一条真也です。
年末休み初日となる28日、小倉コロナシネマワールドで日本映画「私にふさわしいホテル」を観ました。コメディですが、とても面白かったですね。文壇や出版業界に詳しい人は、爆笑すること間違いありません!
ヤフーの「解説」には、「『伊藤くんAtoE』シリーズの原作などで知られる柚木麻子の小説を実写映画化。大御所作家の酷評によりデビューを台無しにされ、小説発表の場を得られなかった不遇な新人作家の逆襲を描く。『SPEC』シリーズなどの堤幸彦が監督を務め、作家の川端康成、池波正太郎らが愛した『山の上ホテル』で撮影を行った。売れっ子作家になる夢に向かって突き進む主人公を『さかなのこ』などののんが演じる」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「新人賞を受賞するも大御所作家・東十条宗典に酷評され、小説発表の場も得られなかった新人作家・加代子(のん)。東十条への逆襲を決意した彼女が憧れの『山の上ホテル』に宿泊した際、部屋の上階に彼が泊まっていることを知る。大学時代の先輩である編集者・遠藤の助けを借り、東十条の執筆を邪魔して締め切り日に原稿を間に合わなくさせることに成功するが、そこから加代子と東十条の因縁は思いも寄らぬ方向へと進んでいく」
わたしがこの映画を観たいと思ったのは、お気に入りの女優のんが主演ということもありますが、何よりも「私にふさわしいホテル」という映画タイトルが心に刺さったからです。わたしも松柏園ホテルという80年近い歴史を持つホテルを経営している身なので、気になったのであります。この映画では、いきなり山の上ホテルの沿革が紹介され、同ホテルのファンであるわたしを狂喜させました。しかも、ロビーをはじめ、同ホテルのスイートルームもしっかりスクリーンに映っているではありませんか!
山の上ホテルは1954年(昭和29年)の開業で、表通りからは奥まった神田駿河台の高台に位置しています。シンボルとも言える鉄筋コンクリート建築の本館は、1937年(昭和12年)に明治大学OBで若松市(現在の北九州市若松区)の石炭商だった佐藤慶太郎の寄付を基にアメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により、明治大学本部の隣接地に「佐藤新興生活館」として完成しました。本館の建物は、鉄筋コンクリート造の地上6階、地下2階建てす。外観は白色タイル貼りで、垂直方向を意識した窓配置、ファサード中央の塔、アールデコ風の幾何学模様の玄関入口などが特徴となっています。
山の上ホテルは出版社が多い神田神保町に近いところから、創業時から作家の滞在やカンヅメ(ホテルに籠って執筆に集中してもらうこと)に使われることが多く、ロビーで原稿のできあがりを待つ編集者もいました。そのため「文化人のホテル」として知られており、川端康成、三島由紀、池波正太郎、伊集院静といった作家や歴史家が定宿としていました。ちなみに、もうすぐわたしとの対談本『仏と冠婚葬祭~日本人と仏教』(現代書林)が刊行される芥川賞作家の玄侑宗久先生も同ホテルを定宿にされていました。食通として知られた池波は、館内レストランの天丼をよく頼んでいたといいます。三島は1955年(昭和30年)当時、「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思はなかつた。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人つぽい処が実にいい。ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」と、山の上ホテルの使い心地の感想を語っています。
檀一雄は舞台女優の入江杏子と愛人関係になり山の上ホテルで同棲し、入江との生活そして破局を描いたのが代表作『火宅の人』です。柚木麻子は2012年に、本ホテルにおける作家の「カンヅメ」に憧れ、自腹で宿泊する駆け出しの女性作家が主人公の小説『私にふさわしいホテル』を発表しました。その山の上ホテルは、竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するため2024年2月13日より全館休館することとなりました。その後、山の上ホテルの土地建物について、学校法人明治大学に継承するという発表がありました。明治大学の創立150周年事業の一環として、歴史と伝統を継承するそうです。ホテルの再開を予定しているといいますから、その際はぜひ食事、さらには宿泊したいと思います。
その山の上ホテルがいきなり登場する「私にふさわしいホテル」は極上の痛快娯楽映画となっています。主演は、映画、音楽、アートなど、さまざまな分野で活躍するのん。「私にふさわしいホテル」では、初めて小説家役に挑戦しました。新人賞を受賞したにも関わらず、いまだに本が出版できない不運な新人作家、相田大樹こと中島加代子。その原因は文壇の大御所、東十条宗典(遠藤憲一)の酷評でした。加代子は小説家としてスポットライトを浴びることを夢見て、とんでもない計画を次々と遂行していきます。途中、担当編集者の遠藤(田中圭)に恨みを晴らすべく、東十条と組んでサンタ&トナカイ作戦に出るのでした。
特に見応えがあったのは、加代子が東十条に銀座のクラブに連れて行ってもらう場面です。銀座のクラブの描写自体はリアリティを感じませんでした。店も広く、ホステスさんもたくさんいるのに、東十条の席につくのがママ(田中みなみ)1人というのがおかしい。いつまでもママが水割りを作っているし、「この店はヘルプはいないのか?」と思わずツッコミたくなりました。(笑)ただし、このクラブにはピアノの生演奏があって、加代子が石原裕次郎「夜霧も今夜もありがとう」、松原みき「真夜中のドア」を歌うシーンは良かったです。のんは歌が上手なのですが、彼女が歌う姿を見たのはブログ「星屑の町」で紹介した2020年公開の映画を観て以来ですね。彼女の歌は最高!
