言葉でイメージを変える

一条真也です。
ネットで「『糖尿病』の名称変更へ ~患者の9割が不快感―糖尿病協会~」という記事を見つけました。7日、日本糖尿病協会は、「糖尿病」という名称の変更を検討する方針を明らかにしたそうです。考えさせられました。

ヤフーニュースより

 

今回の検討は、患者の大半が不快感を抱いていることなどを踏まえたもので、今後1,2年のうちに新たな病名を提案したい考えです。日本糖尿病協会は、日本糖尿病学会とも連携して具体的な検討を進めるといいます。同協会によると、9割の患者が病名に何らかの抵抗感・不快感を持ち、変更を希望する人が8割に上ったそうです。「尿」という言葉が持つ負のイメージへの懸念が多かったとか。


同協会の清野裕理事長は、「糖尿病に対する誤った認識が偏見を助長し、差別を生んでいる」と指摘。具体例として「生命保険や住宅ローンに加入できない」「就職が不利になった」「怠け者のような目で見られる」などを挙げた上で、医療従事者やメディアが事態改善に力を注ぐ必要性を強調しました。同協会は糖尿病に対する偏見を払拭するため、関連する医療用語の見直しに着手しています。「糖尿病患者」を「糖尿病のある人」、「血糖コントロール」を「血糖マネジメント」に変えたり、「療養指導」などの語句の使用を取りやめたりすることに取り組むそうです。

 

 

わたしは、糖尿病を患ってはいませんが、わたしの知り合いには糖尿病の方が何人もいます。そして、糖尿病患者の方々がさまざまな偏見や差別に遭われていたことを初めて知り、それらの方々のグリーフを想像しました。名称変更はとても良いことだと思います。わたしは、ブログ『泣いて生まれて笑って死のう』で紹介した産婦人科医の昇幹夫氏の著書を連想しました。昇氏は徹底して前向きな人で、同書のいたるところに氏のポジティブな人生観が見られます。中でも、著者の次の発言には本当に感心しました。
「ガンという病名、音の響き、いやですね。これがガンという病名でなくてポンという病名だったらどうでしょう。国立ポン研究所なんて笑っちゃいますね。日本語の音の響きは聞くほうにいろんなイメージを作ります。サ行の音はサラサラ、スベスベ、ソヨソヨと耳に心地いいですね。バ行の音は耳障りです。バカ、ブス、ベタベタ、ビンボーといった具合です。ガ行は元気に代表されるように力強い響きなので、怪獣の名前はガ行が多いですね。ゴジラガメラ・・・・・。そういう音の響きの一つですからガンというと『ガーン』ときてやられた! という感じになるのです。胃ポン、肺ポン、乳ポンなど怖いイメージはありませんね。こんなことも病む人の気持ちを明るく前向きにしてくれるんですよ」

 

わたしは、この著者の指摘はものすごく重要ではないかと思います。言葉には手垢がつくもの。その音を聞いただけでイメージができあがる。たとえば便所と聞くとなんとなく悪臭を感じますが、「お手洗い」と言い換えるとイメージが変わります。また、「飛び込み自殺」を「人身事故」と言い換えることにも同じです。他にも、「おくりびと」という日本語が、いかに従来の葬祭業者にまとわりついていた負のイメージを落としてくれたことでしょう。


人生の修め方』(日本経済新聞出版社

 

「終活」という言葉にも違和感を抱いている方が多いようです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人も会いました。もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。ならば、わたしも「終末」という言葉には違和感を覚えてしまいます。死は終わりなどではなく、「命には続きがある」と信じているからです。そこで、わたしは「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しました。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。そういえば、コロナ前は、「終活」についての講演依頼が非常に多かったですね。お受けする場合、「人生の修め方」というタイトルが多かったです。


『人生の卒業式入門』(サンレーグランド文庫)

 

もうひとつ、わたしの講演では「人生の卒業式入門」というタイトルも多かったです。わたしは「死」とは「人生の卒業」であり、「葬儀」とは「人生の卒業式」であると考えているからです。わたしは、人の死を「不幸」と表現しているうちは、日本人は幸福になれないと思います。わたしたちは、みな、必ず死にます。死なない人間はいません。いわば、わたしたちは「死」を未来として生きているわけです。その未来が「不幸」であるということは、必ず敗北が待っている負け戦に出ていくようなものです。


2010年10月4日「読売新聞」夕刊

わたしは、「死」を「不幸」とは絶対に呼びたくありません。なぜなら、そう呼んだ瞬間、わたしは将来かならず不幸になるからです。死は不幸な出来事ではありません。そして、葬儀は人生の卒業式です。これからも、本当の意味で日本人が幸福になれる「人生の卒業式」のお手伝いをさせていただきたいと願っています。言葉には魂が宿ります。これが「言霊」です。わたしは「葬式は、要らない」や「0葬」という呪いの言葉の呪いを、「葬式は必要!」や「永遠葬」という祝いの言葉で返しました。いままた、「葬式消滅」という呪いの言葉に対して、「葬式不滅」という言葉を返したいと思います。『葬式不滅』(オリーブの木)は年内の刊行を予定しています。


近刊『葬式不滅』(オリーブの木

 

2022年11月8日 一条真也