「そして、バトンは渡された」 

一条真也です。
31日の日曜日、日本映画「そして、バトンは渡された」を観ました。 ブログ「老後の資金がありません!」で紹介した前日に観た映画と同じ前田哲監督の作品です。前作は葬儀をコメディタッチで扱っていましたが、今作は結婚式の存在意義を浮き彫りにしています。葬儀がグリーフケアの機能を果たすのは当然ですが、この映画はグリーフケアとしての結婚式を見事に描いています。もう何度もわたしの涙腺は崩壊し、腰が抜けるほど感動しました。


ヤフー映画の「解説」には、「第16回本屋大賞で大賞を受賞した、瀬尾まいこの小説を原作にしたドラマ。血のつながらない親のもとで育った女性と、まな娘を残して失踪した女性の運命が意外な形で交錯していく。『老後の資金がありません!』などの前田哲がメガホンを取り、『いぬやしき』などの橋本裕志が脚本を担当。『君は月夜に光り輝く』などの永野芽郁、『mellow メロウ』などの田中圭、『忍びの国』などの石原さとみをはじめ、岡田健史、大森南朋市村正親らが出演している」と書かれています。

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「血のつながらない親たちをたらい回しにさせられ、名字を4回も変えた森宮優子(永野芽郁)。いまは義父・森宮さん(田中圭)と二人暮らしをする彼女は、不安ばかりな将来のこと、うまくいかない恋や友人たちとの関係に悩みながら、卒業式で弾く『旅立ちの日に』のピアノの特訓に打ち込んでいた。やがて彼女の人生と運命は、かつて深い愛情を注いでいた娘みぃたんを残して姿を消した女性・梨花石原さとみ)と不思議な形でつながる」

 

 

この映画の原作は、ブログ『そして、バトンは渡された』で紹介した瀬尾まいこ氏の小説です。「令和最大のベストセラー」だそうですが、わたしにとっては「平成最後に読んだ小説」でもあります。実父母が1人ずつ、義理父が2人、義理母が1人いる優子という女性の物語ですが、どの親もみんな良い人ばかりで、優子の幸福を第一に考えてくれます。途中、高校で主人公が同級生からいじめに遭う場面も出てきますが、基本的にこの物語に悪人は登場しません。全員が善人と言えます。正直、あまりにも能天気というか、「人生はこんなに甘くないよ」と思った読者は多いと思います。ただ、この物語をファンタジーというか、一種の「おとぎ話」として読めば、やはり心温まる傑作であると思います。「どんな大変な境遇にあっても淡々と生きていくしかない」「そうすればいつか良いこともある」という大切なメッセージが込められています。


映画版は、原作のエピソードを過去と現在の2つに分けて同時進行させ、途中で両エピソードを合体させるというスタイルでした。最初、原作を読んでいるわたしは「余計な小細工をせずに、小説版のように時系列で流せばいいのに」と思いましたが、過去と現在が合体する場面があまりにも見事で、「うまいなあ!」と感心しました。俳優陣もみんな素晴らしく、主演の永野芽郁も、義母役の石原さとみも、実父役の大森南朗も、義父役の市村正親も、田中圭も、みんな良かったです。特に高齢の富豪を演じた市村正親がすごく哀愁があって、カッコ良かったです。わたしも、彼のような老人になりたいと思いました。


しかし、市村正親が演じる泉ヶ原は、若い後妻の梨花石原さとみ)に去られれてしまいます。その場面を観て、実際の市村正親が妻であった篠原涼子と離婚したことが思い出され、「切ないなあ」と思いました。その篠原涼子ですが、この映画が上映される前に「ウェディング・ハイ」という新作映画の予告編に登場していました。2022年3月12日(土)の大安吉日に公開予定の作品ですが、結婚式という人生最良の日に起こる前代未聞のハプニングが描かれており、クセ者ぞろいのウェディング・パーティーの物語です。篠原涼子は主演で、絶対に「NO」と言わない敏腕ウェディング・プランナーを演じるようですね。


「そして、バトンは渡された」に話を戻します。主人公の優子は、幼い頃、泣き虫でした。みぃみぃ泣くから「みぃたん」と呼ばれるほどでしたが、その「みぃたん」を演じた子役の女の子が上手くて驚きました。なんと、自由自在に涙を流し、泣くことができるのです。彼女の将来を想像すると末恐ろしい感じもしますが、稲垣来泉ちゃんという名前だそうです。2011年1月5日生まれ。キッズファッション雑誌のモデルとして活躍するほか、NHK連続テレビ小説とと姉ちゃん」(2016年)をはじめ、「アンナチュラル」「この世界の片隅に」(2018年)など子役としてTVドラマを中心に出演。さらに、ブログ「人間失格 太宰治と3人の女たち」で紹介した2019年の映画、 ブログ「糸」で紹介した2020年の映画にも出演していたというから、大したものですね!


