃、いよいよカラオケタイムです。新入社員たちによる「YOUNG MAN(YMCA)」(西城秀樹)、最初は企画課の3人で歌っていたのに、だんだん歌い手が増殖していく「め組のひと」(ラッツ&スター)などで大いに盛り上がりました。聴いているみなさんも、腹を抱えて笑っていました。

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わたしのカラオケの順番が来ました

f:id:shins2m:20181226185513j:plain「百万本の赤い薔薇」を歌いました♪

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愛は~百万本の赤い薔薇♪♪

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愛さん、ご結婚おめでとうございます!

 

最後にわたしの順番が来ました。
わたしはカラオケが苦手なので固辞したのですが、みなさんが「どうしても社長の歌が聴きたい」と言うので仕方なく歌いました。昨年は桑田佳祐の「若い広場」を歌いましたが、今年は同じ『がらくた』というアルバムに入っている「百万本の赤い薔薇」を歌いました♪ 
ちょうど前日に、愛さんという女性から結婚の報告を受けたので、愛さんの幸せを心から願って歌いました♪

f:id:shins2m:20181226190356j:plainこの豪華景品を見よ!

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社長賞を選びました

 

その後は、お楽しみ大抽選会が行われました。わたしの社長賞の「南魚沼産こしひかり」は司会者の男性に当たりました。その人は、盆と正月が一度に来たような恍惚の表情を浮かべていました(笑)。いやあ、本当に、おめでとうございます!

f:id:shins2m:20181226194640j:plain最後は「末広がりの五本締め」で・・・

 

最後は、松田取締役の音頭によるサンレー名物の「末広がりの五本締め」で宴を閉じました。指も1本より2本、2本より3本、4本、5本のほうが良い音が出ます。人間の場合も、まったく同じではないでしょうか。1人ではできないことでも、多くの仲間が集まれば、いろんなことができる。「会社」も「社会」も、つまるところ、人の集まりにほかなりません。社会とは最初から「有縁」であり、「無縁社会」などありえないのです。

f:id:shins2m:20181226193126j:plain松柏園ホテルの正月飾りの前で

 

こうやって、同じ会社に集った者同士が忘年会を開くのも「縁」あってのことです。「縁」によってつながった人々が集う「宴」は最高です!
「真の贅沢とは人間関係の贅沢である」とサン=テグジュペリは言いました。仲間たちと大いに語り、大いに笑い、大いに飲んだ忘年会でした。
会場を出ると、松柏園ホテルは正月の飾り付けがされていました。

 

行く年を忘るるもよし 
来る年を望むるもよし    
酒は飲め飲め(庸軒)

 

2017年12月27日 一条真也

死について考える  

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死を恐れてばかりいて、やりたいことや、やるべきことをしない人生は無意味だ。そんな人は、死について深く考えているようで、まったく考えていない。(『性霊集』)

 

一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。

 

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉

 

 

「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。
わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介しています。

 

2018年12月26日 一条真也

『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』

一条真也です。メリー・クリスマス! 
クリスマスはイエス・キリストの誕生日ということになっていますが、世界にはイエス以外にも人々を光へと導いた多くの聖人がいます。また、世界を闇に陥れた多くの魔人もいます。27冊目の「一条真也による一条本」として、『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』(PHP文庫)を紹介したいと思います。今からちょうど10年前の2008年12月に刊行された監修書で、クリエイティブ・スイートの編著です。


世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』(2008年12月刊行)

 

本書のカバーは。「信長の野望」「三国志」などで有名なカリスマ画家の長野剛画伯がイラストを担当、ゴータマ・ブッダイエス・キリストの二大聖人、またノストラダムスとヴラド・チェッペシという二大魔人を描いています。帯には、「人々を光へと導く救世主あり、世界を闇に陥れる独裁者あり・・・・・・113人の『聖人と魔人』の横顔とエピソードを紹介」と書かれています。


本書の帯

 

また帯の裏には、以下のように書かれています。
【偉大なる聖人たち】
人類の3分の1を魅了する、史上最高のカリスマ
――イエス・キリスト
色即是空を悟った、仏教の開祖
――ゴータマ・ブッダ
数多くの逸話を残す、日本古代史のキーパーソン
――聖徳太子
【恐るべき魔人たち】
人類滅亡を予言したとされる最高の預言者
――ノストラダムス
ドラキュラ伯爵のモデルになった君主
――ヴラド・ツェッペシ
大オカルト帝国だったナチス・ドイツ
――アドルフ・ヒトラー
など、世界に名を轟かせた「聖人」「魔人」113人を紹介!


