閑谷学校

一条真也です。
29日の朝、新幹線のぞみ22号に乗って、小倉から岡山に向かいました。
岡山市で開催される「日経懇話会」で講演をするのです。
日本経済新聞社岡山支局の鈴木慎一支局長は以前、北九州支局長でした。その御縁で、鈴木支局長がわたしを講師に呼んで下さったのです。


岡山に来ました!

岡山駅前で鈴木支局長と

桃太郎像の前で



岡山駅には鈴木支局長が迎えに来られていました。
わたしたちは、そのまま特別史跡である「旧閑谷学校」へ向かいました。
バスで1時間ちょっと走って、「旧閑谷学校」に到着しました。
閑谷学校は江戸時代前期に岡山藩によって開かれた庶民のための学校です。所在地は岡山県備前市閑谷で校地は特別史跡、講堂は国宝です。


旧閑谷学校」に着きました

閑谷学校ゆかりの人々

山田方谷も学びました

素晴らしい所です!

説明員の方の説明を聴きました



公式HPの「閑谷学校の概要」には、以下のように説明されています。
閑谷学校は江戸時代に建てられた、旧岡山藩直営の庶民教育のための学校です。国宝の講堂をはじめ、聖廟や閑谷神社などほとんどの建造物が国の重要文化財に指定されています。
樹々や花々が四季折々の彩りを見せ、訪れる人を楽しませてくれます。
現在目にしていただくのは、元禄14年(1701年)に完成した閑谷学校の姿です。創建は寛文10年(1970年)岡山藩池田光政によって成されましたが、武士の子弟の学ぶ藩学校は岡山城下にあり、閑谷学校ははじめから庶民を中心とした学問所としてつくられました」


山門をくぐる・・・・・

聖廟(孔子廟)の前で

聖廟(孔子廟)にて



いわば日本最古の庶民学校ですが、地方の指導者を育成するために武士のみならず庶民の子弟も教育した。また、広く門戸を開き他藩の子弟も学ぶことができました。就学年齢は8歳頃から20歳頃までで、カリキュラムは1と6の付く日には講堂で儒教の講義があり、5と10の付く日は休日となっていたそうです。
頼山陽などの著名人も来訪し、幕末には少年時代の大鳥圭介もここで学びました。
敷地内には重要文化財に指定された聖廟(孔子廟)もありました。


国宝に指定されている講堂

講堂前で記念撮影しました

講堂の入口にて

講堂内のようす

講堂の中で・・・・・



建造物のうち、講堂が国宝に指定されています。他にも、小斎・飲室・文庫・聖廟・閑谷神社・石塀など24棟が国の重要文化財に指定されています。また、旧閑谷学校は、周辺の津田永忠宅跡及び黄葉亭などを含め、国の特別史跡に指定されています。


2本の巨大な楷の木があります

楷の木(孔子の木)の前で



2本の巨大な楷の木が名物ですが、ブログ「霊山歴史館」で紹介した「孔子の木」の正体こそ、この楷の木です。中国山東省にある孔子廟孔子のお墓)には、弟子が植えた孔子の木(楷の木)が大きく繁っています。もともと、山東省曲阜にある孔子墓所「孔林」に弟子の子貢が植えた櫂の木が代々植え継がれていることに由来します。また各地の孔子廟にも、楷の木が植えられています。時代を経るにしたがって中国では学問の聖木とされ、儒教の試験である科挙の進士に合格したものに櫂の笏を送ったそうです。


この人たちも一緒でした・・・・・



99年前、湯島聖堂足利学校閑谷学校、それから佐賀県多久市にある多久聖廟の4カ所に楷の木すなわち「孔子の木」が植えられたそうです。
孔子の木」と聞いては、黙っていられません。「平成の寺子屋」をめざす天道館をはじめ、わが社の諸施設にも近く楷の木の植樹する予定です。


今度は紅葉シーズンにこーよー!



楷の木の周囲には、もみじがたくさん植えられています。
そう、ここはもみじが美しい秋の紅葉名所だそうです。「今度は、ぜひ秋の紅葉シーズンにこーよー」と言いながら、わたしたちは旧閑谷学校を後にしました。行き先は、「日経懇話会」の開かれる岡山全日空ホテルです。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2014年1月30日 一条真也