『人生の一冊の絵本』

人生の1冊の絵本 (岩波新書)

一条真也です。
14日の夜、金沢から小倉に戻りました。
それはそうと、季節は秋。そう、読書の秋ですね!
『人生の1冊の絵本』柳田邦男著(岩波新書)を読みました。著者は、1936年栃木県生まれ。ノンフィクション作家。現代における「生と死」「いのちと言葉」「こころの再生」をテーマに、災害、事故、病気、戦争などについての執筆を続けています。最近は、絵本の深い可能性に注目して、「絵本は人生に3度」「大人の気づき、子どものこころの発達」をキャッチ・フレーズにして、全国各地で絵本の普及活動に力を注いでいます。 

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本書の帯

 

本書の帯には、「その絵本と出会い、何かが変わっていく・・・・・・150冊の絵本が登場」と書かれています。また、帯の裏には、「絵本は文章の理解力がまだ発達していない幼い子どものために絵でコトバを補っている本だと思いこんでいる人が多い。だが、違う。絵本は、子どもが読んで理解できるだけでなく、大人が自らの人生経験やこころにかかえている問題を重ねてじっくりと読むと、小説などとは違う独特の深い味わいがあることがわかってくる。(本書「あとがき」より)」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「絵本と出会い、何かが変わっていくかもしれない・・・・・・。こころが何かを求めているとき、悲しみのなかにいるとき、絵本を開いてみたい。幼き日の感性の甦りが、こころのもち方の転換が、いのちの物語が、人を見つめる木々の記憶が、そして祈りの静寂が、そこにはある。150冊ほどの絵本を解説しながら、その魅力を綴る」

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
1 こころの転機
2 こころのかたち
3 子どもの感性
4 無垢な時間
5 笑いも悲しみもあって
6 木は見ている
7 星よ月よ
8 祈りの灯
「あとがき」
「登場する絵本索引」

 

1「こころの転機」の「ゆびがなくても、おかあさんになれるんだ」の冒頭を、著者は「夜、静かなまちのなかをクルマを走らせていると、ふと思うことがある。家々は静まり返っている。どの家も屋根の下では、家族が何の問題もなく平穏に暮らしているように感じられるけれど、必ずしもそうではないだろうな。むしろ屋根の下では、誰かががんを患っていたり、認知症の親のケアに追われていたり、障害児の養育が大変だったりなど、何らかの問題をかかえている家が少なくないだろう。そんな思いが、頭の片隅を過るのだ」と書きだしています。

 

さっちゃんのまほうのて (日本の絵本)

さっちゃんのまほうのて (日本の絵本)

 

 

続けて、著者は「そんなことを思うのは、病気や障害や事件の取材に長年取り組んできて、様々な家族の内実をとらえてきたからだろう。だが、家庭内にそうした問題をかかえているからといって、その家族は不幸なのかというと、必ずしもそうではない。直面する問題としっかりと向き合い、たとえ病気や障害などの現実は変えられなくても、現実を真正面から受け止め、新しい生き方や人生観や価値観を見出して、こころの成熟した日々を過ごしている家族が少なくない」と述べます。そして、著者は『さっちゃんのまほうのて』たばたせいいち、先天性四肢障害児父母の会、のべあきこ、しざわさよこ共同制作(偕成社)を紹介するのでした。

 

きょうは、おおかみ

きょうは、おおかみ

 

 

また、「少女のこころの危機と絵の力」では、『きょうは、おおかみ』キョウ・マクレア(文)、イザベル・アーセノー(絵)、小島明子(訳)(きじとら出版)を紹介し、「小児精神医学の専門家によれば、女の子は少女期にどちらに転ぶかわからないような危ない精神状態になっていることが多いという。親はそのことに気づかずに、子どもを追いこんでしまいがちだ。だが多くは、親あるいは親代わりの人のまるごと受け入れて抱きしめてくれる愛や、きょうだいの支えなどによって、人格形成にゆがみを残さないで済んでしまう。この絵本は、そんなことを描いた作品と見ることができる」と解説します。さらには、「特にこころを病む場合がそうなのだが、精神世界におけるコミュニケーションにおいては、言葉が力を失っても、絵という表現手段の力は極めて大きいということだ。その意味でも、この絵本は多様な問題提起をしている作品だ」と述べるのでした。

 

ひみつのビクビク (世界の絵本)

ひみつのビクビク (世界の絵本)

 

 

 「もうひとつのこころの動きが」では、著者は「人は誰でも、こころのなかに他者に知られたくない“ひみつ”を持っている。“ひみつ”と言うと、ちょっと大袈裟に響くかもしれない。たとえば、私が10歳のころだったか、いたずらごころで大きなアンズの木の枝に群がる小鳥たちに小石を投げたら、一羽に命中してしまった。小鳥は羽をバタつかせながら墜落し、すぐ横の田植えが済んだばかりの水田にじゃぼんと落ちてしまった。田んぼは水が張ってあるので、なかに入って助けてやることはできない。私はかわいそうなことをしてしまったと胸が痛んだが、そんなことをした自分が恥ずかしくて、家族にも友達にも話せなかった。今にして思えば、そのことをこころのなかに“ひみつ”としてしまいこんだのだ」と述べます。それから、主人公の少女「わたし」のこころの‟ひみつ”をテーマにした、こころの成長の物語である絵本『ひみつのビクビク』フランチェスカ・サンナ(作)、なかがわちひろ(訳)(廣済堂あかつき)を紹介します。

 

はこちゃん (講談社の創作絵本)

はこちゃん (講談社の創作絵本)

 

 

「自己否定が自己肯定に変わる瞬間」では、著者は「子どもたちの間では、名前の印象とか、言葉の訛りとか、洋服のちょっとした模様とか、些細なことがきっかけで、意地悪をしたり、いじめたりするトラブルが生じやすい。落ちこんだ子は、それがきっかけで、孤独になったり、引きこもったりしがちだ。そんなときに、親や教師や別の友達が、沈んだ表情の子の通常でない様子を察知して、その子が悲しみやつらさ、くやしさなどの感情を吐き出させるように、全身で包んであげるような対応の仕方が大事になってくる」と述べ、『ハコちゃん』かんのゆうこ(文)、江頭路子(絵)(講談社)を紹介します。

 

がらくた学級の奇跡 (わくわく世界の絵本)
 
みんなから みえない ブライアン

みんなから みえない ブライアン

 

 

「障害のある子どもの限りない創造力」では、著者は「偏見と差別の問題は、人類の歴史とともに古くからあると言ってよい。人種差別、障害に対する差別、ハンセン病などの患者に対する差別などは代表的なものだ。そういうなかにあって、近現代になると、欧米などで、障害者や特定の病気の患者に対する偏見と差別をなくそうとする人々が現れ、教育界も少しずつ変わってきた。こうした変化とともに、絵本のジャンルでも、障害のある子どもや重い病気の子どもたちに対する理解を深めようというねらいで作られた絵本が、まだ少ないながら刊行されるようになってきた」と述べ、『がらくた学級の奇跡』パトリシア・ポラッコ(作)、入江真佐子(訳)(小峰書店)、『みんなからみえないブライアン』トルーディ・ラドウィック(作)、パトリス・バートン(絵)、さくまゆみこ(訳)(くもん出版)を紹介します。



「何をすることが、いちばんだいじか」では、著者は「“災害ユートピア”という言葉がある。1995年の阪神・淡路大震災のときも、2011年の東日本大震災のときも、家を失った何十万人という被災者たちが大きな公共スポーツセンターや学校の体育館などで長期にわたる避難生活を余儀なくされた。一家族あたりのスペースは狭く、プライバシーなどないかたちで寝起きする日々を過ごす。食事も粗末なものだ。そんななかで、家族以外の避難者たちと食べ物を分け合ったり、ほかの家族の高齢者や幼い子どもを世話してあげたりなど、支え合う日常が生まれる。見ず知らずの人々が職業や社会的地位や財産の有無に関係なく、同じ人間同士として連帯感を持って一日一日を乗り越えていく。そういう非日常のなかで生まれた共同体を、いつ誰が名づけたのか、“災害ユートピア”と呼ぶようになった」と述べています。



しかし、“災害ユートピア”は、長続きするものではありません。著者は、「いずれ貯えのある人、仕事や収入基盤のある人は、避難所から出ていって新しい生活に入る。どこかに移住先を見つける人もいる。遺された人々は、やがて仮設住宅などに移る。“災害ユートピア”は消えていくのだ。しかし、“災害ユートピア”で体験した支え合いや人とのつながり、あるいは困っている他者への思いやりといったものは、多くの人々のこころに刻まれ、その後の人生観に影響を与えることが少なくない」と述べます。

 

3つのなぞ

3つのなぞ

 

 

続けて、著者は「つまり、本当のユートピアはつくれなくても、そういうこころの持ち方こそ、人間が人間らしく生きるうえで、日常的にも非日常的な状況下でも、ささやかながらいちばん大きな支えとなるものであろう。しかも自然体で実行できるものだ。自分は人間としていかに生きるべきかという問題を頭のなかだけで考えていると、答えを見出せずに迷路に入ってしまいがちだが、なんらかの社会的な活動をして動いていると、案外答えは身近なところにあることに気づかされるものだ。“災害ユートピア”が教えてくれたものは、そういうことなのだと思う」と述べ、『3つのなぞ』ジョン・J・ミュース(作)、三木卓(訳)(フレーベル館)を紹介するのでした。

 

いのる

いのる

  • 作者:長倉 洋海
  • 発売日: 2016/09/17
  • メディア: 単行本
 

 

2「こころのかたち」の「人はなぜ学び、なぜ働き、なぜ祈るのか」では、著者は『いのる』長倉洋海(写真・文)(アリス館)を取り上げ、「世界各地における多様な祈りの情景と人間の表情が、頁をめくるごとに紹介されていくが、この写真絵本のなかほどのところで、長倉さんがたどり着いた死生観が、綴られている。
〈ぼくが小学生のとき、おばあちゃんが死んだ。焼いた煙が高い空にのぼっていくのを見たとき、すべてが無になってしまったような気がして、悲しかった。でも、さまざまな死に出会う中で、やっと気づいた。ただ死を恐れるのではなく、生きている、この時間、この瞬間を、もっともっとしんけんに生きることが大切なんだ、と〉

f:id:shins2m:20201030122048j:plain長倉洋海氏の著書たち

著者は、「ドキュメンタリーの気配を漂わせるこの写真絵本の終わり近くで、長倉さんはこう記す。
〈いのることで、昔の人たち、宇宙、未来とも つながることができる。 そうすることで、わたしたちは「永遠」というものに 近づくことができるのかもしれない〉
長倉さんの結びの言葉は――。
〈今日も世界各地で、いのりは続いている。 そして、これからも続いていく。人が生きているかぎり。 希望を捨てないかぎり。 人が人と生きていくかぎり〉
この写真絵本『いのる』は、私の終生の伴侶というべき大切な本たちの1冊になるだろう」との書いています。『いのる』の他にも、長倉氏は『働く』『まなぶ』『つなぐ』『さがす』といったシリーズ続編を世に問うています。これらに強く心惹かれたわたしは、早速、アマゾンですべてを注文し、一気にすべてを読みました。躍動する子どもたち、真摯な子どもたちの姿に感動しました。これから何度も読み返したいと思います。

 

 

「ファンタジーはグリーフワークの神髄」では、著者は「絵本の物語に、おばあちゃんやおじいちゃんがお母さんやお父さんに負けないくらい登場し、タイトルにも書きこまれるのは、なぜだろうか。答えは簡単だ。おばあちゃん、おじいちゃんは、育児に親ほど責任を負うわけではないし、時間的にもゆとりがあるので、遊び相手や散歩の相手になって、楽しい時間を過ごしていればいい。孫はかわいいねえと言って、楽しんでいればいい。子どもにしてみれば、おばあちゃんもおじいちゃんも『大好き』ということになる」と述べ、『おじいちゃんの ゆめの しま』ベンジー・デイヴィス(作)、小川仁央(訳)(評論社)を紹介しています。また、「子どもが旅立ったおじいちゃんの“向こうの世界”にまで行って、どのような日常なのかを見届け、励ましの言葉をもらって帰ることで、大好きな人はこころのなかでいつも一緒なのだという安心感を得ている。子どもならではの想像力の豊かさを、グリーフワークに生かしていると言えるだろう」と述べています。

f:id:shins2m:20200715153103j:plain死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)

 

続けて、著者は「しかし、よく考えてみれば、大人でもそうした想像力を活性化することで、魂レベルでの《あの人は今も私のこころのなかで生きている》という思いを強く抱けるようになるのではなかろうか。そうした想像力を持つことは、精神的いのちの永遠性への気づきをもたらすものであって、グリーフワークの神髄と言えよう。最近は、ファンタジーの物語によって、そうした課題に応える絵本が創作される時代になっているのだ」と述べていますが、まったく同感です。拙著『死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)でも、ファンタジーの本をたくさん紹介しましたし、わが社のグリーフケア・サロンにはいつも多くの絵本が常備されています。

 

みんなうまれる

みんなうまれる

 

 

「ファンタジーの世界で遊ぼうよ」では、著者は『みんなうまれる』きくちちき(作)(アリス館)を紹介し、「きくちちきさんの『みんなうまれる』は、太陽の光によって、草木が芽を出し、虫たちも生まれ、いろいろな色も生まれ、そしてぼくも赤ちゃんとして生まれるという、新しい生命の誕生の数々を、自作の簡潔な詩のような短文でつないでいくという内容になっている。絵は水彩の爽やかな色づかいによって、モダンアート風だがそれほど突っ張らないで、形より色のイメージを前面に出す感じで描いていて、なかなかにユニークな絵本にしている。言葉と色のカノンと言おうか。いろいろな生命の誕生の姿を、読み手の1人ひとりが想像力を発揮して思い描くのをうながすような絵本だ。ゆっくりと頁をめくり、最後の頁を閉じると、何だかほわんとした温もりのなかにいる気分になるだろう。忙しいときこそファンタジーの世界で遊ぼう!」と述べています。

 

 

