日本人の心の三本柱

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一条真也です。
わたしは、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は、「日本人の心の三本柱」という言葉を取り上げることにします。


サンデー毎日」2015年11月1日号 

 

わたしは日本人の「こころ」は神道儒教・仏教の3つの宗教によって支えられていると思っています。「礼」は儒教の、「慈」は仏教の、そして「和」は神道の核心をなすコンセプトです。「和」といえば、「和をもって貴しと為す」という聖徳太子の言葉が思い浮かびます。内外の学問に通じていた太子は、仏教興隆に尽力し、多くの寺院を建立します。平安時代以降は仏教保護者としての太子自身が信仰の対象となり、親鸞が「和国の教主」と呼んだことはよく知られます。しかし、太子は単なる仏教保護者ではありませんでした。神道儒教・仏教の三大宗教を平和的に編集し、「和」の国家構想を描きました。


日本三大宗教のご利益』(だいわ文庫)

 

聖徳太子は、宗教における偉大な編集者でした。儒教によって社会制度の調停をはかり、仏教によって人心の内的不安を解消する。すなわち心の部分を仏教が担う、社会の部分を儒教が担う、そして自然と人間の循環調停を神道が担う・・・3つの宗教がそれぞれ平和分担するという「和」の宗教国家構想を説いたのです。

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室町時代神道家の吉田兼倶が、仏教は万法の花実、儒教は万法の枝葉、神道は万法の根本とする「根本枝葉果実説」を唱えましたが、このルーツも聖徳太子にありました。この聖徳太子の宗教における編集作業は日本人の精神的伝統となり、鎌倉時代に起こった武士道、江戸時代の商人思想である石門心学、そして今日にいたるまで日本人の生活習慣に根づいている冠婚葬祭など、さまざまな形で開花していきました。

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冠婚葬祭の中にも神道儒教・仏教が混ざり合っていると言えます。神前結婚式は決して伝統的なものではなく、それどころか、キリスト教式、仏式、人前式などの結婚式のスタイルの中で一番新しいのが神前式なのです。もちろん古くから、日本人は神道の結婚式を行ってきました。でもそれは、家を守る神の前で、新郎と新婦がともに生きることを誓い、その後で神々を家に迎えて、家族、親戚や近隣の住民と一緒にごちそうを食べて二人を祝福するものでした。つまり、昔の結婚式には宗教者が介在しなかったのです。神道キリスト教も関係ない純粋な民間行事であったわけです。しかし、日本における冠婚葬祭の規範であった小笠原流礼法は朱子学すなわち儒学を基本としていました。昔の自宅結婚式の流れは小笠原流が支配していましたから、その意味では日本伝統の結婚式のベースは「礼」の宗教である儒教だったとも言えます。

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結婚式における神前式と同様、多くの日本人は昔から仏式葬儀が行われてきたと思っています。葬儀や法要に仏教が関与するようになったのは仏教伝来以来早い段階から見ることができます。しかし、仏式葬儀の中には儒式葬儀の儀礼が取り込まれています。仏壇も、仏教と儒教のミックスですもし住居にお壇があるな、仏教徒なら、朝の御挨拶は、もちろん御本尊に対して行いますが、その後で、本尊の下段に並んでいる親族の位牌に対して御挨拶をするはずです。これは、仏教と儒教とのミックスです。本尊に対して礼拝するのは仏教です。本尊の下段の位牌に対して礼拝するのは儒教です。そのように仏教と儒教とがミックスされたものが日本の仏壇なのです。

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サンデー毎日」2017年9月17日号

 

 ブッダが開いた仏教、孔子が開いた儒教は、日本人の「こころ」に大きな影響を与えました。加えて、日本古来の信仰にもとづく神道の存在があります。神儒仏が混ざり合っているところが日本人の「こころ」の最大の特徴であると言えるでしょう。その三宗教の聖典が、『古事記』『論語』『般若心経』です。わたしには、それらが日本人の「過去」「現在」「未来」についての書でもあるように思えてなりません。すなわち、

 

古事記 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

  • 作者:倉野 憲司
  • 発売日: 1963/01/16
  • メディア: 文庫
 

 

古事記』とは、わたしたちが、
どこから来たのかを明らかにする書。

 

論語 (岩波文庫)

論語 (岩波文庫)

 

 

論語』とは、わたしたちが、
どのように生きるべきかを説く書。

 

般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

  • 発売日: 1960/07/25
  • メディア: 文庫
 

 

『般若心経』とは、わたしたちが、
死んだらどこへ行くかを示す書。

 

これからも、わたしは『古事記』と『論語』と『般若心経』を何度も読み返して、日本人の「心」について考えたいと思います。なお、拙著『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)では、社会現象にまでなった「鬼滅の刃」という物語には、日本人の心の三本柱としての神道儒教・仏教のメッセージが込めらていることを指摘しました。

f:id:shins2m:20201221125540j:plain「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林) 

 

2021年4月10日 一条真也拝