青木新門氏お別れの会

一条真也です。
17日、ブログ「神無月の北陸へ!」で紹介したように、ANA1234便で小松空港に到着したわたしは、迎えの車に乗って富山県富山市へと向かいました。JR富山駅前にあるオークスカナルパークホテル富山で開かれる作家の青木新門さんの「お別れの会」に参列するためです。


会場のオークスカナルパークホテル富山

オークスカナルパークホテル富山の入口で

 

ブログ「さよなら、青木新門さん」に書いたように、8月6日午前8時52分、詩人で作家の青木新門さんが肺がんで亡くなられました。衷心より、哀悼の意を表します。青木さんは、ブログ『納棺夫日記』ブログ『それからの納棺夫日記』で紹介した本の著者です。『納棺夫日記』は、ブログ「おくりびと」で紹介した日本映画の名作の原案となったことで知られています。

おくりびと」を思わせる楽器演奏

 

富山はけっこう雨が激しく振っていました。15時頃にオークスカナルパークホテル富山に到着しましたが、「お別れの会」の会場は2階でした。「お別れの会」の会場前ではピアノとチェロの楽器演奏が行われていました。わたしは、ブログ「おくりびと」で紹介した日本映画を思い出しました。本木雅弘さんが演じた主人公は、納棺師になる前はチェロ奏者でした。チェロ奏者とは音楽家であり、すなわち、芸術家です。そして、芸術の本質とは、人間の魂を天国に導くものだとされます。素晴らしい芸術作品に触れ心が感動したとき、人間の魂は一瞬だけ天国に飛びます。絵画や彫刻などは間接芸術であり、音楽こそが直接芸術だと主張したのは、かのヴェートーベンでした。すなわち、芸術とは天国への送魂術なのです。拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)の「芸術論」にも書きましたが、わたしは、葬儀こそは芸術そのものだと考えています。なぜなら葬儀とは、人間の魂を天国に送る「送儀」にほかならないからです。人間の魂を天国に導く芸術の本質そのものなのです。「おくりびと」で描かれた納棺師という存在は、真の意味での芸術家です。そして、送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりえるのです。


「お別れの会」の入口


「お別れの会」の入口で


故人の書棚が飾られていました

 

「お別れの会」の入口には大きな書棚があり、膨大な数の書籍が並べられていました。故人の書斎を再現したもので、特に故人の机の最も近くに並べられていた本を集められたそうです。一見して、「死」や「哲学」や「仏教」に関わる本が多いことがわかりました。なぜなら、わたしの書斎に置かれている本と同じ気を放っていたからです。


永遠葬』がありました!


唯葬論』もありました!

 

そして、その書棚を遠くから俯瞰して眺めていたとき、突如、一冊の本がわたしの目に飛び込んできました。拙著『永遠葬』(現代書林)です。島田裕巳氏の『0葬』への反論本として書いたものですが、青木さんがとても気に入って下さり、青木さんのブログでも取り上げていただいたことを思い出しました。また、『唯葬論』(三五館)もありました。しかも、梅原猛著『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)と五木寛之著『親鸞』(講談社)に挟まれています。生前の青木さんは仏教、それも浄土真宗に帰依されていたことは有名です。青木さんにとって親鸞聖人がどれほど大切な方であったかを良く存じていますので、拙著が並べられた場所に感動いたしました。同行していた金沢紫雲閣の大谷総支配人は「すごい!」と言って興奮気味でした。その後、書棚の写真を拡大して見たところ、『死を乗り越える読書ガイド』、『死を乗り越える映画ガイド』(ともに現代書林)もあったことが確認できました。


「お別れの会」会場のようす


「お別れ会」会場のようす


「お別れの会」の会場にて


「お別れの会」の会場にて

 

「お別れの会」の会場は、ホテルのバンケットをフルに使って設営されていましたが、故人の人生や生前の活躍ぶりがよくわかる素晴らしいものでした。わたしは、すべてのパネルに目を通し、展示物を注意深く眺めました。青木新門さんの人となりが理解できたような気がいたします。


