一条真也です。
20日の15時から、 サンレー本社でサンレーグループMS責任者会議が開催されました。MSとは「MEMBERS SERVICE(メンバーズ・サービス)」であり、「MORAL SUPPORT(モラル・サポート)」のことです。日々、「人の道」としての冠婚葬祭の意義と必要性をお客様に説明している人たちです。ブルシット・ジョブの対極に位置する最重要の仕事です。
最初は、もちろん一同礼!
表彰式を行いました
優績者にトロフィーを渡しました
「八人の侍」のポスターを持つ
ポスターを優績者に手渡しました
「八人の侍」ポスター
この日、わたしは妻が誕生日プレゼントとして贈ってくれたグリーンのネクタイを締めて参加しました。会議の冒頭、各種の表彰を行いました。一昨年は、新型コロナウイルスの感染防止のため、福岡県以外のMS責任者たちはオンラインで参加しました。昨年からは通常のスタイルに戻すことができて良かったです。社長訓示の冒頭で、わたしは「八人の侍」としてMSのスターたちを称えたポスターを見せ、「みなさんは、サンレーという会社というよりも『人の道』を守っているサムライです!」と述べました。みなさん、非常に驚き、かつ感激していました。
サンレーグループ全国MS責任者会議のようす
サンレーグループ全国MS責任者会議のようす
その後、ブログ「町田そのこ氏と対談しました」で紹介したように、13日、サンレーグループの全国葬祭責任者会議の内容、また、ブログ「議員会館で映画『グリーフケアの時代に』上映」で紹介した出来事について話しました。これは「グリーフケア」を啓蒙しようという議員さんらの提案で、5月15日から開催の「生命のメッセージ展in国会」にて「グリーフケアの時代に」を無料上映をすることになったのです。主に国会議員の方々への啓蒙活動が中心です。岸田文雄総理もご来場、ご鑑賞されました。昨年12月1日の初回上映では秋篠宮皇嗣妃殿下の臨席を賜りました。そして今回、国会議員の皆様にも鑑賞していただく運びとなり、グリーフケアの普及にとって非常に大きいインパクトとなりました。
『中流危機』を紹介しました
それから、ブログ『中流危機』で紹介した本の内容を紹介しました。かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人々でした。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れています。本書の帯には「〝中流″なんて高嶺の花!」「結婚できない」「正社員になれない」「自家用車を持てない」「趣味にお金をかける余裕がない」「持ち家に住めない」「年に1度以上旅行に行けない」「なぜこんなことに! 再生への処方箋は何か?」と書かれています。
日本はもう「豊かな国」ではない!
もはや日本はかつてのような「豊かな国」ではなく先進国の平均以下の国になってしまったようです。中間層の定義はさまざまですが、複数の専門家は、日本の全世帯の所得分布の真ん中である中央値の前後、全体の約6割から7割にあたる層を所得中間層としています。その中間層の所得がこの25年間で大幅に落ち込んでいます。2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1994年に505万円だった中央値が2019年には374万円。25年間で実に約130万円も減っているのです。
アベノミクスを総括する
同書の第1部「中流危機の衝撃」の冒頭には、「バブル崩壊後に起きた日本経済の長期にわたる低迷は『失われた20年』と呼ばれた。しかし、バブル崩壊から20年以上経ってなお、日本経済は低空飛行を続けている。2013年には、『大胆な金融政策』『機動的な財政政策』『民間投資を喚起する成長戦略』の“三本の矢”を掲げる『アベノミクス』が始まったが、10年経っても、GDPや実質賃金の伸びはぱっとしない。いつしか『失われた20年』に代わり、『失われた30年』という言葉が、人口に膾炙するようになりつつある」と書かれています。こうした長期低迷のしわ寄せが及んだのは、バブル崩壊後に社会人になった世代です。右肩上がりだった賃金は伸び悩み、かつて当たり前だったマイカーや持ち家、海外旅行は徐々に縁遠いものになっていました。
就職氷河期世代について
熱心に聴く参加者たち
もっとも割を食ったのはいわゆる「就職氷河期世代」であるとして、「概ね1993年から2004年に新卒で就職活動を行った人たちだ。苦難の時代を歩んできた彼らは、正社員になれず、アルバイト、派遣社員、契約社員などとして職を転々とするフリーターや、通学や求職活動もしないニートなどが、他の世代よりも多いといわれる」と説明されています。かつて日本企業は、新卒一括採用、年功賃金、終身雇用、福利厚生などの制度で、従業員の人生を、ときに退職後も含めて手厚く面倒をみてきました。“一億総中流社会”を支えてきた、いわば「企業依存型」ともいえる雇用システムですが、こうした制度を続ける余力のある企業は少なくなり、企業と従業員の関係性は大きな曲がり角を迎えているのです。
幻想だった中流の生活
第1章「幻想だった中流の生活」の「親世代のような〝中流の暮らし″は望めない」では、4年前に住宅ローンを組んでマイホームを新築したものの、収入が下がったことによって支払いが苦しくなり、ついには家を手ばなした20代の夫婦が取り上げられます。本人たちが言うように夫婦に「計画の甘さ」があったのかもしれませんが、分不相応の高い買い物をしたわけではないとして、本書には「親世代の“中流家庭”であれば、子どもを産み、マイホームを建てることは、“手の届くところにある夢”だったことだ。しかしそれから25年が経ち、いまの若者たちは、そもそも『夢すら見られない』という現実に直面していた。『賃金の右肩上がり』を一度も実感できない若者世代にとって、将来を見据えながら人生設計を立てることは、一層難しくなっていると感じた」と書かれています。
生活の根幹が揺らぐ危険性とは?
