「レミニセンス」 

一条真也です。
シネプレックス小倉でSF映画「レミニセンス」を観ました。世界観の説明不足はあるものの、なかなか面白かったです。でも、謳い文句の「SFサスペンス」というより「ラブロマンス」の要素を強く感じました。いつものように、グリーフケアの要素もしっかり見つけました。最近はどんな映画を観ても、すべてグリーフケア映画です。


ヤフー映画の「解説」には、「『グレイテスト・ショーマン』などのヒュー・ジャックマン主演のSFサスペンス。世界中が海に水没した近未来を舞台に、他者の記憶に潜入したエージェントが凶悪事件の鍵を握る女性の行方を追う。監督はドラマ「ウエストワールド」シリーズなどに携ったリサ・ジョイ。『ドクター・スリープ』などのレベッカ・ファーガソン、『リトリート・アイランド』などのタンディ・ニュートン、『クリミナル・アフェア 魔警』などのダニエル・ウーらが出演する」と書かれています。

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「世界中が海に沈んでしまった近未来。他人の記憶に潜入する能力を持ったエージェントのニック(ヒュー・ジャックマン)のもとに、検察からある仕事が舞い込む。それは瀕死の状態で発見されたギャングの男性の記憶に潜入し、謎の多い新興ギャング組織の正体と目的を探るというものだった。男の記憶に登場する女性メイが、鍵になる人物だとにらむニック。彼女を追ってさまざまな人の記憶に潜入していくが、その裏では巨大な陰謀がうごめいていた」


この映画、公開直前のレビューはなんと1点という超低評価のみでした。一瞬だけ、鑑賞するのをためらいました。しかし、SF映画の最新作は必ず観ることにしていることと(ホラー映画もそうですが)、主演がヒュー・ジャックマンレベッカ・ファーガソンの2人なので、観ることにしました。わたしは、この2人のファンなのです。結果は、まずまずの面白さでした。やはり、ネットの評価に過度に影響されてはいけませんね。ファム・ファタール(運命の女)というべき女性と会って一目惚れし、恋に落ちた男性が、自分の前から忽然と姿を消した彼女を探す物語でした。その探す方法とは、他人の記憶を辿ってゆくのです。最後に彼が知った真実は、悲しく切ないものでした。


ヒュー・ジャックマンレベッカ・ファーガソンといえば、ブログ「グレイテスト・ショーマン」で紹介したミュージカル映画の名コンビ。わたしの大好きな作品で、19世紀に活躍した伝説の興行師P・T・バーナムの物語です。ヒュー・ジャックマンがバーナムを、レベッカ・ファーガソンが奇跡の声を持つオペラ歌手ジェニー・リンドを演じました。この映画には、かつて「フリークス」と呼ばれた圧倒的な社会的弱者が大量に登場します。人種、性別、体型、その他もろもろの差異をすべて取っ払って、あらゆる人々がサーカスの舞台に上がる光景はまさに「人類の祝祭」でした。今年は新型コロナウイルスパンデミックの中で「TOKYO2020」が強行開催されましたが、東京オリンピックの開会式と閉会式があまりにも陳腐だったのに比べて、東京パラリンピックのそれは素晴らしいものでした。パラの開会式を観ながら「グレイテスト・ショーマン」を連想したのは、わたしだけではないはず。


さて、「レミニセンス」の予告編を観たとき、主人公が記憶潜入の専門家ということもあって、わたしはブログ「インセプション」で紹介した2010年の映画を連想しました。クリストファー・ノーランが監督し、レオナルド・ディカプリオが主演したSF大作です。ディカプリオが演じる産業スパイのコブが、他人の夢の中に侵入してアイデアを盗み、密かに別の考えをインセプション(移植)するという物語でした。「レミニセンス」も最初はそんな話かと思ってのですが、実際はかなり違いました。クリストファー・ノーランは、現在、作家主義と大作主義の両立に最も成功している1人と評されていますが、彼にはジョナサン・ノーランという弟がいます。本作「レミニセンス」の製作者が、このジョナサン・ノーランです。



