一条真也です。
16日の夕方、北陸から福岡へ戻りました。その夜、この日から公開のイギリス・ハンガリー映画「モディリアーニ!」のレイトショーをローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。わたしと同い年のジョニー・デップの監督作とあって観たかった作品です。ジョニーという芸術家がモディリアーニという芸術家を描いた芸術映画の力作!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「デニス・マッキンタイアの戯曲を原作に、画家であるアメデオ・モディリアーニの人生を変えた3日間を描く人間ドラマ。1916年のパリを舞台に、画家としてのキャリアを捨ててパリから離れようとしたモディリアーニを仲間たちが引き止める。監督を務めるのは『MINAMATA-ミナマタ-』などの俳優ジョニー・デップ。『甘美なる隣人』などのリッカルド・スカマルチョ、ドラマ「シャンタラム」などのアントニア・デスプラのほか、スティーヴン・グレアム、ルイーザ・ラニエリ、アル・パチーノらが出演している」

ヤフーの「あらすじ」は以下の通りです。
「1916年、パリ。イタリア人のアメデオ・モディリアーニ(リッカルド・スカマルチョ)は自身の画家としてのキャリアに終止符を打ち、パリを去ることを考えていた。しかし画家仲間のモーリス・ユトリロ、シャイム・スーティン、モディリアーニのミューズであるベアトリス・ヘイスティングスらが彼を止める。そんな中、モディリアーニは友人でもある画商のレオポルド・ズボロフスキに助言を仰ぐ」
この映画の主人公であるアメデオ・クレメンテ・モディリアーニは、イタリアの画家、彫刻家です。1884年にトスカーナ地方の都市、リヴォルノのローマ街で、2男1女に続く末っ子として生まれました。 両親はともにセファルディ・ユダヤ系のイタリア人とフランス人です。モディリアーニは、主にパリで制作活動を行いました。芸術家の集うモンパルナスで活躍し、エコール・ド・パリ(パリ派)の画家の1人に数えられます。ち2018年5月月14日、サザビーズの競売 に出品された裸婦画が1億5720万ドルで落札。モディリアーニ作としてはもちろん、サザビーズでの落札額としても過去最高額となりました。
モディリアーニ絵画の代表作は、大部分が1916年から1919年の間に集中して制作されています。 ほとんどは油彩の肖像と裸婦であり(風景は4点、静物はなし)、顔と首が異様に長いプロポーションで目には瞳を描き込まないことが多いなど、特異な表現をとっていますが、これは自身の彫刻の影響が指摘されています。 肖像画についてはモデルの心理や画家との関係を表現しますが、一方、裸体画については、女性の造形美への関心が表れているのが特徴です。なお、初期には、ピカソの「青の時代」やポール・セザンヌの影響を受けた絵を制作しています。
モディリアーニの芸術と人生を語る上で欠かせない存在が、ジャンヌ・エビュテルヌ。1917年3月、モディリアーニはアカデミー・コラロッシで彼女と知り合い、同棲を始めます。同年12月、生前唯一となる個展を開催しましたが、警察を巻き込む騒動となりました。 1918年、転地療養のためニースに滞在。同年11月、母親と同じ名前である長女ジャンヌが誕生。 1919年7月にはジャンヌ・エビュテルヌに結婚を誓約しましたが、貧困と生来患っていた肺結核に苦しみ、大量の飲酒、薬物依存などの不摂生で荒廃した生活の末、1920年1月24日、結核性髄膜炎により35歳で死亡。ジャンヌもモディリアーニの死の翌日、後を追って自宅のあるアパルトマンから飛び降り自殺しました。
しかし、映画「モディリアーニ!」に登場するモディリアーニの恋人はジャンヌ・エビュテルヌではなく、イギリス人女性のベアトリス・ヘイスティングス。彼女は写真で見ると大変な美人ですが、作家、文芸評論家、詩人、神智学者であるエミリー・アリス・ヘイグのペンネームでした。彼女の作品は、第一次世界大戦の勃発前に恋人のA・R・オラージュとともに編集を手伝ったイギリスの雑誌「ニュー・エイジ」に不可欠なものでした。彼女はモディリアーニの彫刻に惹かれ、モディリアーニは彼女のモデルに顔の長い彫刻を製作する場面が映画に登場します。彼らは2年間交際しました。
ベアトリスと交際していた頃、第一次世界大戦が勃発し、モディリアーニは病弱なため兵役は不適格となります。彫刻に没頭したモディリアーニは、1915年頃までアフリカ、オセアニア、アジア、中世ヨーロッパなどの民族美術に影響を受けた彫刻作品を主に作っていました。1914年、パリでも著名な画商であったポール・ギヨームと知り合い、ギヨーム本人や友人のマックス・ジャコブの勧めもあって、1915年頃から絵画に専念し、画業を始めます。 当時シャイム・スーティン、藤田嗣治、モーリス・ユトリロとも交友関係にありました。映画では、モディリアーニとスーティン、ユトリロとの友情が生き生きと描かれています。
