一条真也です。
ついに師走になりました。あと１ヵ月でコロナ・イヤー元年も終わりますね。その１２月１日、産経新聞社の ＷＥＢ「ソナエ」に連載している「一条真也の供養論」の第２９回目がアップされます。タイトルは「おらおらでひとりいぐも」です。
「おらおらでひとりいぐも」
日本映画「おらおらでひとりいぐも」を観ました。上智大学グリーフケア研究所のオンライン講義で「グリーフケア映画」をテーマにすることになり、最新作を取り上げるべく鑑賞したのです。「グリーフケア」のみならず、人生を修めるための「修活」についても考えさせられる傑作でした。
この映画は、第５４回文藝賞と第１５８回芥川賞に輝いた若竹千佐子氏の小説を原作にしたヒューマンドラマです。主婦として子育てを終えたところで夫に先立たれた女性の物語だが、「配偶者がいなくなるという非日常」から「配偶者のいない日常」へと変わっていくさまが興味深いです。主人公の桃子は、自身の歩んだ道のりを回顧しながら孤独な毎日をにぎやかなものへと変えます。老人となった桃子の現在は田中裕子、２０歳から３４歳までは蒼井優が演じています。
じつは、原作小説の『おらおらでひとりいぐも』は、死者のサポートによって書かれました。というのも、芥川賞の受賞会見で、新聞の記者が「小説を書き始めたきっかけが、ご主人が亡くなった直後に小説講座に通われていますけども、ご主人がご存命のときに書き物をされてると、千佐ちゃんが芥川賞かな、直木賞かなっておっしゃってたそうですね」と質問しました。それに対して、若竹氏は「はい」と言ってから、亡き夫に対して「私、やったよっていうことですかね」とのメッセージを送ったのです。このことを知って、わたしは深い感銘を受けました。
もちろん、亡きご主人が生前から奥さんの才能を信じていたということもあるでしょうが、やはり見えない世界から支えてくれていたように思います。拙著『唯葬論』（サンガ文庫）で述べたように、すぐれた小説を含むあらゆる芸術作品が生まれる背景には作者の「死者への想い」があり、作者は「死者の支え」によって作品を完成させるように思えてなりません。
さらに映画では、桃子が図書館に通い、たくさんの本を読み、時には地球４６億年の歴史のようなスケールの大きな本を読み、そこで学んだことをイラスト入りでノートに書く場面が何度も登場しますが、素晴らしいことです。読書は教養を育てますが、行き着くところは「死」の不安を乗り越えるための死生観を持つことではないでしょうか。映画では、図書館で読んだ本に登場したマンモスとともに、桃子が雪の街を行進します。とても幻想的なシーンでしたが、その先には、きっと亡き夫が待つ新世界があるのでしょう。
２０２０年１２月１日 一条真也拝