おくりびと」コーナー


納棺夫日記』コーナー


大スクリーンには立山連峰の雄姿が・・・


大スクリーンに「死」のメッセージが・・・

 

会場内には、映画「おくりびと」コーナーや、その原案となった名著『納棺夫日記』のコーナーもありました。特に『納棺夫日記』は各種の出版社から刊行されたすべてのバージョンが揃っており、大変興味深かったです。大スクリーンには富山の立山連峰雄大な写真とともに、青木さんの名言が映っていました。『納棺夫日記』の中にある「人が死を受け入れようとした瞬間に、何か不思議な変化が生じるのかもしれない。」という言葉も映し出されました。


献花の花を受け取りました


献花をさせていただきました


故人に感謝の言葉を述べました


心を込めて一礼しました

 

大スクリーンの右隣には、献花コーナーがありました。女性が持ったカーネーションが置かれたお盆から1輪受け取ると、わたしは「ありがとう」と書かれた祭壇に花を献じました。そのとき、青木さんに「大変お疲れ様でございました。そして、多くを学ばせていただき、ありがとうございました。青木さんが大切にされた葬儀という文化を、これからも守っていきます!」と心で語りかけました。そして、心を込めて一礼いたしました。


「お別れ会」のオブジェ


故人の最期の様子を記したパネル

故人の最期のメッセージを記したパネル


故人のご長男と歓談

 

会場には芸術的なオブジェもたくさん飾られていました。さながら美術館のようでしたが、最後にご遺族の方々が故人の最期について綴られた文章と写真からなるパネルがありました。拝読いたしましたが、家族愛に溢れた素晴らしい内容でした。こんな愛情に満ちた家族に恵まれて故人は本当に幸せな方だったと思います。その後、故人のご長男である青木新太郎さんと名刺交換させていただき、しばし故人の思い出話をしました。


素晴らしい「お別れの会」でした


頂いた封筒の中身は故人の詩集でした

 

帰りに封筒を頂きましたが、後で開封してみると、『雪道』と題する故人の詩集が入っていました。今夜、しみじみと読ませていただきます。「お別れの会」の会場を出ると、オークス株式会社の奥野博会長と奥野智之社長にお会いしました。奥野社長は松山市で開催された全互連の総会で先月お会いしましたが、奥野会長にお会いしたのは本当に久しぶりです。6・7年ぶりでしょうか。お元気そうで何よりでした。お二人の言葉から、青木新門さんがいかにオークスの皆様から愛されていたかがよくわかりました。

北國新聞」2022年8月7日朝刊

ブログ「青木新門さんにお会いしました」に書いたように、2016年6月6日、わたしは富山に入り、その夜、青木新門さんにお会いしました。場所は、JR富山駅前にあるオークスカナルパークホテル富山です。青木さんは、同ホテルを運営する冠婚葬祭互助会であるオークス株式会社の顧問を務めておられました。わたしにとって、冠婚葬祭互助会業界の大先輩でした。


映画「おくりびと」といえば、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞、第81回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞してから、ずいぶん時間が立ちましたが、あの興奮は今でも憶えています。日本映画初の快挙でした。この映画で主演の本木雅弘さんは、「ある本」に出会って大いに感動し、映画化の構想をあたためていたそうですが、その本こそ『納棺夫日記』。平成5年(1993)に単行本として桂書房から出版されベストセラーになった名作ですが、現在は版を重ね『定本納棺夫日記』と銘打って刊行され、文春文庫にも入っています。

 

 

