「ホスピタリティ」と「ケア」

一条真也です。
21日の小倉は非常に寒く、朝には雪が舞いました。この日、ネットで「『先日泊まったホテルがすごかった。ほんと神』指差し会話シートを用意したフロントをSNSが称賛『サービス業の鑑』」という興味深い記事を発見。いろいろと考えさせられました。

f:id:shins2m:20220221115849j:plainヤフーニュースより

 

記事によると、聴覚障害がある「ユッケさん」というハンドルネームの女性が、いつものように筆談を予想してホテルにチェックンしたところ、ホテル側の応対がそれを上回る行き届いたものだったそうです。東京・浅草にある滞在型ホテル「ビーコンテ浅草」にユッケさんがチェックインしたのは1月中旬でした。予約時に「耳が聞こえないので筆談での対応をお願いします」と伝えていたそうですが、フロントの担当者は、チェックインの会話シートに加え、部屋の設備に関するチェックリストをまとめた会話シート、災害時用の指差し会話シートを用意したそうです。記事には、「実は、 ビーコンテ浅草にとって、筆談を希望する宿泊客はユッケさんが初めて。予約時から『ホテルとして何ができるだろうか』と考え、3種類のシートを用意していたそうです」と書かれています。

f:id:shins2m:20220221132225j:plainヤフーニュースより

 

ユッケさんによれば、聴覚障害者が宿泊施設を利用する際、問い合わせに内線電話が使えず、何かあるたびにフロントまで行かなければならないそうです。また、火災報知機の警報音や館内放送が聞こえないため、災害時に逃げ遅れることへの不安も大きいといいます。「安心して過ごすことができました」と感謝の気持ちを伝えたかったユッケさんは、「先日泊まったホテルの対応がすごかった。ほんと神」とツイートしました。すると、これがSNSで注目され、「ホスピタリティというのはこのようなことなのかも」「相手の立場、気持ちになって相手のことを考える、想像力を働かせるっていうのはこういうことなんだ」と称賛の声がやまないとか。2万近くの「いいね」が付き、共感のコメントが相次ぎました。



3枚のシートのうち、「災害時用の指差し会話シート」は仙台市に本社のある河北新報社が2020年に作成したものでした。東日本大震災の教訓を共有し、地域住民らと一緒に次の地震津波に備える巡回ワークショップの中で、生まれたアイデアです。震災発生直後、避難や災害の情報は音声が中心で、聴覚障害者は情報不足に陥りました。シートは、その振り返りの中から作られたもので、「電車・バス・地下鉄は動いていますか?」「非難が必要ですか?」などの質問ごとに「はい」「いいえ」が選べ、あいうえお表で筆談もできるなど、災害時に聴覚障害者が自ら情報を得られるようになっています。ビーコンテ浅草の井田梨絵支配人は、ユッケさんを迎える準備の中で、この指差し会話シートを知ったそうで、「恥ずかしながらご予約があるまでこうしたシートについては知りませんでした。安心してお泊りいただくには欠かせないものと考えています」と述べています。

 

NHK福祉情報サイト「ハートネット」の「ろうを生きる 難聴を生きる『東日本大震災10年 命を守るための提言』」では、後藤佑季リポーターが「東日本大震災から まもなく10年になろうとしています。NHKの調査では、被災地の自治体で聴覚障害者の死亡率は全住民の1.7倍でした。私も難聴者の1人です。人工内耳をしていますが、緊急地震速報に気付かなかったことが何度もあります。防災無線はなかなか聞き取ることができません。災害時にどう命を守ればよいのか、いつも不安があります」と述べています。また、後藤リポーターは「災害時、情報が入らないことで聴覚障害者の多くが命の危険にさらされました。今日に至るまでの10年、東日本大震災以外にも多くの災害が起きています。決して遠い出来事ではなく、私たちは常に災害と隣り合わせです」とも述べました。こういう問題の中から、指差し会話シートは生まれてきたのです。知らなかったわたしは、不明を恥じました。

f:id:shins2m:20211102165155j:plainアンビショナリー・カンパニー』(現代書林)

 

