一条真也です。
今朝の小倉は、気温20度で暖かかったです。
自宅の庭に出てみたら、わが家の桜の老木が今年もなんとか花を咲かせていました。最近ちょっと良いことが続きました。戦後80年出版の次回作『死者とともに生きる』(産経新聞出版)をついに脱稿したこともその1つです。わが心は、まさに「サクラサク🌸」であります😊

今朝の自宅の庭

今年も老木が花を咲かせました🌸
わたしの実家の庭にも桜の木があります。
昨年亡くなった父は、こよなく桜の花を愛しました。庭に桜が咲くと、よく会社の人たちを招いて、花見会を開きました。わたしたち家族も集まって、ライトアップされた夜桜を愛でました。そんなときの父はとても幸せそうでした。病床にあったとき、口には出しませんでしたが、おそらく「来年の春、もう桜を見ることはないだろう」と覚悟していたように思えてなりません。実家の桜を見ると、ありし日の父の姿が蘇ってきます。
実家の桜も咲きました(撮影:落合太郎)

父はよく、実家の庭で花見をしました
日本人は「限りある生命」のシンボルである桜を愛してきました。日本人がいかに桜好きかは、毎年のように桜に関する歌が発表され、必ずヒットすることからもよくわかります。平安時代より以前は、日本で単に「花」といえば梅を指しました。平安以後は桜です。最初は「貴族の花」また「都市の花」であった桜だが、武士が台頭し、地方農民が生産力を拡大させるにしたがって、次第に「庶民の花」としての性格を帯びてきます。よく「花は桜木、人は武士」などといわれますが、これは江戸中期の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に用いられて以降、流行語となりました。

今朝の小倉紫雲閣の桜
こちらも花を咲かせました🌸
日本人は、月と花に大きな関心を寄せてきました。
月も花も、その変化がはっきりと眼に見える「かたち」であらわれることから、自然の中でも時間の流れを強く感じさせます。特に日本においては、桜が「生」のシンボルとされました。桜ほど見事に咲いて、見事に散る花はないからですね。そこに日本独自の美意識も生まれてきました。国学者の本居宣長は桜を日本人の「こころ」そのものとしてとらえ、「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」という和歌を詠みました。桜を見て、「ああ美しいなあ」と感嘆の声を上げること、難しい理屈抜きで桜の美しさに感動すること、これが本当の日本精神だというのですね。まさに、桜は日本人の心です!

松柏園ホテルの庭園の桜

今年も見事に咲きました🌸
明日28日は、松柏園ホテルで、小倉ロータリークラブの「花見例会」が開かれます。とても楽しみです。もうすぐ、わが社には新入社員たちが入ってきます。わたしはかつて、人の一生を桜に例えて、結婚式は満開のとき、葬儀は散るときとして、以下の歌を詠みました。
花は咲きやがて散りぬる 人もまた
婚と葬にて 咲いて散りぬる
また、冠婚葬祭業とは「魂のお世話業」だと思います。
これから冠婚葬祭という「結魂」と「送魂」のお世話をする新入社員たちの前で以下の歌を詠んだことがあります。
日の本の 善き人々の魂を
結んで送れ 若き桜よ
4月1日、わたしは、サンレーグループの入社式で今年の若き桜たちに会います。数多くの選択肢の中から、わが社を選んでくれた新入社員のみなさんには感謝の念でいっぱいです。早く会いたい気持ちが募ります。若き桜たちに会えるその日こそ、本当の「サクラサク🌸」の日です😊

若き桜に早く会いたい!
2025年3月27日 一条真也拝