「コロナ時代の生き方」講演

一条真也です。
9日の10時から講演を行いました。コロナ禍の中にあって、オンラインではないリアルな講演は初です。北九州市婦人団体協議会の主催で、テーマは「『コロナ時代』の私たちの生き方」。会場は、北九州市生涯学習総合センター3Fホールです。市の施設ですので、もちろん感染対策は完璧であります!

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冒頭で挨拶される舟木会長
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演壇で講師紹介を受けました

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小倉織のマスクを着けて・・・

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マスクを外しました


冒頭、北九州市婦人団体協議会の舟木会長からご挨拶があり、続いて、わたしが講師紹介を受けて、講演がスタートしました。小倉織のマスクを着けたわたしは最初に、「前日、北九州市で過去最多の47人の陽性が確認されました。まあ、コロナが終息してから『コロナ時代の生き方』を語っても締まらないというか、間抜けなだけですので、感染拡大の不安が最大のときの方が盛り上がるのではないでしょうか」と言いました。すると、マスク超しに大きな笑いが巻き起こりました。よし、つかみはOK牧場!(笑)

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講演がスタートしました!

f:id:shins2m:20200801194352j:plainサンデー新聞」2020年8月1日号

今回の講演は、ブログ『コロナの時代の僕ら』で紹介した「サンデー新聞」連載の「ハートフル・ブックス」の第147回を読まれた主催者の方から依頼がありました。『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ著/飯田亮介訳(早川書房)を取り上げた回です。同書には、ジョルダーノがイタリアの新聞「コリエーレ・デッラ・セーレ」紙に寄稿した27のエッセイが掲載されています。

f:id:shins2m:20201209101534j:plain『コロナの時代の僕ら』について

 

著者あとがき「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」は、まことに心を打つ文章です。
「僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。僕は忘れたくない。パンデミックがやってきた時、僕らの大半は技術的に準備不足で、科学に疎かったことを。僕は忘れたくない。家族をひとつにまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えていることもできず、先見の明もなかったことを。必要に迫られても、誰かを元気にするどころか、自分すらろくに励ませなかったことを」と書かれています。

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わたしが忘れたくないこと

 

わたしは、この文章を読んで、大変感動しました。そして、自分なりに、今回のパンデミックを振り返りました。わたしは忘れたくありません。今回のパンデミックで卒業式や入学式という、人生で唯一のセレモニーを経験できなかった学生がいたことを。わたしは忘れたくありません。今回のパンデミックで多くの新入社員たちが入社式を行えなかったことを。そして、わが社では北九州の新入社員のみに辞令交付式を行ったことを。わたしは忘れたくありません。緊急事態宣言の中、決死の覚悟で東京や神戸や金沢に出張したことを。沖縄には行けなかったことを。いつも飛行機や新幹線は信じられないくらいに人がいなかったことを。

f:id:shins2m:20201209132222j:plainわたしが忘れたくないこと 

 

わたしは忘れたくありません。
楽しみにしていた結婚式をどうしても延期しなければならなかった新郎新婦の落胆した表情を。わたしは忘れたくありません。新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった方々の通夜も告別式も行えなかったことを。故人の最期の瞬間にも会えず、遺体にも会えなかった遺族の方々の涙を。そして、わたしは忘れたくありません。外出自粛が続く毎日の中で、これまでの人生で最も家族との時間が持てたことを・・・・・・。

f:id:shins2m:20201209101725j:plain患者を助けよう。死者を悼み、弔おう。 

 

『コロナの時代の僕ら』の最後には、「家にいよう。そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう。患者を助けよう。死者を悼み、弔おう」と書かれています。これを読んで、わたしはアンデルセンの童話「マッチ売りの少女」を連想しました。この短い物語には2つのメッセージが込められています。1つは、「マッチはいかがですか?マッチを買ってください!」と、幼い少女が必死で懇願していたとき、通りかかった大人はマッチを買ってあげなければならなかったということです。

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『マッチ売りの少女』のメッセージとは?

 

少女の「マッチを買ってください」とは「わたしの命を助けてください」という意味だったのです。これがアンデルセンの第1のメッセージでしょう。第2のメッセージは、少女の亡骸を弔ってあげなければならないということ。行き倒れの遺体を見て見ぬふりをして通りすぎることは人として許されません。死者を弔うことは人として当然です。このように、「生者の命を助けること」「死者を弔うこと」の2つこそ、国や民族や宗教を超えた人類普遍の「人の道」なのです。

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ソーシャルディスタンスについて

 

コロナ禍の中で、わたしは改めて「礼」というものを考え直しています。特に「ソーシャルディスタンス」と「礼」の関係に注目し、相手と接触せずにお辞儀などによって敬意を表すことのできる小笠原流礼法が「礼儀正しさ」におけるグローバルスタンダードにならないかなどと考えています。コロナ禍のいま、冠婚葬祭は制約が多く、ままならない部分もあります。身体的距離は離れていても心を近づけるにはどうすればいいかというのが、わたしのテーマです。本当は「ソーシャルディスタンス」という言い方はおかしく、「フィジカルディスタンス」と呼ぶべきでしょう。

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礼法とは何か

 

感染症に関する書物を読むと、世界史を変えたパンデミックでは、遺体の扱われ方も凄惨でした。14世紀のペストでは、死体に近寄れず、穴を掘って遺体を埋めて燃やしていたのです。15世紀にコロンブスが新大陸を発見した後、インカ文明やアステカ文明が滅びたのは天然痘の爆発的な広がりで、遺体は放置されたままでした。20世紀のスペイン風邪でも、大戦が同時進行中だったこともあり、遺体がぞんざいな扱いを受ける光景が、欧州の各地で見られました。

f:id:shins2m:20201209102842j:plain「人の道」としての礼について語りました

 

もう人間尊重からかけ離れた行いです。その反動で、感染が収まると葬儀というものが重要視されていきます。人々の後悔や悲しみ、罪悪感が高まっていったのだと推測されます。コロナ禍が収まれば、もう一度心ゆたかに儀式を行う時代が必ず来ます。そのためにもいま一度、礼と人間尊重の心を養っておかねばなりません。礼とは「人の道」です。人間が人間であるために、儀式というものはあるのです!

