一条真也です。
12月20日は、父の月命日です。この日の朝の気温は5度で、かなり寒かったですが、10時から父の「百ヶ日」を兼ねた法要を執り行いました。実家に遺族が集まって、黄檗宗広寿山福聚寺のご住職にお越し願いました。

百ヶ日法要のようす
百ヶ日法要とは、故人様が逝去してから100日目に執り行われる法要のことを指します。最近は開催しないところも増えているので、馴染みがない方も多いかもしれません。出苦忌(しゅっくき)や卒哭忌(そっこくき)とも呼ばれており、故人を失った悲しみに別れを告げ、前に進むための節目としての意味を持ちます。まさに、日本的グリーフケアのための儀式であると言えるでしょう。

早いもので百ヶ日です

2冊の著書を霊前に捧げました
この日は、『心ゆたかな言葉』(オリーブの木)と前日に発売されたばかりの最新刊『冠婚葬祭文化論』(産経新聞出版)を父の霊前に供えました。この2冊の冒頭には「わが先考 佐久間進に捧げる」と書かれています。後者の著者名は、一条真也ではなく、一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団理事長の佐久間庸和です。冒頭には「わが先考 佐久間進に捧げる」と書かれています。亡くなった父親のことを「先考」といいますが、父はまさにわたしが考えていたことを先に考えていた人でした。

父はまさに「先考」でした

ご住職に本をお渡ししました

ご住職は喜んで下さいました

仏教文化について語り合いました
父は國學院大學で国学と日本民俗学を学び、冠婚葬祭互助会を営む会社を創業しました。本居宣長や平田篤胤らの国学が「日本人とは何か」を問う学問なら、柳田國男や折口信夫らの日本民俗学は「日本人を幸せにする方法」を探る学問でした。そして、父にとっての冠婚葬祭互助会はその学びを実践するものでした。国学から日本民俗学へ、日本民俗学から冠婚葬祭互助会へと、日本人の幸福論は進化を遂げてきたのです。「人間にとって儀式とは何か」というサブタイトルのついた『冠婚葬祭文化論』は120冊目の一条本となります。父はきっと喜んでくれると思います。そして、「天下布礼」に向かって、さらに前に進め!」と言っていることでしょう。法要の終了後は、いったん自宅に戻ってから、八幡の北九州紫雲閣へ。わが社の統括所長だった故倉尾とも子さんの「お別れの会」に参列します。
2024年12月20日 一条真也拝

