『東大生はなぜコンサルを目指すのか』

東大生はなぜコンサルを目指すのか (集英社新書)

 

一条真也です。
『東大生はなぜコンサルを目指すのか』レジ―著(集英社新書)を読みました。著者は、批評家・会社員。1981年生まれ。一般企業で経営戦略およびマーケティング関連のキャリアを積みながら、日本のポップカルチャーについての論考を各種媒体で発信。著書にブログ『ファスト教養』で紹介した新書大賞2023入賞作(集英社新書)のほか、『増補版 夏フェス革命 ―音楽が変わる、社会が変わるー』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)があります。

本書の帯

 

本書の帯には「仕事と成長に追い立てられる人たちへ」と大書され、「転職、リスキング、ポータブルスキル、働き方改革・・・・・・」「『ファスト教養』著者が問う働き方をめぐる言葉の違和感」と書かれています。帯の裏には「ビジネスとカルチャ―から『働くこと』を考える!」と書かれ、「目次」が紹介されています。

本書の帯の裏

 

カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「東大生の就職人気ランキング上位をいつのまにか独占するようになった『コンサル』。この状況の背景にある時代の流れとは? 『転職でキャリアアップ』『ポータブルスキルを身につけろ』そんな勇ましい言葉の裏側に見えてきたのは、『仕事で成長』を課せられて不安を募らせるビジネスパーソンたちの姿だった。時代の空気を鋭く切り取った『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の著者が、我々が本当に向き合うべき成長とは何なのかを鮮やかに描き出す」

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一章 成長に魅せられ、振り回される人たち
第二章 成長に囚われた時代のカラクリ
第三章 「成長」と「コンサル」
    東大生はなぜコンサルを目指すのか?
第四章  コンサルタントたちの本音2つの共通点
第五章 「成長」文脈で読み解くポップカルチャー
第六章  成長をめぐる不都合な真実
第七章  成長に囚われずに、成長と生きる
「おわりに」
「あとがき」
「註」
「参考文献」



「はじめに」の冒頭には「就活ランキングを埋めつくす『コンサル』」として、以下の10社の名前が並んでいます。
  野村総合研究所
  ボストン コンサルティング グループ
  アクセンチュア
  KPMGコンサルティング
  デロイト トーマツ コンサルティング
  三菱商事
  マッキンゼー・アンド・カンパニー
  アビームコンサルティング
  PwCコンサルティング
  資生堂

 

著者は、「この10個の企業名の並びが何を意味するものかおわかりだろうか。これは新卒採用向け求人サイトのワンキャリア(複数ある同種サイトの中でも現在主流になっているサイトの1つである)が公開している就活人気企業ランキング(2026年卒)の『東大・京大ランキングTOP30』のうち、上位10位を抜粋したものである」と述べています。かつては東大生の就職先として官僚が挙げられることが多かったですが、東大卒の国家公務員試験の合格者は2014年度の438人から2024年度の189人と半分以下に減少しました。



偏差値の高い層に選ばれる職業には、いくつかの共通項があるといいます。給与が高い。業務内容がダイナミックで社会への影響力がある。周囲から羨望の眼差しを向けられる。こういった基準での評価を通じて、その時代の人気業界が決まるというのです。著者は、「その最新トレンドがコンサル業界であり、だからこそ深い理由がなくてもそこへのエントリーを考える『とりコン』現象が発生する。そしてこの人気は、新卒採用にとどまらない。リクルート『2023年度 転職市場の動向』によると、ここ10年ほどでコンサル業界への転職者数は約3.5倍となった(2013年度の転職者数を1としたときに、2022年度が3.54)。これは他業種の伸びと比較しても高い水準だ。『とりコン』が中途採用にも波及しているとも言えそうである」と述べます。

 

 

「成長したがるビジネスパーソンの裏側」では、「コンサルファーム」に行けば成長できる」という言説が昨今のコンサル人気を支える要素の1つとなっていることが紹介されます。たとえば、東大新聞とNewsPicksが東大生約300人を対象に行った調査によると、コンサル志望の東大生はそうでない層に比べて「自分の成長が期待できること」を企業選びのポイントとして挙げる人の割合が30ポイント近く高かったといいます(「【イマドキ東大生のキャリア観】② 東大生はなぜコンサルへ?」東大新聞オンライン、2021年5月21日)。また、コンサル業界も入社してくる人たちの成長を後押しする体制を整えているそうです。

