母の日

一条真也です。
5月第2日曜日にあたる10日は「母の日」です。63年前の5月10日と同じく、久しぶりに「母の日」とわたしの「誕生日」が重なりました。今日は、妻と一緒にフラワーアレンジメントと赤いバラの花束を実家に持っていきました。


母に贈ったフラワーアレンジメント&花束

 

母はとても喜んでくれました。また、母は甘いものが好きなので、地元の名店でシュークリームを買っていきました。母は喜んで、目を細くしながらペロリと食べてくれました。長女と次女からも妻に素敵な花が届きました。

長女から妻に贈られた紫陽花


次女から妻に贈られたカーネーション

 

5月は、わたしにとって特別な月です。5日の「子どもの日」、10日の自分の「誕生日」、そして「母の日」があるからです。幼いときから、いつもこの3つの「日」は3点セットでした。最近は、この3つの本質は同じだと気づきました。それは、自分を産んでくれた母親に感謝する日だということです。ヒトの赤ちゃんというのは自然界で最も弱い存在です。すべてを母親がケアしてあげなければ死んでしまう。2年間もの世話を必要とするほどの生命力の弱い生き物は他に見当たりません。

「サンデー毎日」2016年5月22日号

 

わたしは、ずっと不思議に思っていました。「なぜ、こんな弱い生命種が滅亡せずに、残ってきたのだろうか?」と。あるとき、その謎が解けました。それは、ヒトの母親が子どもを死なせないように必死になって育ててきたからです。出産のとき、ほとんどの母親は「自分の命と引きかえにしてでも、この子を無事に産んでやりたい」と思うもの。実際、母親の命と引きかえに多くの新しい命が生まれました。また、産後の肥立ちが悪くて命を落とした母親も数えきれません。まさに、母親とは命がけで自分を産み、無条件の愛で育ててくれた人です。わたしの母は、63年前の「母の日」にわたしを産んで、実際に母になったのでした。

 

決定版 年中行事入門

決定版 年中行事入門

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: 新書
 

 

拙著決定版 年中行事入門(PHP研究所)および人生の四季を愛でる(毎日新聞出版)でも、わたしは「母の日」を取り上げました。もともと「母の日」とは、1905年の5月9日に亡くなったアメリカの社会運動家アン・ジャービスの功績をたたえたものです。アンは、南北戦争のときにあらゆる人々に愛情をささげた女性です。アンの娘、アンナが母の追悼式に白いカーネーションを参加者に配ったことが母の日の始まりといわれています。日本で母の日が普及したのは、キリスト教系の学校・青山学院の働きかけがきっかけでした。「母の日」の導入当初は、当時の香淳皇后の誕生月の3月に催されていましたが、昭和10年頃から5月に行われるようになりました。

 

昭和10年といえば、わたしの父が生まれた年です。本日5月10日は、一昨年9月20日に父が亡くなって未亡人になった母の元を訪れたわけですが、そこでは父の思い出話をたくさんしてきました。ブログ「父の銅像除幕式」で紹介したように、松柏園ホテル前に建てられた父の銅像が完成しましたが、毎日のように母は見に行っているそうです。ちなみに、銅像の視線は母が住む実家に向けられています。父のまなざしに見守られながら、父の分まで、母にはいつまでも長生きしてほしいと願っています。


松柏園ホテル前の父の銅像

その視線は母の住む実家へ・・・

 

*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!

 

2026年5月10日 一条真也