アイヌの祈りの儀式

一条真也です。
18日、新型コロナウイルスの感染者が国内でついに1万人を突破しました。そんな中、共同通信が配信した「『パヨカカムイ』、近づかないで アイヌ民族が祈りの儀式」というネット記事を見つけました。

f:id:shins2m:20200418231335j:plain祈りの儀式を行うアイヌ民族の有志ら(共同通信

 

記事には、「コロナ拡大を受け、北海道弟子屈町アイヌ民族の有志らが18日、病気の神が人間に近づかないよう祈りの儀式を行った。民族衣装をまとった男女約40人が、病気の神『パヨカカムイ』に向けて思い思いの踊りを披露。音楽に合わせ、魔よけの効果があるとされるクマザサで宙を突いたり、両手で持ったアイヌ文様の布を上下左右に振ったりした。『弟子屈町屈斜路古丹アイヌ文化保存会』の豊岡征則会長によると、アイヌ民族の共生の精神に基づき、儀式は病気の神を退治することを目的にしなかった。『儀式で「何とか鎮まりください。お互いに生きていきましょう」とお祈りした』と話した」と書かれています。

儀式論』(弘文堂)

 

拙著『儀式論』(弘文堂)で、わたしは、儀式とは、不安定な人間の「こころ」を安定させる「かたち」であると定義しました。人間の「こころ」が不安に揺れ動く時とはいつかを考えてみると、子供が生まれたとき、子どもが成長するとき、子どもが大人になるとき、結婚するとき、老いてゆくとき、そして死ぬとき、愛する人を亡くすときなどがあります。その不安を安定させるために、初宮祝、七五三、成人式、長寿祝い、葬儀といった一連の人生儀礼があるのです。「かたち」があるから、そこに「こころ」が収まるのです。ですから、感染拡大の不安の中で、アイヌの人々が「パヨカカムイ」という病気の神に祈るのは、まさに「こころ」を落ち着かせる「かたち」としての儀式であるわけです。

唯葬論』(三五館)

 

アイヌの儀式といえば、イオマンテが有名です。拙著『唯葬論』(三五館)の「他界論」でも詳しく紹介しましたが、いわゆる「熊送り」、すなわち熊の霊をあの世へ送 る儀式です。アニミズムが生きているアイヌでは、人間ばかりか、すべての生きるものには魂があり、死ねばその魂は肉体を離 れてあの世へ行けると考えられました。特に、人間にとって大切な生き物は丁重にあの世へ送 らねばなりませんでした。このイオマンテに注目したのが、哲学者の梅原猛です。

 

日本人の「あの世」観 (中公文庫)

日本人の「あの世」観 (中公文庫)

  • 作者:梅原 猛
  • 発売日: 1993/02/01
  • メディア: 文庫
 

 

梅原猛は、 ブログ『日本人の「あの世」観』で紹介した著書で、「アイヌの人は山で捕まえてきた仔熊を飼い、ちょうど身が美味しくなる頃に、そ の身をいただいて、熊の魂をあの世に送り返すのであります。ここで最も重要なのは、人間が熊の魂とともに熊の肉を食べ、血をすすり、神(熊)と人との一体を誓 った後に、熊の霊をあの世に送る儀式なのであります。それは夜の初めに行われま す。この世の夜の初めは、あの世の朝であります。朝、あの世へ着けば、無事仲間 の待っているところへ行けるというわけです。熊の魂は、酒や魚や穀類などの土産 をどっさりもらって天に帰るわけですが、天に帰った熊は、天にいる熊の仲間を呼 び出し、人間にもらった酒や魚や穀類で宴会を開きますと、仲間たちは帰ってきた 熊の話を聞き、これほど厚くもてなされ、こんなに多くの土産を持って帰してくれ る人間の世界はすばらしい、俺も行ってみようということになり、来年は熊がどっ さりとれるというわけです」と述べています。

 

また、アイヌでは、葬式が最も大切な宗教儀式であるとされています。これにつても、梅原猛は「魂をあの世へ丁重に送るのは、再び魂をこの世へ送り返さんがためであります。 魂がこの世に無事帰ってくるためには、まず、あの世へそれを無事送らねばならな いのであります。熊送りの儀式の最後にアイヌの人たちは、『またおいで』と言います。この『またおいで』という言葉こそ、熊送りの儀式の隠れた意味を語るものでありましょう。それは、言ってみれば、豊猟の祈りの祭りでもあります。熊の魂 を心から喜ばせて、あの世へ送ることによって、来年熊をこの世へ迎えることがで きるのであります。ドイツ語の『アウフ・ビーダーゼーエン( Auf  Wiedersehen )』、『また会う日まで』というのが、熊送りという、和人にも西洋人にも、まことに奇 妙に思われた祭りの真の意味でありますが、狩猟採集社会における人間生活を考え ると、それはそれでまったく合理的な根拠をもっているのであります」と述べています。

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江戸時代に描かれたアマビエ

 

パヨカカムイ」に話を戻すと、病気の神といえば、ブログ「妖怪アマビエ」で紹介したように、新型コロナウイルスに関して、興味深いムーブメントが起きています。「アマビエ」という妖怪です。江戸時代に熊本(当時は肥後の国)の海に現れたという半魚人のような妖怪なのですが、「疫病が流行したら自分の姿を絵に描いて広めなさい」といい残して海の中に消えたといいます。今、なぜ注目が集まっているかというと、うろこのある体に長い髪の毛とくちばしの姿を描いて見せることで妖怪「アマビエ」が疫病から人間を守ってくれるという言い伝えがあるのです。SNSでは、多くの人々が自作のアマビエを披露しています。儀式にしろ、妖怪にしろ、古来より人間は不安な「こころ」を安定させるために、さまざまな「かたち」を求めてきたのです。 

 

2020年4月18日 一条真也