「50歳からの6歳児感性の再生法」では、『さびしがりやのクニット』トーベ・ヤンソン(作)、渡部翠(訳)(講談社)、『プー あそびをはつめいする』A・A・ミルン(文)、E・H・シェパード(絵)、石井桃子(訳)(岩波書店)を紹介し、ムーミン童話やプーさん童話は、子どもと大人の領域を超えた世界児童文学の傑作として、これから100年後も200年後も読み継がれていくだろうとして、著者は「優れた児童文学の数々を読んでいつも感心するのは、6歳児くらいまでの幼いこころの動きを、みごとと言えるほど鋭くとらえている点だ。それはとりもなおさず作家が6歳児くらいまでの感性をそのまま失わずに持ち続けていることを示している」と述べています。鋭い指摘であると思います。

 

プーあそびをはつめいする (クマのプーさんえほん (12))
 

 

では、6歳児くらいまでの感性とは、どういうものなのか。それは、小学校に入って受ける教育のなかで身につけていく知識や理屈などが前頭葉で支配的になる前のこころの動きであるとして、著者は「たとえば、未知のものへの好奇心、何かを自分でやろうとするひたむきなこころ、自分が生きるのを守ってくれる人に対する真っすぐな信頼感、言葉に対する敏感な反応などだ。ヤンソンにしてもシェパードにしても、そういう幼児期の子どもの心理を、物語のなかの会話の言葉でも、挿し絵や絵本の絵のなかでも、みごとに表現している」と指摘しています。

 

大人が絵本に涙する時

大人が絵本に涙する時

  • 作者:柳田 邦男
  • 発売日: 2006/11/25
  • メディア: 単行本
 

 

そして、著者はこう述べるのでした。
「絵本や童話を読んでいつも思うことがある。人は人生のなかで青年期から中年期にかけては、ガツガツと仕事仕事の日々を過ごすのはやむを得ないにしても、50歳を過ぎたら、忙しくても、毎日20分は絵本や童話を読むライフスタイルを身につけるように心掛けてはどうか、と。その日常を積み重ねていくなら、いつしか幼いころの無垢な感性を取り戻し、還暦を迎えるころには、周囲から『あなた、変わったね』と言われるようになっているだろう」

 

こころの処方箋(新潮文庫)

こころの処方箋(新潮文庫)

 

 

3「子どもの感性」の「夢のなかで遊ぶ子どもの世界」では、著者は「インドネシアのある島では、子どものころから、見た夢をその日のうちにお年寄りに話すという日常生活の文化があるという。かなり前だが、臨床心理学者で夢分析の専門家でもあった故・河合隼雄先生がご健在だったころに聞いた話だ。その島では、こころの病気になる人が1人もいないというので心理学者や精神医学者が関心を持っているとのこと」と述べています。

 

酒井駒子 小さな世界 (Pooka+)

酒井駒子 小さな世界 (Pooka+)

  • 作者:酒井 駒子
  • 発売日: 2008/06/03
  • メディア: 単行本
 

 

夢を見たら人に話すことは、傾聴ボランティアの人が、ホスピスや老人ホームや在宅医療において、死を間近にした人が人生を振り返ってじっくりと語るのを支持的にひたすら聴くことによって、語る人がこころの安らぎを保てるのと似ているように思うとして、著者は「つまり夢を語る文化は、抑圧感情などを引きずらずに解放し、自己肯定感を獲得することにつながっていくのだろうと私は解釈している。このようなことを考えると、夢のなかのファンタジーを描いた絵本を幼い子に読み聞かせするのは、夢のなかで自由に遊ぶ機会をつくる意味を持ち、ひいてはこころをのびやかにし、感情を豊かにする役割を果たすのではないかと思えてくる」と述べ、『はんなちゃんがめを覚ましたら』酒井駒子(作)(偕成社)を紹介しています。

 

わたし、ぜんぜんかわいくない (単行本)
 

 

「子ども時代を生きるとは」では、著者は「子どもが母親の温もりを求め、母親の愛を強く求めるとき、大人が気づかなければならないのは、幼くても母親の微妙な心模様を鋭く読み取る感性が育っているということだ。幼い子は言葉では表さなくても、母親が喜んでいるか悲しんでいるか、ヒステリックになっているかどうか、落ちこんでうつの状態に陥っているかどうかなど、母親の心理状態を直観的に感じ取り、その母親の心理状態に応じた振るまいなり身の処し方をする。特に重要なのは、母親がパニック状態だったり、うつ状態だったりすると、子どもは母親に迷惑をかけまいとして、自分の感情を抑えこむ、いわゆる抑圧反応を起こすという点だ。自身のこころを貝殻のなかに封じこめて表に出さず、縮こまった状態になるのだ。そういう抑圧状態が続くと、こころの発達が止まってしまう」と述べ、『かあさんは どこ?』クロード・K・デュボア(作)、落合恵子(訳)(ブロンズ新社)を紹介します。

 

ねぇ、しってる?

ねぇ、しってる?

 

 

「おさな子が『お兄ちゃん』になるとき」では、『ねぇ、しってる?』かさいしんぺい(作)、いせひでこ(絵)(岩崎書店)を紹介し、著者は「子どもがほんとうに幼いころには、現実の世界とファンタジーあるいはイマジネーションの世界との間に境界線がない。ペットやぬいぐるみとお話をしたり、何かわからないことをつぶやきながら芝居がかったことをして、物語を創ったりしているとき、その営みは、ほんとうの人間との間で経験することとほとんど同じ意味を持つ。言い換えるなら、幼い子の感性と想像力はものすごく豊かなのだ。ところが4~6歳になると、現実と想像の世界に境界線ができて、両者は別のものなのだということがわかってくる。そして、覚えた知識や他者との関係の持ち方などで、自分の行動を判断していくようになる」と述べています。

 

講談社の名作絵本 ごんぎつね

講談社の名作絵本 ごんぎつね

 

 

 5「笑いも悲しみもあって」の「不条理な悲しみの深い意味」では、著者は「人がこの世に生まれてからあの世に旅立つまでの長い歳月のなかでは、『ああすればよかった』『こうすればよかった』と悔やまれることや、『なんで私が』とか、『そんなつもりじゃなかったのに』と無念の思いや悲しみに駆られて落ちこんでしまうことが少なくない。もともと人生というものは、『こうすればこうなる』というぐあいに、思い通りにはならないことが多いと考えたほうがよいのだと、私は思っている。そのことを学んでいくのが人生というものだろう。そういう学びは、実は子ども時代から始まるのだということを、絵本や童話を読む子どもたちの反応を見ているとよくわかる」と述べ、『ごんぎつね』新美南吉(文)、箕田源二郎(絵)(ポプラ社)を紹介します。

 

きょうはそらにまるいつき

きょうはそらにまるいつき

  • 作者:荒井 良二
  • 発売日: 2016/09/09
  • メディア: 単行本
 

 

7「星よ月よ」の「まるい月に目を輝かせる赤ちゃん」の冒頭を、著者は「昼下がりの乗客の少ない時間に電車に乗ると、私には異様としか思えない光景が目の前に広がっている。窓を背にした長椅子の人々も私の両脇の人々も、ほとんどがスマホタブレットの操作に熱中しているのだ。たまに1人くらい、文庫本を読んでいる人を見かけるが、そういう人は珍しい。窓の外の街の風景とか空の雲を眺めている人は、ほとんどいないのだ。特に愕然となるのは、子どもを間に座らせている親子3人が、会話をするでもなく、それぞれにスマホに集中している姿だ。窓から見える空に美しい巻雲が流れていようと、遠くにスカイツリーが見えようと、もうそういう風景にはまるで関心を向けないし、互いに会話もしない」と書きだしています。

 

よるのかえりみち

よるのかえりみち

 

 

続けて著者は、「夜、駅を出て家路を急ぐ勤め帰りの人々も、スマホを離さない。まるで国中の人々がスマホ中毒に陥っているのかと思うほどだ。子どものころからそんなスマホ中毒になっていたら、自分の育った街や村の風景に愛着を抱くようにはならないだろうし、樹木や草花の季節の変化を感じる感性も育たないだろう。これは人生の大事な時間の喪失であり、感性を豊かにする機会の喪失だと思う。そういう時代だからこそ、テレビを消し、スマホなどを切って(せめてマナーモードにして)、親が子どもに絵本や童話を読み聞かせしたり、逆に子どもが親に読み聞かせしたりして、絵本や童話の楽しい世界をこころに刻むことがとても大事な意味を持つようになっていると言いたい」と述べます。

f:id:shins2m:20201103114426j:plainわが家の絵本コレクションの一部

 

そして、著者は『きょうはそらにまるいつき』荒井良二(作)(偕成社)、『よるのかえりみち』みやこしあきこ(作)(偕成社)を紹介しています。じつは、わが家では、「うさぎ」と「月」に関する絵本はすべてコレクションしています。2人の娘たちも「うさぎ」と「月」の絵本を読みながら、育ってきました。わが家には、『きょうはそらにまるいつき』はありましたが、『よるのかえりみち』は初めて知ったので(うさぎが登場しますが、未読でした)、早速、アマゾンで注文しました。幻想的で素晴らしい絵本です。

 

あおのじかん

あおのじかん

 
はくぶつかんのよる

はくぶつかんのよる

 
シルクロードのあかい空

シルクロードのあかい空

 

 

「強烈な色がひらく異界」では、著者は「画家が色にこだわりを持つのは当然のことだが、絵本の分野でも、作品のなかで特定の色をテーマに結びつけて強く打ち出す作家がいる。2016年から次々に邦訳され、新しい作風で注目されているフランスのイザベル・シムレールさんは、まさに色自体をテーマにからめて強烈なインパクトをもたらす絵本を制作している新進の絵本作家だ」と述べ、シムレールの『あおのじかん』『はくぶつかんのよる』『シルクロードの あかい空』石津ちひろ(訳)(岩波書店)を紹介します。そして、著者は「シムレールさんの絵本を読み通した後に私が感じたのは、どの絵本のどの頁を開いても、そこだけを切り離しても楽しめる絵と文になっており、どの1冊も、それぞれに大人が深く味わえる、絵本を超えたしい詩画集になっているということだった」と述べるのでした。

f:id:shins2m:20181127092532j:plain朝日新聞」2018年11月27日朝刊

 

8「祈りの灯」の「亡き人の実存感がこころにストンと」では、著者は「グリーフケアあるいはグリーフワークという用語が、この国においてもかなり一般的に使われるようになってきた。大切な人、愛する人を喪った悲しみを癒し、生きる力を取り戻すのを支えるのがグリーフケアであり、自分自身で再生への道を歩むのがグリーフワークだ。ここで言うグリーフ(grief)とは、生きているのがつらいと思うほどの喪失や挫折によってもたらされる深い悲嘆のことだ」と述べています。わたしは、現在、グリーフケアの研究と実践に取り組んでいます。



また、著者は「人は、なぜ重い病気になると闘病記を書いたり、俳句や短歌を詠んだりするのか。人は、わが子や伴侶や親を亡くすと、なぜ追悼記を書くのか。私は、そうした問いに対する答えを求めて、この40年ほどの間に数百人の闘病記や追悼記を読んできた。そうした手記に見られる共通点は、自分あるいは愛する人がこの世に生きた証を残したいという思いだ。そして、書くことによって、その人のこころに何がもたらされるかというと、それはこころの癒しであり、生き直す力だ。自分の体験や状況を見つめ、それらに文脈をつけて書くという行為は、ショックや悲嘆や不安によって渾沌としていたこころのなかを整理する作業にほかならないからだ」とも述べ、『いつまでもいっしょだよーー日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故で逝った健ちゃんへ』みやじまくにこ(作)、(扶桑社)を紹介します。

 

パパの柿の木

パパの柿の木

 

 

日航ジャンボ機事故で40歳の夫・谷口正勝さんを亡くした真知子さんが、絵本『パパの柿の木』を刊行したのは、事故から31年経った2016年夏でした。そのきっかけは、30年を過ぎた2015年秋、事故当時は小学生だった次男の誠さん一家と御巣鷹の尾根に慰霊登山をしたときのこと。5歳の孫・結菜ちゃんが「生きているパパのパパに会いたかった」とつぶやいたことでした。著者は、「真知子さんは、このつぶやきを聞いて、事故によって家族に何が起きたかを、しっかり孫たちにも伝えなければと思ったのだという。夫は事故の5年前に、『家で作った果物を子どもたちに食べさせたい』と、柿の苗木を買ってきて植えた。その柿の木の成長と小学生だった2人の男の子の成長を重ね合わせ、さらに真知子さんのこころの遍歴も忍ばせている絵本の構成は、とても感銘深い。事故の後、夫が機内で記した「子供達の事をよろしくたのむ」という遺書を見ては、泣いていた真知子さん。パパの代わりになろうとがんばるお兄ちゃん。いつもパパのシャツを抱いて涙して寝る弟。はじめて実った柿を涙ながらにほおばる家族・・・・・・。やがて、子どもたちは成長し、家族を持ち、孫が5人にもなる」と述べています。絵本の最後の言葉は、〈パパ、いつも僕たちを見守ってくれて、ありがとう〉でした。

 

ずっとつながってるよ―こぐまのミシュカのおはなし

ずっとつながってるよ―こぐまのミシュカのおはなし

  • 発売日: 2006/05/01
  • メディア: 大型本
 

 

そして、著者は、2000年の暮れに起きた東京の世田谷一家四人殺人事件の被害者家族の姉で隣に住んでいた入江杏さんが描いた『ずっと つながっているよ――こぐまのミシュカのおはなし』(くもん出版)を紹介し、「喪失体験者にとっての癒しとは、亡き人の精神的いのち(それは魂と言ってよいだろう)は、決して消えることなく、人生を共有した遺された人のこころのなかに(全身に染みこんで、と言ったほうがよいかもしれない)、いつまでも生き続けていることに気づくことなのだと言えよう。しかも、亡き人の魂は残された人たちの人生を、人間性の豊かなものに膨らませてくれるのだ。こころのなかにあふれんばかりにこみあげてくる悲しみを、絵本というかたちで表現する行為は、喪失体験者自身のこころを癒すだけでなく、その絵本を読む悲しみに暮れる人のグリーフケアの役割をも果たすに違いない」と述べるのでした。

涙は世界で一番小さな海』(三五館)

 

わたしは、「死」を説明するものとして、「医学」「哲学」「宗教」とともに「物語」に注目していました。そして、その中でも「ファンタジー」の持つ力に注目し、アンデルセンメーテルリンク宮沢賢治サン=テグジュペリの4人の作品を死を乗り越えることのできる「ハートフル・ファンタジー」としてとらえ、『涙は世界で一番小さな海』(三五館)を書きました。本書を読んで、「物語」とともに「絵」の持つ力に改めて気づきました。「あとがき」で、著者は「今、絵本の世界が新しいルネッサンス期を迎えている。21世紀になってはや20年。この新しい時代に、絵本という表現ジャンルが、実に多様な人生の課題について、絶妙な解答例と言える作品を次々に生み出しているのだ」と述べていますが、グリーフケアの世界においても絵本の持つ力は無限大であると言えるでしょう。本書を読んで、読みたい絵本がたくさんできました。いろいろと購入しましたので、わが社のグリーフケアサロンにも置きたいと思います。

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たくさん購入しました!