その本の著者こそ、青木新門その人なのです。青木さんは昭和12年、富山県下新川郡入善町のお生まれで、ながらく「納棺師」として葬儀の現場でご尽力しておられました。その尊いご体験が『納棺夫日記』には綴られているがゆえに、読み手の心を強く揺さぶる作品となっています。『納棺夫日記』を原案とした映画「おくりびと」が公開されたことは葬祭業界においても非常に大きな出来事でした。葬祭スタッフがお客様と話をする際に「おくりびと」という共通の話題と認識があることは、葬儀を担当する上でどれだけ助けられたことでしょうか。映画の中での美しい所作と儀式は、お客様が望むことを映画というメディアで表現してくれました。ご遺族が大切にしている方をこうもやさしく大事に扱ってくれるということはグリーフケアの上でも大切なことでした。『納棺夫日記』と「おくりびと」のおかげで葬祭スタッフに対する社会的地位も変わったのではないかと感じるところもあります。何よりも、自分の仕事へのプライドを彼らに与えてくれました。

 

永遠葬

永遠葬

Amazon

 

ブログ「『永遠葬』に反響続々!」で紹介したように、2015年に上梓した拙著『永遠葬』(現代書林)を青木さんに献本させていただいたところ、氏はご自身のブログ「新門日記」の記事に以下のように書いて下さいました。
一条真也氏(=佐久間庸和 (株)サンレー代表・全国冠婚葬祭互助会連盟会長)から8月4日発売の新著『永遠葬』が送られてきた。内容は島田裕巳氏の『葬式は、要らない』や近著『0葬』を批判した『葬式は要る』という立場で、なぜ要るのかということを多くの事例や理由をあげて書かれた本である。島田氏が個の命にとらわれているのに対して、一条氏は永遠を見据えているのがいい。氏は京都大学こころの未来研究センターの研究員でもある。私も島田裕巳氏が『葬式は、要らない』を出した時、当時本願寺の教学研究所の所長をしておられた浅井成海師と対談形式で『葬式は要る』と題して出版する計画があった。ところが企画したPHP出版と打ち合わせていたら浅井氏が末期癌で急逝され、出版の話はたち切れとなってしまった。あの時島田氏の本を読んで感じたことは、NHKのクローズアップ現代のように、葬式や宗教を社会現象学的に取り上げているだけだと思った。事物の現象の本質が全くわかっていない人だと思った。現象の本質がわかっていないということは、死の本質がわかっていないということであり、宗教の本質がわかっていないということでもある。後から島田氏はマックスウェーバーの流れをくむ橋爪大三郎氏の弟子だと知って、なるほどと思ったものだった。こういう現象の上辺をなでたようなものを書いて時流に乗るのがうまい学者の本はよく売れるが、酒鬼薔薇聖斗の近著『絶歌』が売れるのと同じような市場経済優先の社会現象のように私には映るのだった。しかしそのことが多くの人を惑わす結果になるから困るのである」


ブログ「新門日記」より

 

わたしは、このブログ記事を拝読して、大変感激いたしました。青木さんからはメールも頂戴し、「一度ぜひお会いしましょう」と言っていただきました。本当に光栄であり、ありがたいことでした。その後、メールのやりとりなどを重ねて、このたびの対面に至ったわけです。いろいろとご尽力いただいたオークスの牧常務(当時)には心より感謝申し上げます。


青木新門さんと

 

オークスカナルパークホテル富山内にあるモダン和食店WAZA」の美味しい料理をいただきながら、わたしたちはさまざまな話で盛り上がりました。青木氏からはご著書『転生回廊』(文春文庫)を頂戴し、そこに写真が掲載されていたチベットの鳥葬についてのレクチャーも受けました。わたしも、チベットを訪れてみたくなりました!

 

 

当時、わたしは宗教学者島田裕巳さんと往復書簡を交わしていたのですが、そのことなども話題に出ました。その往復書簡は、島田さんとの共著である『葬式に迷う日本人』(三五館)に全文収録されています。また、青木さんは「月への送魂」にご感心がおありとのことですので、その年の「隣人祭り 秋の観月会」にご招待させていただきたいと思っていました。しかし、諸般の事情から実現せず、まことに残念でした。一度、「月への送魂」を青木さんに見ていただきたかった!


