節分

一条真也です。
2月3日になりました。節分です。ブログ「節分・合同厄除祈願祭」で紹介したように、昨年は、コロナ禍の中にあっても、松柏園ホテルの顕斎殿で神事を行いました。

f:id:shins2m:20210202175424j:plain昨年の節分祭のようす

 

わが社は儀式を重んじる「礼の社」ですので、年中行事は必ず行います。もちろん、昨年もソーシャルディスタンスに最大限の配慮をしました。しかし、あまりの感染拡大ゆえに今年は中止しました。まことに残念です。その代わり、今夜は松柏園ホテル特製の恵方巻を食べました。社長のわたしが言うのも手前味噌ですが、松柏園の恵方巻は非常に美味しいです。家族で大口を開けて食べました。

f:id:shins2m:20220203175457j:plain松柏園ホテル特製の恵方巻

 

昨年の節分祭で、わたしは「節分は鬼を払う行事です。現在、『鬼滅の刃』が社会現象と呼べる大ブームを起こしていますが、疫病と鬼は古くからの深いつながりがあり、『鬼滅の刃』もまた鬼=疫病とする描写が多く見られます。夏に高温多湿となり、冬に低温低湿になる日本ではしばしば疫病が流行しました。このため日本の伝統行事には、疫病を祓うためのものが多いですが、最も有名なものが2月の節分の豆まきです」と挨拶しました。

 

 

疫病は鬼がもたらすものと考えられ、節分=『季節を分ける日』、つまり季節の変わり目に鬼を祓って健康を祈願しました。この節分の豆まきは宮中行事追儺式が起源とされますが、大きな流行をもたらす疫病の多くは外国からもたらされた疫病でした。このことから「鬼は外」は外国からもたらされた疫病を国外へと追い出すことを表しているとする説もあるそうです。緊急事態宣言まで出ているコロナ禍の中にある今こそ、コロナ終息の願いを叶えるために節分祭を執り行うことには大きな意味があるのです。しかし、今年は鬼に負けて節分祭を開催できませんでした。返す返すも残念です。

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節分こそは、鬼滅の祭り!

 

鬼滅の刃」といえば、大正時代を舞台に主人公が鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために戦う姿を描く和風剣戟奇譚ですが、「日本一慈しい鬼退治」とのキャッチコピーがついており、さまざまなケアの姿も見られます。鬼も哀しい存在なわけです。わたしは子どもの頃から新美南吉の『ごんぎつね』が愛読書です。狐にまつわる童話ですが、鶴にまつわる『つるのおんがえし』、鬼にまつわる『泣いた赤鬼』などの日本の童話も好きでした。それぞれ、最後には狐や鶴や鬼が死ぬ物語で、残された者の悲しみが描かれています。

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鬼もつらいよ!

 

節分といえば、いろいろと思い出があります。2人の娘たちが小さかった頃はよく鬼の仮面をかぶったものです。「鬼は外」と豆を投げつけられるのは、なんとなく切ないですね。なぜなら、鬼を忌むべき存在として決めつけているからです。そこには「排除」の構図があるからです。かつて、わたしは「鬼は外 豆を投げれど 赤鬼の泣いた顔見て 鬼も内へと」という歌を詠みました。そもそも、「鬼」とは何でしょうか? 雷神、酒呑童子茨木童子、節分の鬼、ナマハゲなどが思い浮かびますが、古くは『日本書紀』や『風土記』にも鬼は登場しました。鬼は古くから日本人の「こころ」に棲みついています。

 

鬼と日本人 (角川ソフィア文庫)

鬼と日本人 (角川ソフィア文庫)

 

 

ブログ『鬼と日本人』で紹介した本で、民俗学者小松和彦氏は「鬼とはなにか」というテーマを取り上げ、「なによりもまず怖ろしいものの象徴」として、「鬼は長い歴史をもっている。鬼という語は、早くも古代の『日本書紀』や『風土記』などに登場し、中世、近世と生き続け、さらには現代人の生活のなかにもしきりに登場してくる。ということは、長い歴史をくぐり抜けて来る過程で、その言葉の意味や姿かたちも変化し多様化した、ということを想定しなければならない。じっさい、その歴史を眺め渡してみると、姿かたちもかなり変化している。鎌倉時代の鬼の画像をみると、角がない鬼もいれば、牛や馬のかたちをした鬼もいるし、見ただけではとうてい鬼と判定できない異形の鬼もいることがわかる。それがだんだんと画一化され、江戸時代になってようやく、角をもち虎の皮のふんどしをつけた姿が、鬼の典型となったのであった。しかしながら、怪力・無慈悲・残虐という属性はほとんど変化していない。鬼は、なによりもまず怖ろしいものの象徴なのである」と述べています。

 

鬼にちなんだ歌といえば、ブログ「虹鬼伝説」で紹介した「バク転神道ソングライター」こと鎌田東二氏の名曲「虹鬼伝説」を思い出します。この曲について、鎌田氏は「子どものころしばしば鬼を見た。天河大弁財天社には2月2日の夜に祖霊でマレビトである『鬼』を迎える『鬼の宿』という神事がある。鬼とはいったい何か。わたしは今も鬼に魅せられ続けている。『虹の祭り』のイメージソングとして生まれた」とコメントされています。わたしは、この「虹鬼伝説」という歌が大好きです。これほど「平和」や「平等」を発信したメッセージソングはないと思います。

 

 

2022年2月3日 一条真也