 

2020年11月15日 一条真也

自分だけが正しいわけじゃない

一条真也です。
「月刊リトル・ママ」2020年12月号が刊行されました。朝日新聞社系の「ママと子どもの明日を応援!!」するフリーペーパーで、各幼稚園などに配布されます。わたしは同紙で「一条真也のはじめての論語」というコラムを連載しています。拙著『はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』(三冬社)の内容をベースに、毎月、『論語』の言葉を紹介していきます。

f:id:shins2m:20201113230317j:plain「リトル・ママ」2020年12月号 

 

第10回目は、「子曰く、勇を好むも貧をにくむは乱なり 人にして不仁なる これをにくむこと 甚だしきは乱なり。 」という言葉を紹介しました。血気の多い人は、お金がなくて困ると、つらい逆境に耐え切れず、犯罪を犯しやすくなるというのです。そして、もともと「徳」を身につけていない人は、自分のことは棚に上げて、全部を他人のせいにして、「あいつが悪い」と乱暴を働くというのです。

これは極端な例ですが、こういうこころの動きはだれにでもあります。 でも、りっぱな人は、そんなときに慎重に行動します。 貧乏や理不尽なことをきらう気持ちはわかりますが、行き過ぎてしまうと、取り返しがつかないことになってしまいます。

そんな気持ちになったとき、「じゃあ、自分にもそんなところはないのかな」と見直すと「自分だけが正しいわけじゃないな」と思えてきて、いままでより深く考えることができるのです。まず自分の行いを良くすること。人と誠実に付き合うとは、こういうことです。そのように毎日、少しずつ考えていくようにしたいものですね。

 

はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵

はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵

  • 作者:一条真也
  • 発売日: 2017/07/07
  • メディア: 単行本
 

 

2020年11月15日 一条真也

『希林のコトダマ』

希林のコトダマ 樹木希林のコトバと心をみがいた98冊の保存本

 

一条真也です。金沢に来ています。
13日、サンレー北陸の本部会議に参加しました。
それはそうと、季節は秋。そう、読書の秋ですね!
『希林のコトダマ』椎根和著(芸術新聞社)を読みました。「樹木希林のコトバと心をみがいた98冊の保存本」というサブタイトルがついています。2018年9月に逝去した女優の樹木希林さんは、ブログ『一切なりゆき~樹木希林のことば~』ブログ『樹木希林120の遺言』で紹介した著書からもわかるように言葉の感性の鋭い人でしたが、その背景には豊かな読書体験がありました。本書は、彼女が最後まで手元に置いた本たちを紹介した本です。著者は1942年、福島県生まれ。早稲田大学卒業。作家。「婦人生活」「平凡パンチ」「anan」編集部勤務、「週刊平凡」「popeye」編集長、「日刊ゲンダイ」「Hanako」「Olive」「COMICアレ!」「relax」などの創刊編集長として一貫して編集畑を歩きました。著書に、『popeye物語』『オーラな人々』『完全版平凡パンチ三島由紀夫』『フクシマの王子さま』などがあります。

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本書の帯

 

カバー表紙には、「希林級決定版‟心機”の雑記帳も」と書かれています。帯には、故人の顔写真とともに、「樹木希林さんの本棚に残った最後の‟100冊”を初公開!――自筆の雑記帳も」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

カバー裏表紙には、希林の直筆が書かれた原稿用紙の写真が使われています。帯の裏には、「十数年前、樹木希林とこんな会話をした。本というのは、雑誌を含めて、溜りだすとすぐ大繁殖して家のなかを汚す。自分の家は、いつも整理整頓、余分なものはなにも置かない、絵も写真も飾らない主義の希林さんに、本をどういう具合にしているのか、とたずねた。答えは簡単だった。『百冊以上は、家に置かないの。あたらしく気に入った本、手元に置きたくなった一冊がでてきたら、百冊のなかの一冊を、人にあげてしまうの。だから、いつも百冊』という返事だった。――本書まえがきより」と書かれています。



ものを持たない、買わない生活をしていた樹木希林さんは、所有する本を100冊と決めていました。「まえがき」には、「ジャンル関係なく、自分の気に入った本しか読まない、大読書家で大女優のシンプルな考え方による蔵書システム。その遺された100冊のうち98冊を読んでみて、18歳の頃から亡くなるまでの57年間に、希林が手元に保存した本たちは、ひとつの赤い線で、つながっていた。簡単にいえば、希林が、『ことだま(言霊)』を感じた本しか保存しなかったということ。コトダマとは、ことばに宿っている不思議な霊感を感ずること。日本人は、大昔からそう信じていた。昔の人は、ことばの霊妙な働きによって幸福がやってくる、とも考えていた。なにか文章を頼まれると、希林は、『神さびの梅』などと、コトダマをこめた新語を考えだした」と書かれています。

 

洟をたらした神 (中公文庫)

洟をたらした神 (中公文庫)

  • 作者:吉野 せい
  • 発売日: 2012/11/22
  • メディア: 文庫
 

 

98冊の中で、最初に目を引いたのは、『洟をたらした神』吉野せい著(弥生書房)です。本書には、「昭和50年頃、大量消費というプチ贅沢感をもたらした高度経済成長も小休止し、オイルショックという最初のグローバル化の荒波をかぶった日本で、“貧乏百姓たちの生活の真実のみ”を綴った『洟をたらした神』が大ベストセラーになった。作者は福島県の農民詩人の妻、吉野せい。山肌を夫とふたりで、クワとスキと手だけで開墾し、畑をつくり、自給自足的な生活をしながら、6人の子どもを育てた、血と汗と涙の50有余年の“書きたいものを書く”という覚悟で、この本が奇跡的に出版された」と書かれています。


吉野せいの生活は、食べるものがない日々、着るものも布団も満足にない、寒風がふきこむ掘立小屋の家、過重な税、貧困さから子どもが病気になっても医者を呼ぶことをためらい、死なせるといった具合でした。著者は、「毎日の過酷な労働と農作業。東京では主婦たちがトイレットペーパーの奪いあいをしてるというのに、ここは900年前と同じような生活レベル。この頃、希林は、世界一のカメラフィルム会社になったフジカラーのCMで、その独特なキャラクターとセリフで人気が急上昇中。希林は、この本を手にして、自分とはまったくちがう生き方をしてきた吉野せいの16篇の物語に、神の啓示のような感動を受けとったのだろう」と述べています。

 

また、遊び道具も何もない子どもたちは、自分で工夫しておもちゃを作りました。『洟をたらした神』には、「土台おもちゃは楽しいものでなければならない筈だから。大量生産されたものには、整った造型の美、研究された運動の統一した安定があるだろうが、この幼い子の手から生まれたものには、無からはじめた粗野があり、危なっかしい不完全があっても、確かな個性が伴う」と書かれていますが、希林はそこに傍線を引いていました。著者は、「希林も、生まれ出た娘、也哉子に、いっさい市販のおもちゃを買い与えなかった。だから、あれほど見事な個性を持つ娘に育った」と述べます。せいの夫、吉野義也の詩の「なげくな たかぶるな ふそくがたりするな」のくだりにも希林は傍線を引いています。著者は、「呪文のようなこの句は、希林の言葉のように読める。希林は、泣いただろう。泣かせられただろう。そして、そう生きた」と述べるのでした。

 

 

次に、『神(サムシング・グレート)と見えない世界』矢作直樹、村上和雄著(祥伝社新書)。著者は、この本について、「“希林保存本”中、いちばん多くの赤い傍線が引かれていた。なんと96ヵ所以上。希林がこの本を手にしたのは13年。つまり『全身がん』を公表した年である。残り10年の命と宣告されて、彼女は、死とこころと魂に、向いあわざるをえなくなった。その動揺が、96ヵ所にあらわれた。著者の矢作は、当時、東京大学大学院医学系研究科教授。村上は、筑波大学名誉教授、遺伝子の世界的権威。対談ではなく、ふたりが交互に、(見えない)霊・魂の存在と遺伝子の関係を解説した」と説明しています。

 

また著者は、「矢作は、「上の世代の義務に 『自らの死を見せる』ということがあります」と説き、大家族時代は、家族が自宅で死ぬ様を遺族が見守るというのは『大切な教育機会』という。希林は、そのようにして、自分の死に様を、娘や孫に、さりげなく見せた。村上は、新医療システムとして『健康院』を創設したら、と提言する。すると希林は、健康院のわきに赤線を引き、赤い文字で、『病院デナク』と書き入れているところが、可愛い」とも書いています。

 

さらに、「第5章『人間はどこに向かうのか?』の村上の主張が面白い。希林の赤線もこの章で急激に増えている。そのなかでも『それに、臓器移植は霊という存在を否定するものです。人間を単なる“入れもの”として見る思想です。そもそも肉体じたい、自分のものではなく借りものなのに、貸し主である神の許可もなく、“又貸し”するのは、神意に反した行為です』と。希林は、この又貸しの文字を線ではなく赤丸でかこんだ。霊魂の話に不動産用語がでてきたので、うれしくなったようである」とあります。

 

 

矢作氏と村上氏の対談本である『神(サムシング・グレート)と見えない世界』が出版されたのは2013年2月ですが、同年6月には矢作氏と小生の対談本である『命には続きがある』(PHP研究所)が刊行されています。『命には続きがある』のサブタイトルは「肉体の死、そして永遠に生きる魂のこと」で、東京大学医学部大学院教授で東大病院救急部・集中治療部長だった矢作氏とわたしの「命」と「死」と「葬」をめぐる対談が収められています。矢作氏の代表作である『人は死なない』(バジリコ)とわたしのグリーフケアの書である『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の2冊の本がクロスオーヴァーした内容です。



当時の矢作氏は「時の人」で、矢継ぎ早に多くの方々と対談本を出していますが、最も売れて、最も多くの読者を得たのは『神(サムシング・グレート)と見えない世界』と『命には続きがある』の2冊だとされています。ということは、希林さんが『命には続きがある』を求めて読んで下さった可能性もあるわけです。そうなると、わたしは葬儀の話をたくさんしていますし、 ブログ「おくりびと」で紹介した希林さんの娘婿である本木雅弘さんが主演した映画の話題にも言及していますから、同書を読んだ希林さんが自身の葬儀観についての考えを示した可能性も高かったと言えます。その意味では、まことに残念でした。なお、『命には続きがある』はこのたび、PHP文庫化されることが決定。文庫化によって、多くの方々に「死」と「命」の真相が知れ渡ることを願っています。

 

 

「死」と「命」の真相といえば、『希林のコトダマ』には、矢作直樹氏と同じく医師が書いた本も紹介されています。『死ぬときは苦しくない』永井友二郎著(日本医事新報社)という本です。「著者、永井友二郎は、昭和17年に海軍軍医中尉に任官。すぐ、戦史に残るミッドウェー海戦にかりだされ、“戦死”を目撃する。同期生の軍医は、戦死。はじめて“人間の死”を考えはじめる。第3次ソロモン海戦に従軍、そこでも戦死する兵隊を見る。次に『伊175号潜水艦』でキスカ島撤収作戦にあたる。また異動命令で、潜水母艦『平安丸』へ。永井のかわりに『伊175』に乗った三島有朋軍医は、すぐ『伊175』が轟沈され、三島も戦死。永井の乗った『平安丸』も、トラック島で爆撃され沈没。爆弾が艦に命中した瞬間に、永井は意識を失う。どれぐらい時間が経過したのか、気がつくと、手と顔に、ガラス片が無数に刺さっていた。海に飛びこみ、カッターに引き上げられた、その時、永井は、『これだけの怪我をしたのだから、このまま死ぬのかもしれない』と考えたまま、また意識を失う。永井は、医師としてはじめて『人間の肉体と意識』というものを考えはじめた。その戦闘体験と多数の戦死者の状況を見て、『人間は死ぬとき、意識が先に消え、痛くも苦しくもない』ということに気づく」と説明されています。



また椎根氏は、「戦争から戻った永井は、開業医としてくらす。その経験から、『実地医家のための会』を設立し、開業医の『終末期医療』は、どうあるべきかを考える。永井の結論は、『末期の病人に対して、不自然なことはできるだけやめてもらいたいものである』と。永井は、ソロモン海戦後、一時帰省を許され、1日だけ生家に戻る。その時に感じたのが“末期の目”。『残された時間の少なくなった人間の特殊な心情である。人間はこのとき、すべての欲望から離れ、親しかった人たちには勿論、まったく見ず知らずの人にさえ、心をよせ、手をにぎり、話しかけたくなり、別れを惜しみたくなる、そういう純粋な心の状態である。人間愛といってもいい』」と紹介しています。そして、「希林が、自分のがんを公表したのは、平成17年。強がりでいってしまったが、心細い心境の毎日だった。それを救ったのは、この本だった。平成20年、是枝裕和監督『歩いても 歩いても』の撮影時。その映画のテーマは『生老病死』。この本は、永井から手渡された。永井医師とおだやかな顔の希林が撮られた写真、二葉も、はさみこまれてあった」と結んでいます。

