「父の日」に柔道のことを考えた

一条真也です。
6月15日(日)は「父の日」ですね。
長女夫妻と次女から素敵なプレゼントと感謝のスタンプが届きました。わたしの父は昨年9月に他界しましたが、それまでは毎年、実家を訪れてプレゼントを渡していました。今日は、仏前に線香をあげに行くつもりです。

「柔道の神様」三船久蔵十段と学生時代の父

 

父は1935年(昭和10年)に千葉県富津市に生まれましたが、國學院大學の柔道部に入部しました。かなりの実力者だったようで、学生時代に四段を取得しています。講道館にも出入りし、「柔道の神様」と呼ばれた三船久蔵十段の弟子になりました。三船十段は両親の結婚披露宴にも主賓として参列していただいています。そのことを、先日対談させていただいた前田日明氏にお話しすると、「へえ~、凄いですね!」と言われました。それは、わたしのペンネームである「 一条真也」の由来が梶原一騎柔道一直線の主人公・一条直也という話からの流れでした。

 

柔道といえば、最近、YouTubeで貴重な動画を見つけました。61年前の「柔道全日本選手権」の映像です。1964東京五輪の無差別級代表決定戦の様子が記録されています。なんと、冒頭に三船久蔵十段の姿が映っています。「柔道の神様」が見守る中で行われた全日本選手権。会場は東京体育館。秋に東京五輪を控えた無差別級の代表決定戦。神永昭夫、猪熊功、坂口征二の3人の猛者が代表の座をかけて争いました。猪熊選手は東京五輪の重量級金メダリストで、父とも試合をしたことがあります。もちろん、猪熊選手の勝ちでしたけど。驚くのは、後にプロレス界入りし、新日本プロレスの社長・会長も務めた坂口選手の全盛期の様子がしっかり映っていることです。準決勝の猪熊vs坂口は、体格に勝る坂口選手が優勢勝ちします。しかし、決勝の坂口征二vs神永昭夫という明治大学対決では、先輩の神永選手が後輩の坂口選手を小内刈りで下し、柔道日本一となりました。


 

その後、神永選手は東京オリンピックの無差別級の日本代表に選ばれます。後輩の坂口選手は196センチという長身を生かし、オリンピック前には「仮想ヘーシンク」として、神永の稽古相手を務めました。しかし、本番の五輪決勝では神永選手がオランダのアントン・ヘーシンクに敗れ、日本中にショックを与えたことは有名です。このとき、坂口選手が勝っている猪熊選手は重量級で金メダルを獲得したのでした。坂口選手は明治大学卒業後、旭化成工業(のちの旭化成)に入社し、1965年の全日本柔道選手権で優勝します。その年のリオデジャネイロでの世界柔道選手権大会ではヘーシンクと対戦しますが、終始ヘーシンクと互角に戦いながらも今一歩のところまで追いつめながらの優勢負けを喫しています。ヘーシンクは松永満雄選手にも大苦戦し、この日本人選手との大苦戦を経ての優勝以降、世界タイトルのかかった国際試合に出てくることはありませんでした。この大会は、ヘーシンクが金、松永が銀、坂口が銅となっていますが、この直後、坂口征二はプロレス界入りしたのでした。



いずれにしろ、東京オリンピックでの日本柔道の敗北は日本人の心に深い傷を残しました。大袈裟ではなく、「太平洋戦争での敗戦以来の屈辱」と言ってもいいでしょう。これをテーマにして、柔道日本の復活を描いたのが、『週刊少年キング少年画報社)で、1967年から1971年まで連載された柔道一直線です。梶原一騎の原作でしたが、大人気で1969年から1971年までTBSでドラマ化されました。この物語の主人公の名前が「一条直也」で、彼の父親は1964年の東京オリンピックの柔道で敗れ、命を落としています。直也は車周作の指導のもと、「地獄車」、「海老車」などの技を駆使して外国人柔道家や日本のライバルたちと戦うのでした。

「史上最強の柔道家山下泰裕氏を囲んで

2013年9月26日の天道館竣工式で父と

 

このドラマの影響で日本中に柔道少年が大量に出現しました。当時小学生だったわたしもその1人で、小倉の上富野に誕生した「天動塾」という新しい柔道場で稽古に励んだのでした。ちなみに、天道塾の塾長は当時、柔道六段の父でした。父に柔道を教わったわたしは、投げ技だけでなく、さまざまな関節技や締め技も習得し、格闘少年となったのでした。しかしながら、父から教わった最大のものは「礼に始まり礼に終わる」という武道の精神でした。そう、武道とは礼道でもあるのです。それから、柔道の根幹をなす「柔よく剛を制す」という精神も学びました。それは、父が三船十段から受け継いだ「魂」でもありました。天道塾があった場所には、現在は冠婚葬祭互助会の会員様のための研修施設である「天道館」が建っています。

 

父はその後も国際武道連盟の理事などを務め、柔道の世界的普及に貢献。最終的には講道館より七段教士を授かりました。わたしはといえば、小学校から高校の初めまでは柔道をやりましたが、結局は二段にとどまりました。それでも、父から受け継いだ「礼に始まり礼に終わる」と「柔よく剛を制す」の精神は、ずっとわたしの人生のさまざまな場面で支えてくれたように思います。本日、父を亡くして最初の「父の日」に、そんなことを思い出しました。

 

2025年6月15日  一条真也