一条真也です。
日本全国で危険な暑さが続く中、NETFLIXオリジナルドラマ「地面師たち」を観ました。7月25日から配信開始された話題の作品ですが、第1話を観たら、テンポの良さとハラハラドキドキの物語に魅了され、気づいたら全7話を一気見していました。最高に面白かったです!
「地面師たち」は、欲望にまみれた不動産詐欺師たちが繰り広げる、究極のクライム・サスペンスです。実在の地面師事件に着想を得た新庄耕の小説『地面師たち』を大根仁監督が映像化しました。綾野剛が地面師詐欺の道に踏み込む辻本拓海、豊川悦司が巨額詐欺を率いる大物地面師・ハリソン山中を演じるほか、北村一輝、小池栄子、ピエール瀧、染谷将太、山本耕史、リリー・フランキーらが出演。
SNSでは、「地面師たち見終わった!過去最速レベルで一気見した w」「クライムドラマとして、脚本、音楽、役者、全てにおいて完成度がずば抜けている」「最高! 超面白い! マジで配信ドラマの最高傑作来たかも! 第1話からこの詐欺師集団にどっぷり感情移入。頼むバレないでくれ上手く騙せ・・・と完全に『悪』の側に立って、ハラハラドキドキ。見始めたら最後、止まらない。全話一気見!」など、多くの熱い感想が寄せられています。また、各話の冒頭に流れる地面師詐欺の解説(ナレーション)を山田孝之が務めていることも話題になっているようです。
新庄耕が書いた原作小説は『小説すばる』2019年1月号 – 10月号に連載。同年12月、集英社から刊行されました。アマゾンには、「辻本拓海は大物地面師・ハリソン山中と出会い、彼のもとで不動産詐欺を行っていた。メンバーは元司法書士の後藤、土地の情報を集める図面師の竹下、土地所有者の『なりすまし役』を手配する麗子の五人。彼らはハリソンの提案で泉岳寺駅至近にある市場価格100億円という広大な土地に狙いをつける。一方、定年が迫った刑事の辰は、かつて逮捕したが不起訴に終わったハリソン山中を独自に追っていた――。次々と明らかになる地面師たちの素顔、未だかつてない綱渡りの取引、難航する辰の捜査。それぞれの思惑が交錯した末に待ちうけていた結末とは? 実在の事件をモチーフに描いた新時代のクライムノベル」と紹介されています。
小説『地面師たち』は、土地の所有者になりすまして売却をもちかけ、多額の代金をだまし取る不動産をめぐる詐欺を行う「地面師」の犯罪を描いています。これは、2017年に実際に起きた被害額約55億円に上る「積水ハウス地面師詐欺事件」をモデルとしています。この事件は、2017年6月1日に、積水ハウスが地面師グループに土地の購入代金として55億5千万円を騙し取られた事件です。事件の舞台は、東京都品川区西五反田2-22-6、山手線五反田駅から徒歩3分の立地にある旅館「海喜館」。不動産業界ではかねて注目の案件でしたが、積水ハウスは所有者を名乗る女と、約600坪の旅館敷地を70億円で購入する売買契約を締結しました。
2017年6月1日、積水ハウスは売買の窓口となった会社に所有権移転の仮登記しました。さらに同日、積水ハウスに移転請求権の仮登記がなされ、同日、売買代金70億円のうち63億円を支払い、直ちに所有権移転登記を申請。所有者は死亡していましたが、登記所が積水ハウスの売買予約に基づく仮登記を認めず、所有者の実弟とされる2人の男性に所有権の移転を認めました。この時点で、63億円を支払った積水ハウスは、所有者になりすました女とそのグループに騙されたことになります。結局、積水ハウスが騙されたことを認めたのは、8月2日でした。なお、同時期に旭化成グループが正式な所有者から土地を取得しており、跡地に高層マンションを建設しています。
このような詐欺が成功した要因としては、不動産会社が地面師対策として通常実施する「知人による確認」を実施しなかったことが挙げられます。これは、取引をしようとする「所有者」の写真を近隣住民や知人に見せる方法で行われる本人確認手法の一種です。真の所有者は当旅館で生まれ育っているため、近隣で知らない者はいないほどであったのにもかかわらず、これを怠りました。土地購入の承認を得るための稟議書承認の際、4名の回議者が飛び越され、予め現地視察をしていた社長が先に承認。回議者全員が押印したのは手付金支払後だったとも報道されました。当時不動産部長だったKは、「この取引はおかしい」と言い続けたが、阿部俊則社長や東京マンション事業本部長の常務らは、取引相手のネガティブ情報を伏せ、最終的にKに捺印させたのです。
