友田紫雲閣竣工式 

一条真也です。
15日の朝、北九州市長を5期20年務めた末吉興一氏が肺炎のため91歳で亡くなられたという報道がありました。わたしは昨日訃報に接しましたが、生前は大変お世話になりました。北九州市の歴史に燦然と輝く最高の市長さんでした。心より御冥福をお祈りいたします。

ヤフーニュースより

 

故末吉興一様の通夜は19日午後7時、葬儀は20日午後1時、いずれもわが社の小倉紫雲閣で行われます。社員一同、心をこめてお世話をさせていただく覚悟です。なお、本日、わが社の新施設である「友田紫雲閣」が完成。竣工清祓神事が行われました。

友田紫雲閣の外観

友田紫雲閣の前で

友田紫雲閣の宗木支配人と

ロビーには多くの胡蝶蘭が・・・・・・

友田紫雲閣の場所は、大分県日田市南友田112-7です。サンレーグループとしては、大分県内で11番目、全国で95番目(いずれも完成分)のセレモニーホール(コミュニティホール)です。いよいよ、創立60周年に向けての100店達成が見えてきました。あと、もう少しです!

高級マンションのような遺族控室

休憩室のようす

バスルームのようす

ブックレット・コーナー

 

新しい友田紫雲閣は、まるで高級マンションのリビングルームのような、ゆったりとした最新の控室を完備しています。大切な人との最後の時間を心安らかに過ごせるよう、経験豊富なスタッフが真心込めてお手伝いいたします。

さあ、儀式の場へ!

本日の神饌

本日の式次第


最初はもちろん一同礼!


竣工式のようす

神事のようす

清祓之儀のようす

 

竣工神事の進行は、サンレー大分事業部の清水課長が担当。竣工神事は、地元を代表する神社である大原八幡宮の橋本公俊神職にお願いいたしました。開式の後、修祓之儀、降神之儀、献饌、祝詞奏上、清祓之儀を行いました。

低頭しました


玉串を拝受しました


柏手を打ちました


拝礼しました

祐徳常務に合わせて拝礼


神事の終わりは一同礼!

 

それから、玉串奉奠です。最初に サンレー社長であるわたしが玉串を奉奠。設計を担当した有限会社ウトウ設計の兎洞正和社長、施行を担当した豊建設工業株式会社の梶原雄一社長が続き、最後は サンレーの祐徳秀信常務が玉串奉奠し、社員が従いました。その後、撤饌、昇神之儀、そして閉式と、滞りなく竣工清祓神事を終えました。

橋本神職から祝辞を頂戴する

橋本神職の発声で神酒拝戴しました

 

その後は「神酒拝戴」です。
乾杯の御神酒を持った大原八幡宮の橋本神職が御挨拶の中で「本日は、まことにおめでとうございます。この素晴らしい施設が地域の方々にとっての永遠の旅立ちの場所となることを願っております」と言っていただきました。その後、高橋神職の発声で参加者全員で神酒を拝戴しました。

主催者挨拶をしました

本当に嬉しく思います

次は、いよいよ主催者挨拶です。わたしは、次のように挨拶しました。本日、このように立派な施設を建設できて、本当に嬉しく思います。関係者のみなさまに心より感謝いたします。これで、わが社の会員様に満足のゆくサービスを提供できます。ぜひ、新施設で最高の心のサービスやケアを提供させていただき、この地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいです。

友田という土地について

 

友田は、太古の昔から人が住み、祈りを捧げてきた場所です。北友田には「北友田横穴墓群」と呼ばれる遺跡があり、古墳時代後期から古代にかけての横穴墓が複数確認されています。さらに、花月川と三隈川の合流点にそびえる星隈山(星隈公園)には、山腹に広がる横穴墳群や高塚式古墳が残されており、古代からの集落の存在を物語っています。つまり友田は、「葬送と祈りの営み」が何世代にもわたって積み重ねられてきた土地です。この地に「友田紫雲閣」が誕生することは、古代から続く祈りの系譜に新たな“送りの場所”が加わることを意味しているように思えてなりません。

星隈山と友田の関わりについて

 

