「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」

一条真也です。
1日に亡くなられた石原慎太郎氏の危篤情報を「週刊文春」が事前に知っていたことがわかり、改めて週刊誌の情報収集力の凄さを痛感しました。雑誌といえば、雑誌社の編集部のヒューマンドラマを描いた「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」を観ました。予告編を観たときから嫌な予感はしていたのですが、案の定、ものすごく面白くない映画でした。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「雑誌社で働く編集者と記者たちの物語をつづるヒューマンドラマ。20世紀フランスの架空の街を舞台に、ある雑誌の最終号にまつわるストーリーが描かれる。監督と脚本を手掛けるのは『グランド・ブダペスト・ホテル』『犬ヶ島』などのウェス・アンダーソンベニチオ・デル・トロエイドリアン・ブロディをはじめ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンドジェフリー・ライトティモシー・シャラメらが出演する」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「20世紀フランスのとある街には、雑誌『フレンチ・ディスパッチ』の編集部があり、個性的な人々が集まっていた。国際問題はもとより、アートやファッション、美食などのユニークな記事で雑誌は人気があった。だが、ある日仕事中に編集長が急死し、彼の遺言により、フレンチ・ディスパッチ誌の廃刊が決定したため、編集者や記者たちは最終号を発行する」


この映画のメガホンを取ったウェス・アンダーソンは1969年、アメリカ・ヒューストン生まれ。テキサス大学在学中に、オーウェン・ウィルソンと出会い、共同で映画を制作。オーウェンとその兄ルーク・ウィルソンと作った短編「Bottle Rocket(原題)」がサンダンス映画祭で注目を浴び、それを長編にした「アンソニーのハッピー・モーテル」(96年・日本劇場未公開)で本格的に監督デビュー。続く「天才マックスの世界」(98年・日本劇場未公開)でインディペンデント・スピリット・アワード賞の監督賞を受賞。「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001年)では、オーウェンとともにアカデミー脚本賞にノミネートされ、ストップモーションアニメ「ファンタスティック Mr.Fox」(09年)は同長編アニメーション賞の候補になった。「ムーンライズ・キングダム」(12年)は、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されただけでなく、オープニング作品として上映されました。全作品で製作・脚本も担当しています。


ウェス・アンダーソン監督作品で、わたしが観たことがあるのはブログ「グランド・ブタペスト・ホテル」で紹介した2014年の映画です。1932年、格式高い高級ホテルを取り仕切る名コンシェルジュと、彼を慕うベルボーイが繰り広げる冒険を描いた群像ミステリーでした。常連客をめぐる殺人事件と遺産争いに巻き込まれた二人が、ホテルの威信のためにヨーロッパ中を駆け巡り事件解明に奔走する物語ですが、これはヨーロッパの香りがして上質な作品という印象を持ちました。とにかく、主演のレイフ・ファインズをはじめ、エドワード・ノートンエイドリアン・ブロディジュード・ロウなど豪華キャストが勢揃いで、その顔ぶれには圧倒されました。


「フレンチ・ディスパッチ」にも、ベニチオ・デル・トロエイドリアン・ブロディティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンドジェフリー・ライトティモシー・シャラメ・・・・・・豪華キャストが勢揃いですが、大物が端役を演じていたりして、ちょっと宝の持ち腐れというか、もったいない気がしました。ウェス・アンダーソン監督は「本作のキーワードは3つ。“アンソロジー”、“「ザ・ニューヨーカー」”、そして“フランス映画”」と語っています。この言葉にあるように本作には、異なる編集者が手掛けた想い出の記事が紡がれていく“アンソロジー”、ウェスがオマージュを捧げた敬愛する有名週刊誌 “「ザ・ニューヨーカー」”、劇中の舞台でもある“フランス映画”の要素が詰めこまれています。


3つのキーワードの中で、最後の「フランス映画」が最もわたしのハートにヒットしました。久々にフランス映画らしい作品が観たくなったのです。でも、この映画はアメリカ映画なのですよね。画面は絵画のように美しいのですが、ストーリーもゴチャゴチャしてわかりにくく、シナリオに難があると思いました。あと、演出がトゥー・マッチです。原題の“The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun”というクソ長いタイトル(また、邦題を直訳にしなくてもいいのに!)からもわかるように、監督の思い入れが強すぎます。これでは、わたしのように観客は引いてしまうでしょう。


こういった映画は一般に単館系作品とされます。東京なら、シネスイッチ銀座とか角川シネマとかヒューマントラスト有楽町とかTOHOシネマズシャンテなどで上映されるような通好みの映画ですね。「グランド・ブタペスト・ホテル」はシャンテで上映されました。しかし、本作はシネプレックス小倉というユナイテッド系のシネコンで上映されたのです。わたしは「こういう映画がシネコンにかかったときは観なければ」と思っていますので、予告編には「?」と思いながらも、エールを送る意味で観ました。


この映画の時代背景は、1975年。アメリカ中西部の架空の新聞「ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン」は、世界中のジャーナリストがオリジナリティあふれる記事を寄稿する、1925年創刊の「ザ・フレンチ・ディスパッチ」という架空の別冊雑誌を持っています。同誌は、フランスの架空の街アンニュイ=シュール=ブラゼに編集部があり、世界50か国で50万人の読者を抱えています。創刊者で編集長のアーサー・ハウイッツァー・ジュニアが急死したことで、彼の遺言どおりに雑誌を廃刊することが決定。前払いした定期購読者には、残金の払い戻しも行われます。現在編集中の雑誌は最終号となりましたが、編集長への追悼を込め、1つのレポートと3つの物語が掲載されることになりました。それぞれの記事内容と共に、編集長が存命だった時の編集部の様子を加え、大きく4つのエピソードに分けてオムニバス的に、コミカルかつシュールに描かれます。


「自転車レポート」では、エルブサン・サゼラック記者により、編集部があるアンニュイ=シュール=ブラゼの街を紹介するエピソードです。なんということのない、まったく印象に残らないレポートでした。


最初の物語である「確固たる(コンクリートの)名作」は、美術批評家J.K.L.ベレンセンによる芸術紹介です。殺人で服役している天才画家と、その価値を見出した画商、そして絵画のモデルとなっている看守のエピソードです。看守の女性役はブログ「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」で紹介した映画でボンドガールを演じたレア・セドゥですが、美人なのに無表情なのが残念!


第二の物語である「宣言書の改定」は、ルシンダ・クレメンツ記者による学生運動の記録です。学生運動のリーダーと、それに恋する会計係の学生らによる数奇なエピソードですが、フランス映画っぽくはあるけれども、会話がくどくて辟易しました。つまらなかったです。


第三の物語である「警察署長の食事室」は、これが物語としては一番ましというか、まあまあ面白かったです。祖国を追われたローバック・ライト記者によるエピソードで、美食家の警察署長と、お抱えシェフを中心に、男児の誘拐事件が語られます。隋所にアニメーションが挿入されるのですが、これはなかなか良かったです。フランスを代表する名作アニメの「タンタン」シリーズみたいでした。


とにかく、4つのエピソードにまったく関連性がなく、結果として全体をわかりにくくしています。3つのキーワードのうち、最初の「アンソロジー」は成功したとは言えないと思いました。映画の最後では、編集長の遺体が安置された編集長室で追悼記事が書かれ、編集部は解散します。同誌に書かれた最後の記事は、編集長の訃報記事でした。最後が「死」のエピソードで終わるところだけは、とても共感が持てました。ちなみに、この架空の雑誌および編集者の設定ですが、実在する雑誌「ザ・ニューヨーカー」からインスパイアされているそうです。

 

2022年2月5日 一条真也