永野芽郁演じる優子と、岡田健史演じる早瀬の物語も良かったです。高校の同級生である彼らはピアノを通して知り合い、交流し、しばしの別れを経て、また再会し、恋愛し、結婚します。そもそも縁があって結婚するわけですが、まさに、縁は異なものです。「浜の真砂」という言葉があるように、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性のなかからたった1人と結ばれるとは、何たる縁でしょうか! 岡田健史という俳優は初めて知ったのですが、演技がしっかりしていました。思い出せば、 ブログ「望み」で紹介した映画に出演していた青年ですね。1999年福岡県出身ですが、「望み」をはじめ、「弥生、三月 ―君を愛した30年―」「ドクター・デスの遺産 ―BLACK FILE」「新解釈・三國志」(いずれも2020年)などに出演し、第44回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。今後の日本映画界を背負う人材の1人ですね。

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さて、この映画には高校の卒業式のシーンが登場します。じつは、このシーンは物語全体の中で非常に重要でしたが、後輩たちにバトンを渡すという意味でも卒業式はシンボル的な儀式です。卒業式というものは、本当に深い感動を与えてくれます。それは、人間の「たましい」に関わっている営みだからだと思います。わたしは、この世のあらゆるセレモニーとはすべて卒業式ではないかと思っています。七五三は乳児や幼児からの卒業式であり、成人式は子どもからの卒業式。そう、通過儀礼の「通過」とは「卒業」のことなのです。結婚式も、やはり卒業式だと思います。なぜ、昔から新婦の父親は結婚式で涙を流すのか。それは、結婚式とは卒業式であり、校長である父が家庭という学校から卒業してゆく娘を愛しく思うからです。そして、葬儀こそは「人生の卒業式」です。最期のセレモニーを卒業式ととらえる考え方が広まり、いつか「死」が不幸でなくなる日が来ることを心から願っています。


さらに、「そして、バトンは渡された」の見どころは、永野芽郁演じる優子と、田中圭演じる森宮の親子愛です。彼らは強い絆で結ばれています。よく「縁」と「絆」を混同する人がいますが、わたしは「縁」とは先天的なもの、「絆」とは後天的なものと考えています。また、「きずな」には「きず」という言葉が入っているように、同じ傷を共有する者ほど強い絆が持てます。たとえば、戦友や被災者同士などです。優子と森宮にも、愛する梨花に去られてしまったという傷を共有しています。森宮親子の血はつながっていなくとも心がつながっている姿を見ると、わたしは、それほどの「絆」を持てる関係になれるというのも「縁」の1つではないかと思いました。いま、「無縁社会」などと呼ばれています。わたしは冠婚葬祭会社を経営していますが、「縁こそは冠婚葬祭業界のインフラである」と、ことあるごとに言っています。


この世にあるすべての物事や現象は、みなそれぞれ孤立したり、単独ではありません。他と無関係では何も存在できないのです。すべてはバラバラであるのではなく、緻密な関わり合いをしています。この緻密な関わり合いを「縁」と呼びます。そして、縁ある者の集まりを「社会」と呼びます。ですから、「無縁社会」という言葉は本来おかしいのであり、明らかな表現矛盾なのです。「社会」とは最初から「有縁社会」なのです。そして、この世に張り巡らされている縁は目に見えませんが、それを可視化するものこそ冠婚葬祭ではないでしょうか。結婚式や葬儀には、その人と縁のある人々が集まって、目に見えるからです。映画「そして、バトンは渡された」には素晴らしい結婚式のシーンがありました。1人の実父と2人の義父に見守られながら、愛する人と結ばれる優子は最高に輝いており、わたしはハンカチを大いに濡らしました。


結婚式のシーンは淡々と描かれますが、とても感動的です。優子は3人いる父の1人と一緒にバージンロードを歩きますが、「笑顔で歩いてくださいね」という式場のスタッフの合図とともに、目の前のチャペルの大きな扉が一気に開かれます。 優子は光が差し込む道の向こうに生涯の伴侶となる人が立つ姿を見ます。そして、「本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる時じゃない。自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。あの日決めた覚悟が、ここへ連れてきてくれた」と思うのでした。心に沁みる結婚式の描写に、わたしの涙は止まりませんでした。ブライダルの仕事に携わっていることに誇りを感じました。コロナ禍で疲労し切ったブライダル業界ですが、この映画を観れば、「この世界に結婚式は必要だ!」と痛感することでしょう。この映画は、ブライダル業界に向けたエールのように感じました。ザッツ・ハートフル・シネマ! 
それにしても、「老後の資金がありません!」と「そして、バトンは渡された」という素晴らしい2本の冠婚葬祭映画を同時公開するなんて、前田哲、すごい! 

 

2021年10月31日 一条真也