一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「表」です。


リーダーには表現力が求められます。かのユリウス・カエサルは豊かな表現力の持ち主でした。「ローマは一日にしてならず」や「すべての道はローマに通ず」など、ローマ関連の名言は少なくありませんが、カエサル自身も多くの名言を残しています。いわく、ルビコン河をわたる時の「賽は投げられた」とか、元老院に戦闘を報告する最初の言葉である「来た、見た、勝った」とか、暗殺時の「ブルータス、お前もか」などです。カエサルにはコピーライターの才能があったとしか思ええません。経営学者のピーター・ドラッカーが「政治家、経営者を問わず、リーダーとは、言葉によって人々を操る者である」と語っていますが、その代表格こそカエサルです。


当世随一のスピーチの名手として知られる日本電産永守重信氏は、相手に合わせて表現することが重要だと言います。話の内容、表現方法、話す時の態度も変えていく必要があります。内容については、相手のキャリアに応じて次のようにアレンジするそうです。まず、一般社員には危機意識30%、夢やロマン70%。主任クラスには危機意識50%、夢やロマン50%。部課長クラスには危機意識70%、夢やロマン30%。そして役員クラスには危機意識90%、夢やロマン10%という具合です。

 

 

一般社員向けには危機感をあおるような内容はできるだけ避けて、夢の持てるテーマを中心に話を進めていきます。表現もわかりやすい言葉を選んで、笑顔も絶やしません。表現とともに表情が重要です。『孫子』に「軍に将たるの事は、静にして以って幽なり」とあります。軍を率いる時の心構え、つまりリーダーの心構えは静であり幽であれ、と言っているのです。幽とは、計り知れないほど奥が深いという意味です。わかりやすく言うと、味方がピンチに陥った時に動揺を顔に表わすようでは、リーダーの資格はありません。組織がピンチになれば、部下は真っ先にリーダーの顔色をうかがいます。そんなとき、リーダーがあたふたと動き回ったり、緊張しすぎたりすれば、部下はいっそう動揺します。常に冷静沈着であってこそ、部下の信頼は得られるのです。 


リーダーに最もふさわしい表情とは、笑顔を置いて他にありません。笑顔のもとに人は集まります。笑顔など見せる気にならない時は、無理にでも笑ってみることです。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズが言うように、動作は感情に従って起こるように見えますが、実際は、動作と感情は平行するもの。彼は、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」という有名な言葉を遺しています。ですから、快活さを失った場合は、いかにも快活そうにふるまうことが、それを取り戻す最高の方法なのです。なお、「表」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2022年9月20日 一条真也