一条真也です。
今年の七夕は、わたしにとって忘れられない日となりました。心から尊敬する渡部昇一先生の御自宅を訪問し、謦咳に接する機会を得たのです。渡部先生は「稀代の碩学」であり「知の巨人」、そして「現代の賢者」です。
渡部昇一先生
ブログ「江藤君との再会」に書いたように、6月14日、わたしは中学の同級生である江藤裕之君とランチを共にしました。江藤君は東北大学大学院教授ですが、渡部先生の愛弟子でもあるのです。その江藤君と西荻窪の駅で待ち合わせし、そこから善福寺にある渡部先生の御自宅へ向かいました。
以前、渡部先生とは一度お会いしたことがあります。
全互協主催の講演にお招きしたのですが、そのとき控室でお話しさせていただきました。渡部先生は、わたしのことをよく憶えておられました。もっとも、わたしは何度も渡部先生にお便りや拙著を送らせていただきました。
わたしは渡部先生の著書はほとんど読んでいるつもりですが、最初に読んだ本は大ベストセラー『知的生活の方法』(講談社現代新書)でした。この本を中学1年のときに読み、非常にショックを受けました。読書を中心とした知的生活を送ることこそが理想の人生であり、生涯を通じて少しでも多くの本を読み、できればいくつかの著書を上梓したいと強く願いました。
書斎にある『知的生活の方法』は、もう何十回も読んだためにボロボロになっています。表紙も破れたので、セロテープで補修しています。そう、この本は、わたしのバイブルなのです。わたしは『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)という「読書」をテーマにした本を書きましたが、これは恩書である『知的生活の方法』へのオマージュだと思っています。この思い出の本に毛筆でサインをしていただきました。
渡部邸に入ると、屋内に滝が流れ落ちていて、いきなり圧倒されました。
それから大きなグランド・ピアノのある部屋に通していただき、先生とお会いしました。先生はわたしの顔を見ると、開口一番「精力的に本を書かれて、素晴らしいですね」と言って下さいました。渡部先生はにこやかにお話して下さいましたが、憧れの方を間近にして、わたしは久々に緊張しました。ここで、美味しいアップルパイと紅茶をごちそうになりました。
紅茶をいただきながら、いろいろな話をしましたが、わたしは「心学」について質問させていただきました。神道・仏教・儒教が日本人の「こころ」を支えており、それらが共生した「かたち」が冠婚葬祭ではないかという持論を述べさせていただいたところ、渡部先生は「そうですね、日本は“カミ文明圏”なんですよ」と言われました。「ゴッド」ではなく「カミ」。わたしが「それは神道文明圏ということですか?」とお聞きすると、先生は「神道というよりもカミ文明圏。カミ文明圏の中に神道も仏教も儒教も取り込まれてきたのです」とお答えになりました。この「カミ文明圏」については非常に大きな示唆を得ましたので、今後も勉強したいと思います。
これが渡部昇一先生の書斎だ!!
英語の稀覯本の数々・・・・・・
歴代のブリタニカも揃っています
渡部昇一先生の書斎で
渡部先生の愛弟子である江藤君
稀覯本について説明して下さる渡部先生
それから、渡部先生の書斎に案内していただきました。
2階建ての書斎には膨大な本が並べられており、英語の稀覯本もたくさんありました。伝説の『ブリタニカ百科事典』第1版の初版をはじめ、歴代のブリタニカもすべて全巻揃っていました。ちなみに先生の蔵書は約15万冊だそうです。これは間違いなく日本一の個人ライブラリーでしょう。
次々に珍しい本を見せて下さいました
チョーサー『カンタベリー物語』の初版本
パスカル『パンセ』の初版本
本への想いを語る渡部先生。黄金の鷲は書見台!
ああ、幸せです・・・・・・
わたしたちはチョーサー『カンタベリー物語』やパスカル『パンセ』の初版本などをはじめ、日本に1冊だけ、世界でも数冊しかない貴重な書籍の数々を見せていただきました。珍しい黄金の鷲(等身大!)の書見台もありました。それから、渡部先生の本に対する想いを聴かせていただきました。心に沁みました。まるで夢を見ているようでした。憧れの「知の楽園」についに足を踏み入れることができ、本当に幸せでした。
さらに奥には書庫が!
