f:id:shins2m:20210521205857j:plain

 

一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「孝」です。

 

 

兄弟が一緒に働くような会社を「同族企業」といいます。世界中で、ほとんどの企業が同族企業であることはよく知られています。じつは、ドラッカーは「同族企業のバイブル」と呼ばれる本を書いています。1995年に日米で同時発売された『未来への決断』上田惇生+佐々木実智男+林正+田代正美訳(ダイヤモンド社)です。

同族経営は、いわゆる中小企業に限定されません。デュポンのような世界最大級の企業もあります。1802年の創業以来、同社は1970年代半ばまでの170年間、同族所有、同族経営のもとに世界最大級の化学会社へと成長しました。200年前、主要国の首都に息子たちを配した無名の両替商ロスチャイルド家が所有する金融機関は、今日も依然として世界有数の大銀行です。


もちろん、同族企業と他の企業の間に、研究開発、マーケティング、会計などの仕事で違いがあるわけではありません。しかし経営陣に関しては、同族企業にはいくつかの守るべき重要な留意事項があると、ドラッカーは述べています。それらを守ることなくしては、繁栄するどころか生き残ることもできないというのです。

 

第1に、同族企業は、一族以外の者と比べて同等の能力を持ち、少なくとも同等以上に勤勉に働く者でないかぎり、一族の者を働かせてはならない。第2に、一族の者が何人いようと、また彼らがいかに有能であろうと、トップマネジメントのポストの一つには必ず一族以外の者を充てなければならない。その好例が、専門的な能力が大きな意味をもつ財務や研究開発担当のトップである。第3に、生産、マーケティング、財務、研究開発、人事に必要な知識や経験はあまりに膨大である。ゆえに同族企業は、重要な地位に一族以外の者を充てることをためらってはならない。この3つの原則を忠実に守っていても、問題は起こります。特にトップの継承をめぐって起こります。一族の事情が企業の事情に反するわけです。したがって第4に、「継承の問題について適切な仲裁人を一族の外に見つけておかなければならない」が加わります。まさに、同族企業の関係者にとっての金言であると言えるでしょう。

 

さて、兄弟の話に戻しますが、兄弟がともに働く同族企業でも経営が順調な会社は多く存在します。その場合、兄のほうが弟を気遣っているケースが多いように思います。儒教における兄弟愛としての「悌」はとかく兄に対して弟が敬意を抱くことの大切さを謳っているようですが、実際は少し違うのではないでしょうか。

 

 

というのも、『論語』の「子罕」篇には、「後生畏るべし」という有名な言葉が出てくるからです。「後生」というのは「後から生まれた者」という意味です。ちなみに、「先に生まれた者」は先生といいます。「後生」とは若者とか後輩の意味もありますが、その字のとおりに弟や妹の意味もあります。思うに、孔子は兄は弟に、姉は妹に、そして先輩は後輩に敬意を表し、思いやりを忘れないことを説いているのではないでしょうか。なぜならば、そのほうが人間関係がうまく行くからです。

 

弟が兄に、妹が姉に、後輩が先輩に気を遣うのは、いわば当たり前の話です。もともと先に生まれているのですから、知識も経験もかなうはずがありません。最初から年少者は年長者のことを立てざるを得ないのです。しかし、いつもそれでは窮屈で、息がつまります。たまには、上の者が下りてきてフランクにつきあうことが必要です。また、年長者は年少者がいつも気を遣ってくれていることを意識し、そのことに感謝し、思いやりをかけることを忘れてはなりません。それでこそ、本当の意味での兄弟愛は成立するように思います。もともと同じ親から生まれて、同じ環境で育ってきたのですから、兄弟は考え方に共通するものがあります。一緒に力を合わせれば、これほど心強い味方はいません。



兄がトップリーダー、弟がナンバー2という事例で知られるのが豊臣秀吉・秀長兄弟です。秀吉は頭の回転が早く、しかも「はげねずみ」とか「サル」といったあだ名からもわかるように、ちょこまか動き、動きながら考えるタイプで、少しおっちょこちょいのところがあるといった印象を与えます。それに対し弟の秀長は、じっくりタイプで鷹揚に構え、熟考してから動き出すような男でした。秀吉がアクセルを踏んでぐんぐんスピードを出していくタイプだったのに対し、秀長はブレーキ役を務めていたといいます。このアクセルとブレーキの絶妙なコンビネーションによって、豊臣政権という大きな車はうまいぐあいに進んでいたのです。なお、「悌」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2021年8月8日 一条真也