『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)


一条真也です。
『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』リンダ・グラットン&アンドリュー・スコット著、池村千秋訳(東洋経済)を読みました。「100年時代の人生戦略」というサブタイトルがついています。「読者が選ぶビジネス書グランプリ2017」にて、総合グランプリを受賞。「ビジネス書大賞2017」では準大賞を受賞。このときの大賞受賞作は、ブログ『サピエンス全史』で紹介した本でした。


本書の帯の裏



本書の帯の裏には「こんな生き方をしてはいけない!」という一文に続いて「卒業後すぐに就職し、ずっと同じ会社で働こうとする」「永続する起業を目標に起業し、すべてを仕事に捧げる」「休日をレクリエーション(娯楽)にあてる」と書かれています。



また、カバー前そでには「お金偏重の人生を、根底から変える」「成長至上の次に来る、新しい生き方」とあります。
さらに、アマゾンの「内容紹介」には以下のように書かれています。
「誰もが100年生きうる時代をどう生き抜くか。働き方、学び方、結婚、子育て、人生のすべてが変わる。目前に迫る長寿社会を楽しむバイブル。世界で活躍するビジネス思想家が示す、新しい人生のビジョン。みんなが足並みをそろえて教育、勤労、引退という。3つのステージを生きた時代は終わった。では、どのように生き方、働き方を変えていくべきか。その1つの答えが本書にある。100歳時代の戦略的人生設計書」


アマゾンの《本書の主な内容》には以下のように書かれています。
●人生はより長く、健康になる。
エクスプローラー、インディペンデント・プロデューサー、ポートフォリオ・ワーカーという新しいステージが出現する。
●スキル、知識、仲間、評判、健康、生活、友人関係、アイデンティティ、人的ネットワーク、オープンな姿勢が大事
労働市場に存在する職種は、これから数十年で大きく入れ替わる。
●100歳になった自分がいまの自分をどう見るかを考える。
●男女の役割分担が変わる。質の高いパートナー関係が必要になる。
●数十年単位での役割の調整が必要。高度な信頼関係と徹底した計画が不可欠。
●各人のアイデンティティが変わっていく。



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「日本語版への序文」
序 賞 100年ライフ
第1章 長い生涯――長寿という贈り物
第2章 過去の資金計画――教育・仕事・引退モデルの崩壊
第3章 雇用の未来――機械化・AI後の働き方
第4章 見えない「資産」――お金に換算できないもの
第5章 新しいシナリオ――可能性を広げる
第6章 新しいステージ――選択肢の多様化
第7章 新しいお金の考え方――必要な資金をどう得るか
第8章 新しい時間の使い方――自分のリ・クリエーションへ
第9章 未来の人間関係――私生活はこう変わる
終 章 変革への課題



「日本語版への序文」では、「幸せな国、日本」として、2050年までに、日本の100歳以上人口は100万人を突破し、2007年に日本で生まれた子どもの半分が107年以上生きるという国連推計を紹介しています。そして、以下のように述べています。
「長寿化は、社会に一大革命をもたらすと言っても過言でない。あらゆることが影響を受ける。人々の働き方や教育のあり方も変わるし、結婚の時期や相手、子どもをつくるタイミングも変わる。余暇時間の過ごし方も、社会における女性の地位も変わる。20世紀に、日本の社会と経済は大きな変貌を遂げた。長寿化は、21世紀に同様の大きな変化を日本にもたらすだろう。この先、多くの変化が日本人を待っている」



また、「過去のモデルは役に立たない」として、著者は述べています。
「長寿化の潮流の先頭を歩む日本は、世界に先駆けて新しい現実を突きつけられている国だ。そんな日本の経験をほかの国々も見守っている。長寿化が最も進んでいるということは、裏を返せば、対応するために残された時間が少ないということにほかならない。日本は早急に変化する必要がある。時間は刻一刻減っていく。日本の政府に求められることは多く、そのかなりの部分は早い段階で実行しなくてはならない」



