グリーフケアの本

一条真也です。今日で、5月も終わりですね。
時の流れは速いものです。そんな皐月晦日の昼休み、クロワッサンとコーヒーの昼食を取りながらヤフーニュースを見ていたら、TOPニュースに「池田小事件 娘失った母支えた本」という記事タイトルを見つけました。

f:id:shins2m:20210531132414j:plain
ヤフーニュースより

 

クリックすると、「娘を失った母『悲しみに寄り添う場所を』ライブラリー開設・・・池田小殺傷20年」という読売新聞オンラインの記事が出てきました。記事のリード文には、「児童8人の命が奪われた大阪教育大付属池田小(大阪府池田市)の児童殺傷事件から、6月8日で20年となる。事件で娘を失った母親の一人は昨年、グリーフケア(悲しみのケア)のためのライブラリーを東京都内に開いた。「大切な人を亡くすなどした喪失感や悲しみを抱える人たちに寄り添う場所を作りたい」。そんな願いが形になった」という渡辺彩香記者の言葉が書かれていました。

f:id:shins2m:20210531141446j:plain本郷由美子さん(撮影:岩佐譲=読売新聞)

 

2年生だった長女の優希(ゆき)さん(当時7歳)を失った本郷由美子さん(55)。事件当時は大阪府池田市に住み、7年前に東京に転居した。昨年11月、自宅近くの光照院(東京都台東区)の敷地内にライブラリー『ひこばえ』をオープンした。『ひこばえ』は、切り株から出る若い芽を表す。『幹を切られてもやがて新しい芽が出るように、再生への一歩を踏み出してほしい』との願いを込めた。8畳ほどの部屋に約760冊の絵本や児童書、紙芝居などが並ぶ。失意の底にいたとき、前を向くきっかけをくれたのが絵本だった。

 

 

蔵書の『いつでも会える』(菊田まりこ著)もその1つでした。事件直後、本郷さんを気遣う複数の友人らから贈られたそうです。大好きな飼い主のみきちゃんを突然亡くした犬のシロの心の移ろいが淡々と描かれた絵本です。小さく無邪気なシロが大きな悲しみを懸命に乗り越えようとする姿が胸を打つ感動のミリオンセラーです。記事には、「最初は読む気になれなかったが、少しずつページをめくり、自分たちの姿を重ねるうちに、『優希はいつもそばにいてくれる』と感じられるようになったという」と書かれています。本郷さんは、2011年から上智大学グリーフケア研究所が関西で開く養成講座に通われたそうです。そこでグリーフケアについて専門的に学ぶうちに、支える側になりたいという気持ちが強くなったといいます。

 

 

本郷さんが優希を失った「附属池田小事件」は2001年6月8日に起こっていますが、その前年の2000年12月30日には同じく理不尽な殺人事件である「世田谷一家殺害事件」が起こっています。一家4人が殺害されるという悲しい出来事でした。そして、その事件はいまだ解決されていません。「命の尊さを伝えたいという思いとともに、不条理な別れに遭遇した方々の悲しみを、この絵本が少しでもいやすことができるなら」と、被害者である奥さまのお姉さんにあたる作者の入江杏さんは絵本『ずっと つながっているよ――こぐまのミシュカのおはなし』(くもん出版)を書かれました。悲しみからの再生の書である同書は、「目にはもう見えないけれど、でも思いはずっとずっとつながっているよと呼びかける」やさしく、美しい鎮魂歌です。入江さんは上智大学グリーフケア研究所非常勤講師でもあります。

 

 

『いつでも会える』『ずっと つながっているよ――こぐまのミシュカのおはなし』をはじめ、グリーフケアの力となる絵本は多いです。ブログ『人生の一冊の絵本』で紹介したノンフィクション作家の柳田邦男氏の著書には約150冊の絵本が紹介されています。帯の裏には、「絵本は文章の理解力がまだ発達していない幼い子どものために絵でコトバを補っている本だと思いこんでいる人が多い。だが、違う。絵本は、子どもが読んで理解できるだけでなく、大人が自らの人生経験やこころにかかえている問題を重ねてじっくりと読むと、小説などとは違う独特の深い味わいがあることがわかってくる」という著者の言葉が掲載されています。

 

 

同書で、柳田氏は『おじいちゃんの ゆめの しま』ベンジー・デイヴィス作(評論社)を紹介し、「子どもが旅立ったおじいちゃんの“向こうの世界”にまで行って、どのような日常なのかを見届け、励ましの言葉をもらって帰ることで、大好きな人はこころのなかでいつも一緒なのだという安心感を得ている。子どもならではの想像力の豊かさを、グリーフワークに生かしていると言えるだろう」と述べています。続けて、「しかし、よく考えてみれば、大人でもそうした想像力を活性化することで、魂レベルでの《あの人は今も私のこころのなかで生きている》という思いを強く抱けるようになるのではなかろうか。そうした想像力を持つことは、精神的いのちの永遠性への気づきをもたらすものであって、グリーフワークの神髄と言えよう」とも述べます。

f:id:shins2m:20210531143356j:plain死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)

 

柳田氏は、「グリーフケアあるいはグリーフワークという用語が、この国においてもかなり一般的に使われるようになってきた。大切な人、愛する人を喪った悲しみを癒し、生きる力を取り戻すのを支えるのがグリーフケアであり、自分自身で再生への道を歩むのがグリーフワークだ。ここで言うグリーフ(grief)とは、生きているのがつらいと思うほどの喪失や挫折によってもたらされる深い悲嘆のことだ」として、「最近は、ファンタジーの物語によって、そうした課題に応える絵本が創作される時代になっているのだ」とも述べていますが、まったく同感です。拙著『死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)でも、ファンタジーの本をたくさん紹介しましたし、上智大学グリーフケア研究所客員教授としての講義では「グリーフケアと読書」として、それらの本について語りました。

f:id:shins2m:20181127092534j:plain朝日新聞」2018年11月27日朝刊

 

朝日新聞」2018年11月27日朝刊の記事にも書かれていますが、わたしは、幼い頃から死について強い関心を抱いていました。グリーフケアについては、「死別の悲嘆を癒やす」ことに加え、「自らの死の不安を軽減する」ことも大きなテーマになると考えています。その上で、同様の悲嘆や不安を自分以外の多くの人が抱えていることを知り、それを乗り越えて生きる力を得るために「『物語』が最も効果があるのではないか」と述べ、生と死を題材にした本などを紹介しました。なお、わが社のグリーフケア・サロンである「ムーンギャラリー」では、絵本や童話をはじめ、『死を乗り越える読書ガイド』で紹介した本を中心としたグリーフケアの本のライブラリーを常設しています。ここでは、いろんな本が閲覧できますし、購入もできます。さらには、無料のブックレットもたくさん用意しています。どなたでも、お気軽にお立ち寄り下さい。

f:id:shins2m:20210531143939j:plainムーンギャラリー の外観

f:id:shins2m:20210531143959j:plain
グリーフケア関連書コーナー

f:id:shins2m:20210531144014j:plainグリーフケア絵本コーナー

f:id:shins2m:20210531144030j:plain一条本グリーフケア)コーナー

f:id:shins2m:20210531144043j:plain一条本(社会と儀式)コーナー

f:id:shins2m:20210531144054j:plain無料ブックレット・コーナー

 

2021年5月31日 一条真也