『ウェルビーイング・マネジメント』

ウェルビーイング・マネジメント

 

一条真也です。
ウェルビーイング・マネジメント』加藤守和著(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、一橋大学経済学部卒。シチズン時計人事部を経て、デロイトトーマツコンサルティング、コーン・フェリー等に在籍。人事領域における豊富な経験をもとに、組織設計、人事制度構築、退職金制度構築、M&A支援、リーダーシップ開発、各種研修構築・運営支援等、ハードとソフトの両面からの組織・人事コンサルティングを20年間にわたり、約100社以上に実施。著書に『生産性向上に効くジョブ型人事制度』(日本生産性本部 労働情報センター)、『「日本版ジョブ型」時代のキャリア戦略 38歳までに身につけたい働き方のかたち』(ダイヤモンド社)、『日本版ジョブ型人事ハンドブック(日本能率協会マネジメントセンター)』など。


本書の帯

 

本書の帯には、「働き方改革ダイバーシティ、人材獲得・・・。『選ばれる会社』はなぜ“豊かさ”に注目するのか。」「生産・ヒト・共同体・生活・・・4つのエンゲージメントで新時代の組織づくりを徹底解説」カバー前そでには、「リモートワークの広がりなどで、働き方がここ数年大きく変わった。これに伴い、ビジネスパーソンの価値観も多様化した。『仕事がつまらなくなった』という声も増えるなか、企業はいかに良質な社員体験を構築するかがカギになっておる。『選ばれる組織』になるために必要なことは何か?」と書かれています。


本書の帯の裏

 

アマゾンの【内容紹介】には、「大企業の権威、立地、所属意識・・・・・・。すべてがなくなったいま、「優秀な社員」をつなぎ止めるために組織が行うべきことは何か? 「4つの指標」で徹底解説! コロナにより、行動様式が一気に多様化した。通勤などの「当たり前」が崩壊するなかで、組織の役割は大きく変わった。もはや会社というものは、ブランド名では推し量れなくなり、所属意識も大きく低下した。会社や仕事そのものが大きく意味を変え、個人ごとに多様な選択肢と捉え方が生まれた。だからこそ、組織が社員に対して「幸せな経験」をプロデュースしていくことこそが、社員を繋ぎとめ、動機づけるのに必要となります。

 

そのためには、オフィスのあり方、マネジメントのあり方、教育のあり方など、大きく見直さなければなりません。本書は現場のマネジャーや経営層、人事担当者に向けて、部下・社員のエンゲージメントやモチベーションの低下、退職を防ぐためにどのようなことができるのかを事例をもとに解説。ウェルビーイングを実現するために最大のポイントとなる「社員の幸福度」に焦点を当て、4つの観点で分析。さらに、【新時代の組織・個人にとって重要な4つの指標】として、「仕事:没入感のある価値を感じられる仕事」「人:敬意を持ち、学びや刺激を得られる上司・同僚」「共同体:共感する方向性があり、仲間意識や所属実感を持てるつながり、生活:家庭・趣味・リラックスした居場所など、人生を充足している実感」とあります。

 

本書の【目次】は、以下の構成になっています。
第一章 「社員から選ばれる会社」
     は何が違うのか
グローバル企業も模索するこれからの「働き方」
国家レベルでの人材獲得競争の過熱
日本企業を襲う大憂鬱時代
経営陣と社員の間の「ズレ」が企業を崩壊させ
 「余白」がなくなり、「無関心」が加速する
第二章 充実した体験をつくる
    4つのエンゲージメント
    (WPCL)
ワーク・エンゲージメント
ピープル・エンゲージメント
コミュニティ・エンゲージメント
多様なコミュニティとの結びつきが仕事を円滑にする
ライフ・エンゲージメント
第三章 6つのファクターでみる
    「これからの組織」とは
社員体験を充実させる3つの大原則
【ファクター1】働き方 
自己選択と組織生産性を両立できる柔軟性のある働き方
【ファクター2】オフィス 
つい足を運びたくなるオフィスとは
【ファクター3】仕事 
没入し、夢中になれる仕事
【ファクター4】人間関係 
親和的かつ刺激のある人間関係
【ファクター5】上司 
経緯と信頼が持てる上司
【ファクター6】ビジョン・パーパス
共感を呼び、求心力となり得るビジョン・パーパス
「おわりに」

 