 

永い言い訳 (文春文庫)

永い言い訳 (文春文庫)

 

 

希林が最後に残した98冊は宗教についての本や詩集などが多いのですが、中には小説もありました。『永い言い訳西川美和著(文藝春秋)です。椎根氏は、「希林は、いつも、映画の原作をさがしていた。筆者(椎根)も、なにかいい原作ないかと希林にいわれて、ラテンアメリカを代表する作家、ガルシア・マルケスの『大きな翼を持った老人』をコピーして渡した。しかし、亡くなるまで一度も、マルケスの短編の話の返事はなかった。筆者は、もし映画化するのであれば、海のそばで暮らす老夫婦の話なので、亭主の方は高倉健、女房は、希林が演ったらどうだろう。ただし、マルケスは、ノーベル賞作家だから、原作料はバカ高いと思う、といいそえた」と書いています。



椎根氏は、「15年、西川美和は完成した脚本をたずさえて、本木雅弘に出演依頼の話をした。本木はその脚本を希林に読んでもらい、アドバイスをうけた。『成熟できない人間のほころびのようなものを演じるようになると役者がもっと楽しくなる』と。西川の映画『永い言い訳』は、16年の10月に公開された。主演は本木雅弘」と書いています。そう、「おくりびと」と同じく、この映画も希林の娘婿が主演したのでした。映画については、ブログ『永い言い訳』をお読みください。

 

超訳 古事記

超訳 古事記

  • 作者:鎌田 東二
  • 発売日: 2015/06/23
  • メディア: Audible版
 

 

本書には、 ブログ『超訳古事記』で紹介した宗教哲学者の鎌田東二氏の著書も登場します。椎根氏は、「本書は、日本最初の本といわれる『古事記』を神道学者の鎌田東二が、“超学術”的に、再現したもの。古事記は、稗田阿礼が『誦習』した言葉を、太安万侶が漢字で書き起こした文書のこと。鎌田が、稗田に憑依して、鎌田の口からもれた古事記話を、編集者の三島邦弘がメモするカタチでつくられた。だから、『大きな流れや大意は『古事記』に沿っているけれども、一文一文の訳は自分なりの訳であり、自由訳、といえるでしょう』と、あとがきに記されている。超訳されたのは上巻のみ。悪逆非道の神、須佐之男命が、大蛇を退治して、美しい后を得て、『八雲立つ 出雲八重垣・・・・・・』と歌ったことを、鎌田は『愛の言霊』をかなでた、と記した」と説明しています。「愛の言霊」といえば、サザンオールスターズの名曲「愛の言霊 ~Spiritual Message~」を連想しますが、じつは鎌田氏はこの曲のことを知りませんでした。昔、小倉のカラオケボックスで、わたしが「言霊の歌がありますよ」と鎌田氏に教えてさしあげ、ついでに歌ってさしあげたのでした(笑)。なつかしい思い出です。



『希林のコトダマ』には仏教関連の本が多いのですが、神道にも関心があったようで、椎根氏は「希林は、14年(平成26年)にドキュメンタリー映画『神宮希林 わたしの神様』(伏原健之監督)に出演する。この撮影で、はじめて伊勢神宮に御参りした。撮影に入る前、筆者(椎根)は、希林に会うたびに、古事記の上巻の“神物語り”にでてくる神様について質問された。筆者は、かねてより、原田常治(故人)の“神物語り”の本『古代日本正史――記紀以前の資料による――』を愛読していたので、それに准じて古代の神々についての話をした。原田の主張は、実地調査での推断により、他の学者の説とは、異なっていた。たとえば、“日本建国の祖は素佐之男尊だった”、“今の天照大神は素佐之男尊の現地妻だった”、“神武天皇は婿養子だった”、“邪馬台国は宮崎県西都市だった”などなどの新しい解釈であった。原田説で、もっとも特徴的なのは、邪馬台国の女王、卑弥呼は、日向(現、宮崎県)の大日霊女貴尊のことであり、のちに天照大神となった。その夫は、素佐之男尊という説」と書いています。


98冊の中で変わりダネでは、『したくないことはしない――植草甚一の青春――』津野梅太郎著(新潮社)があります。椎根氏は、「学生のデモが、さきごろの香港のように猛威をふるって東京の盛り場、新宿、銀座、六本木、60すぎのファンキーな雑文書きのおじさんがいた。まだ雑誌と本が大好きな青年たちが多数残っていた。そういうデモ騒ぎを別世界のこととして、植草甚一は、毎日毎日、東京中の古本屋をめぐり歩いて、自分ひとりでは持てないほど大量の古本を買っていた。“ぼくは散歩と雑学が好き”とか、“雨降りだからミステリーでも勉強しよう”“ぼくは自由と安ものが好き”“モダン・ジャズの発展――バップから前衛へ”“映画だけしか頭になかった”などという、雑であり軽い思想が、自閉症気味の若者のココロを捕らえた」と紹介しています。

 

 

また、椎根氏は「植草の雑文のファンは男性が多かった。それも独身者か、妻帯者でも、妻とうまくいってないで、自分ひとりの小世界を持ちたいと妄想している、おとなしい夫というイメージがある。好きだという女性をあまり知らない。女性は本能的に、こんな男と結婚したら、汚れた古本に家中を占領されて、自分の理想のインテリアでみたされた家には一生、住めない、と感じていたのだろう。この『希林の100冊』が出版されることになったのは、希林との会話で、植草の家の惨状を見ていた筆者(椎根)が、本好きの人の家は汚くなりますね、読書家の希林さんは、どういうふうに整理しているのですか、と尋ねたことからはじまった。清潔好きで、読書家の希林の“100冊以上は置かない”という答が、きっかけだった。筆者は、平凡パンチ誌で68年から植草担当編集者だった。何度も、植草の家へ行った」と書いています。いやあ、面白いですね!

 

柔らかな犀の角―山崎努の読書日記

柔らかな犀の角―山崎努の読書日記

  • 作者:山崎 努
  • 発売日: 2012/04/24
  • メディア: 単行本
 

 

そして、最後に紹介する本が『柔らかな犀の角』山崎努著(文春文庫)です。椎根氏は、「週刊文春に、8年間にわたって連載された俳優、山﨑努の『私の読書日記』を単行本化したもの。大巨編を一気に読ませてしまう筆力と、読む者を疲れさせない、漬け物みたいな魔力を持った山﨑の構え方。新聞の書評にはあまり載らないタイプの本が、ところどころに散りばめてあって、その奇人変人、高齢者、落伍者が光彩をはなち、書物の発する、うっとうしい気分を雲散してくれる」と紹介しています。



山崎努氏といえば、わたしのお気に入りの俳優の1人でした。冠婚葬祭業界に身を置く者なら、氏の姿をスクリーンで見ていない人は少ないでしょう。なにしろ、「お葬式」(1984年)、「おくりびと」(2008年)という二大葬儀映画に重要な役で出演しているのですから。特に、「おくりびと」での納棺会社の社長役は素晴らしく、社長室でフグの白子を焼いて食べるシーンは最高の名場面でした。でも、わたしにとっての山崎努は、わたしが誕生した1963年に公開された黒澤明監督の名作「天国と地獄」(1963年)での犯人の青年役や、泉鏡花の幻想世界を見事に再現した「夜叉ヶ池」(1979年)の主人公の旅の僧侶役のイメージが強いです。本当に、「この人がいなくなったら、日本映画はどうなるのか」と思わせる名優だと言えるでしょう。



希林も山崎努の大ファンだったようで、椎根氏は「希林が、文学座に入った頃、彼女の“憧れの役者”は、山﨑努だった。人生のオシマイが近くなっても“憧れの山﨑努”。研究生の時から57年後、つまり希林が亡くなった年に、ふたりは、はじめて共演した。それが熊谷守一夫妻が主人公の映画『モリのいる場所』(沖田修一監督)だった。18年の暑い夏、がんは進行していた。それでも希林は自分で車を運転して、連日、鎌倉まで、でかけた。

 

聖地感覚 (角川ソフィア文庫)

聖地感覚 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:鎌田 東二
  • 発売日: 2013/10/25
  • メディア: 文庫
 

 

ブログ『柔らかな犀の角』でも紹介したのですが、この本にはブログ『聖地感覚』で紹介した鎌田東二氏の著書も取り上げられています。山崎氏は、「そこにいるだけで、何となく緊張が解け、リラックスできる所がある。旅に出ると、あちこちぶらぶら歩き回って、そういう場所を探す。ここだ、と手応えがあったら、その地点に居坐り、うつらうつらしたりしてのんびりと過ごす(以前、南の島でそれをやり、日射病で死にかけたことがあるが)。そんなスポットを僕はいくつか持っている。鎌田東二著『聖地感覚』(角川学芸出版)に依れば、そのような場は、その人の『聖地』なのだそうだ」と述べています。 



また、「聖地」をめぐって、山崎氏は「人はなぜ聖地を求め、巡礼をするのか? そこに決まった答えはない。人生がそうであるように『巡礼』も各人各様の理由とかたちをもっている。これからもくりかえし実践され、つづいていくに違いないと鎌田は言う。そう、アキバも冬ソナも軽々に扱ってはいけない。鰯の頭も信心から、その人にとってそれがかけがえのない信仰の対象であるならば(よほど悪質なものでない限り)認めてやらなければいけない。そもそもわれわれの『信仰』は、立場を異にする者から見ればすべて鰯の頭なのである」と述べ、さらには「古くから聖地、霊場として崇められている土地には、人間の聖なる感覚を刺戟し増幅させる自然の霊気が強くあるのだろう。三輪山、熊野、出羽三山等々を巡り歩いた鎌田のフィールドワークの記録が興味深い。湯殿山での滝行の描写など、臨場感があって紀行文としても優れている」と書いています。



山崎氏は、鎌田氏にいたく興味を抱いているようで、「著者鎌田東二は、宗教哲学民俗学、日本思想史と、幅広い分野で研究を続けている学者である。この本の最大の魅力は、彼の底抜けに奔放なキャラクターが存分に発揮されているところだ。巻末の略歴紹介の欄に、石笛、横笛、法螺貝奏者、フリーランス神主、神道ソングライターとあって、笑ってしまった。おもむくままにやりたいことをやっている。毎朝、祝詞、般若心経を上げ、笛、太鼓、鈴、その他計十数種類の楽器を奉納演奏するので『時間がかかり、忙しいのだ』とぼやいている。お子さんに『お父さんはアヤシすぎる』と言われるそうだ。カバー折り返しに、著者近影の全身写真が載っている。カメラを意識してやや硬くなっているポーズがチャーミング。しばし見惚れた。『スピリチュアル・パワー』がメディアで安易にもてはやされている当節、鎌田の仕事は貴重である。彼のユーモアを大切にする柔らかなセンスに注目したい」とも書いています。

 

満月交心 ムーンサルトレター

満月交心 ムーンサルトレター

 

 

わたしは、この文章を読んだとき、本当に嬉しくて仕方がありませんでした。わが義兄弟のことを日本を代表する名優がこれほど高く評価してくれたのですから。また、鎌田氏に対する分析はまことに的を得ており、山崎氏の人間を観る目には只ならぬものがあります。ちなみに、この文章の初出が「週刊文春」に掲載されたとき、鎌田氏は大変喜ばれ、わざわざメールで知らせて下さいました。ちなみに、鎌田氏と小生の往復書簡集である『満月交心 ムーンサルトレター』(現代書林)が絶賛発売中です! 鎌田氏の魅力が満載ですので、ぜひ、ご一読下さい!

 

 

『希林のコトダマ』に話を戻しましょう。巻末に置かれた「本を呼ぶ希林のコトダマ」で、椎根氏は、物理学者のヴォルフガング・パウリと心理学者のカール・ユングが協力しあって見つけた「シンクロニシティ共時性)」という考え方を紹介します。「ココロと物質は、ひとつの共通の秩序からあらわれてくるものだ」という考え方ですが、一般的には「意味のある偶然の一致」とされています。椎根氏は、希林の身に起こったある偶然の一致を取り上げ、これを「250年という時空を超えて、シンクロニシティのストーリー」ととらえます。そして、「そこで大事なのは、いつもココロと言葉をみがいていた希林だからこそ、招きよせたシンクロニシティだ、ということです。人生には、言うべき時に、言いだせなくて、後で後悔することが、しばしばあります。しかし、希林は最高のタイミングで、どうするの? と言う鋭い判断力がありました」と述べるのでした。



また、椎根氏は「余談ながら、ユングとパウリがシンクロニシティを探求していたころ、ふたりのまわりで、よくポルターガイスト(騒霊)現象が起こりました。73年、W・フリードキン監督は、このポルターガイストと悪魔をむすびつけて映画『エクソシスト』をつくります。最高の学者ふたりが、真剣に騒霊解明に取り組んでいた、という話が、ホラー映画製作のきっかけになったのかもしれません。『エクソシスト』は世界中で大ヒットしました。そういう霊が引き起こすものに世界中の人々がひそかに興味を持っていたという事実・・・・・・」とも述べています。



さらに、またしても鎌田東二氏が登場します。
椎根氏は、「もうひとつ、もう1冊の話。鎌田東二超訳古事記』。鎌田は、稗田阿礼に憑依して、自分が語り部になりきって、“自分の古事記”を新しく書きおこしました。須佐之男命が大蛇を退治して、美しい娘と結ばれます。そして日本初のラブソングをつくりました」と述べ、「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」の歌を紹介します。椎根氏は、「鎌田は、その和歌を『愛の言霊』と記しました。この本も、希林の磁力=コトダマの力によって、100冊の本に、飛びこんできたものです」と述べます。鎌田東二、すごい! ところで、「愛の言霊」はわたしが鎌田氏にお教えしたことは書きましたっけ?