「レミニセンス」の冒頭には、「時間は逆行する」というナレーションが入ります。予告にはタイム・ループが連続して起きるシーンなども登場し、やはりクリストファー・ノーランが監督したブログ「テネット」で紹介した映画も連想させました。この作品は、主人公が、人類の常識である時間のルールから脱出し、第3次世界大戦を止めるべく奮闘する物語です。ウクライナでテロ事件が勃発。出動した特殊部隊員の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、捕らえられて毒を飲まされます。しかし、毒はなぜか鎮静剤にすり替えられていました。その後、未来から「時間の逆行」と呼ばれる装置でやって来た敵と戦うミッションと、未来を変えるという謎のキーワード「TENET(テネット)」を与えられた彼は、第3次世界大戦開戦の阻止に立ち上がるのでした。わたしは、時間SFの最高傑作であると思っています。


「レミニセンス」の主人公ニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は、記憶潜入(実際は記憶没入)装置で客の記憶を映像化し、最高の過去へと導く仕事をしています。バクスターへの最も多い依頼は、「今は亡き愛する人に再会する」ことです。そう、レミニセンスの記憶潜入装置とは究極のグリーフケア装置なのです。わたしは幸いにも両親も健在ですし、おかげさまで家族も元気です。どうしても再会したい故人はいませんが、2010年に死亡した愛犬ハリーのことは今でも胸から離れず、いつか再会したいと願っています。バニスターは戦友のハンク(ハビエル・モリーナ)をいつも「ハンクが愛犬アンジーに会える記憶」へと導くのですが、このシーンを観て、自分が本当にハリーと会えたような気になって泣けてきました。


この映画に登場する記憶潜入装置は、液体の入った水槽の中に人間が半裸で横たわるスタイルです。アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)で研究していたジョン・C・リリー博士が、1954年に感覚遮断の研究のために考案した「アイソレーションタンク」のようなスタイルで、レトロ感がありました。アイソレーションタンクとは、感覚の遮断や分離によって、深い瞑想状態に入るための装置です。光や音が遮られた空間で、皮膚の温度に保たれた高濃度のエプソムソルトの塩水に浮かぶことで、無重力に近い状態で浮遊できます。リラックスを目的として、また心理療法代替医療として使われています。1990年代以降はヨーロッパを中心に「フローティング・タンク」と呼ばれることが多いですが、「遮断タンク」「瞑想タンク」「サマディ・タンク」とも呼ばれます。


1980年には、リリー博士をモデルとした映画「アルタード・ステーツ」が公開。イギリス映画界の異端児であるケン・ラッセル監督が、アメリカ製作で撮った異色のSFホラーです。生命の根源を探ることにとりつかれた精神心理学者が、ドラッグを使うなどしてさまざまな幻覚を体験します。彼は、記憶から意識の頂点へ遡れるという自説を証明するため、自らの肉体と精神を実験に捧げます。メキシコ・インディアンから手に入れた強力な幻覚症状を引き起こす秘薬も使って実験は続きます。彼の探究心はとどまることを知らず、幻覚は、やがて現実の肉体の逆進化を促進し、彼の肉体は類人猿に退化していくのでした。SFXを駆使した幻覚映像のインパクトも強く、「禁断のドラッグ・トリップ・ムービー」として話題になりました。


映画「アルタード・ステーツ」を機に、80年代にはアイソレーションタンクが一般にも流行しました。スポーツ選手のイメージトレーニングや単に学習のためにも用いられるようになりました。近年再び注目が集まり、タンクを所有する施設が増加しています。東京にもアイソレーションタンク体験ができるリラクゼーション施設が複数あります。映画「レミニセンス」に登場する記憶潜入マシンは、明らかにアイソレーションタンクがモデルだと思います。すなわち、頭部にヘッドギアを装着した客をアイソレーションタンクに入れ、その場を支配するバニスターが「彼女に会った時に戻って」とか「その火傷を負った時に戻って」などとアナウンスして、客の記憶を引き出します。そして、その記憶をホログラフィー映像として可視化するのです。

