読縁

 

一条真也です。
無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」です。この中には、同じ本を読む「読縁」があります。

心ゆたかな読書』(現代書林)

 

本ほど、すごいものはありません。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響の大きさです。わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて「上品」な人間をつくるためのものだと確信しています。読書とは、何よりも読む者の精神を豊かにする「こころの王国」への入り口です。


読書会というものがあります。集団で読書、または読書に関するコミュニケーションを行うためのイベント、またはイベントを開催するグループです。関連する用語として「ブッククラブ」「リテラチャー・サークル」「会読」「読書グループ」などがあります。アメリカでは、毎回特定の本を取り上げて公開読書会を行うテレビ番組上の企画「Oprah’ Book Club」が話題となり、アメリカにおける読書会ブームに影響を与えました。こういった読書会は、読書の縁としての「読縁」を形成しています。


『コンパッション都市』(慶應義塾大学出版会)

 

ブログ『コンパッション都市』で紹介した医療社会学者で、米国バーモント大学臨床教授のアラン・ケレハーの著書には、人間に不可避の老い、病、死、そして喪失を受けとめ、支え合うコミュニティである「コンパッション都市」の基本的な思想・理論とともに、アメリカにおいて実践に向けたモデルが詳しく解説されていますが、その中に「『コンパッション関連書』読書クラブ」というものが紹介されています。



昨今読書クラブの人気が上昇しているとして、ケレハーは「楽しみつつ興味のある分野の新刊や気になる話題の潮流を追いながら、似た興味をもつ人びとと出会うのによい方法である。始めることが容易なので、職場、教会、趣味つながりなど地域で自分たちの読書クラブを始めているグループも多くある。3、4人の友人グループからはじめ、そのメンバーが都度友人を招いていく。行政や教会がこのような集まりを主催し、いくつかのグループが平行して開催されている場合もある」と述べています。これは、わが社サンレーが支援するグリーフケア自助グループであるなどでも行っている試みです。

月あかりの会」のブック・コーナー

 

わたしはグリーフケアの目的には「死別の悲嘆に寄り添う」こととともに「死の不安を乗り越える」ことがあると考えており、死生観の涵養が重要であると考えています。そのために必要なのが読書にほかなりません。ケレハーは、「特定の本を選んで購入し、グループの全員が各々定められた期間内に読み進める。定期的に集まり、決めた箇所までの内容について意見交換し、その意見が異なる点や、筋の詳細について議論したり、それを元にまた考えを深めてみたりする。1冊終えたら、また別な本が選ばれ、一連の過程が繰り返される」と説明します。

死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)

 

「コンパッション関連書」読書クラブで選ぶ書籍は、コンパッション都市の政策ビジョンすべての領域にかかわるものが適当であるといいます。つまり、死、死にゆくこと、喪失、剥奪、虐待、そして、実存的な省察と議論を伴うスピリチュアルな書籍、世界の宗教、ヒューマニズム超心理学などを扱う書物です。そして、当然このテーマの詩、小説、そして芸術関連も含まれます。さまざまな本によって作られる「読縁」ですが、同じ本を読んで死の不安を乗り越え、確固たる死生観を得た人同士の「読縁」は、この上なく深いと言えるでしょう。

永遠の知的生活』(実業之日本社

 

読縁とは、読者同士の縁だけではありません。
読縁には、著者と読者との縁もあります。読書は「知的生活」の基本です。そして「知的生活」といえば、渡部昇一先生です。渡部先生は「稀代の碩学」であり「知の巨人」、そして「現代の賢者」として知られます。わたしは渡部先生の著書はほとんど読んでいるつもりですが、最初に読んだ本は大ベストセラー『知的生活の方法』(講談社現代新書)でした。この本を中学一年のときに読み、非常にショックを受けました。このときから、読書を中心とした知的生活を送ることこそが理想の人生になり、生涯を通じて少しでも多くの本を読み、できればいくつかの著書を上梓したいと強く願いうようになりました。2014年7月7日、わたしはかねてより心から尊敬していた渡部先生のご自宅を訪問し、謦咳に接する機会を得ました。読み過ぎてボロボロになった『知的生活の方法』を見て、渡部先生は大変喜んで下さいました。その後、2014年8月14日、ついに渡部先生と対談する機会にも恵まれました。5時間以上におよぶ対談の内容を掲載したのが『永遠の知的生活』(実業之日本社)です。

あらゆる本が面白く読める方法

 

わたしの人生と思想に多大な影響を与えた『知的生活の方法』へのオマージュとして書いたのが『『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)です。その本の中でも、著者と読者との縁について言及しました。そして、読書という行為は死者と会話をすること、すなわち交霊術であるという考えを示しました。というのは、著者は生きている人間だけとは限りません。むしろ古典の著者は基本的に亡くなっています。つまり、死者です。死者が書いた本を読むという行為は、じつは死者と会話しているのと同じことです。このように、読書とはきわめてスピリチュアルな行為なのです。わたしは、三島由紀夫の小説を読むときは「盾の会」の制服を着た三島が、小林秀雄の評論を読むときは仕立ての良いスーツを着た小林秀雄が目の前にいることを想像します。古代の人でも同じです。『論語』を読むときは古代中国の礼装に身を包んだ孔子が、プラトン哲学書を読むときはローブ姿のプラトンが、わたしの目の前に座って、わたしだけのために話してくれるシチュエーションを具体的にイメージします。そのとき、わたしは故人の霊魂と共鳴・共振しているように思えます。読書には、生者と死者との間にそれほど強い縁を結ぶ力があるのです。

 

2023年1月15日 一条真也