一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「聞」です。



松下幸之助は、「部下の話を聞くときに、心掛けないといかんことは、部下の話の内容を評価して良いとか悪いとか言ったらあかん、ということやな。部下が責任者と話をする、提案を持ってきてくれる、その誠意と努力と勇気をほめんといかん」と語っています。



部下の意見を聞くことがリーダーにとって大事なことは言うまでもありませんが、中世・近世では「意見」を「異見」と書きました。そして、異見を聞き、率直に自己を反省することができる人物を「人望がある」と評したのです。戦国武将のなかでは、武田信玄徳川家康黒田長政の3人が意見を聞くことで知られました。 



さらに諫言というものがあります。耳に痛い直言です。歴史上の人物はみな、この諫言を聞くか聞かないかで、成功するかしないか、生き残るか滅びるかの岐路に立ちました。織田信長の育て役の平手政秀が、ヒッピーのような生活をしていた信長を諌め、それでも言うことを聞かないので切腹したのは有名な話です。



諫言の難しさを「人間関係」としてとらえたのは家康で、「諫言者は、戦場の一番槍よりもむずかしい。その後の人間関係がどうもギクシャクする。正しいことを言ったのだが、言った方が疑心暗鬼になり、主人からにらまれたのではないか、と思うようになる。だから、そういうことを承知のうえで直言する真の諫言者は、一番槍異常の功労者である」と言いました。リーダーとは、異見や諫言を聞かなければならないのです。



部下に限らず、人の話を聞くときの態度も重要で、絶対にしてはならないのが腕組みと足組みです。人と会話しているときは、その人とコミュニケーションをする姿勢をするのが礼儀です。腕組みは相手とのあいだに柵を設けることであり、自由なコミュニケーションを拒否するという心理的圧力を与える結果になります。そのうえに足まで組んでいれば、さらに相手を遠ざけようとすることになります。満員電車の中で足を組む場合、自分の前に突起物を構築して、それ以上に人が近づいてこないようにするわけです。人が攻めてきても、すぐに蹴ることができる態勢をとっているわけであり、あまりにも自分勝手で利己的です。



恋人同士が向かい合っているときは、お互いのあいだに物理的にも心理的にも障害物がないように極力配慮した環境を整えます。もし一方が腕組みをしながら話を聞いていたとすれば、2人の関係を冷めた感情で見つめ直しているのかもしれません。足を組んで相対していたら、何か都合の悪いことが相手に見つかって、ふてくされているのかもしれません。また、自尊心を傷つけられるようなことがあって、開き直っているのかもしれませんね。いずれにしても、相手とのあいだに一定の距離を置くことによって、自分の気持ちを隠し、相手が心の中に入ってくることがないようにしているのです。人の話を聞く態度としては失礼千万。わたしは人と接するとき、腕組み、足組みは絶対にしないように心がけています。 



逆に、人の話を聞くときにするように心がけていることが3つあります。まず、必ず相手の目をやさしく見つめながら話を聞くこと。次に、相手の話には必ず、あいづちを打つこと。相手をほめる言葉を混ぜると、さらに相手は饒舌になる。そして3つ目は、自分が話すときには意見ではなく、質問のスタイルをとることです。特に、あいづちの力は大きいです。あいづちは、次のようにさまざまな力を持っています。話し手に聞いていることを知らせる。話し手が集中できる。話し手を乗せる。話がリズミカルになる。聞き手の関心や興味がどこにあるか、話し手が確認しながら話ができることなど、です。



あいづち1つで生き抜いている職業もあるほどで、高級クラブのホステスなどがそれに当たります。指名客の多い人気ホステスになるには、若さ、美貌、スタイルなどよりも、愛想、愛嬌、話のうまさなどが求められますが、何よりも、お客の話をきちんと聞くのがうまい「話させ上手」の要素が必要とされます。その武器こそが、あいづちです。銀座の高級クラブの某ナンバーワンなど、お客が話しているとき、なんと1分間に20回のあいづちを打つといいます。実に3秒に1回です。しかも、「はい」や「ええ」だけではなく、「うん」「うん、うん」「そう」「そぉお」「そうなの」「へえ」「ほんと?」「ほんとう!」「それで」「ねえ、それで、それで」「すごいわねえ」などなど、30種類以上の「あいづちバージョン」を1回ごとに使い分けているというから、すさまじいですね!



「聞く」の究極とは何でしょうか。
それは、相手の本当の欲求や状態を知ることです。聞く技術を駆使して、相手に本当の状況や気持ちを自発的に語らせなければなりません。カウンセリングという行為もあるように、人間というものは、話を聞いてくれる人に対してだけ心を開くのです。そして、聞き上手になるための4つの基本とは、受容、傾聴、共感、感情の反射です。



最後に、カウンセラー業界では常識だそうですが、誰でも聞き上手になれる魔法のキーフレーズがあります。3つあるのですが、いかなる問題であろうと、この言葉のいずれかを会話に挟めば、相手は自分が理解されていると感じ、どんどん本心を語るというのです。その3つの魔法の言葉とは、「それは大変ですね」「それは複雑ですね」「そこの話をもう少し詳しく」・・・・・・嘘だと思われるなら、上司でも部下でも家族でも、ぜひ試して下さい。なお、「聞」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2022年9月5日 一条真也