 

 

「レミニセンス」には、「時間は一方通行ではない」という言葉が登場します。客の脳にバニスターが具体的な指示を与えれば、その客が経験している時間ならば、いつにでも遡れます。わたしは、コリン・ウイルソンが著書『時間の発見――その本質と大脳タイム・マシン』で提唱した右脳開発によるタイム・トラベルを連想しました。同書では、H・G・ウェルズの古典SFである『タイム・マシン』のように、現在から過去や未来へ現実的に旅することは不可能であることが論じられます。そのような時間旅行は現実には不可能なのですが、心の中では可能です。心は脳に宿り、特に右脳は時間によって支配されません。脳の左半分は論理・理性・科学と関係し、右半分は直観・感性・芸術と関係するとされます。左の脳は時間感覚を持っていますが、右脳はそれを持っていません。この右脳を使えば、わたしたちは過去と未来のどこへでも「旅」することができ、それこそが真の「タイム・マシン」であるというのがコリン・ウイルソンの考えです。


このように、「レミニセンス」における記憶潜入装置とは、アイソレーションタンクと大脳タイムマシンのコラボであり、ジョン・C・リリーとコリン・ウイルソンという80年代のオカルト界における2人のスーパースターのアイデアを合体させたものに思えました。映画の原題である「Reminisecence」は心理学の概念で、「一定時間経った記憶の方が直前の記憶より想起できる」ということです。「追憶、回想」といった意味です。ヒュー・ジャックマンが演じる主人公ニック・バニスターが一人語りする「過去は人に取り付くと言われている」「過去は純粋、時間はネックレスのビーズだ」という言葉とともに、物語が始まります。


映画「レミニセンス」は、その世界観が非常にわかりにくいです。SFという現実とかけ離れた非日常の物語ほど、映画の序盤で世界観を説明することが不可欠なわけですが、この映画にはそれが不足していました。この物語では、過去に大きな戦争があり、その結果特殊な格差社会が生まれています。地球温暖化によって水没しそうな街には貧困層が住み、富裕層は津波の防波堤のような高い壁を作って、「ドライ・ランド」と呼ばれる地面に住んでいます。そんな世界で五感を含めた記憶潜入を行うレミニセンス業者の物語であることを最初に説明しないと、訳がわからなくなります。説明する方法としてはセリフと映像がありますが、「インセプション」「テネット」のクリストファー・ノーラン監督がセリフと映像を組み合わせて見事に説明しているのに比べ、「レミニセンス」のリサ・ジョイ監督は明らかに力量不足でした。せっかくノーランの弟が製作を手掛けていたというのに、まことに残念でした。


アイソレーションタンクとか、大脳タイムマシンとか、いろいろと記憶潜入装置のアイデアの元となるSF的エピソードを紹介しましたが、じつはこの「レミニセンス」という映画、あまりSFっぽくありません。失踪した女性の行方を追う男が、他者の記憶の中からその行方を探すサスペンス映画であり、ラブロマンスの香りが強いです。バニスターが一瞬で恋に落ちた女性メイ(レベッカ・ファーガソン)と「最高の時間」を共有したにも関わらず、彼女は彼の前から姿を消してしまいます。メイとの最高の時間の中で語られた「幸せの絶頂で話を止めるオルフェウスの物語」のごとく、バニスターは自分の最高の記憶を永遠に反芻するのでした。美しくも、切ない話です。


すなわち、この映画において、記憶潜入装置というSF的設定はラブ・ロマンスの添え物でしかないのです。いい歳をして自分の元から去った女を追いかけるバニスターの姿は哀れでもあり滑稽でもありますが、わたしもファム・ファタールに会ったなら、同じことをしたかもしれないと思います。SFといえば、「レミニセンス」の上映前に待望のSF超大作「DUNE/デューン 砂の惑星」の予告編が流れました。10月15日(金)からの公開ということで、楽しみです。「レミニセンス」では中途半端だったSF的快感とセンス・オブ・ワンダーを大いに満喫したいと思います!

 

2021年9月19日 一条真也