 

 

サバイバルのために周りよりも先んじたい。そのためには仕事に役立つ情報を短期間で吸収したい。そんな世の中の空気に応えるプロダクトが、ビジネスに役に立つかという切り口から食べやすい形に情報が編集された「ファスト教養」であり、ビジネスパーソンは未来の「成長」を信じて焦燥感とともにそれらのコンテンツを摂取しているという著者は、「『成長を信じる』くらいであればよいかもしれない。今の時代のビジネスパーソンは、『成長を“強いられている”』とすら言える。『終身雇用の時代は終わった』というムードにさらされながら、日常生活のあらゆる場面で自己啓発コンテンツに包囲され、SNSを通じて常に他者との比較に接続される。そのような状況において、何かをしなければならないという圧迫感から逃れるのは決して簡単ではない」と述べます。



「本書の構成」では、2020年代のコンサル業界は、人気の職場となり得る要素を高い水準で満たしており、そこにスキル面での成長という魅力が加わっていると指摘します。この業界で力をつければ将来安泰といった考え方が広まっていて、それによって新卒の大学生のみならず転職を目指すビジネスパーソンにも選ばれる職業となっているというのです。キャリアの終着点というよりは、その先の選択肢を広げるための通過点としてコンサル業界は人気を博しているとも言えるとして、著者は「終身雇用は終わったと喧伝される時代の『将来安泰』。コンサル業界の人気を支えるのは、この会社に入れば最後まで居場所があることへの期待ではなく、この会社に入ればいずれどこへでも行けることへの期待である。ここで述べた期待の質の違いに、ビジネスパーソンにまとわりつく成長への焦りの正体を解き明かすカギがある」と述べます。



著者は会社員として成長を求められる環境に長年身を置きながら、会社の外では批評家として音楽を中心としたポップカルチャーにまつわる文章や『ファスト教養』のような社会時評を発表しているとして、「本書の趣旨に引きつけると、ビジネスパーソンにとっての成長と片足では向き合いつつ、片足ではどこかその現象を冷めた目で見ている立場である。それゆえ、成長に振り回される人々を揶揄したり嘆いたりするのではなく、そうなってしまう構造に目を向けながら、そんな中で我々は何をすればよいかを考える筆致を心がけた。本書を通じて、今の社会に対する見通しが少しでも良くなれば幸いである」と述べるのでした。

 

 

第一章「成長に魅せられ、振り回される人たち」の「『成長教』で人生のバランスが崩れる」では、2021年に「コミックDAYS」で連載が開始され、ビジネスパーソンの「あるある」を描いているとSNSなどで話題を呼んだ紀野しずくのマンガ『夫は成長教に入信している』が取り上げられます。昨今のビジネスパーソンがキャリアを語るうえでの決まり文句となりつつある「成長」をテーマに、会社での出世やスキルアップを目指す主人公のコウキが、頑張りすぎるあまり徐々にバランスを崩していく様を描いた作品ですが、その冒頭には心身ともに追いつめられていく中で切迫感とともに発した「もっと成長して俺が生きた証を・・・この世界に爪痕を残したい 自分の生きている世界と生きていない世界がまったく同じだったら 自分の生きている意味ってなんなんだろうって思っちゃうんだよ!」というセリフが紹介されます。

 

 

『夫は成長教に入信している』から読み取れるのは、あらゆる時間を成長のために投じようという姿勢であり、それは「時間を無駄にしたくない」という短期的視点でのコスパ・タイパ思考とも密接につながっているといいます。そして、ビジネス書で謳われることを忠実に再現する素直さと勤勉さも持ち合わせていると指摘し、著者は「優秀なビジネスパーソンの鑑とも言えそうな特性だが、それゆえの危うさも秘めている。頑張りすぎた結果としてコウキは体調を崩し、休職を余儀なくされる。ここで認識しておくべきなのは、そこまでして成長を目指すことを会社は決して強制していない点である。作品の中にはパワハラ気質の上司や無理難題を吹っかける顧客が登場するなど、コウキをめぐる職場環境は決して良くはない。それでも、コウキはあくまでも自主的に自己研鑽に励む」と述べています。