積水ハウスが手付金支払いと仮登記を行った後に、真の所有者から「売買契約はしていない、仮登記は無効である」などと記載された内容証明郵便4通が届けられました。さらにその1通には印鑑登録カードの番号が記載されていたにもかかわらず、積水ハウスはこれらを土地売買を知った者による妨害行為と思い込んで、偽の所有者から内容証明郵便を送っていない旨を記載した確約書を入手する程度の対応しか取りませんでした。当時、真の所有者が長期入院中で面会謝絶となっており「なぜ登記を確認し、内容証明書類を作成できたのか」と不審視される点があったのが、積水ハウス側が真正の通知書と信じられなかった要因とされます。いずれにしろ、信じられない事件です。
積水ハウス地面師詐欺事件の一連の流れはドラマ「地面師たち」にかなり正確に反映されていますが、わたしは不動産取引の恐ろしさを感じました。わが社には100を超える冠婚葬祭施設があり、わたしもこれまで数十回は契約の場に立ち会ってきました。特に10億円を超えるような大型物件の場合は、必ず社長であるわたしが立ち会いました。わが社の場合は不動産会社や銀行との契約がほとんどで、土地の所有者と直接契約することはあまりありませんが、「地面師たち」を観て、この世にこんな詐欺集団がいることに驚きました。だって、ITだAIだとこれだけデジタル化した世の中で、地面師詐欺というのはあまりにもアナログで、プリミティブな詐欺ではありませんか!
地面師たちは基本的に詐欺集団ですが、そこには「相手を騙して金を取ってやろう」という欲望だけではなく、ある種の狂気を感じます。なぜなら、偽造の書類や実印、運転免許証など、3Dプリンターを使ったりICチップを組み込むなど、最先端技術を駆使するばかりか、最後は「なりすまし」というプロの役者も顔負けの迫真の演技が求められるわけですから。金だけのために大の大人たちが真剣に取り組むとは考えにくく、そこにはゲーム性や芸術性のようなものも潜んでいるように思えます。
芸術というジャンルに属する演劇や映画も、架空の物語を構築したり、俳優が実在の人物に扮したりするわけですが、そこでは「いかに偽物を本物に見せるか」が問われます。かのアントニオ猪木は「詐欺師って、嫌いになれないんだよな。彼らは一瞬でも、夢を見せてくれるわけだから」と言っていましたが、確かに詐欺師というのは夢の創造者という一面があります。一流の詐欺師に騙されたら、「やられた!」とある種のカタルシスを覚えるという話を聞いたことがありますが、それはやはり相手に「夢」を信じさせきる行為には芸術性があるのかもしれませんね。
地面師詐欺における「なりすまし」というのは、完全に演技というジャンルの話です。運転免許証やパスポートなどの偽造技術の進化ぶりにも驚きましたが、いくら身分証明書や他の書類を偽造しても、決め手は所有者本人になりきる演技力です。氏名、生年月日、干支などの基本情報はもちろん、よく利用するスーパーまで、土地の所有者かどうかを確認するために、さまざまな質問が飛んできます。「なりすまし」はそれらの質問を1つ1つクリアしていくわけですが、所詮は素人の芝居であり、不動産や法律のプロたちを騙せるものでしょうか? 積水ハウス地面師詐欺事件の場合は、真の所有者は旅館の女将。ドラマ「地面師たち」の高輪の不動産の所有者は寺院の女性住職。いずれも近隣で知らない者はいないはずで、「知人による確認」を実施しなかったことが最大の失敗でした。
実際の積水ハウスにしろ、ドラマの石洋ハウスにしろ、地面師詐欺に遭う会社というのは、基本的に目先の欲に目がくらんでいたのでしょう。あと、社内に(会長派とか社長派とかの)変な派閥があって手柄の取り合いに焦ったことも大きいと思います。いずれにしろ、土地というものは人間を狂わせてしまう魔力を持っていますね。もともと土地など誰の所有でもないはずですが、いつの間にか所有者が現れ、その土地を子孫が相続していきます。地球上に土地はたくさんありますが、大都市の「一等地」というのは限られています。ましてや、東京の「超一等地」をめぐっては死人も出るほどの熾烈な争いになります。ドラマで山本耕史が演じた石流ハウスの部長は、コンプライアンス重視を口にする部下たちに向かって「戦争というのは、土地の取り合いのことだ。俺たちは戦争をやってるんだ!」と言い放ちます。こういうビジネスマンは嫌いですね。
高輪「UFOビル」の前に立つ(1994年)