本書の帯の裏

 

カバー裏には、以下の内容紹介があります。
「世界史に偉大な足跡を遺した『聖人』と、強烈なインパクトを与えた『魔人』。現代にまで影響を及ぼす彼らは、どんな人物だったのだろうか?本書は、古代から近現代まで実在した『聖人と魔人』113人について、その横顔を紹介したものである。遊び人から一転して聖人になったアウグスティヌスや、聖人貴族から虐殺者へと成り下がったジル・ド・レエなど、驚きのエピソード満載の本。文庫書き下ろし」

 

本書の「目次」は、以下のようになっています。
まえがき「偉大なり聖人!恐るべし魔人!」
★聖人編
第1章 ヨーロッパ・アメリカの聖人
[Introduction]
西洋思想のバックボーン、キリスト教を広めた人々
●対立する三宗教が、共に崇める偉大な預言者 
   モーセ
●「無知の知」を説き、「徳」を重んじた哲学者 
   ソクラテス
●処女のまま神の子を宿した、聖なる母 
   聖母マリア
●キリストの到来を予言した、非キリスト教徒 
   洗礼者ヨハネ
●人類の3分の1を魅了する、史上最高のカリスマ 
   イエス・キリスト
●イエスに罪を許され、改悛した元娼婦(?) 
   マグダラのマリア
●信仰と武勇とを両立させた、竜退治の英雄 
   ゲオルギウス
[Other Saints]
ヘレン・ケラー
プラトン
使徒ヨハネ
パウロ
●ペテロ
アブラハム
●ヴァレンティヌス
●ニコラウス
アウグスティヌス
●アエギディウス
●ドミニコ
アッシジのフランチェスコ
ジャンヌ・ダルク
マルティン・ルター
●聖女ベルナデット
●シッティング・ブル
[Other Saints]
フローレンス・ナイチンゲール
●ウルリヒ・ツヴィングリ
ジャン・カルヴァン
●エマヌエル・スウェデンボルグ
ルドルフ・シュタイナー
[Other Saints]
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

第2章 アジア・インド・中東の聖人

[Introduction]
アジア・インド・中東に広がる二大宗教を探る!
●色即是空を悟った、仏教の開祖 
   ゴータマ・ブッダ
●史上最後にして最大の「預言者」 
   ムハンマド
●「礼」を重んじた儒教の始祖 
   孔子
道家の祖とされる足跡不明な謎の思想家 
   老子
●数多くの逸話を残す、日本古代史のキーパーソン 
   聖徳太子
●中国から正統な密教を受け継いだ天才宗教家 
   空海
[Other Saints]
ガンジー
孟子
荘子
玄奘三蔵
●鑑真
最澄
法然
親鸞
日蓮
[Other Saints]
マザー・テレサ
ゾロアスター
マハーヴィーラ
●龍樹
●マニ
●アリー
ナーナク
クリシュナムルティ
[Other Saints]
ダライ・ラマ14世
●摩耶夫人
●ダルマ
ヴァスバンドゥ
●ラーマクリシュナ
[Other Saints]
宮沢賢治
●一遍
栄西
道元
蓮如
[Other Saints]
●中村久子
●周公旦
朱子
王陽明

