フロントランナー

一条真也です。
25日の朝、サンレー本社に出社したら、小倉紫雲閣の桜が満開でした。わたしはかつて、「花は咲き やがて散りぬる 人もまた 婚と葬にて咲いて散りぬる」という歌を詠んだことがありますが、桜は日本人の人生観や死生観に大きな影響を与えていますね。

f:id:shins2m:20210325101043j:plain
小倉紫雲閣の桜が満開に!

f:id:shins2m:20210325160809j:plain
「月刊フューネラルビジネス」2021年4月号の表紙

 

その日、冠婚葬祭業界のオピニオンマガジンである「月刊フューネラルビジネス」の最新号が届きました。ブログ「フューネラルビジネス取材」で紹介した2月26日に受けたインタビュー取材の内容が巻頭「フロントランナー」として、4ページにわたって掲載されています。

f:id:shins2m:20210325150205j:plain

 

記事は「フロントランナー」のタイトルで、「グリーフケアの重要性をいち早く捉え、遺族会「月あかりの会」を2010年に発足させた 佐久間庸和社長。上智大学グリーフケア研究所客員教授を務め、全日本冠婚葬祭互助協会では2019年に発足したグリーフケア・プロジェクトチームの座長を務める。あることがきっかけで『鬼滅の刃』のアニメ全話、コミック全巻、そして映画をわずか数日で制覇し、すぐさま『「鬼滅の刃」に学ぶ』を上梓。グリーフケアの第一人者が認めた、社会現象にもなった『鬼滅の刃』から、グリーフケアの重要性とともに葬儀の現在と今後を語っていただいた」というリード文が書かれ、以下のインタビュー内容が掲載されています。

 

鬼滅の刃」に学ぶグリーフケア
そして日本人の本能にある
「供養」の心

――このコロナ禍に『「鬼滅の刃」を学ぶ』を上梓されました。
佐久間 この1年、コロナによってオリンピックが延期になったほか、明るいニュースがないなかで、唯一明るい出来事として「鬼滅の刃」の大ヒットがあります。私も広告代理店でマーケティングの仕事をしていましたが、コロナ禍でヒット商品が出るはずがないと思っていました。これは何か大きな秘密があるはずだと私は考えました。コロナ禍に関わらず「鬼滅の刃」が社会現象を起こしたのではなく、コロナ禍だからこその現象だと思ったのです。
普段は漫画やアニメはあまり見ないのですが、ある方から「社会現象にまでなったものは、経営者としてスルーしないほうがいい。そこには必ず消費者のニーズやウォンツがあるはずだ」という話をいただきました。伝統文化を守る、儀式の継承といったことはもちろん大事なことですが、そればかり考えていたら見逃していたのではないかと思い、「鬼滅の刃」をいつか見なければならないと思っていたときに不思議なことが起こったのです。
私はいまは亡き愛犬と自宅の庭でフリスビーをするのが楽しみでした。愛犬のことを考えるといまでも涙が出るほどで、本当に孤独な現代人にとってペットの喪失は軽視できません。昨年11月のある朝、その愛犬との思い出がある芝生がめちゃくちゃに荒らされていたのです。専門家に見ていただいたら、糞が見つかり、イノシシの仕業だというのです。非常にショックを受けました。
そこで気分転換にテレビをつけたら、「鬼滅の刃」のアニメが映りました。すると、いきなりイノシシの顔をした男が暴れまわっていたのです。心理学者のカール・グスタフユング(1875~1961年)のいう、意味のある偶然としての「シンクロニシティ」だと思いました。複数の出来事が関連して同時に起きることをいうのですが、まさに庭をイノシシに荒らされたすぐあとに「鬼滅の刃」に出合ったのです。これはこのアニメを見ろということだと思って、すぐにインターネットの定額制動画配信サービスに加入し、そこから26話を1日で見ました。コミックも全巻読み、すぐに映画も観に行きました。そして映画のレビューをブログに書いたのですが、公開から1か月後の投稿にもかかわらず、次の日に私のブログが3位になり、1週間後には1位になり、いまだに1位になっています。その記事を見た編集者から連絡があり、すぐに出版しましょうとなり、20日間で原稿を書き上げ、ちょうど映画が興行収入で日本一になった日に校了になりました。
この「鬼滅の刃」は、1話目から主人公の家族が鬼に惨殺されるという、巨大なグリーフが発生します。ほかにも愛する人を亡くした人たちが集まって鬼殺隊を結成し、復讐するという、グリーフケアを自ら行なう物語です。