『転生回廊』をプレゼントされました

 

その他にも、青木さんから貴重なアドバイスもたくさん頂戴しました。わたしにとって、葬儀の意味を改めて学ぶことができた有意義な時間となりました。最後に青木さんは「葬儀は絶対になくなりませんよ」と言われました。「『葬式は、要らない』じゃなくて、『葬式は、なくならない』ですよ」とも言われました。さらに、青木さんは「新門日記」の「6月6日(月)晴れ」で以下のように書いて下さいました。ありがとうございます。
「自宅近くのオークスカナルパークホテルへ出向く。明日全国互助会連盟の定例総会があるため前泊された会長の佐久間庸和氏と会食する約束をしたからだった。佐久間氏は、小倉や金沢の冠婚葬祭会社サンレーの社長だが、一条真也というペンネームで『ハートフル・ソサエティ』『唯葬論』『死が怖くなくなる読書』といった本も出しておられる。氏は、新時代の葬儀の一つとして、月へ魂を送る『月への送魂計画』を提案する。超日月光を信じる私は違和感を覚えるが、奇抜なアイデアとして面白いと以前から思っていたので、一度お会いしたいと思っていたのであった。氏は、大変な読書家で豊富な知識を持っておられ、共通の知人も多かった。そんな方に会うと、話が弾む。しかし2時間の会食を終えて別れた後、余計なことまで話していたことを後悔しながら帰路の夜道を歩いていた」

 

 

さて、青木さんのいう「余計なこと」とは何でしょうか?
青木さんとの会話はすべて楽しく有意義な内容でしたが、特に青木さんが「月への送魂」に興味を持っておられたことは意外でした。浄土真宗に代表される伝統的な葬儀しか認めておられないイメージがあったからです。青木さんが仏教に深い造詣を持ちながらも、非常に柔軟な発想をされる方であることがわかり、嬉しくなりました。



そのブログの最後に、わたしは「今度は、ぜひ、九州の夜空に上った満月を見上げながらお話したいです。青木新門先生、今日はお会いできて光栄でした。『一条さん、あなたに会いたかったんですよ』とのお言葉、嬉しかったです! 今後とも、御指導下さいますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます」と書きました。その後、一度、京都駅のホームで偶然お会いしましたが、ゆっくりと葬儀談義をする機会には恵まれませんでした。青木さんが訴えられた葬儀の意義と重要性は、日本の葬祭業界のみならず、日本人の死生観に広く影響を与えられました。青木さんは、島田裕巳さんの著書『葬式は、要らない』『0葬』に対する反論書を本当は自分でお書きになられたかったと思います。しかし、わたしが先に『葬式は必要!』と『永遠葬』を書いてしまいました。それでも、青木さんは「良い本を書いてくれました」と喜んで下さいました。まことに、感謝の気持ちに耐えません。

 

 

今、三たび、島田裕巳さんはブログ『葬式消滅』で紹介した最新刊を発表されました。前の2冊と比較しても、今度の本が一番強力のように思います。わたしは、その反論書『葬式復活』を書くことを決意しました。実際、青木さんの訃報に接した8月7日から書き始め、ほぼ書き上げました。そして、今日、『葬式復活』というタイトルを『葬式不滅』に変更することを決意しました。なぜなら、葬式はけっして消滅していないのですから「復活」というのはおかしいし、何よりも青木さんの「葬式は、なくならない」という言葉を思い出したからです。『葬式不滅』を年内には刊行する予定ですが、謹んで青木さんに捧げさせていただきたいと存じます。


タイトルは『葬式不滅』に変更します!

 

また、映画プロデューサーの志賀司さん(セレモニー社長)と「青木さんの供養のためにも、『おくりびと』を超えるグリーフケア映画を作りましょう!」と誓い合いました。青木さんが言われた「葬儀は絶対になくなりませんよ」という言葉が、わたしの心の中で何度も繰り返されています。納棺夫としての青木さんの葬儀への想いや死者への祈り、さらにはご遺族への思いやりは、いま、日本各地で続々と誕生しているグリーフケア士たちにも確実に受け継がれています。合掌。


北國新聞」2022年10月18日朝刊

 

2022年10月17日 一条真也