「はじめに」で、著者は、ウェルビーイングについて「幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態を指す。『本物の充実』とは、まさにウェルビーイングそのものである。そのうえで、注目すべきは、『体験の価値』だ。たとえば、顧客体験という言葉が、昨今は当たり前のように使われるようになってきた。顧客体験には、『真実の瞬間』が存在する。簡単に言うと、『顧客は、その企業に接するほんの短い瞬間でも、その企業のサービス全体に対する良し悪しを判断する』ことだ」と述べています。いくら立派なレストランであって、美味しい食事が出てきても、接客で嫌な対応があれば、そのレストランの最終満足度は低くなります。


そして、嫌な体験をした多くの顧客は、何も言わずに、そのレストランを二度と選ばなくなるとして、著者は「同じことが、企業と社員の間にも当てはまる。『良い体験』を重ねた社員は、企業を好意的に捉え、貢献しようとするが、『悪い体験』を重ねた社員は意欲を損なったり、会社を去ったりする。企業と社員の『真実の瞬間』は、そのつながりを強固にする機会でもあり、決定的な亀裂を生む脅威ともなり得る。残念ながら、その『体験の価値』に気づいていない企業が、日本企業のなかには数多くあるように見受けられる」と述べるのでした。

 

第一章「『社員から選ばれる会社』は何が違うのか」の「グローバル企業も模索するこれからの『働き方』」の「世界中の社員が突きつける『NO』 大退職時代(The Great Resignation)の到来」では、コロナ禍を経て、テレワークなどの柔軟な働き方を求める人が増えたことが指摘されます。一方で、企業に よってはオフィス回帰の流れが起きており、それを受け入れられずに退職する人が出てきました。しかし、自主退職が増えた理由は、それだけではないとして、著者は「仕事に対して生きがいが見出せずに辞めた人や、仕事の負担が増えたことによる燃え尽き(バーンアウト)退職をしてしまった人もいる。女性の自主退職は男性の約2倍になっており、コロナ禍での子育てと仕事の両立の負荷が一気にのしかかったことが原因とみられている。他にも、マネージャーへの不満、出社したいと思えない組織文化、不透明な経営方針など、テレワークの環境下だからこそ生まれた不満や葛藤が社員に蓄積されている」と述べています。


「国家レベルでの人材獲得競争の過熱」の「加速度的に変化していくVUCAな世界」では、世の中は、少し先に何が起こるか分からない混沌としたVUCAな時代に突入していると指摘しています。VUCAとは、Volatility(不安定さ)、Uncertainty(不確実さ)、Complexity(複雑さ)、Ambiguity(曖昧さ)の頭文字をとった言葉で、あらゆるものを取り巻く環境が複雑性を増し、将来の予測が困難になったことを指します。著者は、「未来は、決して現在の延長線上にあるわけではなく、破壊と創造を繰り返しながら全く新しい世界を創り出している」と述べています。


コロナ禍はまさに非連続な時代の転換を象徴する出来事とも言えるだろうとして、著者は「盤石な経営基盤を誇った航空・鉄道等の移動インフラや、インバウンド需要を取り込み活況だった観光・飲食業などは大きな痛手を被った。一方で、ウーバーイーツなどのデリバリーサービスや、非接触型の配膳・接客ロボット、ネットフリックスなどの動画配信サービスなどが一気に広がり、人々の生活を一変させた。今後も予期せぬことが起こり、世界はその形をどんどん変えていくだろう。2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻もそのひとつだ。西側諸国はウクライナに対する支援とロシアへの厳しい経済・金融制裁で応戦しているが、世界は需要・供給でつながっており、紛争や経済制裁の影響は大きい」と述べます。


「なぜ転職者は減少しているのか」では、世界の大退職時代は、退職者の増加をきっかけとして、転職市場に高額な報酬や働きやすい条件の機会があふれ、浮動層である転職予備軍も含めて一斉に動くから起きています。一部の人だけが動き、不満を燻らせた転職予備軍は会社に留まる日本とは状況が異なります。さしずめ、日本は大憂鬱時代(The Great Depression)といったところだろうとして、著者は「このような状況でVUCAな世界を日本企業が勝ち残れるかというと、はなはだ疑問が残る。先に述べたように、不確実な世界で生き残っていくためには、変化に適応できる俊敏で多様性のある組織でなければならない。高スキルな人材、異なる価値観を持つ人材が抜けていくことは、多様性が損なわれ、同質的な集団になっていくことを意味する」と述べています。


