本の縁、人の縁

一条真也です。
29日は満月で、リニューアル2回目となる「ムーンサルトレター第192信」も無事にUPいたしました。50冊目と51冊目の「一条真也による一条本」を紹介したブログ『満月交感 ムーンサルトレター』をUPしたその日、「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生の編著である最新刊『身心変容技法シリーズ第3巻 身心変容と医療/表現~近代と伝統―先端科学と古代シャーマニズムを結ぶ身体と心の全体性』(日本能率協会マネジメントセンター)がサンレー本社の社長室に届きました。A5ハードカバー、624ページの大冊です。封を切って手に取ってみたら、その重いこと!

f:id:shins2m:20210329130318j:plain『身心変容技法シリーズ』第3巻が届きました

 

同書は、新型コロナウィルスの感染拡大に苦しむ現在、医療や癒し、臨床にかかわるさまざまなヒントを提供する身心変容技法の論考集です。瞑想の科学と、事例研究の両面を臨床的に統合、総合しようという試みであり、生きる力の源泉に触れ、生の指針を得るための学術成果の集大成となっています。身心変容技法研究は、鎌田先生を研究代表者として、「心の荒廃」が社会問題となり、未来のグランドデザインは描けない現代に向けて、2011年にはじめられた科研費による研究である。2011年といえば、1月に『満月交感 ムーンサルトレター』上下巻が水曜社から刊行され、3月11日に東日本大震災が発生した年ですね。福島第一原発事故も発生しましたが、ちなみに『満月交感』の版元である水曜社は,、事故が起きるまで東京電力の広報誌を制作していました。

f:id:shins2m:20210329143122j:plain『身心変容技法シリーズ』第3巻の帯 

 

身心変容技法とは何か?
「身体と心の状態を当事者にとって望ましいと考えられる理想的な状態に切り替え、変容・転換させる知と技法」であり、古来、宗教や芸術、武道、芸能など諸領域で編み出されてきました。研究は、この時代状況から抜け出ていくための宗教的リソースないしワザ(技術と知恵)として、この「身心変容技法」に着目。具体的には、神秘思想における観想、仏教における止観や禅や密教の瞑想、修験道の奥駆けや峰入り、滝行、合気道や気功や太極拳などの各種武道・芸道等々があり、それらさまざまな「身心変容技法」の諸相(特色)と構造(文法)と可能性(応用性)を、文献研究・フィールド研究・実験研究・臨床研究の手法により総合的に解明しています。そして現代を生きる個人が、自分に合ったワザを見出し、活力を掘り起こしながら、リアルな社会的現実を生き抜いていくことに資する研究成果を社会発信することを目的としています。

f:id:shins2m:20210329143008j:plain『身心変容技法シリーズ』第3巻の序章より

 

この「身心変容技法シリーズ」は、それら研究の成果を、専門家、研究者の枠を超えて、より多くの読者に届けるべく、企画されました。「心と身体の変容の伝統、技術、価値を現在の私たちの生き方に生かしていくこと」「身心変容技法というものが、個人の在り方を根本的に変容する可能性を持つもので、新しい生き方を考える現在に必要な学びであること」「現在が、新しい生き方の要請される人類史的な転換点にあることにあり、そのヒントとなること」といった問題意識が、身心変容技法シリーズにまとめられた学問研究には通底しています。第3巻では、新型コロナウィルスの感染拡大で苦しんでいるさなか、医療や癒し、臨床にかかわるさまざまなヒントを提供する論考を集められています。瞑想の科学と、身心変容技法の事例研究の両面を含み、それらを臨床的に統合、総合する試みです。

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『身心変容技法シリーズ』1巻~3巻

 