★魔人編

第3章 ヨーロッパ・アメリカの魔人
[Introduction]
歴史の闇のなかで妖しく光る「異端」の道を行く者たち
●人類滅亡を予言したとされる最高の予言者 
   ノストラダムス
ルネサンス期最大の魔術師 
   アグリッパ
●ドラキュラ伯爵のモデルになった君主 
   ヴラド・ツェッペシ
●我が道を行った放浪の天才医師 
   パラケルスス
帝政ロシア末期に暗躍した怪僧 
   ラスプーチン
●大オカルト帝国だったナチス・ドイツ 
   アドルフ・ヒトラー
●悪魔と契約した男の虚と実 
   ファウスト
[Other Devils & Witches]
ブラヴァツキ夫人
アレイスター・クロウリー
●サン・ジェルマン伯爵
カリオストロ伯爵
●ジル・ド・レエ
エリファス・レヴィ
[Other Devils & Witches]
●アントン・ラヴェイ
ダッシュウッド
●シモン・マグヌス
●ヘルメス・トリスメギストス
●ジョン・ディー
グルジェフ
[Other Devils & Witches]
●ジェラルド・ガードナー
●アブラ=メリン
●ド・ガイタ
[Other Devils & Witches]
スターリン

第4章 アジア・インド・中東の魔人
[Introduction]
諸宗教の主流派から逸脱して独自の発展を遂げた少数派
●鬼神を使役したという修験道の開祖 
   役小角
●数々の伝説にいろどられる、最強陰陽師 
   安倍晴明
安倍晴明、最大のライバルであった陰陽師 
   芦屋道満
●現世をもおびやかす日本有数の怨霊 
   平将門
●全国に広まった中世のカルト集団の開祖 
   仁寛
●国王もが恐れた暗殺宗教の指導者 
   山の長老ハサン
[Other Devils & Witches]
西太后
吉備真備
●果心居士
●韓国連広足
道鏡
楠木正成
●天海和尚
張角
左慈
●葛洪
[Other Devils & Witches]
ポル・ポト
菅原道真
天一
[Other Devils & Witches]
●イディ・アミン
●徐福
●李淳風
●袁天
劉基
「聖人生没年表」
「魔人生没年表」
「参考文献」

 

本書の担当編集者は、「出版界の炎のランナー」ことPHP研究所の中村悠志さんでした。最初は『世界の「聖人」がよくわかる本』というタイトルで企画が進んでいたのですが、PHP側から「聖人だけではインパクトが弱いので、魔人も加えないか」という提案がありました。わたしは少し戸惑いましたが、「まあ、面白い本になるのならいいか」と思い、了承した次第です。その結果、本書は、過剰な人間のカタログとなりました。何が過剰なのか。心のエネルギー量が過剰なのです。ハンパではありません。そんな人々は、「聖人」あるいは「魔人」と呼ばれます。

 

ふつうの人間の場合、善人と悪人の二種類があります。もちろん、1人の人間の心の中には、善なる部分と悪なる部分の両方があるでしょう。この人は善人だ、あの人は悪人だと単純に割り切れるものではないかもしれません。でも、「善人」とか「悪人」とか聞けば、たいていの人は同じようなイメージの人間を想像するでしょう。
それでは、「聖人」や「魔人」とは、そのまま「スーパー善人」であり、「スーパー悪人」なのでしょうか。いや、ちょっと違うようです。


世界をつくった八大聖人』(PHP新書)

 

まず、「聖人」について考えてみましょう。
「聖人」という言葉ですが、『広辞苑』(第六版・岩波書店)によれば、「知徳が最もすぐれ、万人が仰ぎ崇拝する人」とあります。また「聖人」は儒教、仏教、キリスト教に共通する言葉でもあります。宗教の枠を超え、人々を善き方向に導いた人間のことを「聖人」と呼んでもよさそうです。
わたしは、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)で、人類にとっての教師と呼べる存在を8人選びました。ブッダ孔子老子ソクラテスモーセ、イエスムハンマド聖徳太子です。


ソクラテス

 