 

 

「『会社に頼るな』という風潮を作るのは誰か」では、「成長教」に振り回されるコウキが取り組んでいたマインドフルネスについて説明しています。心理学者のエドガー・カバナスと社会学者のエヴァ・イルーズによる共著『ハッピークラシー「幸せ」願望に支配される日常』によると「パブメド(米国立生物工学情報センターが作成する医学・生物学文献のデータベース)検索では、2000年から2008年の期間には『マインドフルネス』という言葉がタイトルまたは概要に入っている文献は約300ほどだったが、2008年から2017年の期間では3000以上あり、その分野は経済学、企業経営、神経科学など多岐にわたった」といいます。


 

境目となっている2008年はリーマンショックの起こった時期でもあり、不確かな社会状況において個人の不安に対処する手法の1つとしてマインドフルネスへの注目が高まりました。著者は、「マインドフルネスは、個人の問題を個人で解決しようというアプローチである。社会に文句を言う前に自分を変えよう、というのはある種の『ものわかりのいい人たち』の発しがちな言葉だが、当然その考え方だけでは解決しない問題もある。世の中の複雑な状況を差し置いて、まずは個人のあり方に目を向けるマインドフルネスが、『Google』や『ジョブズ』といったビジネスパーソン御用達のキーワードとともに浸透している」と述べています。



「リスキングとテクノロジー」では、「リスキリング」という言葉が取り上げられています。Googleトレンドによるとその利用頻度が上昇したのは2022年の夏頃でした。どこで区切るか一聴するだけでは判別しづらいこの言葉は、今では国の政策の根幹となりました。国民が新たにスキルを身につけ直す運動を加速させるべく、岸田内閣は当該領域において5年間で1兆円の投資を進める旨を2022年10月の臨時国会での所信表明演説で発表しています。著者は、「リスキリングブームの背景の1つとしてあるのがテクノロジーの急速な進化である。ゆっくりと進みつつあったデジタル化の波は物理的な接触を是としないコロナ禍において一気に進み、会議でのZoomの使用からビジネスそのもののあり方を変革するデジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進まで、様々なレイヤーでの変化が起きた」と説明します。



この傾向をさらに強めたのが、2023年頃から始まったAIの想像を超える速さでの浸透です。AIに仕事を奪われるといった悲観論から現実的な活用方法まで言説のタイプは様々ですが、AIにまつわる膨大な情報に多くのビジネスパーソンは翻弄されています。ビジネス雑誌が軒並み表紙でChatGPTをはじめとするAIについて取り上げていたのがその証左だろうとして、著者は「新たなテクノロジーやそれに沿った仕事の進め方が広がる中で、その状況に対応するためのスキル習得競争が厳しさを増したのが2020年代とも言える。リスキリングの隆盛はそんな流れの中での現象の1つであり、そこにさらに燃料を投じる国とその競争に乗らざるを得ない国民の共犯関係のようなものができあがりつつある。そんなムードの中で、『今までとは異なるスキルを身につけて成長せねば』という空気はますます強まっていく」と述べます。



「ところで『成長』ってなんだっけ?」では、ビジネス書のコーナーにはロジカルシンキングやデザイン思考といった考え方の話、マーケティングや会計・ファイナンスのような専門知識、さらには「レジリエンス」「グリット」などの精神面に関する話など、あらゆるタイプの書籍が並んでいることが指摘されます。それらはどれも「自分の本で示すスキルこそがビジネスパーソンの成長にとって一番大事だ」と迫ってきます。本が「商品」である以上当然ではありますが。著者は、「『できるようになる』ことを目指すが、『何ができるようになればいいか』はよくわかっていない。にもかかわらず『成長したい』と口にせずにはいられない2020年代のビジネスパーソン。客観的に見ればとてもバカバカしい状況である。しかし、少なくとも筆者はその端くれとしてこれを笑うことはできない。そうやって自分を奮い立たせていかないとやっていられないしんどさが今の時代には蔓延している」と述べています。