 

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書)
 

 

最後に、「あとがき」で、椎根氏は「ひとりの女優が、この世から消えて、1年と6ヵ月が過ぎた。その18ヵ月の間、無数といってよいほどの樹木希林にまつわる本が世の中にあふれた。娘の也哉子さんは、体を壊さんばかりの気苦労で、もう母に関する本は、このへんで終わりにしようと決心していた。そこに、私が、希林さんの100冊の蔵書を全部読んで、希林さんが見つけ出した言霊を、読んでみたい、と無理にお願いした。一周忌が終わった直後だった。也哉子さんは、希林さんと私の交誼を知っていて、やむなく許諾してくれた。それまで誰にも教えたこともない、見せたこともない、重い引戸のうしろにしまいこまれてあった100冊を借り受け、読みはじめた。そこには、日本人の心とカラダに関する事柄が、古事記から現代にいたるまでの、それは、本当に血が噴きださんばかりの、真の人間の激情にあふれていた」と述べるのでした。「その人の蔵書を見れば、その人の内面がわかる」とはよく言われることですが、本書を読んで、樹木希林という方がいかに「心ゆたかな」方だったのかがわかりました。近いうちに、わたしは『心ゆたかな読書』という本を上梓したいと思っています。

 

 

2020年11月14日 一条真也

『それでも読書はやめられない』

それでも読書はやめられない: 本読みの極意は「守・破・離」にあり (NHK出版新書)

 

一条真也です。12日、金沢に入りました。
翌13日は、サンレー北陸の本部会議に参加します。
それはそうと、季節は秋。そう、読書の秋ですね!
『それでも読書はやめられない』勢古浩爾著(NHK出版新書)を読みました。「本読みの極意は『守・破・離』にあり」というサブタイトルがついています。著者は、1947年大分県生まれ。洋書輸入会社に34年間勤務ののち、2006年末に退職。市井の人間が生きていくなかで本当に意味のある言葉、心の芯に響く言葉を思考し、静かに表現し続けているそうです。著書に『思想なんかいらない生活』『最後の吉本隆明』(ともに筑摩書房)、『まれに見るバカ』(洋泉社)、『アマチュア論。』(ミシマ社)、『定年後に読みたい文庫100冊』(草思社)、『定年バカ』(SBクリエイティブ)など。 

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本書の帯

 

本書の帯には「名うての市井読書家が送る痛快なる読書一代記!」「名著、名作に入門〈守〉、格闘し、敗れた〈破〉のちに開眼する〈離〉。古希を過ぎて総括する、読書人生の終着点!」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

帯の裏には、「はじめに」から以下の文章が引用されています。
「日々の暮らしのなかで、『ああ、おもしろかった』と思えるようなことはめったにない。ところが、本だけは特別だ。ほんとうにおもしろい本に当たれば、心底楽しいのである。こういう経験をできるのは本を読むこと以外にない。まあ、いいすぎだが。読書はもっとも地味な行為なのに、他の愉楽を凌ぐおもしろさをもっているとは、本を読まない人には信じられないだろうと思う。わたしは他の様々なこと(映画、音楽、旅行など)はあきらめても、心身がもつならば、本はたぶん死ぬまで読みつづけるだろう。読書は飽きがこない。金もかからず、手軽で、どこでも楽しめる。読書ほど持続できる趣味もあまりないのではないか」 

 

カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「普通一般の読書で、本はこう読みなさい、というルールはなく、読書は技量の上達や心の成長を競うものでもない。つまり、読書の作法は人それぞれだ。ただし、自分自身を相手に、自分なりの読書の道筋として『守・破・離』を見つけられるとしたら、どうだろうか?加齢とともに移り変わる読書傾向は何を意味するか?約1万冊を読んできた、名うての市井読書家による渾身の読書論」

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに――死ぬまで読書」

第1章 いきなり読書の横道から入って
     ――人はいかにして読書に目覚めるか

第2章 読書の「守」――不自由な読書だった

第3章 読書の「破」――名著と格闘する

第4章 読書の「離」――もっと自由な広い世界へ

第5章 読書家たちの読書論を読む   

第6章 おすすめ純粋おもしろ本の世界

第7章 読書の終着点――いま読書できることの幸せ

「あとがき――まだまだ読みたい本はある」

 

利休道歌に学ぶ (裏千家学園公開講座PELシリーズ)

利休道歌に学ぶ (裏千家学園公開講座PELシリーズ)

  • 作者:阿部 宗正
  • 発売日: 2000/11/01
  • メディア: 単行本
 

 

「はじめに――死ぬまで読書」で、茶道の「守破離」を読書に応用することを提言します。「守破離」とは、芸道における成長の段階を意味する教えで、千利休の「規矩(きく)作法守りつくして破るともはな(離)るるとても本(もと)を忘るな」という利休の道歌に由来します。茶道裏千家業躰の阿部宗正氏の著書『利休道歌を学ぶ』(淡交社)による解説では、規矩作法を「十分に学び、一所懸命よく守ること」が「守」、その規矩作法を「自分の段階で脱皮して少しずつ大きくなり、また学んでは脱皮することによって大きくなって行く」ことが「破」、その段階から「さらに規矩作法を熟知して自由闊達な働きができ、何のとらわれもない、守破離の『離』の段階ともいえる境地にまで到達」できるようになります。しかし、そうなったとしても「基本となる規矩作法は忘れることなく、守らねばならない」のです。

 

著者は、「まあ大げさだが」としながらも、自分なりの読書人生(まあ大げさだが)を振り返るとき、この「守破離」に似た道筋を辿ったような気がするとして、以下のように述べます。
「人生の序盤まで本好きでもなんでもなかったわたしが、ひょんなことから本を読むようになり、王道である義務としての『名作』の読書を経て(守)、やがて無謀にも『名著』に挑むようになり、いかにして敗退したか(破)。そこまでは滑稽とも哀れとでもいうべきだったが、しかしまた、そこで改めて開眼し、いかに『ああ、おもしろかった』という読書本来の自由で楽しい読書の原点に戻ってくることができたか(離)、というようにである」

 

古典力 (岩波新書)

古典力 (岩波新書)

 

 

第2章「読書の『守』――不自由な読書だった」では、著者が数々の「読書の達人」を斬ります。まずは、読書論の第一人者として知られる明治大学教授の齋藤孝氏の著書『古典力』(岩波新書)に触れ、同書の「あとがき」に書かれた「古典は、苦しいとき、迷ったときにこそ、力を発揮する。自分の心の中でだけ、ぐるぐると回っていても先が見えにくい。そんなとき、古典の言葉は深く入ってきて、拠りどころになってくれる」「死を意識しつつも、暗くならず、前を向いて生きていく力を古典は与えてくれる」といった言葉を紹介します。著者は、「齋藤はまじめな男だと思うが、これらの言葉はやはりおざなりである。つまりあまりにも形式的である」などと感想を述べます。

 

また、「稀代の読書家」として、元ライフネット生命社長で、現在は立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏の「ビジネス書を10冊読むより、古典を1冊読むほうが、はるかに得るものが大きい」という発言を紹介します。その発言の理由は、「時代を超えて残ったものは、無条件に正しい」だそうです。ただ「古典は難しく感じる」ものだが、それは「時代背景が違うから」だとも出口氏は述べています。しかし、著者は「時代を超えて残ったものは、無条件に正しい」ということはないと断言し、それは「普遍的にも個人的にも。それは、ものによる」と述べるのでした。

 

 

さらに著者は、第3章「読書の『破』――名著と格闘する」で、「知の巨人」などと呼ばれることの多い松岡正剛氏と佐藤優氏に斬り込みます。ブログ『読む力』で紹介した本の中で松岡氏が佐藤優氏との対談で語った「コジェーヴは、ヘーゲルの『精神現象学』の中から『歴史の終焉』を読みとるわけでしょう。そのことにもっと気付くべきですね。日本にはコジェーヴが足りないな」という言葉を紹介します。これに、佐藤優もこう応じている。「コジェーヴはフランス現代思想に大きな影響を与えた哲学者です。『ヘーゲル読解入門』(1947年)などは、もっと読まれるべきだと思います。翻訳もしっかりしている」と語っています。これに対して、著者は「カッコいいじゃないか。わたしも1回くらいこういうカッコいいことをいってみたいものだが、しかし、コジェーヴが『足り』るとはどういうことで、『ヘーゲル読解入門』が『もっと読まれ』たとすると、なにがどうなるというのか。こういう適当な発言が、世のぼんくら頭をいたずらに揺さぶるのである」と述べています。いやはや、手厳しいですね。

 

 

著者は、「結局、自分をこじらせただけでなんの収穫もなし」として、哲学書を中心とした古典へのチャレンジについて、「わたしはカント、デカルト、ルソー、ニーチェスピノザライプニッツキルケゴールベルグソンモンテーニュ、カッシラーといった古典に挑みながら(おこがましい)、これらの現代フランス思想にも後れをとってはならないと、だれに頼まれたわけでもないのに、自分で焦ったのである。この頃のわたしは、いい年をして狐がついていたとしか思えない。前世代のメルロ=ポンティサルトルソシュール、イリッチ、レヴィ=ストロースなどにも目を配ることを忘れなかった。その他、シモーヌ・ヴェイユバタイユフランシス・フクヤマ。もうこんな名前を一人ひとり挙げてみても意味はない」と述べています。

 

不合理ゆえに吾信ず 1939~56 (埴谷雄高全集)

不合理ゆえに吾信ず 1939~56 (埴谷雄高全集)

  • 作者:埴谷 雄高
  • 発売日: 1998/04/20
  • メディア: 単行本
 

 

続けて、「そんなこんなで、わたしはそのころ次のような本を集めていた(もう、読むのではなく、「集めていた」といっちゃったよ)。(中略)『埴谷雄高全集』、『柳田國男全集』(ちくま文庫)、『折口信夫全集』(中公文庫)、『坂口安吾全集』(ちくま文庫)、それに『バタイユ著作集』『ベンヤミン著作集』『北一輝著作集』『ビヒモス』『保田與重郎選集』『性の歴史』『親族の基本構造』。日本の思想も知らなければならない、と石井恭二正法眼蔵(全4冊)』も持っていた。そして、ある日ある時、これらのすべてを古本屋に叩き売ったのである」と述べています。

 

 

 結局、ほとんどの哲学本は読めなかったと正直に告白して、著者は「20年間、ただじたばたしただけである。自分のなかではなんの収穫もなかった。これははっきりしている。ただ自分で自分をこじらせただけである。ムダ金とムダな時間を費やして、ただ哲学者の名前と著書名を知っただけである。まったくの無意味。そんなクイズがあれば、すこしは答えられる。そんな程度の意味しかない。虚栄心にすらならない。わたしはいまだに、哲学と思想はどうちがうのかがわからない。もうそんなことを考えることもなくなったが」と述べます。今回、この本を書くために、立花隆佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方――必読の教養書400冊』(文春新書、2009)を読んだ。これがじつにおもしろかった。なあなあのなれ合いではなく、両者とも自分の考えははっきりという。そこがいい」と述べています。同じ「知の巨人」と呼ばれる読書人であっても、松岡正剛は受けつけなくても立花隆はOKなのですね。では、両者と対談している佐藤優はどうなんだ?(笑)

 

第4章「読書の『離』――もっと自由な広い世界へ」では、出口治明氏の重視する読書における記憶への「残存率」などにも言及しながら、著者は「名著といわれる本をわたしはほとんど読み通したことがない」と堂々とカミングアウトしつつ、「なんなのだ、名著とは? いやその前に、なんなのだ、本を読むとは?『残存率』なんてことをいいだしたら、かならずこの疑問に突き当たってしまう。本を読んでも、1ミリも成長の自覚がないのだ。わたしがぼんくらであることは認めてもいい。が、ぼんくらであろうとなかろうと、成長しなければならないのは、このわたしである。それが、1ミリの成長もしないのであれば、本を読む意味はない。もっとも、本を読む意義を、自分の血となり肉となることだ、と考える人間にとっては、ということである。しかし、こんなことも、本を読んでみなければわからなかった」と述べています。とても正直というか、誠実な人なのですね。

 

 

「呪縛から解放される『五段階』」として、著者は「現在のわたしは『名作』や『名著』の呪縛からほぼ解き放たれている。ほぼ、というのは、まだ『名作』や『名著』に対する全般的敬意がわずかではあれ残っているからだ。キューブラー・ロスによると、死の受容過程は一般的には、次の五段階を経ると考えられている。(1)否認と孤立、(2)怒り、(3)取り引き、(4)抑鬱、そして(5)受容、である」と述べています。いきなり死生学のパイオニアであるキューブラー・ロスの「五段階説」が登場して驚きましたが、さらに著者は「死と同列に論じることはできないが、『名著』『名作』から解放されるにも、解放の五段階があると考える。『名著』を前にして、人間はおおむねこういう解放の道を辿ると思われる。(1)憧憬、(2)無力感、(3)忍耐、(4)疑問、そして(5)解放、である。もちろん、だれもが解放されるわけではない。いつまでたっても、「名著」信仰に呪縛されたままの人間、という人はいるからである。権威に無条件に従順な人である」と述べています。興味深い仮説だと思います。

 

(5)解放を経験した著者には「名著」に対する強迫観念は消滅したそうで、「名著幻想が解体されるということは、自分自身の証明という愚昧から解放されるということだった。もう惑わされることはない。ほかにおもしろい本がたくさん待っている。そして、そのことだけがふつうの人間の読書においては大切なことである」と述べます。また、「もし名著を読めたとしたら、わたしはどうなったのか」として、「いまでも少し気になっていることがひとつだけある。あるいは、経験してみたかったな、ということである。それは、もしわたしが、ほとんどの名著を完全に、少なくとも8割方理解できたと仮定したら、はたしてわたしはどんな人間になることができたのか、ということである。これだけは経験してみたかったと思う」と述べています。この気持ち、よく理解できますね。

 

自分を知るための哲学入門 (ちくま学芸文庫)

自分を知るための哲学入門 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:竹田 青嗣
  • 発売日: 1993/12/01
  • メディア: 文庫
 

 