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終活ブームの背景

 

それから、人生の修め方としての「修活」について話しました。いま、世の中は大変な「終活ブーム」だといいます。多くの高齢者が、生前から葬儀や墓の準備をしています。また、「終活」をテーマにしたセミナーやシンポジウムも花ざかりで、わたしも何度か出演させていただきました。一方で、「終活なんておやめなさい」といった否定的な見方も出てきています。

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「終活」への違和感を語りました

 

「終活」という言葉に違和感を抱いている方が多いということです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人もお会いしました。もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。ならば、わたしも「終末」という言葉には違和感を覚えてしまいます。なぜなら、「老い」の時間をどう過ごすかこそ、本来の終活であると思うからです。

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「終活」から「修活」へ! 

 

わたしは人生の終い方としての「終活」ではなく、人生の修め方としての「修活」をおススメしています。考えてみれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」ではないかと思います。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活なのです。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。いまの日本人は「礼節」という美徳を置き去りにし、人間の尊厳や栄辱の何たるかも忘れているように思えます。

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「修める」という覚悟を忘れるな! 

 

それは、戦後の日本人が「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」という覚悟を忘れてしまったからではないでしょうか。老いない人問、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める・・・・・・この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。

f:id:shins2m:20201209104056j:plain葬儀と感染症は双子のような存在 

 

わたしは今回、感染症についての本を読み漁りましたが、重要な事実を発見しました。それは、ペストに代表されるように感染症が拡大している時期は死者の埋葬がおろそかになりますが、その引け目や罪悪感もあって、感染症が終息した後は、必ず葬儀が重要視されるようになるということ。人類にとって葬儀と感染症は双子のような存在であり、感染症があったからこそ葬儀の意味や価値が見直され、葬儀は継続・発展してきたのだという見方もできます。

f:id:shins2m:20201209102740j:plain人類には「死者への想い」がある!

 

わたしは、葬儀の意味についても話しました。まずは、「葬儀」についての自分の考えを明らかにしました。わたしは、人類の文明も文化も、その発展の根底には「死者への想い」があったと考えています。約7万年前に、ネアンデルタール人が初めて仲間の遺体に花を捧げたとき、サルからヒトへと進化しました。その後、人類は死者への愛や恐れを表現し、喪失感を癒すべく、宗教を生み出し、芸術作品をつくり、科学を発展させ、さまざまな発明を行いました。

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問われるべきは「死」ではなく「葬」である!

 

つまり「死」ではなく「葬」こそ、われわれの営為のおおもとなのです。葬儀は人類の存在基盤です。葬儀は、故人の魂を送ることはもちろんですが、残された人々の魂にもエネルギーを与えてくれます。もし葬儀を行われなければ、配偶者や子供、家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自死の連鎖が起きたことでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなるように思えてなりません。葬儀という「かたち」は人類の滅亡を防ぐ知恵なのです。

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グリーフケア」について語る

 

それから、「グリーフケア」について話しました。わたしたちの人生とは喪失の連続であり、それによって多くの悲嘆が生まれます。大震災の被災者の方々は、いくつものものを喪失した、いわば多重喪失者です。家を失い、さまざまな財産を失い、仕事を失い、家族や友人を失った。しかし、数ある悲嘆の中でも、愛する人の喪失による悲嘆の大きさは特別です。グリーフケアとは、この大きな悲しみを少しでも小さくするためにあるのです。

f:id:shins2m:20201209112808j:plainグリーフソサエティについて

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無縁社会から有縁社会へ

2010年6月、わが社では念願であったグリーフケア・サポートのための自助グループを立ち上げました。愛する人を亡くされた、ご遺族の方々のための会です。月光を慈悲のシンボルととらえ、「月あかりの会」という名前にしました。同会の活動をはじめ、「隣人祭り」や「ともいき倶楽部」「笑いの会」など、これまで実践してきた実例を紹介しながら、無縁社会=グリーフソサエティを超える方策についての私見を語りました。

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質疑応答で「人間の幸せ」を語る

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最後に、謝辞をお受けいたしました

f:id:shins2m:20201209095427j:plain会場内の書籍販売コーナー

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たくさん本が売れました!

 

今日は、そんなことをお話しました。マスク姿の御婦人たちが熱心に聴いて下さり、中にはメモを取られている方も多かったです。質疑応答では「人間の幸せ」についての質問があり、わたしは凧の縦糸(血縁)と横糸(地縁)に例えてお話しました。最後は盛大な拍手を頂戴し、感激しました。コロナ禍の中、わざわざお越し下さったみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。講義後には「男前ですね!」とか「歌舞伎役者みたいですね!」とか言って下さる方が何人もおられて、すっかり気分が良くなりました(笑)。これからも、何度も講演させていただきたいです(笑)。本日ご参集いただいたみなさまが、ぜひ豊かな老後を過ごされ、美しく人生を修められますように!

 

2020年12月8日 一条真也