そして、「年金や人口減の問題が和らぐ」として、著者は、日本が長寿の国であるだけでなく、著しく出生率が低い国でもあるということを指摘し、以下のように述べます。
「この2つの要因により、高齢者人口が増える一方で、総人口が減りつつある。一時は約1億3000万人に達した人口は、国連の予測によれば、2060年には約8700万人にまで落ち込むという(65歳以上が人口に占める割合は40%に達する)。この問題もきわめて深刻であり、迅速に対応しなくてはならない。日本政府もすでに、移民の受け入れや出生率向上のための施策を検討しはじめている。出生率の落ち込みと人口の減少は長寿化とは別の問題だが、この問題があるために、100年ライフの恩恵を最大限大きくすることがいっそう重要になる。人々が70代後半や80代になっても活力と生産性を失わず、長く働き続けられれば、年金問題や人口減少の弊害はだいぶ和らぐ」



第1章「長い生涯――長寿という贈り物」では、「平均寿命は今後も延びる」として、著者は以下のように述べています。
「平均寿命の大幅な上昇は、1つの理由では説明できない。それは、短期間の変化の結果でもない。過去200年のほとんどの期間、平均寿命は右肩上がりで延びてきた。1840年以降、データがあるなかで最も長寿の国の平均寿命は、1年に平均3カ月のペースで上昇している。10年ごとに2〜3年ずつ寿命が延びている計算だ」



若い人ほど長く生きる可能性が高いわけですが、10年ごとに平均2〜3年のペースで平均寿命が上昇していることを考えると、2007年生まれの50%が到達する年齢が104歳なら、10年前の1997年生まれの人の場合、その年齢は101〜102歳という計算になります。さらに10年前の1987年に生まれた人は、98〜100歳。1977年生まれは95〜98歳、1967年生まれは92〜96歳、1957年生まれは89〜94歳となります。


 
「平均寿命上昇の理由」として、平均寿命の上昇には、健康、栄養、医療、教育、テクノロジー、衛生、所得といった多分野における状況の改善が関係していると説明されます。どの要因の影響が最も大きいかについて、人口学者の見方は一様でありませんが、専門家の共通認識に最も近いのはサミュエル・プレストンの研究であるとして、以下のように述べています。
「プレストンの推計によれば、所得の上昇と栄養状況の改善が平均寿命上昇の要因の約25%を占めているが、大きな要因としては、感染症の媒介生物の駆除、医薬品、予防接種といった公衆衛生関連のイノベーションが挙げられるという。啓蒙活動が果たした役割も大きかった。たとえば、喫煙と寿命の関係についての啓蒙キャンペーンは大きな効果をもった」



第3章「雇用の未来――機械化・AI後の働き方」では、第二次世界大戦期にイギリス首相を務めたウィンストン・チャーチルの「未来に目を向けることは、つねに賢いことだ。しかし、目で見えるより先を見ることは難しい」という言葉を紹介した後、「そう、未来を予測することは難しい。遠い未来であればあるほど、見えにくい。100年ライフでは、未来の不透明性は途方もなく高まる」として、著者は以下のように述べています。
「過去100年を振り返ると、いま100歳の人たちは、生涯を通して多くのことを経験してきた。二度の世界大戦と、騎兵から核兵器への戦争手段の変化を目の当たりにし、ロシア革命共産主義の興亡も目撃した。史上最初のグローバリゼーションの終焉と第二のグローバリゼーションの興隆、中国の衰退と台頭、電気、ラジオ、テレビ、量産型乗用車、最初の商業用旅客航空機の登場、人類最初の月面着陸、そしてインターネットの誕生も見届けてきた。家庭生活でも、自動洗濯機と電気掃除機が家にやって来て、屋内トイレが多くの家に普及し、ジッパーとブラジャーも当たり前になった。
これらの変化について少し考えればわかるように、いま生まれた子どもたちが100年の間に経験することを予測するのは不可能だ。だから、長寿化時代には、不確実性に対処することが避けて通れない」