さらに著者の想像は膨らみ、「たとえば竹田青嗣柄谷行人松岡正剛佐藤優らのわかり方はもっとすっきりしているのだろう(ほんとか?)。かれらはほとんど理解できたということで、自分の考え方や生き方や人間関係や自身の人間的成長において、なにか変化はあったのだろうか(まさか、「あったよ、名著を読んでいない人間はサルだ、といえるほどには偉くなったよ」ということではあるまい)。いや、わかるということはそういうこととはちがうんだよ、わかってないなあ、と微笑されそうである。じゃあどういうことなんだと思うが(一人相撲をしてる)、自分になんの変化もないのなら、わたしにとっては、わかるということに意味はない(それは考えつづけることだよ、とかいわれそうである)。ニーチェは、カントは、ラッセルはこういっているんだな、と解説することができるようになるだけ、というのなら意味はない」と述べています。

 

海辺のカフカ 全2巻 完結セット (新潮文庫)

海辺のカフカ 全2巻 完結セット (新潮文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2010/11/05
  • メディア: 文庫
 

 

文学に対する著者の姿勢も興味深いです。
「年を取って文学がばかばかしくなる」として、著者は「わたしは初期の村上春樹はどちらかといえば好きで、ほとんど読んでいた。それが徐々に、なんかいつもおなじような文章だなと思うようになり、ついに2002年の『海辺のカフカ』で、このように書けば(登場人物の名前の付け方、独特の比喩、軽々しいセックスシーンなど)、また読者が盛り上がるだろうなという意図が透けて見え、どうにも読者を舐めた作家だなあ、と思い、もうそれ以後、読むのをやめたのである。もちろんわたしひとりが読むのをやめても、村上人気はつづくだろうし、村上春樹の盛名は微動だにしない。むろんそれでいいのだが、もうわたしには関係がないと思ったのである」と述べています。わたしは今でも村上春樹氏の小説を面白く読んでいますが、一時は「文学がばかばかしい」と思えた時期もありました。しかし、ブログ『ストーナー』で紹介した小説を読んで、考えを改めました。今では「やはり、文学は人間にとって必要である」「特に、グリーフケアにおいて文学は不可欠である」と思っています。

 

 

哲学書や文学書に価値を置いていないという著者ですが、「ほかのジャンルの隣人としての名著」として、プレジデント編集部編『経営者80人が選ぶ「わが1冊」――仕事の指針、心の特効薬』(プレジデント社)を取り上げ、高く評価しています。著者はブログ『必読書150』で紹介した柄谷行人浅田彰岡崎乾二郎奥泉光島田雅彦・絓秀実・渡部直己といった錚々たる顔ぶれの知識人によるブックガイドと同書を比較し、「この『経営者80人が選ぶ「わが1冊」』は、バラエティに富んでいて『必読書150』なんかより、よほど参考になるし有益である。ここに挙げられている本は、だれでも手に取ることができ、だれにでも読める〈地上〉の名著ばかりである。いや、無理に『名著』に祀り上げる必要もない。隣人としての名著だ」と大絶賛しています。たしかに、経営者には読書を仕事や人生に生かす達人が多いと、わたしも思いますね。

 

文庫 定年後に読みたい文庫100冊 (草思社文庫)

文庫 定年後に読みたい文庫100冊 (草思社文庫)

  • 作者:勢古 浩爾
  • 発売日: 2015/10/02
  • メディア: 文庫
 

 

「名著は自分で発見するもの」として、著者は他人の推薦図書を見るのは好きだけれども、自分では「わたしの傑作ベスト10」みたいなものは書いたことがなかったと思っていたら、『定年後に読みたい文庫100冊』(草思社文庫、2015)に「別格の9作品」として挙げたことを思い出したそうです。池波正太郎真田太平記(全12冊)』、北方謙三三国志(全14冊)』、大西巨人神聖喜劇(全5冊)』、高木俊朗『陸軍特別攻撃隊(全3冊)』、池井戸潤空飛ぶタイヤ(全2冊)』、西岡常一・小川三夫・塩野米松『木のいのち木のこころ――天・地・人』、ケン・フォレット『大聖堂(全3冊)』、ユン・チアン『ワイルド・スワン(全3冊)』、R・Ⅾ・ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』が挙げられています。これに、ドン・ウィンズロウ『ザ・ボーダー(全2冊)』を追加していますが、「これらはあまりひとから賛同を得られないのが無念である」などと書いています。

 

 

そして著者は、「純粋読書の楽しみに戻る」として、「仕事や学業に役立てようとする実利的読書ではなく(当然、それらを否定するのではない)、ただ単純に「ああ、おもしろかった」と思えるような自由な読書の楽しさを強調したい。たかが活字が並んでいるだけなのに、おもしろい本はなぜかくもおもしろいのか、という点を称揚したい。実際、おもしろい本は無類におもしろい、ということは大したことなのだ」と述べるのでした。

 

本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法
 

 

第5章「読書家たちの読書論を読む」では、多くの読書家たちに言及し、その読書論についての感想を述べています。たとえば、「‟おもしろさ“の基準がまったくちがう出口治明」として、ブログ『本の使い方』で紹介した本の内容をもとに、こう述べています。
出口治明の読書はちょっと桁が違いすぎる。驚愕しました。『物心がついた頃(幼稚園の頃)』から『本の虫』だったという。恐るべきことに、小学生のときには『少年少女世界文学全集』全50巻、『少年少女世界科学冒険全集』全35巻を読破し、中学生のときには岩波文庫の『プルターク英雄伝』、伊藤正徳他監修『実録太平洋戦争』全7巻、『少年少女世界ノンフィクション全集』全12巻を読んだ。高校生時代には『チボー家の人々』全11巻(これはたぶん白水Uブックスだろう)、『ジャン・クリストフ』『カラマーゾフの兄弟』『戦争と平和』『静かなドン』、その他『日本現代文学全集』『世界の歴史』『日本の歴史』を読んだという。いったいこの3つの全集だけでも、合計何十巻あるのだ」

 

読書の技法

読書の技法

 

 

また、佐藤優氏に関しては、「ほとんど学者並みレベルの佐藤優」として、以下のように述べています。
佐藤優の読書のしかたがまた凄い。小学校2年のとき、父親が買ってくれた『学習こども百科』(全10巻+別巻)を『ボロボロになるまで読んだ』。中学1年のときにはなんと、平凡社の『世界大百科事典』(全33巻+別巻2冊)をはじからはじまで読んだというのである。長じて、戦前の日本で出ていた平凡社の全28巻の百科事典も全部読み、ロシア語で書かれた『ソビエト小百科事典』全5巻も読み、北朝鮮で出ている百科事典にも「目を通し」た(佐藤優・ナイツ塙宣之土屋伸之『人生にムダなことはひとつもない』潮出版社、2018)。ちなみに佐藤が創価学会を絶賛しているのにはびっくり」と述べています。さらにブログ『読書の技法』を取り上げ、同書を読むと「齋藤孝の『読書力』などは児戯にひとしく感じられる。まあ『超』がつくすさまじさである」とまで述べます。ちなみに、わたしは出口氏や佐藤氏の読書体験を知って親近感を抱きました。お二人の読書体験は、わたしのそれとよく似ていたからです。もちろん、『ソビエト小百科事典』や北朝鮮で出ている百科事典は読んでいませんが。(笑)

 

死を乗り越える読書ガイド 「おそれ」も「かなしみ」も消えていくブックガイド
 

 

第7章「読書の終着点――いま読書できることの幸せ」では、「最後まで残るのは読書」として、著者は「2018年10月に脳梗塞をやって以来。おれもいつまでも元気なわけではないのだと思い知らされた。これからはスポーツのテレビ観戦、NHKの将棋番組、簡単な国内旅行と読書と映画を見ることだけを楽しみにしていこう。このなかでも読書は最後まで残りそうな気がする。将棋はいずれめんどうになりそうだ。旅行はいまはまだ体が動くから行く気はあるが、これも少しでも体力が落ちれば中止になるだろう。映画はいまでもおもしろいものが少ない。となると、残るのは読書しかなさそうだ」と述べています。この文章は、グッときました。わたしも、これまで多くの本を読んできましたが、旅行や映画鑑賞やカラオケや飲酒や筋トレなども好きです。でも、やはり「最後まで残るのは読書」だと思います。そして、読書の習慣さえあれば、最後まで人生を心ゆたかに送れるし、最後は心ゆたかに死を乗り越えることもできると信じています。幼少の頃のわたしに読書の習慣を与えてくれた両親に感謝するばかりです。

 

 

2020年11月13日 一条真也

「グリーフケアと読書・映画鑑賞」オンライン講義

一条真也です。
上智大学への爆破予告には驚きました。
11日に大学内で時限爆弾を作動させるとの予告があったのです。その日は上智のキャンパスが閉鎖されましたが、非常に心配しました。

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本日の講義のようす

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こんばんは!

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最初に講義の概要を説明

 

まさにその日の夜、わたしは、客員教授を務める上智大学グリーフケア研究所で講義を行いました。ブログ「『グリーフケアと葬儀』オンライン講義」で紹介した10月29日に続く講義です。通常なら四谷キャンパス内の6号館で行うので、おそらく中止されていたはずです。でも、オンラインゆえに、わたしは小倉の松柏園ホテルから講義を行うことができました。前回はパープルの上着でしたが、この日はブルーの上着で講義しました。パープルは儀式の色ですが、ブルーはグリーフケアの色です。

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グリーフケアと読書・映画鑑賞

f:id:shins2m:20201111185201j:plainグリーフケアの時代』から

 

今回のテーマは「グリーフケアと読書・映画鑑賞」でした。島薗進先生、鎌田東二先生との共著である『グリーフケアの時代』(弘文堂)の第3章「グリーフケア・サポートの実践」で、わたしは葬儀とともに、グリーフケアの方法として読書や映画鑑賞に言及しました。その内容に沿って、話を進めていきました。2010年6月、わが社では念願であったグリーフケア・サポートのための自助グループを立ち上げました。愛する人を亡くされた、ご遺族の方々のための会です。月光を慈悲のシンボルととらえ、「月あかりの会」という名前にしました。同会で行っている読書会や映画鑑賞会の実例などについて話しました。

f:id:shins2m:20201111185249j:plain月あかりの会」での読書活動を紹介

なぜ、読書が悲しみを癒すのか?

 

 まずは読書ですが、もともと読書という行為そのものにグリーフケアの機能があります。たとえば、わが子を失う悲しみについて、教育思想家の森信三は「地上における最大最深の悲痛事と言ってよいであろう」と述べています。じつは、彼自身も愛する子供を失った経験があるのですが、その深い悲しみの底から読書によって立ち直ったそうです。本を読めば、この地上には、わが子に先立たれた親がいかに多いかを知ります。自分が1人の子供を亡くしたのであれば、世間には何人もの子供を失った人がいることも知ります。これまでは自分こそこの世における最大の悲劇の主人公だと考えていても、読書によってそれが誤りであったことを悟るのです。

f:id:shins2m:20201111185740j:plain「おそれ」も「悲しみ」も消える読書とは?

「ハートフル・ファンタジー」とは何か 


長い人類の歴史の中で死ななかった人間はいません。愛する人を亡くした人間も無数に存在します。その歴然とした事実を教えてくれる本というものがあります。それは宗教書かもしれませんし、童話かもしれません。いずれにせよ、その本を読めば、「おそれ」も「悲しみ」も消えてゆくでしょう。わたしは、そんな本を『死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)で紹介しました。さらに、わたしはグリーフケアに絶大な力を発揮する「ハートフル・ファンタジー」について話しました。わたしは、かつて『涙は世界で一番小さな海』(三五館)という本を書きました。そこで、『人魚姫』『マッチ売りの少女』『青い鳥』『銀河鉄道の夜』『星の王子さま』の5つの物語は、じつは1つにつながっていたと述べました。

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星の王子さま』について

f:id:shins2m:20201111185848j:plain物語こそが死の本質を語れる!

 

ファンタジーの世界にアンデルセンは初めて「死」を持ち込みました。メーテルリンクや賢治は「死後」を持ち込みました。そして、サン=テグジュペリは死後の「再会」を持ち込んだのです。一度でも関係をもち、つながった人間同士は、たとえ死が2人を分かつことがあろうとも、必ず再会できるのだという希望が、そして祈りが、5つの物語には込められています。「死」を説明するために、人は「医学」や「哲学」や「宗教」を頼りにしますが、他にも「物語」という方法があるのです。いや、物語こそが死の本質を語れるのかもしれません。

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講義のベースとなった2冊

f:id:shins2m:20201111191043j:plain写真と映画の相違について

「読書」の次は「映画鑑賞」です。『死を乗り越える映画ガイド』をテキストとしましたが、同書のテーマは、そのものズバリ「映画で死を乗り越える」です。わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると思います。映画と写真という2つのメディアを比較してみましょう。写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を封印する芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。それは、わが子の運動会を必死でデジタルビデオで撮影する親たちの姿を見てもよくわかります。

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映画とは何か

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映画の本質について語る

 

「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。そして、時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在していない死者に会うという大きな目的があるのではないでしょうか。『唯葬論』(サンガ文庫)でも述べたように、わたしは、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。そして、映画そのものが「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思っています。そう、映画を観れば、わたしは大好きなヴィヴィアン・リーオードリー・ヘップバーングレース・ケリーにだって、三船敏郎高倉健菅原文太にだって会えるのです。

f:id:shins2m:20201111191137j:plain映画は総合芸術

 

古代の宗教儀式は洞窟の中で生まれたという説がありますが、洞窟も映画館も暗闇の世界です。暗闇の世界の中に入っていくためにはオープニング・ロゴという儀式、そして暗闇から出て現実世界に戻るにはエンドロールという儀式が必要とされるのかもしれません。そして、映画館という洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです。

f:id:shins2m:20201111191305j:plain映画館という「洞窟」の内部

 

闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為にほかならないのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。わたし自身、映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなくなる感覚を得るのですが、それもそのはず。わたしは、映画館を訪れるたびに死者となっているのでした。

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世界三大「葬儀」映画

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グリーフケアとしての映画の効用

 

その後は、個別の映画作品について語りました。『死を乗り越える映画ガイド』の章立てをもとに5つのテーマに分け、1「死を想う」では「サウルの息子」を、2「死者を見つめる」では「おみおくりの作法」と「おくりびと」を、3「悲しみを癒す」では「岸辺の旅」を、4「死を語る」では「エンディングノート」を、5「生きる力を得る」では「リメンバー・ミー」を取り上げました。

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最新作も紹介しました

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「死」の不安を乗り越える

さらに、ブログ「浅田家!」ブログ「おらおらでひとりいぐも」で紹介した最新作も紹介しました。「グリーフケア」にしろ、「修活(終活)」にしろ、一番重要なのは、死生観を持つことだと思います。死なない人はいませんし、死は万人に訪れるものですから、死の不安を乗り越え、死を穏やかに迎えられる死生観を持つことが大事だと思います。一般の方が、そのような死生観を持てるようにするには、読書と映画鑑賞が最適だと思います。本にしろ、映画にしろ、何もインプットせずに、自分1人の考えで死のことをあれこれ考えても、必ず悪い方向に行ってしまいます。

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島薗所長のコメントをお聴きする

f:id:shins2m:20201111201835j:plain質問に答えさせていただきました

 

ですから、死の不安を乗り越えるには、読書で死と向き合った過去の先人たちの言葉に触れたり、映画鑑賞で死に往く人の人生をシミュレーションすることが良いと思います。この日は、そんなことを話しました。講義後は島薗所長のコメントをお聴きし、受講生の方の質問を受けました。オンライン講義はちょっと苦手ですが、グリーフケアの研究と実践はわたしの天命だと思っています。これからも全身全霊で、この道を歩んで行く覚悟です。それにしても、上智が爆破されなくて良かった!

