正月

一条真也です。
あけまして、おめでとうございます。
ついに、令和8年(2026年)の幕開けですね!

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昨年のわが家は喪中でしたが、今年はいつものように正月の飾りをしました。鑑餅はもちろん、羽子板や干支にあたる龍の置物も飾りました。正月を迎えると、「ああ、自分は日本人なのだ」と実感します。毎年行われる年中行事とは持続的幸福に関わっているように思えます。つまり、正月は日本人のウェルビーイングの基本なのですね。

わが家はセコムと正月飾りで完全防衛!

わが家の玄関脇の正月飾り

 

わが家では、いつものように正月の飾りをしました。鏡餅はもちろん、羽子板や干支にあたる午の置物も飾りました。正月を迎えると「自分は日本人なのだ」と実感します。正月には日本流「おもてなし」の原点があります。もともと正月とは、年神を迎える年中行事です。古い信仰の形では、年神は祖霊神としての性格が強かったといわれています。ですから、お盆とは対の関係にあったといえます。わたしは正月を「リメンバー・フェス」として、先祖に想いを馳せる、死者を供養する、そんな機会になればいいと思っています。

父の墓参りをしました

 

以前の正月元日は、家族とともに、「年神」(歳徳神)を迎えるため、家の中に慎み籠って、これを静かに待つ日でした。年神は一年を守る神であると同時に祖霊でもあります。つまり、正月に年神をまつることは祖先をまつることでもあったのです。本来、正月は盆と同様に祖霊祭祀の機会であったことは、隣国である中国や韓国の正月行事を見ても容易に理解できます。つまり、正月とは死者のための祭りなのです。わたしは、死者のための祭りという精神を「リメンバー・フェス」としてよみがえらせたいと思います。

リメンバー・フェス』(オリーブの木

 

拙著リメンバー・フェスオリーブの木)にも書きましたが、日本の場合、仏教の深い関与で、盆が死者を祀る日として凶礼化する一方、それとの対照で、正月が極端に「めでたさ」の追求される吉礼に変化したというのは、日本民俗学創始者である柳田國男の説です。しかし祖霊を祀るという意味が忘れられると、年神は陰陽道の影響もあって、年の初めに一年の幸福をもたらす福神と見なされてきました。その意識が今日まで続いていると思います。そうです、盆と同様に正月もまた先祖供養の年中行事だったのです。

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正月は大切な年中行事です!

 

ブログ『大人のお作法』で紹介した本で、著者の國學院大學客員教授岩下尚史氏は、「正月の本義」として、「『伝統芸能』だの『伝統文化』といった言葉がやたらと取り沙汰されるようになったのは、わたくしたちの暮らしの中で昔から伝承されてきたいろいろな型が、ついに消えてなくなってしまう前触れなのかもしれません。極端なことを言うようですが、正月だってそのうち実体がなくなるでしょうね。おそらく今の80代の人たちが絶える頃には、寺社は別としても、古風な信仰を保つ人たちを除いては、単なる1月になるだろうと、わたくしは見ています」と述べていますが、ここ数年、この予言が的中したような気がしてなりません。

松柏園ホテルの門松の前で

松柏園ホテルの正月飾りの前で

松柏園ホテルの大凧の下で

松柏園ホテルの招福大羽子板の前で

 

日本には各種の年中行事がありますが、その最たるものが正月です。それにしても、なぜ年中行事というものが大切なのでしょうか? くだんの岩下氏は「年中行事を大切にする心がけがあれば、生活に抑揚も出ます。春の宵に内裏を飾り、端午の菖蒲冑に邪気を払い、七夕の五色の糸に願いを掛け、菊の着せ綿の香も高く、名月に畑の幸を供えて福徳を祈るなど・・・・・・季節ごとの風流を手取り足取り教えれば、書物からは決して得ることのできない、しめやかな情愛が子供に沁み込むことでしょう」と述べています。

決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

 

民俗学者折口信夫は、年中行事を「生活の古典」と呼び、『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』などの「書物の古典」とともに、正月、雛祭り、七夕、盆などの「生活の古典」が日本人の心にとって必要であると喝破しました。この観点から、わたしは決定版 年中行事入門(PHP研究所)を書きましたが、日本人の「こころの未来」のため心を込めて書きました。日本人が「生活の古典」を大切にする心を失わないことを願うばかりです。

今年も、よろしくお願いいたします!

*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
https://tenkafurei.hatenablog.com/

 

2026年1月1日 一条真也