主演ののんは、インタビューで、ヒロインの加代子について「バイタリティにあふれた人ですよね。自分が書いた小説を読んでほしい!という気持ちと、小説が好きだ!という気持ちは純粋だけど、そのためだったら悪いやつにもなる。純粋な面だけみると良いやつなんだけど、やっていることはめっちゃ悪い(笑)。好きなものに対して純粋でいるところは自分と似ているなって思いました。そのためなら、私も人でなしになってしまうところもあります(笑)」と語っています。また、「自分が気づかないうちに人を傷つけてしまうことってあるじゃないですか。加代子の短所は、自分がやったことに対して人がどう思うかをまったく気にしていないことですね。加代子はとにかく小説が好きなんだと思うんですよ。だから権力で押さえつける東十条先生に反発しても、東十条先生が書いた小説に対しての尊敬は消えない。純度の高い“好き”が彼女の中心にあって、権力とか他人とか余計なものが入り込む余地がないんじゃないかなって思います」と語ります。
のんは加代子を演じていてテンションが上がったそうです。「加代子が下克上していくのも楽しくて。下克上って良いですよね。この話は勧善懲悪じゃないところも良くて、途中から敵だった東十条先生が“めっちゃ良いやつじゃん!”と思えたりもする。逆に良い人だと思っていた遠藤先輩がそうじゃなかったりもして。そういう人間味あふれるキャラクターの中で、加代子がスポットライトを目指して走っていく姿が清々しくて気持ち良いなって思いました。だから、加代子は悪いことをしているけど、観客が見た時に気持ちが良い人物になるようにしなきゃと思ったんです」と語っています。インタビュアーの「そう見えるように演技で心がけていたことはありますか?」との言葉に対しては、「好きの純度の高さと同じくらい、悪の純度も高くしようと思いました。とにかく、良いことも悪いことも突き抜ける。その間がない、というか、迷いがない。そんな猪突猛進さを出そうと思ったんです。コメディをやる時はウェット感を抜いて、両極端の感情をテンポよく表現することを心掛けています。そうすることで、人間のおかしみが伝わったら良いなって」と語るのでした。
「『私は枯れない!私が戦う!満たされないこの悔しさを力に変えて書き続けるんだ!』という加代子のセリフは、のんさんの魂の叫びのようでした」というインタビュアーの発言に対しては、のんは「あれはとても共感するセリフでした。いつまでも新鮮で、自分の中からどんどん表現があふれてくるっていう人でいたいと強く思っているので、“枯れない”というのは自分が目指すべきところだと思います」と語っています。小説家に限らず、何かを創作する者は、みんなそういう想いを抱えて生きているのかもしれません。のんも、「そういう人たちって、みんな孤独の中で作業をしていると思うんです。きっと加代子もそうだと思います」と語るのでした。そんな孤独な場にふさわしい空間が山の上ホテルだったのでしょうね、ちなみに、わたしがこの映画を一番観てほしい方は、現在の上流文壇の花である町田そのこ先生です!
最後に、「私にふさわしいホテル」には橋本愛が出演していました。彼女は「本屋大賞」に多大な影響力を持つカリスマ書店員の役だったのですが、新進女流作家の有森樹季こと加代子がサイン本を持ち込んできても気乗りがしない様子です。でも、書店を後にした直後に発生したある事件をきっかけに、2人は心を通わせるのでした。のん、橋本愛といえば、2013年前期放送のNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」での共演で知られます。当時、「能年玲奈」の芸名だったのんは「黒川アキ」、橋本愛は「足立ユイ」の役で、アイドル・ユニット「潮騒のメモリーズ」を結成しました。その2人の久々の共演には胸が躍った方も多かったことでしょう。ちなみに、この2人、2025年3月14日公開の映画「早乙女カナコの場合は」でも共演するそうです。のんは、なんと「私にふさわしいホテル」の有森樹季としての出演だとか。これは楽しみです!
2024年12月29日 一条真也拝