f:id:shins2m:20210325150418j:plain


――偶然だったのですね。しかし、よく「鬼滅の刃」がグリーフケアだと気づかれましたね。
佐久間 主人公の竈門炭治郎が非常に心優しい人間で、鬼に殺された人を弔ってやります。仲間の伊之助が「生き物の死骸を埋めて何が面白いんだ」と炭治郎に聞くと、「これは供養といって大事なことなんだよ」と説くのです。私はこのようなアニメを小さいお子さんをはじめ多くの方々が見ているということは素晴らしいことだと思って感動しました。炭治郎は敵である鬼に対して、「この人が今度生まれ変わるときは鬼になんてなりませんように」と、来世の平安を願うのです。この点はとても日本人的な感覚で、炭治郎のなかでは、神道・仏教・儒教が全部一緒なのです。これを子どもから大人まで見るという社会現象になっているというのは、日本は捨てたものじゃないなと思いました。
――社会現象になる要因があったのですね。
佐久間 日本人の本能のなかには「供養」という要素があるのです。それを馬鹿らしいと思ったら誰も見ていないと思うのです。
コミックの最終巻もハッピーエンドで終わります。登場人物の何組かが夫婦になって、子孫を育んで繁栄していくということで、これは供養の大事さと結婚の素晴らしさを描いていて、「冠婚葬祭そのもの」を讃える話だと思いました。そして、日本にはさまざまな「祭り」があります。コロナによって祭礼ができなくなってしまいましたが、日本人には祭りをやりたいという本能があります。それができないところが、爆発的に「鬼滅の刃」に向かったのではないかと思っています。だから「鬼滅の刃」現象というのはコロナ禍における日本人の祈りであり、祭りだったのだといえるでしょう。
――この1年間は自粛続きで、そうした祭事ができなくなってしまいました。
佐久間 盆踊りや花火大会といった祭りは、先祖をもてなす先祖供養と疫病退散という、主として2つの機能をもっています。これを全部ストップさせたということは、鬼が本当に実在するとしたら、彼らの作戦は大成功です。日本中の疫病封じの祭りをストップさせることに成功したのですから。でも人間は、それを1回(1年)できなかったといって、その後もやならくていいとは思わないのです。これが「鬼滅の刃」に向かったのだと思いました。
――そういう意味では夏祭りや花火というのは人間の心の安定をもたらしていたということですね。
佐久間 心とは「ころころ動く」が語源だといわれ、不安定なものであり、それを安定させるのが形、儀式です。儀式文化には冠婚葬祭と年中行事と、祭り(これも大きくいえば年中行事に入りますが)などがあります。形の文化が全部コロナでなくなってしまったというところがありますが、別のところにエネルギーが向かっていくから、ここで噴出したのではないかと思います。

f:id:shins2m:20210325150458j:plain


――高齢の方々は地域の会合がなくなり、行き場所がなくなってしまいました。
佐久間 若い人はSNSなどで人とつながっていますが、その術がない高齢者は人とつながれないことで、一層ストレスを感じることがあります。
このような状況下では映画館にも行かないから、すべての映画が大赤字でハリウッド映画すら公開できないというときに、この「鬼滅の刃」は日本史上最高の興行収入だったというのは奇跡です。これは日本人の心のエネルギーのすさまじさを表わしていると。コロナの光と闇、表裏で「鬼滅の刃」の存在があったと思います。「鬼滅の刃」はグリーフケア儀礼・儀式の重要性を知ることができる最高のテキストといえます。

 

神の道、仏の道、人の道を
まとめるのが冠婚葬祭の役割

――全互協ではグリーフケアの普及に注力されています。
佐久間 グリーフケアの資格認定制度は、コロナ禍のなかにあっても、6月末をメドに進めており、現在はテキスト、問題も作成しています。
当社の遺族会月あかりの会」では落語家を招くことがあります。身近な方が亡くなると、自分を追い詰めることもありますので、気分転換も必要です。笑いというのは、陰気を陽気に一瞬にして変える技術だと思います。上智大学グリーフケア研究所島薗進所長は、「日本のグリーフケアは集いから発展してきたところがある」と著書に書かれています。心の折り合いをつけるというのは、まさに集いだと。
――このコロナ禍で葬儀が小さくなり、越県してまで会葬しなくてもいいという風潮が定着しつつあります。アフターコロナに向けて業界としてどのようにしていけばよろしいでしょうか。
佐久間 私が悲観していないのは、これから葬儀を重んじる時代が来るからです。コロナは、人類が経験したはじめての疫病ではありません。これまで多くのパンデミックを経験しています。古代中国でも、古代ローマでも疫病が大流行しました。
古代中国では、春秋戦国時代に人が交わり、いちばん感染症が多かったとき、孔子という人が現われ、自分は敵ではないと伝えるためにお辞儀という「礼」を発明しました。あれは感染症防止の意味もあり、離れてアイコンタクトで頭を下げ、敵意ではなく、敬意を示しています。この思想がコロナ禍でよみがえっています。なぜ欧米で感染者・死者がふえたのかというと、ハグやキス、握手などをすることが多いからではないでしょうか。一方、東洋的な世界では、自分で掌を合わせ合掌するだけで相手に敬意を示すことができる。このお辞儀の文化がこれからのグローバルスタンダードにならないかなと思います。
過去のさまざまなパンデミックでは、遺体もぞんざいな扱いをされていました。14世紀のペストでは死体に触れないため、穴を掘って放り込み、火をつけたといわれています。葬儀もできず、弔いもできないため、人々は心に傷を負い、感染症の収束後は、葬儀を驚くほど大事にしたのです。過去の疫病の歴史をみると、すべてそうです。したがって、コロナがある程度収まれば、自分の家族、大切な人の葬儀、弔いを十分できなかったことの後悔、悲しみ、罪悪感の反動として、葬儀がきちんと行なわれるようになるはずです。