この八大聖人は、もちろん本書にも登場します。
そして、注目すべきはこの偉大な聖人たちのキャラクターが相互に影響し合っているという点です。モーセソクラテスのイメージはともにイエスに流れこんでいますし、日本を代表する聖人である聖徳太子にいたっては、イエス孔子老子、そしてブッダのイメージが混在しています。つまり、「聖人」という存在は後世の人々によって非常にイメージ編集されているのです。ゆえに、伝説性も高くなります。数多くの伝説に彩られていることこそ、「聖人」の一番の特徴かもしれません。


アドルフ・ヒトラー


では、一方の「魔人」はどうでしょうか。
魔人の「魔」は悪魔の「魔」ですが、魔人とは文字通りに「悪魔的人間」のことなのでしょうか。たしかに、本書にも登場するヒトラースターリンのように、そういわれても仕方のないような人物もいます。しかし、彼らを英雄視する人々が昔も今も存在するのも事実。ドイツのネオナチにとって、ヒトラーとはある意味で聖人的存在です。ロシアでは、スターリン時代をなつかしむ人々もいます。つまるところ、「聖人」とか「魔人」とかいう評価は後世の人々によって決められるのです。


ゴータマ・ブッダ

 

人々の心に多大な影響を与える人物としての「聖人」と「魔人」は表裏一体であり、ブッダやイエスといった代表的聖人さえ、ある意味では魔人です。
ブッダもイエス宗教改革者でした。ブッダは旧来のバラモン教を否定し、イエスユダヤ教を否定して、それぞれ新しい教えを説きました。彼らの教えが後に仏教やキリスト教といった世界宗教に発展したわけですが、2人ともその本質は宗教改革者だったのです。それゆえ、旧勢力の人々の目には彼らは「魔人」と映ったに違いありません。同様のことは、キリスト教徒にとってのムハンマドカトリック信者にとってのルターにも言えることです。


イエス・キリスト

 

でも、ブッダやイエスが魔人的であるというのは他にも理由があります。それは、2人とも実際に「魔」を体験しているのです。ゴータマ・シッダールタが悟りを開く前、「マーラ」と呼ばれる悪魔が彼を襲い、さまざまな誘惑を仕掛けました。しかし、彼はマーラを打ち破り、めざめた者としての「ブッダ」となったのです。
エスも荒野で悪魔に出会っています。悪魔は三度にわたってイエスを誘惑しましたが、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」というイエスの言葉によって悪魔は離れ、代わりに天使たちがイエスのもとにやって来たといいます。ブッダもイエスも強い精神力で悪魔に打ち勝ったわけですが、もし悪魔の誘惑に負けていたらどうなっていたか。その場合は、彼らは現代の人々から「聖人」ではなく、「魔人」と呼ばれていたかもしれません。

 

聖なるもの (岩波文庫)

聖なるもの (岩波文庫)

 

 

ドイツの宗教学者ルドルフ・オットーは、ブログ『聖なるもの』で紹介した著書で「ヌミノーゼ」というコンセプトを示しましたが、それは「戦慄的な神秘」と「魅惑的な神秘」の相反する両極の感情をもつと指摘しました。ヌミノーゼの中には、「聖なるもの」も「魔なるもの」も入っていると言えます。そして、すべての過剰な人間も、戦慄的で魅惑的なのです。かつて、ルネサンスの時代、ヘルメス・トリスメギストス、ゾロアスターモーセソクラテスプラトンなどは、「聖人」でも「魔人」でもなく、「魔術王」と表現されました。やはり、「聖人」と「魔人」は表裏一体なのです。


ヘルメス・トリスメギストス

 

本書で「魔人」として扱われている人々にしろ、いわゆる「悪」そのものの存在ではありません。ネオナチがヒトラーを聖人視するのは極端な例にしろ、ブラヴァツキー、グルジェフといったあたりは「完全に聖人ではないか」と主張する人々は多いはずです。ですから、読者は「聖人」と「魔人」の区別に対して、あまり過剰に反応しないでいただきたいのです。あくまでも便宜上の区分です。本書では、主に仏教、ユダヤ教キリスト教イスラム教、儒教など、スタンダードな宗教に関わった人々を「聖人」として扱っています。


アレイスター・クロウリー

 

