お彼岸の墓参り

一条真也です。
「春分の日」となる20日は彼岸の中日。わたしは、妻と菩提寺である広寿山福聚寺を訪れ、父の墓参りをしました。


佐久間家の菩提寺の前で


広寿山福聚寺の境内

 

広寿山福聚寺は黄檗宗の寺院で、1665年(寛文5年)に小倉藩小笠原初代藩主忠真が菩提寺として建てたものです。1866年(慶応2年)の長州藩との戦いの時、1802年(亨和2年)に再建された寺に、自ら火をつけましたが、本堂や入り口の門、鐘つき堂などは焼けず、当時のまま残されています。境内には、小笠原忠真の墓をはじめ小笠原氏とゆかりのある人々の墓があります。また、寺の建物は、福岡県の文化財に指定されています。


佐久間家の墓所


佐久間家の墓の前で

 

佐久間家の墓所の前に来ると、わたしは濃いブルーのジャケットを脱ぎました。淡いブルーのカーディガンに白のTシャツ、黒のパンツといったカジュアルな装いになりました。じつは、26日に映画仏師―BUSSHI―の撮影に参加するのですが、場所は横浜の久保山霊園。わたしはラスト近くで墓参りをする男性の役なのですが、その衣装の指定が今日着ているようなコーデなのです。わたしは墓参りをするときもスーツ姿か、ノーネクタイであっても必ずジャケットは着用するのですが、監督さんのイメージが「カジュアルな服装の男性の墓参」ということで、仕方ありません。この日は、撮影本番を想定したファッションをしてみました。


墓参りのようす


父にいろいろ話しかけました

 

ブログ「墓石開眼供養&納骨式」で紹介したように、佐久間家の墓は昨年9月20日に建てられました。わたしは墓の前で屈むと、線香に火をつけて合掌。そして、墓石を見上げながら、いろいろと透明人間になった父に話しかけました。心の中で「お元気ですか? 天寿国はいかがですか?」と問い、さまざまな報告をしました。わが社は今年の11月18日で創立60周年を迎えますが、父の遺志を継いで、しっかりと守っていきたいと思います。守るのは会社だけではありません。「礼」という人間尊重の精神、そして「日本文化の集大成」としての冠婚葬祭も守ります。そう、わたしたちは「礼の社」の「文化の防人」として精進していく覚悟です。

決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

 

拙著決定版 年中行事入門(PHP研究所)にも書きましたが、春分の日は昼夜の長さが同じで、太陽が真西に沈みます。仏教では西方遥か彼方にある極楽浄土にちなみ、この日に仏事をおこなうようになりました。分の日をはさんだ前後3日ずつの7日間のことを指します。最初の日を「彼岸入り」。春分の日を「彼岸の中日」。最後の日を「彼岸明け」。彼岸とは向こう岸。死者が成仏して住む西方の極楽浄土のことを意味します。此岸とは、わたしたちが生きている煩悩に満ちた現世のこと。彼岸の意味するところは、一切の悩みや煩悩を捨て去り悟りの境地に達すること。仏教思想と日本古来の祖先信仰が合わさり、お彼岸行事が生れました。

リメンバー・フェス』(オリーブの木)

 

また、拙著リメンバー・フェス(オリーブの木)にも書きましたが、彼岸は、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)のことです。この期間におこなう仏事を、「彼岸会(ひがんえ)」と呼びます。最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」(あるいは地方によっては「はしりくち」)と呼び、俗に、中日に先祖に感謝し、残る6日は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜(ろくはらみつ)」を1日に1つずつ修める日とされています。彼岸とは文字通り、先祖を供養する日なのです。日本にはよく宗教がないという言われ方をしますが、そうではありません。「先祖供養」という考え方があり、それに対し、神道や仏教、さらには儒教を取り込んで儀式を完成させてきました。その形がお彼岸に集約されています。わたしたち夫婦が帰った後、弟の夫婦と長女の夫婦が墓参りに来たようです。


映画の撮影もこのコーデで・・・

 

2026年3月20日  一条真也