普段お仕事をされているという机
書庫の奥にも稀覯本が・・・
奥にはさらに巨大な書庫があり、仰天しました。
ボタン1つで扉が開き、その全貌が見えた瞬間、わたしは「ここはサンダーバードの基地か!」と思いました。滝も流れ落ちていますし・・・・・・。
ここには、先生が普段お仕事をされておられる机が置かれていました。非常に静かで邪魔するものは何もない、周囲は本の森・・・・・・こんな環境に身を置けば、わたしも次から次へ本が書けそうな気がしてきます。
机の上には、オックスフォード大学から刊行された分厚いチェスタトンの伝記が置かれていました。もちろん英語で書かれていますが、先生は「これは伝記の中でも最高の一冊です。ぜひ読むといいですよ」と江藤君にアドバイスしていました。江藤君は東北大学の英語学の教授です。プロの学者同士の真摯な会話に、わたしは静かな感動をおぼえました。
机の前面の書棚には先生のこれまでの著書が並べられていましたが、総点数は700冊近く、総発行部数は3000万部を超えるそうです。絶句!
ずらりと並べられた電動化された書架には「神武」「綏靖」「安寧」・・・といった具合に歴代の天皇名が冠せられていました。このセンスにも脱帽です。
これは、大英図書館に保管されている文学・歴史の写本コレクション「コットン・ライブラリー」にヒントを得たとのこと。コットン・ライブラリーでは、それぞれの書棚の上に12のローマ皇帝と2つの皇后の胸像が飾られているそうです。江藤君いわく、上智の英語学のゼミで、古い文献を読むときなど、このコットン・ライブラリーが参考文献の中によく登場したそうです。昔、ゼミの時に、「では、われわれは歴代の天皇陛下のお名前をつければよいのでは?」と江藤君たちが発言したことを渡部先生が憶えておられて実行されたようです。なんとも知的で素敵なエピソードですね!
本のジャンルがポストイットに記入
「自己啓発」や「経営哲学」の文字も・・・
哲学者の全集が集められた書架
また、天皇名の冠せられた書架には、「戦争」とか「日本語」とか「自己啓発」「経営哲学」などと書き込まれたポストイットが貼られていました。これなら、どんなジャンルの本が収められているか即座にわかりますね。
漱石の初版本コーナー
伝説の雑誌「キング」のバックナンバー
渡部先生はいくつかの書架に入り、本の説明をして下さいました。
そこには、先生が長年趣味で集められている俳句の本、夏目漱石や幸田露伴や石川啄木らの初版本、戦前の講談社の雑誌「キング」や創刊以来の「文藝春秋」のバックナンバーが収められており、度胆を抜かれました。
東洋文庫もすべて揃っています
まさに、知のジャングル!
ブログ「実家の書庫」で紹介した「気楽亭」にもある東洋文庫(平凡社)の全点も、当然のように並べられていました。まさに「知のジャングル」といった観があり、わたしはジャングル・クルーズをした気分です。
南京事件関係の一次資料の数々・・・
東京裁判関係の一次資料の数々・・・
さらには「南京事件」や「東京裁判」などに関わる一次資料も大量に集められており、日頃の渡部先生の発言の背景には、これら一次資料の山が存在しているのだと思うと、深い感銘を受けました。
それから、書斎の2階部分へと案内されました。ただし階段を使わずに、エレベーターで向かいました。先生いわく、1階と2階の往復は必ずエレベーターを使われるそうです。というのも常に重い本を持っての移動であるため、階段だとご自分も危険ですし、本を落として傷つける怖れもあるからだとか。その2階も、素晴らしい本の楽園でした。
ビアズレーの初版本コーナー
ハーン(小泉八雲)の初版本コーナー
ここでは、ビアズレーの美しい挿画入りの本や、なんとダーウィンの『種の起源』の初版本、ラフカディオ・ハーンの初版本の数々も並べられていました。まったく溜息が出ます。わたしは、これまで「渡部昇一という方は、日本一の蔵書家ではないか」と思っていましたが、その考えが間違いであることに気づきました。渡部先生はおそらく世界一の蔵書家です。実際、10年以上前に洋書だけの先生の蔵書目録を作成されたそうですが、それを見たイギリスの古書店主たちが「これだけの質と量を兼ね備えた個人ライブラリーはイギリスにも存在しない」と言われたそうです。凄い!