 「目次」は、以下のようになっています。
序章
「医療と身心変容技法の原点と展開」鎌田東二
第1章 マインドフルネスと統合医療
「マインドフルネスと認知行動療法」熊野宏昭
統合医療の観点からの負の感情の浄化と霊的暴力」
林紀行
「マインドフルネスの彼方へ」井上ウィマラ
第2章 多様な医療における
    身心変容技法
「未来の医療と身心変容」稲葉俊郎
「日本最古の医書『医心方』に見る身心変容」稲葉俊郎
「体育と教育と医療――オリンピックの可能性」稲葉俊郎
「自律性療法(心身医学)と後期シェリングの神話と啓示の哲学」濱田覚
現代日本手技療法――脊椎操法の実証的研究へ向けて」藤守創
東洋医学治療と音――気滞、お血を動かす音」中田英
「峨眉丹道医薬養生学派の気功と武道における身心変容技法研究」張明亮
第3章 心理療法と精神医学
    と神経科
心理療法における暴力の浄化とその危険――ユングの体験から」河合俊雄
音楽療法における身心変容の諸相――医学・トランス・強度」阪上正巳
「『畏敬の念』は攻撃行動を生ずるのか?」野村理朗
神経科学と身心変容――分子・神経回路から世界史まで」松田和郎
分子生物学的視点からみた外的ストレスと恒常性維持」古谷寛治
第4章 音楽・知覚・演技
    と身心変容技法
「声の力と意識変容体験」町田宗鳳
ヒルデガルトの音楽と言葉――声を発し、記す身体」
柿沼敏江
「ディープ・リスニングと身心変容技法
 ――ポーリン・オリヴェロスの体験を通じて」藤枝守
「記憶・知覚・身体への芸術的アプローチ――
 inter-Score/行為を誘発する装置としての記譜」高橋悟
「俳優からパフォーマーへ――
 グロトフスキの〈否定の道〉」松嶋健
「風聞の身体、名もなき実在論
 ――奄美群島宮澤賢治」今福龍太
「〈あわい〉の身心変容技法」安田登
「無心のケアのために――断片ノート」西平直
現象学から創発学へ――一九九〇年以降フランス哲学における『生ける身体living body』の誕生」ベルナール・アンドリュース
第5章 芸能とシャーマニズム
チベットの宗教と身心変容技法の社会性」小西賢吾
「韓国シャーマニズムの『巫病』に見る身心変容」金香淑
「女性の心の病とアンダイ儀礼」アルタンジョラー
「神事芸能と身心変容技法――
 国風の歌舞(春日大社社伝神楽と神楽歌)」木村はるみ
「「癒しのわざ」の現場から――
 治病・除災儀礼からたどる九州の『行者文化』」
加藤之晴
「社会のなかの仏教と仏教身体技法――
 正法理念から見た仏教の倫理と身体」島薗進
「新たな医療の領域と精神文化に根ざしたケア――
 孤立化の時代における地域文化資源」島薗進

f:id:shins2m:20210329142900j:plain「鬼滅の刃」に学ぶ』が引用されていました! 

 

まさに錚々たるメンバーが揃っていますが、鎌田先生のみならず、島薗進、井上ウィマラ、稲葉俊郎といった日頃から親交のある方々も寄稿されており、興味津々です。まずは、鎌田先生が書かれた序章「医療と身心変容技法の原点と展開」を読みましたが、拙著『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)が引用されていて、驚きました。3「日本神道から見た医療と身心変容技法」の「魔縁を退け静める物語/芸能」には以下のように書かれています。

f:id:shins2m:20201221125540j:plain「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林) 

 

一条真也「鬼滅の刃」に学ぶ――なぜ、コロナ禍の中で大ヒットしたのか』(現代書林、2021年1月刊)には、『鬼滅の刃』のルーツが手塚治虫の『バンパイヤ』『どろろ』『ぼくの孫悟空』の三作で、仏教の「怨親平等」思想との関わりや神道五部書の『倭姫命世記』の「元々本々」の思想とのつながりや『南総里見八犬伝』の「八徳」との関係があることなどについて触れられている。そして、〈「鬼滅の刃」現象とは、コロナ禍の中の「祭り」であり、「祈り」だった〉と結論づけられている。確かに、以下のキャッチフレーズを聞くと、コロナ禍の中で希望が湧いてくるようなポジティブな気持ちが増してくるかもしれない。