「新しい産業とエコシステム」では、「産業の新陳代謝」として、まずは農業が取り上げられます。1869年、農業はアメリカのGDPの40%近くを占めていましたが、2013年には1%まで落ち込みました。その原因は、農業機械や肥料などのテクノロジーの進化にあります。しかし、「目覚ましい成長を遂げた産業もある」として、著者は以下のように述べています。
「農業とは対照的に、サービス産業が経済に占める割合は、1929年の40%から、2013年には65%に上昇した。その背景には、豊かになった人々が昔より多くのサービスを消費しはじめたという事情がある。その典型がレジャー産業だ」



続けて著者は、レジャー産業について以下のように述べます。
「20世紀に人々の余暇時間が増えたことにともない、レジャー産業が大きく成長した。映画館やスポーツクラブ、フィットネスセンターなどが目を見張るほど増えたのだ。しかし、生産性が大きく上昇した農業と異なり、レジャーなどのサービス産業の生産性は概して上昇していない。ヨガ・インストラクターや美容師の生産性を大きく向上させることは現実的に考えて難しい。サービス産業では、需要が伸びても生産性が伸びなかったためにサービスの価格が上昇し、より多くの働き手を吸収していった。こうした、価格の上昇と働き手の増加と生産高の拡大が相まって、GDPに占めるサービス産業の割合が大幅に高まったのである」



また、「新しいエコシステムの登場」として、著者は述べます。
「一部の論者によれば、人々が勤める企業のあり方も目を見張るほど変わるという。20世紀にオフィスで働く人が大幅に増えた背景には、現代的な大企業の台頭があった。そうした大企業は、規模のメリットを生かせる組織構造を武器に、経済にしっかり居場所を確立した。しかし、大企業は大組織全盛の時代ならではの過去の遺物だと指摘する人たちもいる。やがて、小回りの利く敏捷な小企業が登場し、図体の大きい恐竜のような大企業は膝を屈するというのだ。確かに、そうなりそうな兆候もある。テクノロジーの進歩により、組織を介さなくても働き手たちが直接連繋しやすくなったし、小規模な企業には、大企業が発揮しづらい柔軟性がある。それに、3Dプリンターなど、新しいテクノロジーの開発がさらに進めば、いま大企業が享受している規模のメリットの多くは失われると言われる」



「柔軟性に富んだ『スマート・シティ』が台頭する」として、著者は、変わるのは、どういう企業で働くかという点だけではなく、働く場所も変わると指摘し、以下のように述べます。
「いま私たちは、人類史上最も特筆すべき大移住を目撃している。それは、も農村から都市への人口移動である。2010年、世界全体の都市生活者の数は36億人だった。2050年には、それが63億人になると見られている。これは、毎週130万人が都市に移り住む計算だ。都市で暮らすこと、とりわけいわば『スマート・シティ(賢い都市)』に住むことを望む人が増えているのだ。この点は今後もおそらく変わらない」



なぜ、これほど多くの人が都市に住みたがるのでしょうか? 
その理由について、著者は以下のように述べています。
「インターネットが登場した当時、この新しいテクノロジーにより物理的な距離が重要性を失い、私たちは自分の好きな場所で暮らせるようになると言われていた。しかし実際には、確かに『遠さ』の弊害は問題でなくなったかもしれないが、『近さ』の価値はむしろ高まっている。いま世界規模で起きている都市への大移住は、新興国における農業から工業へ、農村から都市への移動がすべてではない。先進国でも都市への人口流入が起きている。これは、質の高いアイデアと高度なスキルの持ち主のそばに身を置くことの重要性が高まっていることの表れだ」



