遺体を前に葬儀をあげられる幸せ

一条真也です。
相変わらずのコロナ禍の中、4月になりましたね。1日、産経新聞社の WEB「ソナエ」に連載している「一条真也の供養論」の第33回目がアップされます。今回のタイトルは、「遺体を前に葬儀をあげられる幸せ」です。

f:id:shins2m:20210330102817j:plain「遺体を前に葬儀をあげられる幸せ」

 

2011年3月11日は、日本人にとって決して忘れることのできない日になりました。三陸沖の海底で起こった巨大な地震は、信じられないほどの高さの大津波を引き起こし、東北から関東にかけての太平洋岸の海沿いの街や村々に壊滅的な被害をもたらしました。2021年3月11日の東日本大震災発生10年を前に、宮城県東松島市で見つかった遺体の身元が、震災で行方不明となっていた61歳の女性と判明しました。

 

警察によれば、2月17日に、東松島市野蒜にある会社の敷地内で、白骨化した遺体を発見。警察が、歯形やDNA鑑定で身元の確認作業を進めたところ、東日本大震災で被災し行方が分からないままになっていた東松島市野蒜の奥山夏子さん(当時61歳)と判明。宮城県警のまとめでは、県内ではいまも1215人の行方が分からないままだといいます。心が痛みます。

 

東日本大震災における遺体確認は困難を極めました。津波によって遺体が流されたことも大きな原因の1つで、同じ震災でも、阪神淡路大震災のときとは事情が違っていました。これまでの日本の災害や人災の歴史を見ても、東日本大震災を「史上最悪の埋葬環境」と言った葬祭業者も多かったです。

 

そんな劣悪な環境の中で、日夜、必死に頑張っておられたのが自衛隊の方々でした。東日本震災において、自衛隊は多くの遺体搬送を担いました。「統合任務部隊」として、最大で200人もの隊員が「おくりびと」となったのです。遺体搬送は、自衛隊災害派遣では初めての任務で、整列、敬礼、6人で棺を運ぶという手順を現場で決められたといいます。

 

本来は人命を守るはずの自衛隊員が遺体の前で整列し、丁寧に敬礼をする姿には多くの人が感銘を受けました。わたしも非常に感動しました。そこには、亡くなった方に敬意を表するという「人間尊重」の姿があったからです。そして、埋葬という行為がいかに「人間の尊厳」に直結しているかを痛感しました。

 

東日本大震災では、これまでの災害にはなかった光景が見られました。それは、遺体が発見されたとき、遺族が一同に「ありがとうございました」と感謝の言葉を述べ、何度も深々と礼をされていたことです。従来の遺体発見時においては、遺族はただ泣き崩れることがほとんどでした。しかし、この東日本大震災は、遺体を見つけてもらうことがどんなに有難いことかを遺族が思い知った初めての天災だったように思えます。遺体を前に葬儀をあげることができるのは、じつは幸せなことなのです。

 

2021年4月1日 一条真也