「[コラム]持ち家を失う、令和の中流家庭」では、マイホームの購入は、「人生で一番大きな買い物」とも言われているとして、「残業手当やボーナスが落ち込む場合も想定したうえで、なぜ余裕をもった返済計画を組まないのだろうか、という見方もあるだろう」と書かれています。しかし実際は、この夫婦のように、手当やボーナスを見込んだ収入でローンを組むケースが、大半だといいます。日本銀行による異次元緩和により、住宅ローンの変動金利は0%台という歴史的な超低水準が続いており、「借入がしやすい」状況だ。毎月の返済額をみて「これなら返せるかもしれない」と、ローンを組むことに抵抗感が減る人も多いでしょう。しかし、リーマンショックのような大不況や新型コロナ感染拡大のようなことが起きれば、あてにしていたボーナスや手当が突然なくなる事態が起きます。本書は、「今後、変動金利が上昇する可能性もある。そうした事態に直面したとき、“中流の暮らし”の象徴だった持ち家のローン返済が、逼迫する家計に襲いかかり、生活の根幹が揺らぐ危険性もあるのだ」と警告するのでした。
このように日本国民が急速に貧しくなっているわけですが、日本人の「老後」や「死後」にも大きな影響を与えています。わたしは、「身寄りなき老後、国が支援制度を検討 生前から死後まで伴走めざす」という朝日新聞デジタルの記事を紹介しました。記事には、「頼れる身寄りのいない高齢者が直面する課題を解決しようと、政府が新制度の検討を始めた。今年度、行政手続きの代行など生前のことから、葬儀や納骨といった死後の対応まで、継続的に支援する取り組みを一部の市町村で試行。経費や課題を検証し、全国的な制度化をめざす」と書かれています。
「身寄りなき老後の支援制度」について
高齢化や単身化などを背景に、病院や施設に入る際の保証人や手続き、葬儀や遺品整理など、家族や親族が担ってきた役割を果たす人がいない高齢者が増え、誰が担うかが課題になっている。多くは公的支援でカバーされておらず、提供する民間事業者は増えているが、契約に100万円単位の預かり金が必要なことも多く、消費者トラブルも増えている。本人の死後、契約通りにサービスが提供されたかを誰かが確認する仕組みもないそうです。これは深刻な問題です。国が支援制度を検討といいますが、国や行政だけでは問題の解決は難しいと思います。日本の超高齢社会は大きな危機に直面していると言えます。
葬祭扶助費が年間104億円に!
生活困窮者が亡くなった際の火葬代などとして支給される葬祭扶助費の総額が2021年度、全国で約104億円にのぼったことがわかりました。厚生労働省によると、100億円を超えたのは、統計の残る1957年度以降初めて。生活に困窮する独居高齢者や故人の引き取りを拒否する親族の増加が背景にある。多死社会における公的支援のあり方が問われている」と書かれています。葬祭扶助というのは、生活保護法に基づく制度で、生活扶助、医療扶助などと並ぶ8つの扶助のうちの1つです。遺体の運搬や火葬などの費用が支給されます。支給額には基準があり、都市部の場合、21万2000円以内です。
日本にこんな時代が訪れるとは!
熱心に聴く参加者たち
葬祭扶助は、遺族が困窮していたり、身寄りのない故人がお金を残していなかったりした場合、遺族のほか、親族、家主や民生委員ら葬儀を行う第三者が自治体に申請すると支給されます。厚労省によると、2021年度は過去最多の4万8789件の申請があり、計103億9867万円が支給されました。政令指定都市・中核市とそれらを除く都道府県別では、東京都の申請が最も多く8205件。以下、大阪市(4940件)、横浜市(2404件)、名古屋市(1556件)、埼玉県(1523件)などと続きました。葬祭扶助費が約104億円とは、わたしも初めて知りました。驚くべき金額です。日本にこんな時代が訪れるとは、想定できませんでした。
葬儀は人類の存在基盤である!