「お金を手に入れたい、本を読んで『頭のいい人』になりたい」では、パーソル総合研究所「働く10000人の就業・成長定点調査2024」によると「『働くことを通じた成長』は重要」だと感じる層の割合は76%だったことが明かされます。著者は、「成長する」とは「報酬をたくさんもらえるようになる」ことなのだろうかと問いかけます。別の質問を見てみると、「仕事内容を選ぶ上で重視することは何ですか?」という問いに対して上位に挙がるのは「休みが取れる/取りやすいこと」(39%)、「希望する収入が得られること」(37%)、「職場の人間関係がよいこと」(37%)の3つで、やはりお金に関する選択肢がメジャーな回答として食い込んできます。76%の人たちが「『働くことを通じた成長』は重要」だと言っているわりには、「色々な知識やスキルが得られること」は14%と収入に関する項目の3分の1程度にとどまる。この傾向は、今よりもさらに成長が重視されていた2021年でも同じでした。

 

 

注目したいのが2023年に刊行されて大ヒットとなったビジネス書、安達裕哉『頭のいい人が話す前に考えていること』だといいます。同書の序盤に登場する「頭のよさに基準はない。されど頭がよくないと生き残れない」という見出しが象徴的ですが、こういったビジネス書らしい生き残りのためのアジテーションにかつて使われていた言葉は「○○力」であり、最近では「教養」が頻出ワードです。詳しくは著者の『ファスト教養』に書かれています。著者は、「そこからさらに状況が進んで、『頭のよさ』というあまりにもダイレクトな表現が絶大な支持を得ているのを目の前にすると何とも言えない気持ちになる。ひろゆきがやたらと『バカ』という表現を使っていたことに対する反動なのかもしれないが、もはや欲求レベルが小学生に近づいているようにも感じる」と述べています。まったく同感ですね。

 

 

ちなみに、同じ調査の「勤務先以外での学習や自己啓発活動として、行っていることは何ですか?」という問いに「読書」と答えたのは20%でした。働くことを通じた成長の大事さを意識する人の値に比べるとだいぶ低いと言えるでしょう。この数字のギャップにこそ「成長のために本を読んで勉強したいができない」というビジネスパーソンの欲求不満が表れており、そんな気持ちをうまく拾い上げたのがブログ『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で紹介した三宅香帆のベストセラーだといいます。本を読みたい、だけど読めないという気持ちが社会全体に渦巻いていることが同書のヒットによって証明されたのでした。



「転職すると成長できる?」では、いまや新入社員の4割が2年目になるのを待たずして転職を考えている時代だといいます(「新入社員4割が転職検討 引き留めに企業が対策」「日本経済新聞」2024年5月8日)。「入社の前後で業務内容や社風への印象、キャリアパスへの考え方にギャップが生まれ『思い描いていた働き方と違う』と感じる若手」たちは、転職することを自身のキャリアの前提に置いています。合わない職場であれば別に辞めても構わないという気楽で前向きなメンタリティを持ち合わせているのであれば素晴らしい話ですが、この調査結果の裏側にあるのは転職しながらキャリアを作っていくべきという強迫観念なのではないかとして、著者は「転職すること、言い換えると転職できることを優秀さの証と捉えているかのようなケースも個人的には見聞きする。本来、最初の職場がしっくりきていれば別に不安になる必要はない。初めて付き合ったパートナーと気が合ってそのまま添い遂げることに何の問題もないのと同じだろう」と述べます。


  

 

「安定したい、だから成長したい」では、結局、「成長したい」の裏側にあるのは「安定したい」なのだと指摘します。かつては大企業に新卒で入って着実に仕事をこなし、会社のルールの中で経験を積んでいくのが間違いのない安定でした。しかし、今はポータブルスキルとともに働く場所を変えながら、どこからも求められる人材として働けるようになることこそ安定にほかなりません。終身雇用の時代はいつしか「終身成長」の時代に変わっているのです。著者は、「安定したい、だから成長したい。不安定ながらもエキサイティングな場所を目指して成長に突き進むのではなく、盤石な何かが欲しいからこそ成長を求める」と述べるのでした。

 

 