スマート・シティの重要性は、経済的要因だけでありません。
それは社会的要因によっても増幅されているとして、著者は述べます。
「この数十年、社会学者の言う『同類婚』が際立って増えている。自分と教育・所得レベルが近い人を結婚相手に選ぶ傾向が強まっているのだ。この現象も都市の成長を後押ししている。どういうことか? 高いスキルの持ち主同士の夫婦がそれぞれやり甲斐のある職を見つけることは、夫婦の片方だけがそのような職を見つけるよりずっと難しい。夫が外で働き、妻が主婦として家庭にとどまる伝統的家族の場合は、小さな町のほうが暮らしやすかったかもしれない。しかし、小さな町では、夫婦の両方が自分に最適な職を見つけることは難しい。その点では、雇用の機会が多い大都市のほうが魅力的だ」



「仕事の未来はどうなるのか?」では、「人間にしかできないこと」として、テクノロジーの面から言えば、仕事の未来に関して真に重要な問いは、ロボットと人工知能による代替がどこまで進むかだということを指摘し、著者は以下のように述べています。
「現時点では、ある種のスキルと能力は人間固有のものであり、ロボットや人工知能による複製ないし代替が(いまのところは)できないという見方が一般的だ。前出のデーヴィッド・オーターらは、人間固有の能力を2種類挙げている。1つは、複雑な問題解決に関わる能力だ。ここでは、専門知識、帰納的推論の能力、コミュニケーションスキルが必要とされる。(中略)一方、もう1種類の人間固有の能力は、対人関係と状況適応の能力だ。こちらは、主に体を使う仕事で必要とされる場合が多い」


第4章「見えない『資産』――お金に換算できないもの」では、無形の資産は、私たちの人生のあらゆる側面できわめて大きな役割を果たしているとして、著者は以下のように述べています。
「お金は確かに重要だが、ほとんどの人はそれ自体を目的にしていない。私たちがお金を稼ぐのは、それと交換にさまざまなものが得られるからだ。私たちはたいてい、やさしい家族、素晴らしい友人、高度なスキルと知識、肉体的・精神的な健康に恵まれた人生を『よい人生』と考える。これらはすべて無形の資産だ。長く生産的な人生を築くために、有形の金銭的資産と同じくらい、無形の資産も重要だということは、誰もが納得できるだろう。
もっとも、無形の資産と有形の資産を完全に切り離せるわけではない。むしろ、有形の資産は無形の資産の形成を強く後押しし、無形の資産は有形の資産の形成を強く後押しする」



著者によれば、無形の資産は、それ自体として価値があることに加えて、有形の金銭的資産の形成を助けるという点で、長く生産的な人生を送るためにカギを握る要素なのだといいます。よい人生を生きるためには、何をするべきか。著者は「有形と無形の両方の資産を充実させ、両者のバランスを取り、相乗効果を生み出す必要がある」と喝破します。



「人生の『資産』を管理する」では、「さまざまな無形の資産」として、著者は以下のように述べています。
「美貌が重要な資産であることを裏づける研究もある。労働経済学者のダニエル・ハマーメッシュの研究によれば、容姿に恵まれた人は月並みな容姿の人に比べて、就職できるまでに要する期間が短く、昇進するのが速く、給料も3〜4%高いという。背の高い人ほど、給料が高い傾向もある。性別や人種が所得に及ぼす影響を明らかにした研究も多い」



著者によれば、無形の資産には非常に多くのものが含まれますが、長寿化との関係を基準にすると、以下の3つのカテゴリーに分類されます。
1.生産性資産
(人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ要素)
2.活力資産
(肉体的・精神的な健康と幸福のこと)
3.変身資産
(100年ライフを生きる人たちは、その過程で大きな変化を経験し、多くの変身を遂げることになる。そのために必要な資産)



