一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「用」です。

 

 

人使いに関しては、やはり中国の古典のなかに至言が多いです。例えば、『老子』には、「善く人を用いる者はこれが下となる」とあります。人使いの名人は相手の下手に出るのだというのです。また老子は、力を誇示したり乱用したりせず、どんな相手にも謙虚な態度でへりくだる「不争の徳」を持てば、逆にリーダーとして人に立てられると主張しました。『通俗編』には、「疑わば用うるなかれ、用いては疑うなかれ」とあります。「疑ったら使うな、使ったら疑うな」の意味ですが、人使いの真髄でしょう。信頼のおけない人間は初めから登用するな、これはと見込んで登用したら、とことん信頼して使えというのです。



わが国における人使いの名人といえば、まず徳川家康の名が思い浮かびます。家康は、常に「人材の用い方は、まずその人間の長所を取らなければならない。これは、良い医者が薬を用いるのに似ている。下手な医者は、病人の病状にお構いなく、やたら薬を調合するが、これは間違いだ。良い医者は、病状に合わせて、最も効く薬を少量調合する。人の使い方も同じである」と言っていたそうです。また家康は、こうも言っていました。「人間には、それぞれ耳の役、口の役、鼻の役を果たすような機能がある。長所短所があるし、能力も違う。鷹は空を飛ぶからこそ鷹であって、鵜は水に入るからこそ鵜である。鵜に空を飛ばせ、鷹に水をくぐらせるのは愚である。しかし、そういう使い方をする上役が多いのは悲しむべきことである」とも。



さらに家康は、以下のように言いました。
「人を用いるときに、ふたつのことを注意すべきだ。ひとつは、賢を尊ぶことである。もうひとつは能を生かすことである。生まれつき、謙虚な忠誠心を持って主君に奉公し、ものに接しても寛容温厚で自分の才能を鼻にかけない、聡明で事務に熟達する者は、仕事を任すべきである。これが賢を尊ぶということである。また非常に優れた才能を持っている人材がいるとする。しかしその行動は必ずしも立派ではない。しかし、それを抜擢して使うべきである。それが能を使うということだ。能を持つ人間は、得てして驕りたかぶり、人格的にも問題が多いが、そういうことを気にせず大いに登用することが必要であろう」



家康は、これらの言葉を実践しました。本多正信鷹匠から、大久保長安能楽師から登用されました。本多は、徳川幕府草創期の優秀な国家経営者となり、家康を助けました。大久保は優れた民政家となりました。日本の鉱山を発掘し、家康に日本中の金銀を献じたのも大久保でした。 家康は偉大な「人間通」であったと言えるでしょう。なお、「用」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

龍馬とカエサル

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2023年1月25日 一条真也