一条真也です。東京に来ています。
12日の夜、イラン・フランス・ルクセンブルグ合作映画「シンプル・アクシデント/偶然」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。本作は世界の映画賞を席巻し、カンヌ映画祭のパルムドールを受賞。感動しました。「これは世界を変える映画かもしれない」と心底思える名作でした。
ヤフーの「解説」には、「かつて理不尽に投獄された人々が、その復讐を果たそうとするスリラー。『熊は、いない』などのジャファル・パナヒ監督が、自身の投獄経験とともに刑務所で出会ったメンバーらの体験に着想を得て撮り上げた。『熊は、いない』にも出演したワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリのほか、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテンらが出演している」と書かれています。

ヤフーの「あらすじ」は、「かつて正当な理由のないまま投獄されたワヒドは、自分の一生を台無しにした義足の看守を偶然見つける。その看守を拘束したワヒドが荒野に掘った穴に看守を埋めようとすると、相手は人違いだと主張するのだった。実は看守の顔を見たことがなかったワヒドは復讐を一旦やめ、看守を知る人々を訪ねることにする」です。
イラン映画を観るのは、ブログ「白い牛のバラッド」で紹介した2022年の作品以来ですが、同作はイランの法制度の闇を描いていました。目隠しされたまま拷問に遭う囚人の姿も出てきましたが、それは「シンプル・アクシデント/偶然」でも同じでした。自分を拷問した憎むべき相手を拉致したはいいものの、目隠しされていたがゆえに本人という確証が得られず、奇妙なドラマが展開されていきます。主人公はかつて自分を拷問した相手に目隠しをして拷問することとなり、以前の立場はまったく逆転したのでした。
「果たして、目の前にいるこの人物は、かつて自分を拷問した本人なのか?」という疑問は、主人公のみならず、彼が訪れたさまざまな人々の間でも共有されていきます。次第に、「本人だとしたら、どうなのか?」「本人だとしたら、同じように拷問するのか?」「本人だとしたら、復讐のために殺してもいいのか?」といった疑問が彼らの心の中に次々に浮かんでいきます。それは拷問される立場である以上の生き地獄であり、イスラム教の信仰を超えた「人として、どうすべきか?」という究極の問いが投げかけられます。
しかしながら、拉致した人物の妻が産気づき、それをワヒドが助けてあげます。弟が無事に産まれて喜ぶ娘の顔を見て、ワヒドは幸福な気分になります。そのとき、ワヒドは「CSHW」の中にありました。これは、Compassion(思いやり)⇒Smile(笑顔)⇒Happiness(幸せ)⇒Well-being(持続的幸福)と進んでいくサイクルです。そして、Well-being(持続的幸福)を感じている人は、Compassion(思いやり)をまわりの人に提供・拡大していくことができます。これが「CSHW」のハートフル・サイクルです。この反対が、Hatred(憎悪)→Violence(暴力)→Revenge(復讐)→Greief(悲嘆)という「HVRG」のハートレス・サイクルです。残念ながら、イラン・アメリカ・イスラエル・ガザ・ウクライナ・ロシアをはじとする世界は、まさにこの最中にあります。
本作「シンプル・アクシデント/偶然」は、ハートレス・サイクルを抜け出してハートフル・サイクルの中に飛び込むという奇跡のような映画でした。さすがはカンヌのパルムドール受賞作です。メガホンを取ったジャファル・パナヒ監督は、イランを代表する巨匠監督です。人間的な視点でイランに生きる子どもや女性、貧困層の人々の日常生活を描く作品を多く手がけます。反体制的な活動を理由にイラン政府から映画制作を禁じられながらも活動を続け、2度にわたって投獄された経験を持ちます。「チャドルと生きる」(2000年)、「熊は、いない」(2022年)でベネチア国際映画祭金獅子賞、「人生タクシー」(2015年)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。本策「シンプル・アクシデント/偶然」(2025年)でカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞したことで、3大映画祭すべてで最高賞を受賞する快挙を成し遂げました。まさに、世界一の映画監督!
*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
2026年5月13日 一条真也拝