星隈山と友田は、近世初期の城づくりとも深く関わっています。慶長6年(1601年)、小川壱岐守光が日田北部の領主となった際、月隈城を築くまでの間、星隈山に仮城を置いたという記録があります。現在では公園となっていますが、当時は軍事的要地として重視されていた場所でした。また、友田は江戸期には「友田村」として豊後国日田郡に属し、約930石を有する農村として栄え、日田の城下町を支える基盤でもありました。城下町整備の際には、友田村の人々が城下へ移されたという伝承も残ります。町の発展の陰に、友田の人々の労苦と貢献があったのです。江戸中期には、日田の名刹・岳林寺の寺領として、幕府から友田村の田地が寄進。幕府直轄領であった友田村のうち30石が、五代将軍綱吉名義で寺領として与えられた記録が残っています。

「共田」から「友田」へ

 

この事実は、友田が豊かな田地を持ち、価値ある村として扱われていたことを示しています。単に農地としての価値だけでなく、精神文化を支える地としても重要視されていたのでしょう。「友田」という地名の語源を確定する資料は現段階では見つかりません。しかし、近世以前から「友田村」という名称が使われていたことは確かであり、その名は長く受け継がれてきました。“友”という文字は、人と人が寄り添い、支え合う姿を表すと言われます。また、共同で耕す「共田(ともだ)」から転訛した可能性も、地名研究ではしばしば指摘されます。まさに「相互扶助」の聖地のような場所ではないですか! わたしは静かな感動をおぼえました。

わたしたちは「文化の防人」です!

最後に道歌を披露しました

 

人が助け合い、共に暮らしてきた土地 である友田。まさに「尊厳」や「共生」という理念に通ずる「相互扶助」の響きを持った地名です。友田の歴史を調べながら、わたしはこの土地が持つ深い物語に心を打たれました。古代の横穴墓に始まり、戦国から近世の城づくり、寺領としての扱い、そして現代の住宅地へ。友田は、時代を超えて「くらし」と「祈り」が交差する特別な土地です。新しく生まれた友田紫雲閣が、この地に暮らす方々の人生に寄り添い、大切な儀礼を支え、未来へと続く祈りの場となることを願っています。それから、わたしは以下の道歌を披露いたしました。

 

いにしへの 祈りを刻む 友田にて  
 あらたに出づる 紫の雲  庸軒

 

宗木支配人から決意を受け取りました

記念の集合写真を撮影しました

 

その後、友田紫雲閣の宗木支配人より、決意表明がありました。わたしは、この地の方々の人生の卒業式を心をこめてお世話させていただき、地域に愛されるコミュニティホールをめざしますという宗木支配人の力強い決意を受け取りました。決意表明の後は、参加者全員で集合写真を撮影。


マリエールオークパイン日田に移動しました

直会が開かれました


直会の冒頭、挨拶をしました


祐徳常務の発声でカンパイ!

 

その後、マリエールオークパイン日田に移動して、直会が行われました。冒頭、わたしが「来年はいよいよ記念すべき創業60周年です。新しい施設を得て、さらなる発展に弾みをつけましょう!」と挨拶しました。それから、祐徳常務の挨拶の後、ウーロン茶で乾杯しました。

いただきます!


本日のメニュー


直会のようす

最後は「末広がりの五本締め」でお開き!

 

その後、みんなで、マリエールオークパイン日田の特製弁当をいただきました。今日は出発が朝早く、朝食をしっかり取れなかったこともあって空腹だったので、とても美味しかったです。最後は、小久保取締役によるサンレー恒例の「末広がりの五本締め」でお開きとなりました。

「読売新聞」「西日本新聞」12月15日号

 

オープニング見学会は、12月23日(火)~24日(水)までの2日間を予定。なお、この日、「読売新聞」と「西日本新聞」に竣工広告が掲載されました。「リニューアルオープン」と書かれていますが、これは間違いです。実際は完全な新築オープンであります。抽選で30名様に話題の本として、「鬼滅の刃」と日本人一条真也著(産経新聞出版)をプレゼントいたします。5年前のアニメ映画の大ヒットに続き、今年7月公開の最新作は日本映画として初めて世界興行収入トップを記録。なぜ「鬼滅」は日本人を熱狂させるのか。冠婚葬祭と日本文化を独自の視点で研究する作家・一条真也が社会現象の底流を徹底読解。見えてきたのは、「神話伝承との共鳴」「アイデンティティ不安のケア」という点だ。米不足や熊の出没、外国人問題など時事問題とも絡めた目からウロコの「令和の日本文化論」です。

「鬼滅の刃」と日本人産経新聞出版

 

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〒802-0022
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サンレー話題の本進呈NP係   
2025年12月26日(木)必着
 

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2025年12月15日 一条真也