「『余白』がなくなり、『無関心』が加速する」の「社員から『選ばれる会社』になるために」では、企業や組織が見直すべきは「体験」の価値であり、総じて、「良い体験」を積む社員が多ければ、会社の求心力や活性度は高まることが指摘されます。その逆もしかりで、「悪い体験」を積む社員が多ければ、会社に不信・不満が蔓延し、不活性になっていきます。体験とは非常に繊細なもので、無自覚に、リアルの状況と同じように取り扱うと、ネガティブな体験を組織内に量産しかねません。慎重かつ戦略的に「良い体験」を組織内に積み上げていくことだとして、著者は「つまり、社員体験をプロデュースしていかねばならないのだ。世の中全体が、モノの消費からコトの消費へとシフトし、顧客体験が競争優位になっている。そして、サービスを創り出すのは、人であり、社員である。社員体験こそが、会社の差別化要因となる時代が、すぐそこまで来ている。いち早く『体験』の価値に気づき、『良い体験』を社内で戦略的に創り出す会社が、次の時代をリードする会社となっていくだろう」と述べるのでした。



第二章「充実した体験をつくる4つのエンゲージメント(WPCL)」の「ワーク・エンゲージメント」の「組織内の認知が自己の重要性をさらに高める」では、「自分ならでは」の仕事が、組織内できちんと認められることも、ワーク・エンゲージメントを大いに高めるとして、著者は「自分が大切にしている仕事を、組織も価値あるものと認知することが、自己の重要性に対する実感を強めていくのだ。例えば、年間MVPや新人賞などの表彰は、分かりやすいだろう。組織内で、唯一無二の存在という強烈な認知を周囲から受けることで、自らのアイデンティティを仕事に見出し、さらに仕事にのめり込んでいく。表彰などで社員を盛り立てている企業は、この認知の力をうまく利用することで、社員の熱量を引き出していると言えよう」と述べています。

 

 

「ピープル・エンゲージメント 素晴らしい人たちと働ける喜び」の「『誰』をバスに乗せるのか」では、ジム・コリンズ著『ビジョナリーカンパニー2』に書かれた「偉大な企業は、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、次にどこに向かうべきかを決めている」という有名な一節を取り上げ、「誰」をバスに乗せるかは、経営者が最も慎重に考えなければならない戦略のひとつだと指摘し、「人には動機や感情がある。会社に魅力的な人材がいれば、人は集まってくる。逆に不適切な人材が居座れば、人は離れていく。会社がバスに乗せる人を選ぶと同様に、人も乗るバスを選ぶ。素晴らしい人材と働く『良い体験』は、組織や仕事にとって求心力になる。くだらない人材と働く「悪い体験」は、組織や仕事に対する遠心力となる。この他者との結びつきのことを本書では、ピープル・エンゲージメントと呼ぶことにする」と述べます。


「『信頼関係』をつくるための仕掛けを用意する」では、これまでは信頼関係はリアルな「体験」から自然に培われていくものでしたが、これからは意図的に信頼関係をつくっていかねばならないとして、著者は「組織はその重要性を認識し、様々な仕掛けを用意しなければ、職場から信頼関係が損なわれていく。信頼関係を損なった職場の活力は低下し、社員は離れていく。人員が不足するようになると、コミュニケーションはさらに粗くなり、より信頼関係は損なわれていく。このような負のスパイラルに陥りやすくなっているからこそ、関係構築を個々人に委ねるべきではない。職場の信頼関係は組織の課題であり、組織として支え、補完していくことが重要と言えよう」と述べます。



「人の学びで自らの学びを加速させる」では、人が職場のなかで成長していく上で、人との関係性が着火剤のような役割を果たすことを指摘し、著者は「仕事のなかで学んだことを、現場でアウトプットしていく。そのなかで、上司からのフィードバックを得て、学びは深まる。先輩や同僚の成果や仕事ぶりに刺激を受け、自分の仕事に対して改善・改良をおこない、さらに学ぶ。このように、人との関係性が、学びを加速させ、キャリアの充実感につながっていく。人は人によって磨かれていくのだ。また、学びを他者に与えることも大いに成長につながる。他者に教えるということは、自らの経験を振り返り、理論化・教訓化することでもある。また、相手の理解度に合わせて、教える内容をアレンジすることで、普段とは異なる視点で物事を捉え直すことになる。相手の質問から得る気づきもあるだろう。他者を教えることで、自らの学びにもつながっていくのだ」と述べています。