1916年には、ポーランド人画商のレオポルド・ズボロフスキーと専属契約を結び、絵をすべて引き取る代わりに、画材などを提供してもらっています。また、同年、シモーヌ・ティローを愛人とするが、翌年別れています。モディリアーニはしばしばカフェで臨席した客の似顔絵を描いて、それを半ば無理やり売りつけて得た金を酒代にして夜の街を徘徊していたといわれ、それを身重のジャンヌが一晩中探し回ることもあったといいます。映画「モディリアーニ!」の冒頭シーンも、カフェで似顔絵を描くモディリアーニの姿が描かれています。しかし、「おいユダヤ人、似顔絵を描け!」と高圧的に言われた相手を喧嘩になり、レストランのステンドグラスを壊すほどの大立ち回りをするのでした。
モディリアーニの生涯はジャンヌを含めて半ば伝説化しており、映画化もされています。最も有名なのは1958年のフランス映画「モンパルナスの灯」。モディリアーニの伝記映画ですが、監督・脚本をジャック・ベッケルが担当し、彼の代表作になりました。名優ジェラール・フィリップが主演でモディリアーニを演じました。モディリアーニは恋人のジャンヌと結婚し、妻を養うためにスケッチを売り歩きますが、倒れて死んでしまいます。彼が死んだのを見た画商モレルは妻のいる家へやってきて、絵を全部買うと言います。モディリアーニの死をまだ知らない妻は喜び、夫の帰りを待つのでした。ジャンヌ役を「男と女」(1966年)のアヌーク・エーメが演じていますが、切なくなるほど可憐です。
2004年には、 アメリカ・イギリス・イタリア・ドイツ・フランス・ルーマニアという6カ国合作映画「モディリアーニ 真実の愛」が作られました。アンディ・ガルシアがモディリアーニに扮した愛の物語です。共演は「ミナ」(1993年)のエルザ・ジルベルスタイン、「イヴォンヌの香り」(1994年)のイポリット・ジラルド。1919年、第1次世界大戦後のパリ。芸術家たちの溜まり場のカフェ“ラ・ロトンド”には、スーティン、リベラ、キスリング、ユトリロ(イポリット・ジラルド)、ピカソ(オミッド・ジャリリ)、そしてモディリアーニ(アンディ・ガルシア)ら天才芸術家たちが集まっていました。
そして今回の「モディリアーニ!」は、ジョニー・デップが約30年ぶりに監督として復帰した最新作。デップの長年の友人であるアル・パチーノの声かけから実現したそうです。アル・パチーノがモディリアーニについて初めてジョニー・デップに話したのは、1997年にマイク・ニューウェル監督作「フェイク」(1997年)で共演した時だったといいます。ジョニーは「アルはモディリアーニをテーマにした作品を監督するつもりで、その主役を私に任せるかもしれないというような話だったと思う。もちろん、オファーがあればすぐに引き受けていただろう。ただ時が経ち、二人ともそれぞれのやることで忙しくなってしまった」と語りました。
それから20年後の2017年、ジョニーとアル・パチーノの間で再びアメデオ・モディリアーニの話が浮上。ジョニーは、「アルが唐突に『なあジョン、私がモディリアーニをテーマにした作品を監督しようと考えていると言ったのを覚えているかい?』と聞いてきたんだ。私が『ああ、覚えているよ』と答えると、彼は『君が監督すべきだ』と言ったんだ」と、監督をオファーされた経緯について話します。それに対しジョニーはやや遠慮気味に「あなたが望むならそれに応えよう。私は厳密には監督ではないが、あなたをがっかりさせないよう全力を尽くすよ」と答え、本作が誕生しました。

六本木のレッドカーペットに立つジョニー・デップ
アル・パチーノいわく、ジョニーが監督をした方がいいという確信は経験だけでなく直感にも基づいていたといいます。「ジョニー・デップという非常にクリエイティブなアーティストであれば、モディリアーニの本質を描くのにふさわしい才能と創造性を備えているという確信があった。私は長年に渡り彼の作品と芸術性を目にしてきて、彼がこの映画の監督として、この題材に対して自然な感覚を持ち、共感し、その才能を発揮してくれるだろうと思った」と、ジョニーのアーティスト性を絶賛しています。
わたしもレッドカーペットに立ちました!
昨年12月2日には六本木で「モディリアーニ!」ジャパンプレミアが開催され、8年半ぶりに来日したジョニー・デップがレッドカーペットに登場しました。そこに、縁あって参上したわたしもレッドカーペット・イベントに参加。その後、わたしはジョニー・デップとVIPルームで対面したのでした。詳しくはブログ「ジョニー・デップに会いました!」に書いていますが、映画プロデューサーの志賀司氏(セレモニー社長)にわたしを紹介されたジョニーは、わたしが彼のデザインしたオリジナルのストールを掛けていたこともあり、嬉しそうにハグしてくれました。本当に気さくな人でしたね。そのときは映画の鑑賞は叶いませんでしたが、ようやく公開日に観ることができて良かったです!
ジョニー、やっと映画観たよ!
*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
https://tenkafurei.hatenablog.com/
2026年1月17日 一条真也拝