一方、罪もない多くの人々を虐殺した暴君などのほか、アレイスター・クロウリーのように魔術や錬金術などに関わった人々はまとめて「魔人」として扱っています。いずれも戦慄的で魅惑的な面々です。ある意味では、わたしたち凡人にとって仰ぎ見るしかない「聖人」よりも、「魔人」のほうが人間臭くて、多くの読者は強烈な魅力を感じるのではないでしょうか。
日本の文学界には芥川賞直木賞という二大文学賞があります。前者は純文学作品に対して与えられ、後者はエンターテインメント、つまり大衆文学作品に対して与えられるとされています。例えが適切かどうかはわかりませんが、本書の「聖人篇」とは芥川賞であり、「魔人篇」とは直木賞だというようなイメージでお読みいただくといいかもしれません。


聖徳太子

 

それにしても本書はユニークな内容となっています。基本的には、聖徳太子に代表されるようなファンタジックにして伝説的要素をもつ人物が選ばれています。そして、そのエピソードや思想が紹介されています。人選にしても、この種の本は男性偏重となりがちですが、女性もバランスよく選ばれていますし、ヘレン・ケラーとか中村久子といった障害者に希望を与えた女性を「聖人」として取り上げているのは本当に素晴らしいことだと思います。また、サン=テグジュペリとか宮沢賢治といった文学者が「聖人」として登場するというのも、両者の大ファンであるわたしとしては非常に嬉しいです。さらに、唯一の生きている聖人として、ダライ・ラマ14世が登場しているのも注目です。


ラスプーチン

 

「魔人」の人選にしても、ノストラダムスラスプーチン安倍晴明ら、おなじみのメンバーに、アントン・ラヴェイ、ポル・ポト、アミンなどのニューフェイスが加わり、まことにスパイスが効いた構成となりました。わたしの敬愛する澁澤龍彦の著書をはじめとして、「魔人」に関する本はいくつかあります。もちろん「聖人」についての本も存在します。しかし、本書は「聖人」と「魔人」が一冊に同居するという前代未聞の内容となっています。 本書を一読すれば、あなたはきっと思うはず。「偉大なり聖人!」「恐るべし魔人!」と。何より驚くべきは、彼らが神々でもなく、天使でも悪魔でもないこと。そう、彼らは、あなたと同じ人間なのです。


ムハンマド

 

本書は人間のカタログなのです。だから、面白いです。「聖人」にしろ「魔人」にしろ、過剰な人間について知ることほど刺激的でワクワクすることはありません。なぜなら、わたしたちは人間だからです。人間にとって一番面白いものは人間に決まっているではありませんか。わたしは、「面白いぞ人間!」と叫びたい気分です。さあ、本書のページを繰って、かくも偉大な人々と、恐るべき者どもの、この心おどる競演をお楽しみあれ!


月下四聖図」(長野剛)

 

なお、本書のイラストの素晴らしさに感動したわたしは、長野剛画伯にオリジナルの絵画を発注いたしました。満月の下で、ブッダ孔子ソクラテス・イエスの「四大聖人」が並び立っている姿を描いた「月下四聖図」です。
以前、日本画の大家・中村不折が「三聖図」として、釈迦・孔子・キリストを描いたことがありますが、ソクラテスを加えた「四大聖人」が一堂に会した絵は、おそらく世界でも初めてのはずです。わたしは、ずっとこの「四大聖人」のセレクトは誰がしたのかが気になっていました。そして、「四大聖人」なるものを考案したのは日本人に違いないとにらんでいました。なぜなら、西洋思想を基礎づけるソクラテスとイエスの2人のみならず、東洋からブッダ孔子の2人を選んでいる点、しかも仏教と儒教創始者を選んでいるところに日本人の匂いを強く感じたからです。人選のバランス感覚が、実に日本人らしいと思ったのです。おそらく、あらゆる教えや思想を「いいとこどり」するという心学的な発想から、洋の東西、宗教、哲学を問わず、広く人類史全体から四人が選ばれたのでしょう。彼らは、いずれも「人類を幸福にしたい」という思いを強く持っていた点において共通していました。いわば、「世界平和」のシンボルです。この「月下四聖図」は現在、北九州市小倉北区にある「ムーンギャラリー小倉店」に飾られています。