 

死闘の果てでも、祈りを。
失意の底でも、感謝を。
絶望の淵でも、笑顔を。
憎悪の先にも、慈悲を。
残酷な世界でも、愛情を。
非情な結末にも、救済を。
重ねた罪にも、抱擁を。
これは、日本一慈しい鬼退治。

一条真也「鬼滅の刃」に学ぶ』170-171頁)
※もとは2017年の『少年ジャンプ』の『鬼滅の刃』コミックスの広告ポスターのコピー

 

「祈り・感謝・笑顔・慈悲・愛情・救済・抱擁・慈しさ」、これらは多くの人の望むものであり、すべての項目が身心変容に関わるものでもある。とりわけ、「医療と身心変容技法」をテーマとした本書の観点から興味深いのは、「日の呼吸」や「水の呼吸」など「全集中の呼吸」という呼吸法や「ヒノカミ神楽」などの神楽が描かれている点である。呼吸法や神楽は、仏教や神道の伝統的な身心変容技法で、日本三大祭りとして知られる祇園祭山鉾巡行祇園囃子感染症の除去という役割を課せられてきた。とはいえ、よく考えなければならないのは、そもそも退治されるべき「鬼」と何者かという根本問題である。
(『身心変容技法シリーズ』第3巻024頁)
以上のように拙著が引用されていましたが、引き続き、「世阿弥の思想」として、『風姿花伝』が取り上げられています。『「鬼滅の刃」に学ぶ』から『風姿花伝』へ!

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シリーズの版元が変更!

 

さて、『身心変容技法シリーズ』は、第1巻および第2巻の版元はサンガですが、第3巻の版元はJMAM(日本能率協会マネジメントセンター)となっています。なぜ版元が変更されたかというと、サンガが倒産したからです。鎌田先生は、メールに「この本の出版に関しては、本年1月27日に再校ゲラが出たその日に、サンガ破産の知らせがあり、その後いろいろと紆余曲折がありました。が、当初発行予定の2月末からは1ヶ月遅れではありますが、さまざまなお助けにより、奇蹟的に、敗者復活戦のように、能率手帳で知られている日本能率協会マネジメントセンターより、3月23日に発売となります。難産苦労の末出版されるので嬉しさもひとしおです」と書かれています。

 

うーん、それは辛く厳しい状況でしたね。再校ゲラが出て来た日に突然倒産を告げられたとは、鎌田先生は開いた口が塞がらない状態で驚かれたことと存じます。絶望的な気分になられたでしょうし、大いなるグリーフも感じられたことでしょう。しかし、すでに錚々たる方々から原稿をお預かりしています。それから、鎌田先生は死に物狂いで次善策を検討し、引き受けてくれる出版社を探し廻り、ようやっと日の目を見るところまで持ってこられたのです。その使命感強さと行動力には心より敬意を表します。

唯葬論』(サンガ文庫)

 

それにしてもサンガが倒産したとは! 
仏教系の出版社として知られ、特にアルボムッレ・スマナサーラ師の著書をはじめとするテーラワーダ仏教の良書をたくさん刊行してきたのに! 
じつは、拙著『唯葬論』もサンガ文庫から出されていました。これも何を隠そう、鎌田先生との御縁でした。『唯葬論』の単行本は、終戦70年の年である2015年の7月に三五館から出版されました。多くの新聞や雑誌の書評に取り上げられ、またアマゾンの哲学書ランキングで1位になるなど、かなりの反響がありました。


サンゴ館からサンガへの転生!

