知床遊覧船事故に思う

一条真也です。
日本におけるグリーフケアの夜明けとなったJR西日本福知山線列車脱線事故の発生からちょうど17年目の日、北海道で悲しい海の事故が起こりました。知床半島沖での観光船KAZU1の遭難です。乗客と乗員合わせて26名が乗船していましたが、発生から5日目までに11人の死亡が確認され、15人の行方がいまだ分かっていません。

ヤフーニュースより

 

4月27日、観光船の運行会社である「知床遊覧船」の桂田精一社長が事故後初めて記者会見を開きました。桂田社長は会見冒頭「皆さん、この度はお騒がせして申し訳ありませんでした」と発言。約10秒間土下座しました。この「お騒がせして」という言葉に多くの人が違和感を抱いたようですが、わたしも、第一声で「この度は多くの尊い人命を失う結果となり」と言うべきであったと思います。


乗船していた被害者やその家族への言及はその次となり、「当社の船舶のクルーズの中で、大変な事故を起こしてしまい、亡くなられた被害者の方々、捜査中の被害者の方に対して大変申し訳ございませんでした。亡くなられた被害者のご家族、捜索中の被害者の家族に大変な負担をかけている。申し訳ございませんでした」と謝罪。再び約5秒間土下座しました。社長ともあろう人物が合計15秒ものあいだ土下座をしたわけですから、少しはインパクトがあるかといえば、ただ違和感と虚しさしか感じませんでした。


ブログ『論語と冠婚葬祭』で紹介したように、わが国における儒教研究の第一人者である大阪大学名誉教授の加地伸行先生とわたしの対談本の見本が出ましたが、今日、加地先生とお電話でお話ししました。そこで「礼」の話題になり、加地先生は「『かたち』だけの礼というものが多過ぎます。『かたち』の背景には『こころ』がなければなりません」と言われました。わたしも「まったく同感です」とお答えしましたが、いくら「かたち」ばかりの土下座をしようが、そこに犠牲者や遺族の方々に対する謝罪の念という「こころ」がなければ無意味です。

 

わたしは謝罪会見というのも一種の儀式であると考えています。儀式では正しい言葉が使われなければなりません。結婚式ならば「おめでとうございます」、葬儀ならば「お悔やみ申し上げます」といったようにセレモニーで第一声を間違えることは絶対に許されません。2021年にも2度の座礁事故を起こしていたことも報じられており、運営会社のずさんな実態が明らかになる中、ようやく開かれた会見でした。しかし、この事故が人災であったことを確認するだけの会見だったようにように思います。いくらコロナ禍の中とはいえ、謝罪の言葉を述べるときはマスクを外して顔を見せるべきだったとも思います。あと、謝罪会見の場に赤のネクタイを着けてくるところも非常識というか、犠牲者とその家族に対して礼を失していましたね。

ヤフーニュースより

 

知床遊覧船に長年勤めていた人物が、今回の遭難を聞いて、「『やっぱりか』です。『やっぱり、やったか』と。長い間、勤めていたけど、去年3月で契約を解除された。人が総入れ替えになって、今は教える人間がいない」と言ったそうです。一昨年7月に船舶免許を持つ3人が見習いで入り、そのうちの1人が今回、遭難した豊田船長でした。その人物は、「去年6月に事故を起こしていて、船をあげて修理している状態を見たけど、見たら、船にある亜鉛版をおととしのまま変えていなかった。これは毎年変えるもの」とも発言しています。亜鉛板は、船体の腐食を防ぐために貼り付けるもので、船体の代わりに亜鉛板が腐食してくれる役割とのことですが、「僕がいたときは、事務所に長く勤めていた人がいたから、手直しもできていたし、手に負えなければ、業者がやっていたけど、今見ている感じだと何もしていない」「豊田さんは、僕がいた最後の年の夏に雇用された。半年、甲板員をやって、すぐ船長をやった。教えられるほど、教えていないと思う」と述べています。驚くべき証言であると言えます。


長引くコロナ禍で日本中の観光産業が苦しい経営を強いられています。少しは収まってきた感もあり、今度のGWに向けて北海道の観光船業者たちも期待していたことでしょう。しかし、乗客の安全性というものが、業績の改善、収益の向上などより遥かに優先されるべきものという当たり前のことが桂田社長は理解していなかったようです。人の命を軽んじてまで継続すべき事業など、この世には存在しません。人命を危険に晒すなら、一刻も早く廃業するべきです。よく言われることですが、どんな業種であっても「正しいことをしないと損をする」のです。


知床遊覧船を経営しているのは地元有名一族で、利益重視の社長に従業員から不満も多かったようです。桂田社長は有名百貨店で個展を開催するような陶芸家だそうですが、いくら素晴らしい芸術家であっても、観光船の運営会社の社長としては船のことも海のことも知らないド素人でした。くだんの人物も、社長について「波があって出航をやめたときも、社長には『何で出さないんだ』と言われていた」「僕がいる間は、無事故の会社だった」「知床岬コースは、長いし、人気のコース。社長が変わってから、4月からやるようになった」「当初は、4~5月は海が冷たくて、時化るため、6月まで運航していなかったコース」などと語っています。この証言には信憑性を感じます。


今回の事故では、両親とともに3歳の女の子が犠牲になったとか、23歳の青年が彼女の誕生日にサプライズでプロポーズの指輪を渡そうと計画していたとか、乗船していたとみられる佐賀県有田町の70代の男性が沈む船内から、妻に「乗っている船が沈みそうだ。本当にお世話になった。今までありがとう。感謝している」と電話していたとか、とにかく悲しいニュースばかり入ってきます。そのたびに泣けます。改めて、1人の人間が亡くなるというのはこの上ない「おおごと」なのだと再確認します。もし26人全員が犠牲になったとしたら、それは「犠牲者26人」というよりも、「おおごと」が26回も続けて発生したということなのです。


冷たい海に漂っている亡骸を想像すると、映画「タイタニック」の遭難シーンを連想してしまいます。遺体の捜索ではロシアの協力を得る必要があるとも言われていますが、ウクライナ侵攻による経済制裁が叫ばれている最中で、またタイミングが悪いことです。北方領土問題への悪影響も無視できません。桂田社長の誤った判断は、日本の外交にも良くない影響を与える可能性が出てきたわけで、その罪はあまりにも重いと言えます。


犠牲になられた方々の御冥福をお祈りいたします

 

ブログ「海洋散骨in沖縄」に書いたように、今月12日にわたしは沖縄での海洋散骨に立ち合いましたが、そのとき、南の海を見て大きな安らぎをおぼえました。しかし、今回の事故で北の海は深い悲しみに包まれています。それでも、すべての海はつながっています。そして、遺族の方々が流す涙は「世界で一番小さな海」です。どうか早く、すべての方が発見されることを願うとともに、亡くなられた方々の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

 

2022年4月28日 一条真也