第二章「成長に囚われた時代のカラクリ」の「今改めて読む『若者はなぜ3年で辞めるのか?』」では、令和の時代には特別なものではなくなりつつある成長のための転職ですが、そんな行動様式はそもそもどのタイミングから広く浸透したのかと問いかけます。ここで注目したいのが、2006年に刊行され40万部のベストセラーになった城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』だといいます。2006年のベストセラーですが、人事コンサルタントである城氏が「3年で3割辞める」新卒離職率、「心の病」を抱える30代社員の急増、ニート、フリーター問題などを若者の視点で語った本です。同書で語られていることをシンプルにまとめると、「年功序列と終身雇用の限界」「決められたレールに乗り続けることなく自身でキャリアを選ぶことの重要性」です。



この本にはたびたび「レール」のメタファーが登場しますが、著者は「誰かに作られた道を示す表現として使い勝手がいいのだろう)」と推測しています。「自分の職場を見ると、今後の自分の人生がよくわかる」という状況をネガティブに捉えて、新卒で大きな会社に入っても若いうちは年功序列に甘んじて同じことを繰り返すだけになりがちな環境を「『若いうちは我慢して働け』と言う上司は、いわば若者をそそのかして人生を出資させているようなものだ」とまで言い切っています。そして、そんな現状に背を向けて、「レールの先にはどうやら明るい未来は少なそうだが、代わりにどこでも好きな方向へ歩いていけばいいのだ」とアジテーションしています。

 

 

「自己責任で稼ぐが勝ち」では、堀江貴文のベストセラーである『稼ぐが勝ち』が取り上げられます。同書において、これまでのシステムを壊すべきだというメッセージをはっきりと発信しているとして、著者は「当時30代前半だった堀江は、自身を『若者側の代表』に位置づけることで社会のあり方に対する異議申し立てを行った。プロ野球への参入で渡邉恒雄を、衆議院議員選挙で亀井静香を仮想敵としていたこと、そして森喜朗が当時から堀江の言動に不快感を示していたことは、彼の立ち位置を考えるうえで非常にわかりやすい。堀江とライブドアをきっかけにして『ITで一発当てる』といった思考が広がり、出版社も従来の教養主義から実用書を起点としたビジネスにシフトしていく。『若者はなぜ3年で辞めるのか?』が刊行されたのは、まさにそんなタイミングだった」と述べるのでした。



第三章「『成長』と『コンサル』 東大生はなぜコンサルを目指すのか?」の「国の重視するスキルが身につく」では、「コンサル業界に行けばスキルが身につく」ということは各所で言われていることが紹介されます。ではそのスキルとは結局何なのでしょうか。また、なぜ「コンサルに行けばスキルが身につく」と言われるのでしょうか。この問いを掘り下げるうえでの補助線になるのが、ポータブルスキルだといいます。著者は、「結論から述べると、コンサルファームで身につくと喧伝されているスキルは、今の社会で大事とされているポータブルスキルとかなりの部分で重なる」と述べます。情報を集めてそこから「何を検討すべきか」に落とし込み、実際に検討を進めるにあたってのプランを作って実行する。そのプランはあらかじめ詳細に計画されたものであることが望ましく、一方でイレギュラーなことがあれば自らそれと対峙して状況の打破を図る。国が想定している「ポータブルスキルを備えた社会人」というのはおおむねこんなものだろうとして、著者は「こういったビジネスパーソン像は、若年層向けにキャリア形成を煽る言説にも組み込まれている」と述べています。


「成長したい人が次に目指すのは」では、常識的な忙しさで今後のキャリアの通行許可証となる何かが手に入るならば、この業界の魅力はさらに上がっていくだろうと推測し、著者は「もともと東大生のキャリアとして一般的だった官僚が、ブラックな職場環境が明るみに出ることで不人気になったのとは対照的である。一方で、業界の膨張に伴って、本当にこの規模を各社が維持できるのかという声も各所から聞こえてきている」と述べます。急速な拡大の先に、コンサル業界はこれからどのような状況になっていくのか。東大生など高学歴の人たちの受け皿として、コンサル業界およびコンサルファームは定着しました。この傾向は当面続いていくと推測し、「今の時代に働く人々のニーズをここまで受け取れている仕事は今のところ他にはない。東大生は官僚ではなくコンサルを目指し、その他の高学歴層も日系大企業ではなくコンサルを目指す。尖った人のユニークな進路ではなく、優秀とされる人たちの一般的な進路としてますます定着していくのではないか」と述べるのでした。