多くの著書において一貫してわたしが訴えてきたように、葬儀は人類の存在基盤です。古今東西、人が亡くなって葬儀をあげなくてもいいと考えた民族も宗教も国家も存在しません。もし、日本に「葬式は、要らない」とか「葬式消滅」とかの考えが存在するのなら、それは人類史から見て現在の日本人が異常なのです。「親の葬儀は人の道」というのはわたしの信条ですが、孔子が開いた儒教では、親の葬儀をあげることを「人の道」と位置づけました。孔子の最大の後継者というべき孟子は、人生の最重要事と位置づけています。儒教における「孝」とは、何よりも親の葬儀をきちんとあげることなのです。
国民の互助会加入義務化を!
韓国では「孝の啓蒙を支援する法律」が制定されているそうですが、ぜひ、これは日本でも見習うべきだと思います。日本には親の葬儀を確実にあげることができる冠婚葬祭互助会というシステムがあるわけですから、いっそのこと、すべての国民に互助会への入会を義務づけてもいいように思います。いわゆる「互助会加入義務化」ですが、義務教育や自賠責保険のようなものですね。誤解してほしくないのは、必ずしもサンレーに入会する必要はないということです。どこの互助会でもいいのです。各自が入りたい互助会に入ることで、とりあえず「わたしは親の葬儀を必ず行います」という証明になるのではないでしょうか。
これからも考察と発言を続けます!
何よりも消費者の立場が優先されるこの時代、「互助会の加入義務化」など「なんと、ナンセンスな!」と思われるかもしれませんが、儒教という東アジア共通の思想から見れば、きわめて自然な発想であると確信します。なぜならば、わたしは現代日本における儒者であると、自分では思っていますので・・・・・・。また、互助会への義務加入び伴う会費は個人の負担でなく、公的サービスとして税金から支給されるべきであるとも考えています。わたしは、これからもこの構想について考察を続け、発言していきたいと思います。これから葬儀がどんなスタイルに変わろうとも、葬儀は人類の存在基盤であり、葬式は不滅です。ぜひ、日本国民の互助会加入の義務化を希望いたします。
サンレー思想が業界を導く
ブログ「ハートフル・ソサエティとウェルビーイングと互助会」で紹介したように、一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)が創立50周年にあたって発表した互助会業界将来ビジョンの結論は、「即ち、『将来に向けて業界が目指すべき姿』は『生まれてから亡くなるまでの一人ひとりの暮らしがよりウェルビーイングなものになるように『健康』『交流』『助け合い』を軸として、個々の会員としての関係を深め、会員同士のつながりを広げることで『心ゆたかな社会=ハートフル・ソサエティ』を実現していくことにある』といえる」でした。これは、わたしの考えそのものであります。わたしには『ハートフル・ソサエティ』『心ゆたかな社会』『ウェルビーイング?』というタイトルの著書もあります。
互助会の出番だ!
わたしは、葬祭扶助の約104億円という金額の大きさが、家族が少なく、地域社会が崩壊し、葬送儀礼が形骸化していく現況と比例していると思いました。死生観の空洞化した中で生きている現代の日本を象徴しています。孤独や孤立、うつや自死が増加していく予感のする恐ろしい数字です。「互助会の出番だ!」と強く思います。そして、それを支える思想については拙著『コンパッション!』(オリーブの木)に詳しく書きました。みなさんには、ぜひ同書を読み返していただきたいと思います。最後に「みなさんの仕事は『人の道』を守るという最高に価値のある仕事です。ぜひ、これからも世の中を良くするという志をもって、この素晴らしい業務に励んで下さい!」と言って、わたしは訓話を終えました。
最後は、もちろん一同礼!
懇親会の冒頭で挨拶しました
山下常務の発声でカンパ~イ!
最後は「末広がりの五本締め」で!
社長訓話の後は、 松柏園ホテルの「長浜」に移動して、久々の懇親会を開催しました。わたしは、「みなさんは、この世で最も価値のあるものを守っているのだという誇りを持っていただきたい!」と述べました。それから、山下常務の発声で乾杯しました。各地から参集したみなさんは、お酒や料理を楽しみながら会話の花を咲かせました。最後は、MS本部の中山総支配人による中締めの挨拶でした。中山総支配人は、 サンレー・オリジナルの「末広がりの五本締め」で締めました。その後は、松柏園のラウンジで二次会が開催され、大いに飲みました。この日は、みんなの心がひとつになりました!
二次会でカンパイ!
今夜は大いに飲もうじゃないか!
2024年5月20日 一条真也拝