 

世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本 (PHP文庫)

世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本 (PHP文庫)

 

 

2018年12月25日 一条真也

『恐怖小説 キリカ』

恐怖小説 キリカ

 

一条真也です。
みなさん、クリスマス・イヴをいかがお過ごしですか?
『恐怖小説 キリカ』澤村伊智著(講談社)をご紹介します。ブログ『ぼぎわんが、来る』で紹介した日本ホラー小説大賞受賞作でデビューを果たしたホラー界の新星の長編小説です。

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本書の帯

 

表紙カバーには不気味な女性のイラストが描かれ、帯には、以下のように書かれています。
「本当にごめんなさい。日本ホラー小説大賞は、ついうっかり『本物』を世に出してしまいました。――貴志祐介」「『ぼぎわんが、来る』、『ずうのめ人形』の澤村伊智が、スティーヴン・キングの傑作ホラー『ミザリー』に挑む」

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本書の帯の裏

 

また、帯の裏には「人間が一番怖い――。」と大書され、続けて、「あなたの日常を侵食する究極のサイコ・サスペンス!」として、以下のように書かれています。
「ホラー小説の新人賞を獲得し、僕は出版に向けて準備をはじめた。隣には支えてくれる最愛の妻・キリカ。順風満帆な日々が続くと思われたが、友人の一人が『作家とは人格破綻者である』『作家は不幸であるべき』と一方的な妄想を僕に押し付け、嫌がらせをはじめる。ストーカー行為、誹謗中傷の手紙、最悪の贈り物。やがて不幸(ミザリー)は、僕とキリカのとある『秘密』を暴き出すが――」

 

ぼぎわんが、来る (角川ホラー文庫)

ぼぎわんが、来る (角川ホラー文庫)

 
ずうのめ人形 (角川ホラー文庫)

ずうのめ人形 (角川ホラー文庫)

 

 

この小説、とても面白くて一気に読み終えたのですが、著者の筆力に感心しながらも、正直言って「惜しいなあ」とも思いました。『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』に続いて書いた第3作ということですが、前2作と同じく3部構成になっています。この著者の小説、最初の第1章はものすごく面白くてページを繰るのももどかしいのに、第2章で少し中だるみして、第3章で「あ~あ」となる・・・・・・それが3冊とも共通しています。第1章のテンションで最後まで書ききったら、途方もない傑作になるのに惜しいですね。なお、本書の文体は前2作とまったく違うスタイルでした。著者は、なかなか器用な人ですね。

 

  

帯にも書かれているように、本書はスティーヴン・キングの『ミザリー』を意識して書かれたそうです。『ミザリー』は1987年に発表された長編小説で、女性主人公の人生を描く『ミザリー』シリーズで有名なベストセラー作家ポール・シェルダンが主人公です。シェルダンは『ミザリー』シリーズにピリオドを打ち、新たな小説『高速自動車』の原稿を手に、西を目指し車を走らせていました。途中雪嵐に見舞われ、誤って崖から転落し重傷を負った彼は、通りがかった元看護師のアニー・ウィルクスに救出されます。そして、人里離れた彼女の家で治療を受けるのでした。

 

アニーは『ミザリー』の熱狂的ファンで、発売されたばかりのミザリーシリーズの最終巻『ミザリーの子供』の結末に納得せず、新作小説を破棄した上で続編を書き下ろすことをシェルダンに強要します。大雪で半ば隔離され、ケガで身動きの取れない閉鎖的な状況の中、アニーの異常性が徐々に露わになるという怖い物語です。キング自身の体験に根ざす“ファン心理の恐ろしさ”を極限まで追求したこの小説は、1990年にロブ・ライナー監督でされ、映画化主演のキャシー・ベイツがアカデミー主演女優賞を受賞しました。

 