第五章「『成長』文脈で読み解くポップカルチャー」の「タワマン文学とコンサル」では、タワーマンション、通称タワマンに住んでいることはそれ自体が今の時代の成功の象徴と呼べる一方で、その中にも息苦しいヒエラルキーが存在することに目を向けるのがタワマン文学の本質であると指摘しています。世の中全体で見れば成功者の側に括られてしまうタワマンの住民が葛藤を吐き出せば、「恵まれているお前が何を言っているの?」ということになってしまいます。不可視にされがちなしんどさをポップな文体で綴ることで人気を博すタワマン文学は、タワマンの住民に限らず多くの人の支持を集め始めていますが、著者は「おそらくその支持層には『自分より優雅に暮らしている人たちの苦しみを眺めたい』というどろどろした感情を持つ人もいれば、学力にも仕事にも恵まれているにもかかわらず漠然とした違和感を抱えながら生活している人々が共感できるコンテンツとして楽しんでいるケースもあるだろう」と述べています。



第六章「成長をめぐる不都合な真実」の「200時間残業10年やってたオレたちに同じ場所で勝とうとは思うなよ」では、仕事だろうがスポーツだろうが、非科学的な物量任せの訓練は避けられるべきであるとして、著者は「無茶なトレーニングは心身を壊す原因にもなりかねない。しかし、短時間で成果が生まれる都合の良いメソッドなど滅多に存在しないのもまた事実である。地道な努力こそ成果をあげる真の近道であり、キャリアのどこかで量をこなしたことが後の自信につながることも多い。何ができるようになりたいと思ったときに、そのゴールを目指すにあたって質にこだわるか、量にこだわるか。そのバランスのとり方は個人の価値観次第であり、効率的にリターンを得たい人はそのやり方を研究すればよいし、量で圧倒したい人はその道を進めばよい。成果を得るための手法は人それぞれである」と述べています。



しかし、こと仕事、それも会社員の仕事という観点においては、この「人それぞれ」が認められづらい状況になりつつあるのも事実です。具体的には、労働時間を規制することをベースにした働き方改革によって、「量で圧倒」という選択肢自体が初めから与えられないケースが増えているのです。「働き方改革が引き起こす『ゆるい職場』問題」では、成長と転職について考える際に、「ゆるブラック」という言葉で示される問題は重要な意味を持つとして、著者は「働き方改革の影響で、労働時間は社会全体でおおむね短くなり、法令順守のもとで従業員に配慮する文化がかなり浸透した。今後はそれが『成長を求める若者』に物足りなさを与えているのだという」と述べています。



ブラック企業と呼ばれる職場風土を払拭してホワイト化を進めたら、今後はそれが「ゆるブラック」と言われるようになりました。マネジメント側からすると「じゃあどうすりゃいいんだ!?」と頭を抱えたくなるような状況が、2020年代に入って各所で顕在化しているのです。この空気は、本書で述べてきた「安定したい、だから成長したい」という転職者の胸の内を覗いてみるとよく理解できるのではないだろうかとして、著者は「ゆるい職場にいると成長できないのだとすれば、それは自身の今後の安定を保証する基盤を獲得できないということでもある。だからこそ、居心地がよくても不安になる。もしかすると、居心地がよい職場だからこそ、そのままの自分でいることを許容されるがゆえに成長実感を覚えづらいのかもしれない」と述べます。



「ホワイト、モーレツ、プラチナ」では、「日本経済新聞」が2024年に実施した「働きやすさ」「働きがい」の2軸で企業を分類する調査が紹介されます。それによると、「働きやすさは高いが、働きがいは低い企業=ホワイト」に分類される企業は「働きやすさは低いが、働きがいは高い企業=モーレツ」の企業よりも売上高の増加率とPBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)で劣ります。そして、「働きやすさも働きがいも高い企業=プラチナ」は両者を上回る業績を示すといいます。ここで気をつけておくべきは、「ホワイト」よりも「モーレツ」の方が業績が高いという調査結果です。著者は、「働きやすさも働きがいも両立させるマネジメントは決して簡単ではない。そんな手間をかけるのであれば、手っ取り早く『モーレツ』に回帰して業績を高めればいいのではないか。そんな流れが顕在化してもおかしくない」と述べるのでした。