 

2020年11月11日 一条真也

「罪の声」

一条真也です。
日本映画「罪の声」を観ました。
11日に行う上智大学グリーフケア研究所のオンライン講義で「グリーフケア映画」をテーマにするので、最新作を参考にしたいと思い、ブログ「おらおらでひとりいぐも」で紹介した映画に続いて鑑賞しました。グリーフは死別だけでなく、過去の人生のそこかしこに在ることを教えてくれる力作でした。上映時間は142分ですが、まったく飽きることなく物語に引き込まれました。最後は感動しました。



ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「かつて日本を震撼させた事件をモチーフにした塩田武士の小説を映画化。昭和の未解決事件をめぐる二人の男の運命を映し出す。『ミュージアム』や『銀魂』シリーズなどの小栗旬と、『引っ越し大名!』などの星野源が主人公を演じる。星野が出演したドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の演出と脚本を担当した土井裕泰野木亜紀子が監督と脚本を務めた」 

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「新聞記者の阿久津英士(小栗旬)は、昭和最大の未解決事件の真相を追う中で、犯行グループがなぜ脅迫テープに男児の声を吹き込んだのか気になっていた。一方、京都でテーラーを営む曽根俊也(星野源)が父の遺品の中から見つけたカセットテープには、小さいころの自分の声が録音されていた。その声は、かつて人々を恐怖のどん底に陥れた未解決事件で使用された脅迫テープと同じものだった」

 

この物語に登場するギンガ・萬堂事件(通称、ギン萬事件)のモデルは、もちろんグリコ・森永事件です。原作は2016年度「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第1位に輝いたベストセラーで、第7回「山田風太郎賞」も受賞しています。原作者の塩田武士氏は大学時代にグリコ・森永事件の関係書籍を読み、脅迫電話に子どもの声が使われた事実を知って、自らと同年代のその子どもの人生に関心を抱いたといいます。そこからいつかこれを題材とした小説を執筆したいと考えました。新聞記者を経て2010年に小説家になった際に編集者に相談したところ、「今のあなたの筆力では、この物語は書けない」と言われ、さらに5年を待って執筆を開始したそうです。緻密な取材、検証が織り交ぜられ、圧倒的な説得力がありますが、執筆に際して、塩田氏は1984年から85年にかけての新聞にはすべて目を通したとか。



そのグリコ・森永事件とは何か。1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に、日本の阪神間大阪府兵庫県)を舞台に食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件です。Wikipedia「グリコ・森永事件」の「概要」には、「1984年3月、江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求した事件を皮切りに、江崎グリコに対して脅迫や放火を起こす。その後、丸大食品、森永製菓、ハウス食品不二家駿河屋など食品企業を次々と脅迫。現金の引き渡しにおいては次々と指定場所を変えたが、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れなかった。犯人と思しき人物が何度か目撃されたが逃げられてしまったため、結局正体は分からなかった。その他、1984年5月と9月、1985年2月に小売店で青酸入り菓子を置き、日本全国を不安に陥れた。1984年4月12日に警察庁広域重要指定事件に指定された」とあります。



続けて、Wikipedia「グリコ・森永事件」の「概要」には、「2000年(平成12年)2月13日に東京・愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、すべての事件の公訴時効が成立。警察庁広域重要指定事件としては初めて犯人を検挙出来なかった未解決事件となった。2005年(平成17年)3月に除斥期間民法第724条)が経過し、民法上の損害賠償請求権が消滅した。企業への脅迫状とは別に報道機関や週刊誌などに挑戦状を送りつけ、毒入り菓子をばらまいて社会一般を騒ぎに巻き込んだことで、評論家の赤塚行雄から劇場型犯罪と名付けられた。同時期にこの事件と並行して話題となっていた三浦和義ロス疑惑とともに当時の世相として振り返られることも多い」と書かれています。



これまで、わたしは、グリコ・森永事件にそれほど関心がありませんでした。というのも、事件が世間を騒がせていた頃、東京の六本木に住んで毎晩のようにディスコで踊っていてニュースに疎かったことと、「かい人21面相」の人をおちょくったような、いかにも関西人らしい脅迫文の文面が嫌いだったからです。わたしが犯罪事件に無関心というわけではありません。グリコ・森永事件以前の戦後最大の犯罪事件である「三億円事件」には非常に興味を持っていました。1968年12月10日、日本信託銀行国分寺支店(東京都国分寺市)から東芝府中事業所(府中市)に向けて出発した、東芝従業員に支払われるボーナス総額3億円を載せた現金輸送車が強奪された事件です。



三億円事件では、時価換算では今もって国内の犯罪史上最高額とされる金額が奪われました。しかし、グリコ・森永事件では、犯人グループは一銭も受け取っていません。当時のわたしは単なる愉快犯だとしか思えず、三億円事件に比べるとインパクトが弱いと感じていました。また、三億円事件とグリコ・森永事件ともに、1人も殺されていないことから、その後の「オウム真理教事件」などに比べると凶悪性が低いようにも思っていました。しかし、オウム事件の犯人たちはすべて逮捕され、死刑になりましたが、昭和の両事件の犯人は捕まらないまま時効を迎えてしまいました。



犯人が捕まらなかったがゆえに、三億円事件もグリコ・森永事件も、昭和最大級のミステリーとなったわけですが、深海のごとく社会の奥深くに隠れた真実も、時間が経過すれば海上に浮上してきます。映画「罪の声」では、そんな秘密を抱えた人々を「深層の住人」と表現していましたが、要するに事件から数十年も経ち、すでに時効を迎えていると、「じつは自分が犯人です」とか「犯人を知っています」などと発言する人々が現れてくるのです。



それは別に目立ちたいとか、マスコミから金を貰いたいといった俗な理由というよりは、真実を語らずにはいられないという人間の本能のようなものだと思います。実際、両事件においても、そのような人物が次々に出現し、週刊誌などを騒がせました。わたしの中では、三億円事件は首都圏の事件で、グリコ・森永事件は関西圏の事件という印象が強いのですが、ともに学生運動から派生した過激派グループが関係していたのではないかという可能性が囁かれています。



三億円事件の場合は、さまざまな陰謀説が唱えられましたが、その中に「公安警察犯行説」があります。当時、過激派の街頭闘争が吹き荒れ、警視庁は事件現場である三多摩のアパートに多く住む学生活動家を洗い出すために、あのモンタージュ写真とともに、ローラー作戦の口実を作ろうとしていたというのです。実際にローラー作戦空前絶後の規模で行われました。事件現場近くの都立府中高校卒業生まで容疑者リストにあがり、同校OBだった歌手の布施明、タレントの高田純次まで含まれていたそうです。

 

じつは、ネタバレにならないように注意深く書くと、「罪の声」には、「体制を打倒するためには、どんな行為でも正当化される」と妄信する元過激派の学生活動家が登場します。革命を夢見る彼やその仲間たちは自分たちの行動はそのまま社会正義の実現なのだと思い込むのですが、その行き着いた果が「ギン萬事件」でした。いくら金を奪わず、人も殺していないといっても、誘拐、身代金要求、毒物混入など卑劣な犯罪を繰り返したことは事実で、社会正義の実現どころか完全な反社会的行動です。それに、金を受けとらなかったはいえ、それは現金受け取りのリスクを恐れただけで、株価操作によって金を得た可能性は高いのです。



しかし、犯人グループは当初予想していたほどの大金を得ることはできず、次第に互いが疑心暗鬼になり、対立していきます。その中には、元過激派も、元警察官も、現役のヤクザもいるのですが、彼らはみんな仲間を信じておらず、いわば性悪説に立っています。わたしは性悪説は間違っていると思いますが、お人好しの善人だけでも組織は滅びます。実際の事件でも「かい人21面相」(映画では「くら魔てんぐ」)は、脅迫状の中で「悪党人生面白いで」と書いていました。1人でも「悪党」というのは、悪人はみな団結性を持っているからです。しかし、彼らには共通の信条がなく、彼らの団結性は誠がありませんから、金の問題で必ず分裂するのです。この映画でも、その様子がよく描かれていました。


もちろん、この歴史に残る大犯罪は、金欲しさだけに起きたわけではありません。そこには、警察やマスコミを恨む者の怨念がありました。警察なら誤認逮捕や冤罪、マスコミなら誤報によって、人の人生など簡単に壊すことができます。そこには、平和に暮らす一般人には計り知れないほどのグリーフ(悲嘆)が生まれるのです。そして、この映画では、過激派の抗争に巻き込まれた亡くなった1人のサラリーマンが、過激派とはまったく無関係なのに、新聞に「過激派同士の仲間割れ」と誤報をされたおかげで、それを信じた故人の勤務先の会社の人々が葬儀に参列せず、線香一本あげていかなかったことへの恨みが語られていました。



一方、脅迫テープに声を使われた男児の1人が、そのことによって人生がめちゃくちゃになってしまい、社会の底辺を渡り歩いていたとき、子のいない夫婦が経営する中華料理店で働くことになったとき、親代わりともいうべき夫婦が彼に成人式のお祝いをしてくれたエピソードが紹介されます。そのときのことを回想する彼は、「人生で一番嬉しかった」と涙ぐむのでした。葬儀に参列に来なかったことへの恨み、成人式を祝ってもらったことの喜び・・・・・・この映画を観て、改めてわたしは、「冠婚葬祭とは、その人の人生を肯定する」営みであることを思い知りました。



この映画には、多くの悲嘆が登場します。知らないうちに罪を犯していた悲嘆、知らないうちに人を傷つけていた悲嘆、そして、自分の人生を狂わされる悲嘆・・・・・・脅迫テープに声を使われた3人の子どもたちは、その後、当たり前の人生を送れない者もいました。当たり前のことを、当たり前にできないことは大きな悲嘆ですが、じつは犯罪事件の当事者だけでなく、現在のコロナ禍にあってもその悲嘆は生まれ続けています。今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、とにかく想定外の事件でした。わたしを含めて、あらゆる人々がすべての「予定」を奪われました。今回のパンデミックでは、卒業式や入学式という、人生で唯一のセレモニーを経験できなかった生徒や学生たちが大きな悲嘆と不安を抱えたことを忘れてはなりません。もちろん、子どもたち以外も、です。



この映画にも主要な登場人物の1人が首吊り自殺寸前まで行くシーンがありますが、コロナ禍の中で日本人の自殺者数が激増しています。10月の自殺者数が2153人(速報値)となり、昨年同月比で39.9%増(614人増)だったことが、11月10日に警察庁の集計で分かりました。約40%も自殺者が増加するというのは明らかな異常事態です。自殺の主な原因とされる「コロナうつ」の中には、当たり前のことができずに不安を抱え、それが悲嘆、さらには絶望へと変わっていった人も多いと思われます。不安定になりがちな人の「こころ」を安定させるにはどうすべきか・・・・・・そんなことを考えながら、この142分のグリーフ映画を観終えました。主演の小栗旬星野源の演技は素晴らしかったです。背の高い小栗と小柄な星野のバディぶりは好感が持てました。最後に、警察の柔道部監督役として、「柔道一直線」で一条直也を演じた桜木健一が柔道着姿で登場したのには驚きました。嬉しいサプライズでした!