f:id:shins2m:20210325150546j:plain


――一日葬がふえ、会葬者が減り、葬祭事業者は疲弊しています。
佐久間 「小さなお葬式」とか葬儀に大小があることをいうこと自体が間違っています。葬儀は「行なうか」「行なわないか」の2つしか選択肢がないのです。
そして、現代日本では、仏教が制度疲労を起こしています。葬儀について仏教だけでは論理が破綻するのです。そこに儒教が必要となります。儒教こそが日本の葬儀の本質なのです。仏教であれば本尊があって宗教者とご遺体があれば葬儀は成立しますが、それに対して、人間関係を重んじている儒教においてはそうはいきません。儒教での葬儀は、参列者がいないと成立しないのです。お客様には「縁のあった方々にお声をかけて集まっていただいて」ということをお伝えしたいと思っています。
――儒教の場合は、参列者がいてはじめて葬儀が成立すると。
佐久間 神道・仏教・儒教といいますが、神道は神の道、仏教は仏の道、儒教は人の道なのです。神の道・仏の道・人の道をまとめるものが冠婚葬祭に与えられた1つの役割だと思っています。

 

弔うことの意味、供養の大切さ
生命がつながっていることを
伝える責務

――いつから葬儀が変わったのでしょうか。
佐久間 日本は1975年に自宅で亡くなる方と病院で亡くなる方の数が拮抗し、その後は病院で亡くなる方が大多数を占めるようになりました。おじいちゃん・おばあちゃんが家で亡くなり、みんなで看取り、家で葬儀をあげたという経験がないから、現在の家族葬直葬も疑問に思わなくなってしまいました。そこで、人が亡くなることと、弔うことの意味を伝えていかなければいけません。いま、子どもを葬儀に行かせないという親もいますが、いちばん大事なのは小さなお子さんに伝えていくことです。
先ほども言いましたが、「鬼滅の刃」を小さな子どもが見ているというのが大きなポイントです。いい形で供養の大切さと生命はつながっているということを伝えていけたらいいと思います。それは互助会の使命の1つだと思っています。
――佐久間社長は礼を普及させなければいけないとおっしゃっています。コロナで三密を避け、会話を極力しないようになってしまい、礼が失われていくような気がしますが、この礼を取り戻すためにはどうしていけばよいでしょうか。
佐久間 いちばん大事なことは亡くなった方を弔うことですが、孤独死の場合、弔ってくれる人がいないわけです。孤独死をなくすために「隣人祭り」をずっとやってきましたが、礼というのは人間の本能だと思っています。人間には睡眠欲、性欲、食欲がありますが、それに加えて礼欲があるのです。最初の人類に通じるネアンデルタール人が埋葬をしたというのは事実ですし、そのあとのホモサピエンスも最初から死者を埋葬していました。これは本能であると思います。衛生上や感染症の防止というのもあったと思います。しかしやはり、一緒に生活していて行動していた人間が消えてしまうことへの不安をなくすため、儀式をしていたのだと思うのです。
また、礼欲というのは、コミュニケーション、他人と交流をする欲、集うという欲でもあるのです。この2つは人間の本能だと思います。天下布礼というのは、礼を知らない人に礼を啓蒙するという意味ではありません。もともと本能としてもっているものを呼び起こすということです。
――人を弔うという心を伝えることが重要だと。そのことはすべて『「鬼滅の刃」に学ぶ』に書いてありますね。そしてグリーフケアの資格認定制度も重要になってまいります。本日は、ありがとうございました。

 

 

なお、パシフィコ横浜で開催される「フューネラルビジネスフェア2021」のセミナーに、わたしが一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の副会長・グリーフケアPT座長として出講することが正式決定しました。6月25日13時~14時で、「グリーフケア資格認定制度」をテーマに話します。グリーフケア士を目指す方々をはじめ、興味のある方は、ぜひ奮ってご参加下さい!

 

2021年3月26日 一条真也