「勤勉さは『出し抜く』ための武器か」では、勤勉であることを会社から禁じられがちな時代だからこそ勤勉であと訴えます。周りがやってないからこそ、むしろどんどんやっていくべきだとして、著者は「この発想は、拙著『ファスト教養』で触れた『出し抜く』という考え方に近いかもしれない。長時間働かない人が増えている中で少し頑張れば抜きん出ることができるのだから、ある意味では楽なのではないか。そんな立場からの発信も最近では目にする機会が増えてきたように思える」と述べます。「成長したい人が成長するために頑張る」のは各人の勝手であり、文字通りの「自己責任」です。そのうえで問題にすべきは、望む望まざるに関係なく誰もが「成長」に追い立てられる時代になりつつあること、「成長しなければならない」という声ばかりが大きくなること、その結果としては実は「成長したいと“思わされている”」にもかかわらずその構造に気づかなくなることなのです。

 

 

第七章「成長に囚われずに成長と生きる」の「成長を目指してキャリア迷子にならないために」では、転職という大きな意思決定をする際には、程度の差はあれ高揚感が生まれることが指摘されます。その気持ちが意気揚々とした退職エントリーを書かせるわけですが、そういったわくわくする気持ちを長続きさせることのできるタイプでなければ、安定しているがゆえにつまらないと思っている大企業に在籍し続ける方が向いている可能性すらあるといいます。著者は、「成長のために『ゆるい職場』を捨てて厳しい環境に身に投じるべきではない人が一時の熱で外に出て、結果的にフィットせず再び転職をしようとした場合、元いた大企業群に戻れる保証はまったくない。最近では出戻りを歓迎する空気も高まりつつあるが、誰もが以前の会社に戻れるわけではないのは言うまでもないことである」と述べています。



「おわりに」の「コンサルの次は○○らしい」では、戦略コンサルや投資銀行で働くビジネスパーソンが、「次」の職場として注目する業界が紹介されます。それが、PE(プライベート・エクイティ)。未公開株の投資ファンドです。個々人のキャリアが誰かの商売のタネになる時代において、いつかは外に出たいがその行先が決まっていない人たちは人材業界のマーケティングターゲットとして容易に囲い込まれます。そういった流れの中でコンサル業界に足を踏み入れる人が増えたのが今の状況ですが、今後はそのコンサル業界の次のキャリアを対象とした情報が増えつつあるのです。



本書で紹介された記事と書籍のいずれにも、PEファンドへの転職を支援するアンテロープキャリアコンサルティングが関わっているそうです。ファイナンスにまつわる専門知識から経営への知見、さらには投資先の社員に信頼される人間性まで必要となるPEファンドへの転身は今のところ狭き門であり、コンサル業界にいる誰もが飛び込める場所ではないとしながらも、著者は「ただ、キャリアに関する情報の溢れる時代に丸腰でいると、ありもしない成長への欲望をいつの間にか捏造されてしまう。だからこそ、自分なりの成長の物差しを持って、今の社会を乗りこなしていかなければならない」と述べます。



そして、最後に著者は「おそらく今我々は、大きな分岐点に立っているのだろう。ポータブルスキルと年収に限定された成長を追求するあまり、今どきのビジネスパーソンを装いながらも結局は昭和的な価値観に投入していくのか。それとも、もっと大きな視点から成長を問い直したうえで、ここ数年の働き方改革の流れを足かせではなくオフィスの外の時間も含めて豊かに生きる土台として位置づけるか。この問いに対する答えは、もちろんグラデーションのあるものになる。前者だけに寄せれば本来引き戻してはいけない働き方が復活しかねないし、一方で後者の考え方はそれだけ取り出す理想論にも見える。『バランスが大事だよね』というのは最も面白くない結論だが、そのバランスをどうとるかにこそその人のセンスが表れる」と述べるのでした。本書にはわたしが知らなかったことが多く書かれており、著者の前著『ファスト教養』に続いて、大変参考になりました。著者の次回作に期待いたします!

 

 

*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
https://tenkafurei.hatenablog.com/

 

2026年1月19日  一条真也