ドラマ「地面師たち」に登場するのは港区高輪の3200平米の市価100億円の土地でしたが、泉岳寺駅の近くという設定になっていました。じつは、わが社は以前、泉岳寺駅から1分の一等地に約300平米の3階建てのビルを所有していました。当時はサンレーは東京にも会社があり、JR五反田駅前のビルに入居していました。よく考えたら、ここが積水ハウス事件の現場のすぐ近くですが、そのサンレー東京が高輪にビルを購入したのです。いずれは小ぶりの冠婚葬祭施設を建設するプランもありましたが、当時30歳ぐらいだったわたしは「サンレー高輪ビル」と名付けられたその建物で「ハートピア計画」という企画会社を経営していました。今から思えば“ザ・バブル”でしたね。そのビルは、アダムスキー型の空飛ぶ円盤の形をしており、「UFOビル」と呼ばれていました。「忠臣蔵」で吉良邸に討ち入りした四十七士たちが眠る泉岳寺に隣接していましたが、夜中に生首が飛ぶ怪奇現象の報告があったり、本当にオカルトめいた建物でした。ここで、わたしは超能力者の清田益章氏や超能力研究家の秋山眞人氏と鼎談したこともありましたね。すべてが懐かしい思い出です。
話を「地面師たち」に戻します。このドラマ、とにかく出演陣がみんな素晴らしかったです。綾野剛が地面師詐欺の道に踏み込む辻本拓海、豊川悦司が巨額詐欺を率いる大物地面師・ハリソン山中を演じ、北村一輝、小池栄子、ピエール瀧もそれぞれにクセの強い地面師を演じます。全員リアルで、本当に犯罪歴があるんじゃなかというぐらいの怪演でしたが、中でも圧倒的な存在感を示したのがハリソン山中役の豊川悦司でした。ワインレッドのスーツにサングラス姿で、希少なスコッチウィスキーを飲むハリソン山中はド迫力で、どんなヤクザ映画にもこんな怖い人物は登場していないと思いました。「地面師たち」の完成報告会でも、豊川悦司だけはハリソン山中そのままで出てきた感がありました。 ブログ「凶悪」で紹介した2013年の白石和彌監督の映画で共演したピエール瀧とリリー・フランキーも良かったです。リリーという役者はあまり好きではないのですが、今回の刑事役はすごく好感が持てました。
「地面師たち」では、騙す側の地面師グループだけでなく、騙される側も素晴らしい演技を披露してくれました。特に、112億円もの大金を騙し取られた石洋ハウスのやり手の部長を演じた山本耕史の熱演ぶりが秀逸でした。ただし、彼の部下を演じたのが清水伸だったのが、ちょっと「?」と感じましたね、というのも、清水はニトリのCMキャラクターを10年も続けているからです。「〇〇は冷たいが・・・」の後に暖かい寝具を紹介するニトリのCMでは、彼はいつもコミカルな演技を見せています。そのコミカルな彼のイメージが、超シリアスなドラマである「地面師たち」の中にあって異彩を放っているのです。
ところで、「ニトリのCMの人」として広く認知されている清水伸は、飲食店での会計時などに「CM観ています」と声をかけられることが多いそうです。インタビューで、彼は「食えない時代が長かったので、外食も豪勢な食事はそれほどしません。でも、蕎麦屋に入ってかけ蕎麦を食べた後の会計時に『俳優さんですよね?』と声をかけられたときじゃ『天ぷら蕎麦にしておけばよかった』なんて思ったりもします(笑)」と語っています。その誠実な発言を知って、わたしは彼のファンになりました。(笑)
「地面師たち」の見どころは、なんといっても100億円を巡る不動産詐欺事件を描いたスリリングな展開ですが、それ以外にSNS上で多くの驚きの声が上がっているもう1つの重要なポイントがあります。それは、辻本とハリソン山中のその複雑な関係と、2人がクライマックスに向けて衝撃的な復讐劇を巻き起こしていく展開です。このドラマにおけるハリソン山中の存在感はハンパではなく、日本のエンターテインメントの歴史に残る強烈なキャラクターとなっています。ただし、第1話の冒頭で山中が巨大な熊をライフルで仕留める場面だけはリアリティを感じませんでした。着ぐるみかCGか知りませんが、熊そのものもチャチでしたね。それでも、その後の物語で要所要所に登場する山中のダークなオーラは凄かったです!
原作者の新庄耕は、2024年7月に『地面師たち』の続編となる『地面師たち ファイナル・ベッツ』を集英社から上梓。海外に逃亡したハリソン山中が、シンガポールで新しい地面師詐欺チームを結成し、北海道・釧路での200億円不動産詐欺に挑む物語だとか。面白そうですね。こちらもぜひ、NETFLIXで映像化してほしいです!
2024年8月4日 一条真也拝