 

しかし、2017年10月に版元の三五館が倒産するという想定外の事態が発生したのです。わたしの執筆活動の集大成と考えていた『唯葬論』ですが、同じく三五館から刊行された17冊の拙著とともに絶版になることが決まりました。当然ながら、わたしは大きなショックを受け、意気消沈していました。それを知った鎌田先生が仏教書出版のニューウェーブとして知られるサンガの編集部に掛けあって下さりサンガ文庫入りすることになったのです。感謝の念でいっぱいでした。

唯葬論』文庫版の帯

 

唯葬論』文庫版の帯には、中央部分に「問われるべきは『死』ではなく『葬』である! 博覧強記の哲人が葬送・儀礼のあり方を考え抜く・・・・・・途方もない思想書がついに文庫化!」というキャッチコピー書かれています。その右には鎌田東二先生が「弔う人間=ホモ・フューネラルについて、宇宙論から文明論・他界論までを含む壮大無比なる探究の末に、前代未聞の葬儀哲学の書が誕生した!」という過分な推薦文を寄せて下さいました。さらに左には、東京大学医学部附属病院循環器内科助教(当時)の稲葉俊郎氏が「人類や自然の営みをすべて俯瞰的に包含したとんでもない本です。世界広しといえども、一条さんしか書けません。時代を超えて読み継がれていくものです」との、これまた過分な推薦文を寄せて下さいました。感謝の念でいっぱいです。ちなみに、稲葉氏は『身心変容技法シリーズ第3巻 身心変容と医療/表現~近代と伝統―先端科学と古代シャーマニズムを結ぶ身体と心の全体性』にも寄稿されています。つくづく御縁を感じます。

唯葬論』文庫版カバー裏表紙

 

唯葬論』のカバー裏表紙には、鎌田先生の「解説」から抜粋された文章が以下のように掲載されています。
「『唯葬論』は、〈宇宙論/人間論/文明論/文化論/神話論/哲学論/芸術論/宗教論/他界論/臨死論/怪談論/幽霊論/死者論/先祖論/供養論/交霊論/悲嘆論/葬儀論〉全18章の構成。「宇宙論」から「葬儀論」まで、自然学(形而下学)から形而上学までの全領域を網羅した優れた問題提起作である。柳田國男が戦後社会の心と家族と共同体の荒廃を予見し、それを何とか防ぐために警世・警醒にして経世の書である『先祖の話』を出したように、直葬や0葬に向かいつつある世の風潮に、『唯葬論』は、この書を『すきとほつたほんたうのたべもの』としてこの時代にお供えし供養したのである」

 

最後の解説では、鎌田先生「『真球(まきゅう)あるいは『すきとほつたほんたうの食べ物』としての『唯葬論』」のタイトルで、その冒頭に「一条真也の『唯葬論』は、吉本隆明の『共同幻想論』(河出書房新社、1968年)や岸田秀の『唯幻論』(『ものぐさ精神分析青土社、1977年)や養老孟司の『唯脳論』(青土社、1989年)のアンサーブック・カウンターブックとして書かれた、気迫に満ちた壮大な論理構成による理論武装した体系的な著作である。著者が自負する通り、これは一条真也にしか書けない運命・天命の書である」と書かれ、その後もなんと21ページにもわたって解説を書いて下さいました。


解説を書いて下さった鎌田東二先生と

 

鎌田先生は解説の最後に、『儀式論』(弘文堂)とともに『唯葬論』が「『人類の未来のために』捧げられた聖なる供物である」と書かれ、「こころして 心の道に 歩み入る 天地人(あめつちびと)に 捧げる 本書(ふみ)と」、「人として 生まれて死ぬる 道行きを 祈り祭らふ こころと きみと」という2首の歌を詠んで下さいました。何度も書かせていただきますが、鎌田先生には感謝の念でいっぱいです。わたしも、「文庫版あとがき」の最後に、「日の本の こころとかたち 守るため 天下布礼を さらに進めん」、「風吹けど 月は動かず われもまた 志をば 曲げずに行かん」という2首の道歌を詠みました。まことに鎌田先生との御縁に感謝するばかりですが、満月の今夜(30日夜)、京都で鎌田先生にお会いすることになっています。満月の夜のリアル・ムーンサルトトークが楽しみです!

 

 

2021年3月30日 一条真也