しかしながら、『ミザリー』と本書『恐怖小説 キリカ』の物語はそれほど似てはいません。第1章の一部に、小説家がストーカーに狙われるエピソードが登場しますが、その程度です。ともにサイコ・ホラーではあるのですが、本書の恐怖のほうが少々ヒネリが効いていると言えます。

 

それにしても、小説家の苦労というものはよく描けています。原稿を本にするまでの修正作業に初校、再校、著者校などなど・・・・・・わたしにはお馴染みの出版物の刊行行程などが詳しく説明されているので、作家志望の人には勉強になるのではないでしょうか。最後に、ネットに本の低評価レビューを書いたら、その投稿者を探し当てて殺しに来る作家という設定は驚きました。これが一番怖かったですね。

 

2018年12月24日 一条真也

『などらきの首』

などらきの首 (角川ホラー文庫)

 

一条真也です。
24日は、クリスマス・イヴですね。
『などらきの首』澤村伊智著(角川ホラー文庫)を読みました。ブログ『ぼぎわんが、来る』ブログ『ずうのめ人形』ブログ『ししりばの家』で紹介した小説と同じく霊能者の比嘉姉妹が活躍する「比嘉姉妹シリーズ」の最新作ですが、こちらは長編の前2作と違って短編集となっています。

 

カバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「『などらきさんに首取られんぞ』祖父母の住む地域に伝わる“などらき”という化け物。刎ね落とされたその首は洞窟の底に封印され、胴体は首を求めて未だに彷徨っているという。しかし不可能な状況で、首は忽然と消えた。僕は高校の同級生の野崎とともに首消失の謎に挑むが・・・・・・。野崎の初めての事件を描いた表題作に加え、真琴と野崎の出会いや琴子の学生時代などファン必見のエピソード満載、比嘉姉妹シリーズ初の短編集!」

 

本書には「ゴカイノカイ」「学校は死の匂い」「居酒屋脳髄談義」「悲鳴」「ファインダーの向こうに」「などらきの首」の6つの短編小説が収められています。ミステリの色合いが強い「悲鳴」を除いては、どれもわたし好みのホラー短編でした。特に、「居酒屋脳髄談義」には哲学小説とも呼べるような不思議な味わいがありましたね。心霊写真をテーマにした「ファインダーの向こうに」も恐怖と郷愁がほどよくミックスされており、ちょっとブラッドベリを連想しました。

 

しかしながら、本書の白眉はなんといっても表題作の「などらぎの首」です。比嘉姉妹シリーズの主要キャラであるオカルトライターの野崎の学生時代の物語ですが、日本の土俗的な伝奇ロマンをファンタジー風に味つけした作品でした。比嘉姉妹シリーズでは、著者は「ぼぎわん」、「ずうのめ」、「ししりば」といった、得体の知れない単語を駆使し、独特の恐怖や不安を醸成していますが、この「などらき」も同様です。この著者の言語センスは、クトゥルー神話のH・P・ラヴクラフトを連想させます。

 

 

最後に、著者は大の怪奇小説好き、怪談好きとのことですが、特に岡本綺堂の怪談を好むそうです。綺堂といえば、「西瓜」という有名な怪談があります。昭和7年2月4日刊行の『文学時代』に発表されたもので、現在では、ちくま文庫の『岡本綺堂集』に収録されています。「西瓜」では、主人公が西瓜を買って帰る途中、呼び止められて包みを開けると女の生首が出てくるという変事が起きます。この生首をいったん風呂敷にしまって再度開けてみると、また元の西瓜に戻ってしまいます。その後も西瓜は生首になったと思えばまた西瓜になることを繰り返すのでした。結局、見間違いかもしれないから西瓜を断ち割ってみようということになるのですが・・・・・・今思い出してもゾッとする怖い話でした。綺堂好きの澤村氏が書いた「などらきの首」でも西瓜が重要な役割で登場するのですが、これはきっと綺堂の「西瓜」へのオマージュではないかと思いました。

 

などらきの首 (角川ホラー文庫)

などらきの首 (角川ホラー文庫)

 

 

2018年12月24日 一条真也