拙著『アンビショナリー・カンパニー』(現代書林)の帯にも書かれているように、わたしは「サービス業からケア業へ」「時代は大きく動いている!」と考えていますが、今回のエピソードはそれを象徴するような出来事であると思いました。SNSのコメントの中に「ホスピタリティというのはこのようなことなのかも」というものがありますが、「ホスピタリティ」と「ケア」の関係を考えてみました。まず、ホスピタリティですが、よく間違えられるのがサービスです。ホスピタリティの理解に当たって、両者の本質が異なるということをまず理解する必要があります。サービスというのは商品と同様に販売すべきものであって、一般に「商品」には製品とともにサービスも含まれます。「財貨」という経済学用語では、商品とサービスをあえて区分していません。もし区分するとすれば、商品が有形でサービスが無形であるというだけです。

ハートフル・ソサエティ』(三五館)

 

拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「ホスピタリティが世界を動かす」にも書いたように、「サービス」serviceの語源は、ラテン語のservus(奴隷)という言葉から生まれ、英語のslave(奴隷)、servant(召し使い)、servitude(苦役)などに発展しています。サービスにおいては、顧客が主人であって、サービスの提供者は従者というわけです。ここでは上下関係がはっきりしており、従者は主人に服従し、主人のみが充足感を得ることになります。サービスの提供者は下男のように扱われるため、ほとんど満足を得ることはありません。サービスにおいては、奉仕する者と奉仕される者が常に上下関係、つまり「タテの関係」のなかに存在するのです。

f:id:shins2m:20220221120400j:plain心ゆたかな社会』(現代書林)

 

これに対して、「ホスピタリティ」hospitalityの語源は、ラテン語のhospes(客人の保護者)に由来します。本来の意味は、巡礼者や旅人を寺院に泊めて手厚くもてなすという意味です。ここから派生して、長い年月をかけて英語のhospital(病院)、hospice(ホスピス)、hotel(ホテル)、host(ホスト)、hostess(ホステス)などが次々に生まれていきました。こういった言葉からもわかるように、それらの施設や人を提供する側は、利用者に喜びを与え、それを自らの喜びとしています。両者の立場は常に平等であり、その関係は「ヨコの関係」です。ゲストとホストは、ともに相互信頼、共存共栄、あるいは共生の中に存在しているのです。その意味で真の奉仕とは、サービスではなく、ホスピタリティの中から生まれてくるものだと言えます。ここでいう奉仕とは、自分自身を大切にし、その上で他人のことも大切にしてあげたくなるものです。そのことは、『ハートフル・ソサエティ』のアップデート版である『心ゆたかな社会』(現代書林)にも書きました。

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『ケアとは何か』(中公新書

 

そして、「ホスピタリティ」は「ケア」として実現されます。ブログ『ケアとは何か』で紹介した本で、大阪大学大学院人間科学研究科教授の村上靖彦氏は「ケアは人間の本質そのものでもある」と述べています。そもそも、人間は自力では生存することができない未熟な状態で生まれてきます。つまり、ある意味で新生児は障害者や病人と同じ条件下に置かれます。さらに付け加えるなら、弱い存在であること、誰かに依存しなくては生きていけないということ、支援を必要とするということは人間の出発点であり、すべての人に共通する基本的な性質であると指摘し、「誰の助けも必要とせずに生きることができる人は存在しない。人間社会では、いつも誰かが誰かをサポートしている。ならば、『独りでは生存することができない仲間を助ける生物』として、人間を定義することもできるのではないか。弱さを他の人が支えること。これが人間の条件であり、可能性でもあるといえないだろうか」と述べます。

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『ケアの本質』(ゆみる書房)

 

アメリカの哲学者であるミルトン・メイヤロフも、ブログ『ケアの本質』で紹介した本において、「ケア」を非常に広い概念で捉えています。同書は大変な名著で、わたしも何度か読み返しています。メイヤロフは、「ケア」とは、「そのもの(人)がそのもの(人)になることを手助けすること」だと定義しています。そして、「他の人々をケアすることをとおして、他の人々に役立つことによって、その人は自身の真の意味を生きているのである」との名言を残しています。看護、介護、グリーフワーク・・・・・それらすべての核となるものこそ「ケア」なのです。

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サービス業からケア業へ!

 

もともとサービスの語源は「苦役を与える」といった意味ですが、ケアの語源は「苦しみを分かち合う」という意味です。真の奉仕とは、助ける人、助けられる人が1つになるといいます。どちらも対等です。相手に助けさせてあげることで、自分も助けています。相手を助けることで、自分自身を助けることになっています。サービス業からケア業への進化を目指しているわが社ですが、ビーコンテ浅草さんの素晴らしい取り組みに大いに勇気づけられました。

 

2022年2月21日 一条真也