 

2020年11月11日 一条真也

「おらおらでひとりいぐも」

一条真也です。
日本映画「おらおらでひとりいぐも」を観ました。ブログ『おらおらでひとりいぐも』で紹介した小説の映画化です。11日に行う上智大学グリーフケア研究所のオンライン講義で「グリーフケア映画」をテーマにするので、最新作を取り上げるべく鑑賞しました。「グリーフケア」のみならず、人生を修めるための「修活」についても考えさせられる佳作でした。


ヤフー映画の「解説」には、「第54回文藝賞と第158回芥川賞に輝いた若竹千佐子の小説を原作にしたヒューマンドラマ。主婦として子育てを終えたところで夫に先立たれた女性が、自身の歩んだ道のりを回顧しながら孤独な毎日をにぎやかなものへと変えていく。メガホンを取るのは『横道世之介』『子供はわかってあげない』などの沖田修一。『いつか読書する日』などの田中裕子と『宮本から君へ』『るろうに剣心』シリーズなどの蒼井優が、それぞれ現在と20歳から34歳のヒロインを演じている」とあります。

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ヤフー映画の「あらすじ」は、「ひとり暮らしをする75歳の桃子(田中裕子)は、東京オリンピックの開催に日本中が湧く1964年に、その熱狂に導かれるように故郷を飛び出して東京に来た。それから55年の月日が流れ、母として二人の子供を育て上げ、夫・周造と夫婦水入らずの穏やかな余生を送ろうとするが、その矢先に彼に先立たれてしまう。突然の出来事にぼうぜんとする中、彼女は図書館で借りた本を読み漁るように。そして、46億年の歴史をめぐるノートを作るうちに、見るもの聞くもの全てに問いを立て、それらの意味を追うようになる」です。



この映画の冒頭は意表を衝かれるというか、想定外のシーンが展開されて呆気にとられました。なにしろ、46億年前の地球の誕生からスタートし、地球上に生物が誕生し、氷河期によって恐竜が滅亡するシーンが描かれるのです。そこから現代の日本の街の夜景に一気に飛び、1軒の家の中の薄暗い部屋で1人でお茶を飲む桃子が映し出されます。
このぶっ飛んだスケールの大きさを楽しみながら、わたしは拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の第1章「宇宙論」の内容を連想しました。そこで、人間の「いのち」は宇宙から来たということを述べたのです。



夫である周造に先立たれた桃子は、孤独です。朝、起きても、病院か図書館に行くぐらいしか、やることがありません。話し相手もいません。その孤独が人の形をして桃子の前に現れるようになります。映画では、濱田岳青木崇高宮藤官九郎が演じていますが、「おらだば、おめだ」と言う彼らはなかなか愛嬌があります。3人とも飄々としていて、いい感じでした。もともと、ゆるキャラのような芸風である濱田と宮藤に比べて、青木だけはギラギラした役をやることが多いです。ブログ「朝が来る」で紹介した日本映画でも、借金の取り立てをするヤクザを演じていました。でも、この映画では他の2人と同じ印象になっているのですから、役者というのは大したものですね。



孤独という感情を擬人化したところは、ブログ「インサイド・ヘッド」で紹介したディズニー映画の名作を彷彿とさせます。しかし、桃子は女性なのに、なぜ彼女の孤独は3人の男性として出現するのか。桃子の「こころ」はもともと男性的だったのか。わたしは、この3人は「こころの声」というよりも「座敷わらし」みたいだと思いました。そういえば、桃子は座敷わらし伝説で有名な岩手県遠野市の出身なのです。柳田国男の『遠野物語』の遠野です。ちなみに、原作者の若竹千佐子氏は1954年岩手県遠野市生まれ。民話の里である遠野で育ち、子どもの頃から小説家になりたいと思っていたそうです。



岩手県といえば、作家で詩人の宮沢賢治を忘れることはできません。『おらおらでひとりいぐも』というタイトルは、賢治の詩「永訣の朝」の、「おら おらで ひとり逝く」から取られたといいます。賢治の詩では「あの世へ逝く」の意味ですが、同書では「自分らしく、一人で生きていく」という意味が伝わってきます。そう、この物語は、夫に先立たれ、子どもたちとは疎遠なまま1人暮らしをしている74歳の桃子という女性のモノローグ小説です。当時63歳だった若竹氏は新たな「老いの境地」を描き、第54回文藝賞を史上最年長で、そして第158回芥川賞を史上2番目の年長で受賞しました。



映画版では、主人公の桃子は田中裕子が好演しましたが、若き日の桃子は蒼井優が演じました。文芸評論家の斎藤美奈子氏は、桃子のことを「東京オリンピックの年に上京し、二人の子どもを産み育て、主婦として家族のために生き、夫を送って『おひとりさまの老後』を迎えた桃子さんは、戦後の日本女性を凝縮した存在だ。桃子さんは私のことだ、私の母のことだ、明日の私の姿だ、と感じる人が大勢いるはず」と述べています。この映画には、さまざまなグリーフ(悲嘆)が描かれていますが、特に印象に残った場面があります。それは、可愛いフリルのスカートを履いた孫娘を見て、桃子は自分の幼い頃もあんなスカートを履きたかったけれど、東北の田舎ゆえ履けませんでした。それで、自分の娘が成長して「可愛いスカートが欲しい」と言ったときに、夜なべしてフリルのスカートを履かせてあげたのです。桃子は自分の夢を娘が代わりに果たしたと思って喜んだのですが、娘はそのフリルのスカートが嫌でたまらなかったそうで、後年、「あのとき、無理やり履かされた!」と桃子をなじったことを回想し、涙する場面でした。グリーフにもいろんな「かたち」があることを改めて知りました。

 

若き日の桃子は「新しい女」を自負する自立した女性を目指していました。それが「都会の中の故郷」ともいえる同じ東北出身の周造に一目惚れしたのでした。周造の死は桃子に「悲嘆」とともに「自由」も与えました。彼女はずっと、自立をしたいと願いながら生きてきたのですから・・・・・・。周造を演じたのは、東出昌大です。蒼井優東出昌大といえば、ブログ「スパイの妻」でも共演していましたが、なぜかこの2人は「昭和」が似合います。古風な顔立ちの蒼井優はまだわかるとしても、高身長でバタ臭い顔をした東出が「昭和」の男とはちょっと意外な感じもしますが、ブログ「ビブリア古書堂の事件手帖」で紹介した映画でも、彼は夏帆とともに昔のカップルを演じていましたが、よく似合っていました。


サンデー新聞」2018年4月7日号

 

ブログ『おらおらでひとりいぐも』で紹介したように、「サンデー新聞」に連載している「ハートフル・ブックス」でも同書を取り上げましたが、桃子の人生には完全に原作者である若竹氏の人生が反映しています。結婚して息子と娘の二児に恵まれた若竹氏ですが、55歳の時、夫が脳梗塞で死去。突然の死に悲しみに暮れ、自宅に籠る日々を送っていたところ、息子さんのすすめで小説講座に通い、8年の時を経て本作を執筆したのでした。本作は「老いること」と身近な人を失う「喪失感」を描いていますが、時折まじえられる東北弁の力を借りて、デリケートなテーマに対して正面から取り組んでいます。

 

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)

 

 

老人小説であり、グリーフケア小説だと言えますが、桃子の心を描写しただけで1冊の本にしてしまった著者の筆力には脱帽です。夫を心筋梗塞で亡くしたとき、桃子さんは「体が引きちぎられるような悲しみがあるのだということを知らなかった。それでも悲しみと言い、悲しみを知っていると当たり前のように思っていたのだ」と思い、さらには、「もう今までの自分では信用できない。おらの思っても見ながった世界がある。そごさ、行ってみって。おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも」と覚悟を述べます。桃子さんは「周造はいる。必ず周造の住む世界はある」と思いました。夫を亡くして初めて、「目に見えない世界があってほしい」という切実な思いが生まれたのです。



桃子さんの頭に異変が起こり始めたのは、夫の周造さんが亡くなってからです。周造さんはたった1日寝込むでもなく心筋梗塞であっけなくこの世を去りました。桃子さんは周造さんの死を心のどこかでいまだに受け入れられないでいるのですが、同書には「桃子さんの心のうちの柔毛突起ひと群れ、ゆらゆらと立ち上がり、死んだ、死んだ、死んだ、死んでしまったふわりふわりとあっちゃこっちゃに揺れ動く。はじめ誰の目にも止まらない毛ほどの繊細な動きだったのが静かに隣を動かしまたその隣を動かし、やがて小さな波紋となりさざ波となり瞬く間に広がって、しだいに大きなうねりとなり四方に広がり、ついには波動激動、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ」と書かれています。


この「死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ」は延々と続きます。少しだけ言い回しを変えて続きます。桃子さんは次のように言います。

ああ、くそっ、周造、いいおとごだったのに
周造、これからだすどきに、なして
神も仏もあるもんでね、神も仏もあるもんでね
かえせじゃぁ、もどせじゃぁ
かえせもどせかえせもどせかえせもどせかえせもどせ
かえせもどせかえせもどせ
神さまバカタレかえせもどせ

かえせもどせかえせ
仏さまいるわけねじゃくそったれ

かえせもどせかえせもどせかえせってば
(『おらおらでひとりいぐも』より)


愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

この神仏をも呪う言葉には、桃子の深い悲しみが表れています。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の第一信「愛する人を亡くすということ」の冒頭、わたしは「あなたは、いま、この宇宙の中で一人ぼっちになってしまったような孤独感と絶望感を感じているかもしれません。誰にもあなたの姿は見えず、あなたの声は聞こえない。亡くなった人と同じように、あなたの存在もこの世から消えてなくなったのでしょうか」と書きました。フランスには「別れは小さな死」ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすと言われています。もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生においても、一番苦しい試練とされるのが、自分自身の死に直面することであり、愛する人を亡くすことなのです。

唯葬論』(サンガ文庫)

 

じつは、『おらおらでひとりいぐも』という小説は、死者のサポートによって書かれました。
というのも、芥川賞の受賞会見で、新聞の記者が「小説を書き始めたきっかけが、ご主人が亡くなった直後に小説講座に通われていますけども、ご主人がご存命のときに書き物をされてると、千佐ちゃんが芥川賞かな、直木賞かなっておっしゃってたそうですね」と質問しました。それに対して、著者は「はい」と言ってから、亡き夫に対して「私、やったよっていうことですかね」とのメッセージを送りました。このことを知って、わたしは深い感銘を受けました。
もちろん、亡きご主人が生前から奥さんの才能を信じていたということもあるでしょうが、やはり見えない世界から支えてくれていたように思います。拙著『唯葬論』(サンガ文庫)で述べたように、すぐれた小説を含むあらゆる芸術作品が生まれる背景には作者の「死者への想い」があり、作者は「死者の支え」によって作品を完成させるのではないでしょうか。その考えが間違っていないことを確認しました。

永遠の知的生活』(実業之日本社

 

さらに、桃子がいつも図書館に通い、たくさんの本を読み、時には地球の歴史のようなスケールの大きな本を読み、そこで学んだことをイラスト入りでノートに書く場面が何度も登場しますが、素晴らしいことだと思いました。読書は教養を育てますが、行き着くところは「死」の不安を乗り越えるための死生観を持つことだからです。稀代の読書家として知られた故・渡部昇一先生との対談集である『永遠の知的生活』(実業之日本社)の中で、最後にわたしは書名にもなっている「永遠の知的生活」について語りました。わたしは「結局、人間は何のために、読書をしたり、知的生活を送ろうとするのだろうか?」と考えることがあります。その問いに対する答えはこうです。わたしは、教養こそは、あの世にも持っていける真の富だと確信しています。あの丹波哲郎さんは80歳を過ぎてからパソコンを学びはじめました。霊界の事情に精通していた丹波さんは、新しい知識は霊界でも使えると知っていたのです。ドラッカーは96歳を目前にしてこの世を去るまで、『シェークスピア全集』と『ギリシャ悲劇全集』を何度も読み返していたそうです。

 

 

死が近くても、教養を身につけるための勉強が必要なのではないでしょうか。モノをじっくり考えるためには、知識とボキャブラリーが求められます。知識や言葉がないと考えは組み立てられません。死んだら、人は精神だけの存在になります。そのとき、生前に学んだ知識が生きてくるのです。そのためにも、人は死ぬまで学び続けなければなりません。わたしがそのような考えを述べたところ、渡部先生は「それは、キリスト教の考え方にも通じますね」と言って下さいました。わたしは、読書した本から得た知識や感動は、死後も存続すると本気で思っています。人類の歴史の中で、ゲーテほど多くのことについて語り、またそれが後世に残されている人間はいないとされているそうですが、彼は年をとるとともに「死」や「死後の世界」を意識し、霊魂不滅の考えを語るようになりました。『ゲーテとの対話』では、著者のエッカーマンに対して、人類史上最高の教養人の1人であるゲーテは、「私にとって、霊魂不滅の信念は、活動という概念から生まれてくる。なぜなら、私が人生の終焉まで休みなく活動し、私の現在の精神がもはやもちこたえられないときには、自然は私に別の生存の形式を与えてくれるはずだから」(木原武一訳)と語っています。

f:id:shins2m:20200715153103j:plain死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)

 

渡部先生は「キリスト教の研究家にこんなことを教えてもらいました。人間が復活するときは、最高の知性と最高の肉体をもって生まれ変わるということです」と言われました。わたしが「これらかもずっと読書を続けていけば、亡くなる寸前の知性が最高ということですね。そして、その最高の知性で生まれ変われるということですね」と言ったところ、先生は「そうです。それに25歳の肉体をもって生まれ変われますよ」と言われました。これほど嬉しい言葉はありません。わたしは「それを信じてがんばります。まさに『安心立命』であります」と述べました。映画の終盤で桃子はマンモスとともに雪の街を後進しますが、その先は周造の待つ世界なのだなと思いました。けっして絶望ではなく、そこには新しいステージへの希望が感じられます。桃子がこのような前向きな死生観を得たのも豊富な読書体験の賜物ではないでしょうか。拙著『死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)の帯にもあるように「死生観は究極の教養」であり、それは読書から得られるものなのです。そういえば、主演の田中裕子には「いつか読書する日」(2005年)という素晴らしい代表作がありましたね。

 

最後に、もうひとつ。桃子は孫娘と幸福な時間を過ごしながら、穏やかなラストシーンを迎えます。わたしは、この場面を観ながら、孔子のことを考えました。2500前の中国に生まれた孔子は、生命を不滅にするための方法を考えました。彼は、なんと、人間が死なないための方法を考え出したのです。その考えは、「孝」という一文字に集約されます。
「孝」とは何か。あらゆる人には祖先および子孫というものがありますが、祖先とは過去であり、子孫とは未来です。自分という個体は死によってやむをえず消滅するけれども、もし子孫があれば、自分の生命は生き残っていくことになります。



現在生きているわたしたちは、自らの生命の糸をたぐっていくと、はるかな過去にも、はるかな未来にも、祖先も子孫も含め、みなと一緒に共に生きていることになります。わたしたちは個体としての生物ではなく一つの生命として、過去も現在も未来も、一緒に生きるわけです。これが儒教のいう「孝」であり、それは「生命の連続」を自覚するということなのです。無邪気に笑う孫娘の姿を見ながら、桃子は地球46億年の歴史の流れの中の「生命の連続」を実感したのではないでしょうか。「先祖」や「子孫」というものを意識したとき、人は「ひとり」ではなくなります。そして、「生命の連続」の中で孤独という感情は溶けてゆくのでしょう。そう考えると、人間の姿をした3人の「孤独」たちは、桃子の先祖だったのかも?

 

2020年11月10日 一条真也拝