1の生産性資産の「スキルと知識」では、「どのような知識が価値をもつのか?」として、著者は以下のように述べています。
「いま最も注目を集めているのは、機械学習人工知能の進歩だ。これらの分野で大きな進歩が実現したときにも価値を失わないのは、どのようなスキルや知識なのか? そうしたスキルや知識は、どのように身につければいいのか? 一般論としては、テクノロジーがさらに進歩した時代に、教育と学習と研修がキャリアを後押しする方法は3つある。1つは、新しいアイデアと創造性をはぐくむのを助けること。もつ1つは、人間ならではのスキルと共感能力を発揮できるようにすること。最後の1つは、思考の柔軟性と敏捷性など、あらゆる分野で通用する重要な汎用スキルをはぐくむことだ」



第8章「新しい時間の使い方――自分のリ・クリエーションへ」の「新しい余暇の過ごし方」では、「レクリエーションとリ・クリエーション」として、著者は以下のように述べています。
「レクリエーション(娯楽)ではなく、自己のリ・クリエーション(再創造)に時間を使うようになるのだ。『労働時間の節約は自由時間を増やす。つまり、個人の発達を完成させるための時間をもたらすのである』と、カール・マルクスも述べていた。リ・クリエーションは個人単位で実践されることが多く、1人ひとりが自分なりにリ・クリエーションとレクリエーションを組み合わせて余暇時間を形づくるようになるだろう。過去100年間は、商業化された娯楽の消費活動を中心とするレジャー産業が台頭したが、今後は、個人レベルでの自己改善への投資活動に力を入れるレジャー産業が発展するかもしれない」



そして、終 章「変革への課題」の「自己意識」では、「アイデンティティ」として、著者は以下のように述べるのでした。
「100年ライフの時代には、人生の時間は、繁殖という進化上の役割を果たすために必要とされるより長く、金銭面の安定を確保するにも十分すぎるくらいになる。子づくりと貯蓄に使わずに済む時間は、どのような活動に費やされるのか? 人生のさまざまな時期に時間的ゆとりが増えれば、自分がどういう人間かを探求する機会を得られるのだろうか? それにより、自分が生まれた社会の伝統に従うのではなく、みずからの価値観や希望に沿った生き方ができるようになれば、それ以上の『長寿の贈り物』はおそらくないだろう」


人生の修め方』(日本経済新聞出版社


本書を読み終えて、わたしは「この本が『人生100年時代』ムーブメントのバイブル」と呼ばれる意味がわかった気がしました。「人生100年」といえば、拙著『人生の修め方』(日本経済新聞出版社)の帯には、「人生100年時代。いつまでもポジティブでありたい人に贈るヒント集。『終活』から『修活』へ――。豊かに老い、美しく人生を修めるためのブックリスト50冊付き!」「日経電子版連載の大人気コラムが書籍化!」と書かれています。
同書は、日経電子版=NIKKEI STYLEに連載した「一条真也の人生の修め方」というコラムを40本分掲載しています。発信力の大きい日経電子版に隔週連載することで、わたしの予想をはるかに超える反響がありました。おかげさまで大変好評をいただき、「読まれている記事」ランキングでは何度も1位になりました。



ずいぶん以前から「高齢化社会」と言われ、世界各国で高齢者が増えてきています。各国政府の対策の遅れもあって、人類そのものが「老い」を持て余しているのです。特に、日本は世界一高齢化が進んでいる国とされています。しかし、この国には、高齢化が進行することを否定的にとらえたり、高齢者が多いことを恥じる風潮があるようです。それゆえ、高齢者にとって「老い」は「負い」となっているのが現状です。人は必ず老い、そして死にます。「老い」や「死」が不幸であれば、人生はそのまま不幸ということになります。これでは、はじめから負け戦に出るのと同じではないですか。


人生100年時代をどう生きて、どのように生を修めるか?



そもそも、老いない人間、死なない人間はいません。
死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。わたしは、本書で「豊かに老いる」そして「美しく人生を修める」ヒントのようなものを書きました。「人生100年時代をどう生きて、どのように生を修めるか?」について考えるすべての方に読んでいただきたいと思います。


2017年8月17日 一条真也