「知の楽園」で、なんと拙著を発見!
プレゼントされたサイン入りの新著
何よりもわたしが感銘を受けたのは、この素晴らしい書斎および書庫を先生はなんと77歳で作られたということです。もう凄すぎる!
世の中には「読書家」や「愛書家」や「蔵書家」と呼ばれる人々がいます。
それらは必ずしも一致しないのですが、渡部先生こそは「読書家」であり、「愛書家」であり、「蔵書家」。この3つが矛盾なく一致しておられる稀有な教養人であると思いました。床の上にも大量の本の山がありましたが、拙著『隣人の時代』(三五館)、『無縁社会から有縁社会へ』(水曜社)、『ミャンマー仏教を語る』(現代書林)などを発見しました。嬉しかったです!
2階にも机が置かれてあり、ここで先生は新刊の『名著で読む日本史』(育鵬社)をプレゼントして下さいました。毛筆で署名もして下さいました。
美しい『伊勢物語』の和本
この後、渡部先生は一番町のPHP研究所に行かれるご予定でした。
「一緒にタクシーで行きましょう」とお誘いを受け、江藤君とわたしはタクシーに同乗させていただくことになりました。車が到着するまで、玄関脇の待合室のようなお部屋で待っていたのですが、そこで貴重な『伊勢物語』の和本などを見せていただきました。
また、この部屋には渡部先生の素晴らしい書がたくさん飾られていました。そして、なんとわたしにその中にあった色紙の1枚をプレゼントして下さったのです。その色紙には「知足不辱 知止不殆」という『老子』の一節が書かれていました。「控えめにしていれば辱めを受けない。止まるところ を心得ていれば、危険はない」という意味です。
わたしが「いつも辱めばかり受けていますので、ありがたいお言葉です」と申し上げると、先生は大笑いされました。江藤君も先生直筆の「夫婦和睦」についての書を頂戴して、とても嬉しそうでした。
しばらくして呼んでいたタクシーが到着し、わたしたちは乗り込みました。
江藤君の気配りで、わたしは後方座席の先生のお隣に座らせていただきました。車中でも、先生はさまざまなお話をして下さいました。
先生が一番町のPHP研究所へ行かれるというので、わたしは松下幸之助の話題をはじめ、先生が御著書に書かれたパスカルやエマソンについての意見を述べさせていただきました。先生もご自身の考えを述べられました。
じつは某出版社から、渡部先生とわたしの対談本を出さないかという企画が出ています。わたしが恐る恐る、「誠に不遜ですが・・・」とそのことをお話すると、先生は「わかりました。やりましょう!」と言って下さいました。
もう、本当に感激しました。渡部先生と対談できるなんて夢のようです。
わたしの追求する「心学」そして「カミ文明圏」についても、ぜひ教えていただきたいと願っています。
江藤君とわたしは、途中の四谷でタクシーを降りました。
ちょうど、渡部先生や江藤君の母校である上智大学の前でした。
渡部先生はタクシーの窓をわざわざ開けて下さり、わたしたちにずっと手を振って下さいました。正直言って、これほど偉い先生がこれほど親切にして下さるとは思いもしませんでした。
「一条真也の読書館」のトップページには、「わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて『上品』な人間をつくるためのものだと確信しています」と書かれているのですが、これはまさに渡部先生のことそのものです。いくら万巻の書を読み、博覧強記であっても非常識な人もいますが、わたしは渡部先生ほど思いやりと礼節のある方を他に知りません。孔子が求めた「礼」を知り尽くしておられて、それでいて堅苦しさなどまったく感じさせません。そこにはブッダの説いた「慈しみ」の心を感じました。まさに「慈礼」というものを体得されておられる方だと思います。わたしは、心の底から感銘を受けました。
本当の教養人、ジェントルマンとは、渡部先生のような方なのでしょう。
わたしは、渡部先生の人間性に心服いたしました。「稀代の碩学」「知の巨人」「現代の賢者」は、大いなる「人間通」でもありました!
中学のときから憧れていた方の謦咳に接することができて、平成26年の七夕は一生忘れられません。渡部先生には心より御礼を申し上げます。どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします。また、江藤君にも感謝の気持ちでいっぱいです。江藤君、長年の夢をかなえてくれて本当にありがとう!
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*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。
2014年7月8日 一条真也拝