「コミュニティ・エンゲージメント 誇りを持てる組織で働ける喜び」の「会社における2つのコミュニティ」では、●地球上で最もお客様を大切にする企業であること(アマゾン)、●世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにする(グーグル)、●服を変え、常識を変え、世界を変えていく(ファーストリテイリング)、●クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動に満たす(ソニー)といった企業理念やパーパスと呼ばれるものを紹介します。いわゆる、各企業が事業を推進する使命や目的、存在意義などを明示したものですが、著者は「日々の仕事は、これらの理想の実現のためにあると言っても過言ではない。会社や経営陣が掲げる理想に共感を覚えることで、コミュニティとの心理的な距離が縮まっていく。会社全体の方向性への共感・共鳴が、所属に対する意味・意義を高めていくのだ」と述べています。


「人が離れる『公正さ』を失った組織」では、会社が社員の信頼感や帰属感を高めるためには、会社を誇らしい場所にしなければならないとして、著者は「このような誇らしさが自然発生的に生まれるのを期待するのは、楽観的すぎると言えよう。目指している理想を明文化する。リーダーが理想を訴えかける。経営の方針を明らかにする。不正を徹底的に廃する。社員に感謝や敬意を示す。このような会社からの働きかけの積み重ねが、会社全体と社員の結びつきを太く、強くしていく。特に、社員の分断と孤立が起きやすくなっている現在の業務環境下において、会社全体に対する結びつきであるコミュニティ・エンゲージメントは重要課題と言えるだろう」と述べるのでした。


「多様なコミュニティとの結びつきが仕事を円滑にする」の「自己肯定が下がる組織の特徴」では、社内コミュニティには様々なタイプがありますが、大きく分けると、1:共通の属性を持つコミュニティ、2:共通の趣味・嗜好を持つコミュニティ、3:私的交流のためのコミュニティの3つになると指摘します。また、共通の属性を持つコミュニティの典型例は「同期」だとして、著者は「同じ時期に入社したという属性以外の共通点はないが、会社に入って最初にできるコミュニティでもあり、強い影響力がある。その他にも、社内には多種多様な共通属性が存在する。かつての職場の同僚、子育て中の社員、介護中の社員、出身大学・高校、LGBTQなどの性的マイノリティなど、である。このような共通属性の良い点は、共通の経験や悩みを持っていることが多いことだ。自分の悩みを打ち明けたり、同じ境遇の人の経験談を聞くことができたりする。他者に共感を覚え、先人の知恵や経験に学ぶことができる。コミュニティの存在が、心の平安や実際の助けになることも多い」と述べています。


第三章「6つのファクターでみる『これからの組織』とは」のファクター5「上司 経緯と信頼が持てる上司」の「これからの上司像とは」では、上司は「完璧主義」であってはいけないと、心に刻まなければならないと指摘し、著者は「自身が完璧を追求する上司は、メンバーにも同じように完璧を求めがちである。そのような意図がなくとも、メンバーは完璧でなければ上司から『出来の悪い人』と判断されると考える。このような職場では、上司に気軽に相談することはなくなり、誰しも挑戦を避けるようになる。直接、顔を合わせる機会が減ると、イメージは増幅され、ますます近寄りがたくなっていく。それを避けるためには、あえて完璧ではない自身を積極的に開示していくことだ。苦手な部分を開示して、メンバーに助力を求める。自分の失敗談を話してみせる。プライベートでは失敗だらけであるといった不完全な自分を開示し、『人間味のある上司』であることを示すことは、これからの時代の上司像と言って良いだろう」と述べています。

 

ファクター6「ビジョン・パーパス」「共感を呼び、求心力となり得るビジョン・パーパス」の「経営者が本気で信じて語れるビジョン・パーパスを打ち出す」では、会社とは、1人ではできないことを実現するための組織であり、人と人とが協力し合い、1人ではできない何かを成し遂げていくとして、「その成し遂げていく何かが、価値あるものであるとき、人は組織へ所属することに意義を感じ、仕事に熱中していく。ビジョンやパーパスとは、その『何か』を言語化したものだ。『何を目指すか(ビジョン)」と「何のために存在するか(パーパス)」の違いはあれども、会社の求心力の核となるものだ』と述べます。


