解散という儀式

一条真也です。
週刊女性PRIME」が配信した「ジャニーズは「解散」という美学を忘れたのか、“名ばかりグループ”を増やす罪」という記事は考えさせられました。

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週刊女性PRIME」より 

 

ライターの薮入うらら氏が、「もはや不祥事以外で、解散という道はないのか?」と書きだし、闇パチスロ店に出入りしたことを「文春デジタル」に報じられたジャニーズJr.の4人組ユニット「宇宙Six」の山本亮太(30)との専属契約をジャニーズ事務所が解除したことを報告しています。藪入氏は、「宇宙Sixはデビューこそしていませんが、ジャニーズのグループとしてSMAP以来の解散です(退所グループはあり)。事実上の解散、というグループはたくさんありますが、なぜか解散しない。その理由としては、ジャニー(喜多川)さんが作り、強い思い入れがあったグループだからなどいろいろありますが、解散を発表しないのは潔さがない。未練タラタラなんですよね」との芸能リポーターの発言を紹介しています。



また、藪入氏は「つい先日、少年隊の植草克秀(54)と錦織一清(55)が今年いっぱいで退所することがわかった。東山紀之(53)だけはジャニーズ事務所に残る。事実上の解散だが、少年隊という名前だけは残すという」と述べ、さらに「来年3月に、長瀬智也が退所するTOKIOも、残った城島茂国分太一松岡昌宏が株式会社TOKIOを作ることで『TOKIOの〇〇です』と名乗ることになる。年内いっぱいで大野智が活動休止に入る嵐も、解散ではなく活動休止を選択しますが、芸能界から距離を置きたい大野がまたグループ活動に戻る可能性は低い。デビュー当時は9人組だったNEWSは今年、手越祐也が退所したことで3人になったがグループ存続を選んだ。どうして解散を選ばないのか、ファンクラブの存続問題などがあるとは思いますが、解散という美学を忘れてしまっているというか、そんな感じがしますね」とのスポーツ紙記者の発言を紹介しています。



かくして不祥事でも起こさない限り、ジャニーズ事務所には解散しそびれたグループの一部メンバーが残り続けることになるわけですが、これは明らかに異常なことです。藪入氏は、「解散という儀式を通過できないファン」として、「自分の人生をかけ、好きなタレントを必死に推すアイドルファン。解散する日が来ないことを祈りつつも、解散という儀式を通過することによって、ファン自身もそれまでの応援活動にピリオドを打ち、清々しく散る気分を味わえる」と書いています。まったく同感です!

 

 

この「解散という儀式」という言葉は、『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』の著者の1人であるライターの速水健朗氏も使っていました。同書の文庫版刊行記念企画として、「Real Sound」が配信した「“解散”を迎えられたことは幸せなことでもあるーー『バンド臨終図巻』著者座談会」という記事で、「解散は“儀式”として大事なこと」として、速水氏は「ファンが続いてほしいと思うのは常だけど、ほとんど何もしないままファンクラブの会報だけ届いたり、ファンクラブだけ解散を決めたりするのが、一番中途半端。SMAPファンが本当に不憫でならないのは、区切りの気持ちの持って行き場がないというところ。せめて直接声が聞こえる場で解散しますという言葉を生で聞かないと成仏できませんよ」と述べ、さらには「解散はやっぱり儀式として大事。まだ惜しんでくれるファンがいて、グループの実体があるからできるんだよね。その意味では、この本で取り上げた臨終しているグループは幸せかもしれない」と語っています。


サンデー毎日」2017年1月29日号

 

しかし、解散しただけでは幸せとは言えません。
それを儀式として完成させるなら、解散コンサートとか卒業コンサートのようなファイナル・セレモニーで「有終の美を飾る」ことが大切です。
じつは、わたしはSMAP解散について、多くの文章を書いてきました。「サンデー毎日」に連載していた「一条真也の人生の四季」の第64回目のタイトルは、「有終の美を飾らないということ」でした。2016年の大晦日、国民的アイドルと呼ばれたSMAPが引退しました。期待されていたNHK紅白歌合戦への出場も辞退しました。彼らのために空けておいた時間を埋めるためでしょうか、紅白では謎の演出が目立ちました。とにかくグダグダ感、ドタバタ感に溢れた紅白でしたが、やはり常連だったSMAPのラスト・ステージが見たかったです。報道によれば、紅白が放送されている頃、キムタクを除くメンバーは六本木の焼き肉店で打ち上げをしていたといいます。



同年12月26日のフジテレビ系「SMAP×SMAP」最終回にも彼らは生出演しませんでした。ファンへの挨拶も、別れの言葉もありませんでした。残念ながら、SMAPの解散は、ジャニーズ史上、いや日本の芸能界史上で「最悪の解散劇」となりました。ここまでメンバー間の人間関係のドロドロが露わになるのも珍しいです。解散後の1月3日にファンクラブ会員限定サイトには5人の直筆メッセージが公開されたものの、それぞれ140字にも満たない「つぶやき」のレベルでした。「解散撤回」を願う署名を37万人分以上も集めたファンたちは納得したのでしょうか。

 

SMAPは「スマスマ」最終回および「紅白」で、5人揃って出演し、最後にはファンに別れを告げ、「有終の美を飾る」べきであったと思います。その後、この「最悪の解散劇」は彼ら自身の責任ではなく、彼らが所属するジャニーズ事務所の責任だと判明しました。じつは、「有終の美を飾らない」は「葬式は、要らない」に通じています。この2つの言葉はともに「愛のない時代」を象徴するキーワードであると言えます。そして、グループ活動を修める、人生を修めるという「修活」の失敗でもあります。

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ブログ「『グリーフケアと葬儀』オンライン講義」で紹介した上智大学の特別講義でも話したのですが、わたしは、この世のあらゆるセレモニーとはすべて卒業式であると考えています。たとえば、七五三は乳児や幼児からの卒業式であり、成人式は子どもからの卒業式ではないでしょうか。そう、通過儀礼の「通過」とは「卒業」のことなのです。結婚式も、やはり卒業式だと思います。なぜ、昔から新婦の父親は結婚式で涙を流すのでしょうか。それは、結婚式とは卒業式であり、校長である父が家庭という学校から卒業してゆく娘を愛しく思うからではないでしょうか。

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西日本新聞」2020年3月17日朝刊

 

そして、葬儀こそは「人生の卒業式」です。
わたしは、いわゆる「終活」についての講演依頼が非常に多い。お受けする場合、「人生の卒業式入門」というタイトルで講演させていただくようにしています。わたしは、「死」とは「人生の卒業」であり、「葬儀」とは「人生の卒業式」であると考えているからです。日本人はよく、人が亡くなると「不幸があった」などと言いますが、昔から違和感がありました。人の死を「不幸」と表現しているうちは、日本人は幸福になれないと思います。わたしは、「死」を「不幸」とは絶対に呼びたくありません。なぜなら、そう呼んだ瞬間、自分は将来かならず不幸になることが確定するからです。死は不幸な出来事ではなく、人生を卒業することにほかなりません。そして、葬儀とは「人生の卒業式」と言えるでしょう。

 

2020年10月29日 一条真也