多くの日本企業は、表現は違うが、ビジョンやパーパスと近いものを持っています。経営理念、フィロソフィー、ミッション、行動指針、社是、社訓などです。これらを全く何も持たない企業は稀でしょう。では、それらが社員を動機づけるのに役立っているかというと、そうでもないことが多いとして、著者は「社員にとって、『そういうのもあったね』程度の認識の企業が大半だろう。そのような認識であれば、内容の良し悪しに関係なく、会社の求心力として機能することはない。では、社員の心をつかみ、求心力として機能させるようにするには、どうすれば良いだろうか。それには、『経営者が本気で信じて語れるビジョン・パーパスを打ち出す』『社員がビジョン・パーパスを理解し、身近に感じる機会をつくる』の2つがポイントになる」と述べています。


パーパスに共感する社員にとって、会社自体が誇らしい存在です。自分たちの仕事は、1つひとつはささやかなものであったとしても、会社全体は社会に大きく貢献しています。そのことが、会社に対する誇りとロイヤルティにつながるのだとして、著者は「会社の核となるビジョン・パーパスとの共感は、会社と自身が深いところでつながっていることを実感させる。その深い部分でのつながりが、コミュニティ・エンゲージメントを高めていく。そのためには、経営者の本気のコミットメントが重要であることは、言うまでもないだろう」と述べます。また、「社員がビジョン・パーパスを理解し、身近に感じる機会をつくる」では、ビジョン・パーパスに経営者がコミットしていても、社員がそれを知らなければ、求心力としては機能しないと指摘します。著者は、「心躍るビジョン・パーパスをつくり、経営者が本気で信じることは重要であるが、同時に社員がビジョン・パーパスを理解し、身近に感じる機会をつくりださなければならない。社員が『自分事』として捉えて、はじめてビジョン・パーパスに意味・意義が生まれてくるのだ」と述べます。

 

 

社員にビジョン・パーパスを自分事と捉えてもらうには、深く考察し、自分と結びつけて捉えられるような「体験」が必要となるといいます。単純に「伝える」だけではなく、「考える」「感じる」などを組み込んでいくことだと指摘し、著者は「そのための『体験』は、日常的に触れる常時接触的なものと、イベントのように短期集中的なものに分かれる。理想的には、常にビジョン・パーパスを社員が思い描いていることが望ましい。しかし、人には慣れがある。どうしても日々の仕事の忙しさに紛れ、ビジョン・パーパスを思い浮かべられない状況に陥ることも多いだろう。だからこそ、常時接触的な体験と短期集中的な体験を組み込んで、適度に刺激を受けられるようにすることが重要だ」と述べています。また、「ビジョン・パーパスは、会社を貫く大きな背骨のようなものだ。使い方によっては、会社という共同体を社員にとって意義深くする力を持っている。会社と深い部分で共感し、強いつながりを感じることができる。その共感するパワーが、会社全体に対するコミュニティ・エンゲージメントを高めていく。物理的に離れていても、強い会社をつくるには、心でつながることだ。ビジョン・パーパスを会社の求心力の核として機能させることが、重要と言えるだろう」と述べます。

 

 

「おわりに」の最後には、ピーター・ドラッカーの『マネジメント』の中に書かれてる「マネジメントの多くは、あらゆる資源のうち人が最も活用されず、その潜在能力も開発されていないことを知っている。だが現実には、人のマネジメントに関する従来のアプローチのほとんどが、人を資源としてではなく、問題、雑事、費用として扱っている」という一文が取り上げられます。人は会社における最大の資産であり、その活性度によって企業価値は大きく変わります。社員の「体験価値」にいち早く気づき、言葉だけではなく、充実した「良い体験 」を与え、人材の動機を引き出す企業こそ、勝ち残っていくだろうとして、著者は「ウェルビーイングこそが企業の競争優位の源泉となっていくのだ。本書が、日本社会全体の活性化に向けて、そのキッカケのひとつになれば、これ以上の喜びはない」と述べるのでした。本書を読んで、40年前からウェルビーイング経営=人間尊重経営に取り組んでいるわが社の未来を考える上でも多くのヒントを得ることができました。

 

 

2023年3月13日 一条真也