観光について考える

一条真也です。
新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた業界支援策「GoToキャンペーン」のうち、観光分野の支援事業である「GoToトラベル」が、22日に先行して始まります。

f:id:shins2m:20200714122017j:plain産経新聞」2020年7月14日朝刊

 

14日の「産経新聞」朝刊には、「壊滅的な被害を受けている観光業界の要望もあり、8月上旬予定から前倒しの実施となった。だが、足元で感染者の拡大が止まらない首都圏や近畿圏からの旅行客が、観光地でのクラスター(感染者集団)発生につながれば、経済を優先させた政府へ批判は強まる。チグハグともとれる安倍晋三政権の決断は、大きな“賭け”ともいえる」と書かれています。

f:id:shins2m:20200714130613j:plain産経新聞」2020年7月14日朝刊

 

わたしは、「Go To トラベル」を前倒しして実施することには反対です。首都圏で「第2波の到来」が叫ばれているのに、その首都圏の人々が全国に旅行するなど狂気の沙汰だと思います。特に、米軍基地内でクラスターが発生した沖縄に大量の観光客が押し寄せることが心配でなりません。観光業界の苦境はもちろん承知していますが、各地でクラスターが多発すれば、逆に日本の観光は命脈を絶たれます。観光業界のためにも、「Go To トラベル」は前倒しどころか、実施は今年の秋以降、できれば来年にすべきです。



記事には、「経済重視 感染増と隣り合わせ」という見出しも見えます。現在、「社会と経済はどちらが優先するのか」ということが問われています。それについて、わたしの考えは、ブログ「経済よりも社会が大事!」に詳しく書きました。わたしも経営者の端くれですから、経済の重要性は誰よりもわかっているつもりです。実際、このたびの感染拡大の影響で、わが業界の冠婚部門の売上と利益は大幅にダウンしました。葬祭部門だって、参列者数が減少し続けれているので、売上も利益もダウンすることが確実です。それでも、企業の業績などよりも大切なことがあります。それは、お客様や社員のみなさんが感染しないように細心の注意を払うこと。すなわち、経済よりも社会が大事なのです。

f:id:shins2m:20200714122350j:plainネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社) 

 

わたしがリスペクトしてやまない経営学ピーター・ドラッカーの遺作にして最高傑作である『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社)のメッセージは、「経済よりも社会のほうが重大な意味を持つ」ということです。同書の冒頭で日本の読者に対して、ドラッカーは「日本では誰もが経済の話をする。だが、日本にとっての最大の問題は社会のほうである」と呼びかけています。90年代の半ばから、ドラッカーは、急激に変化しつつあるのは、経済ではなく社会のほうであることに気づいたといいます。IT革命はその要因の1つにすぎず、人口構造の変化、特に出生率の低下とそれにともなう若年人口の減少が大きな要因でした。IT革命は、世紀を越えて続いてきた流れの1つの頂点にすぎませんでしたが、若年人口の減少は、それまでの長い流れの逆転であり、前例のないものでした。その他にも、雇用の変容、製造業のジレンマ、ビジネスモデルの多様化、コーポレートガバナンスとマネジメントの変貌、起業家精神の高揚、人の主役化、金融サービス業の機器とチャンス、政府の役割の変化、NPOへの期待の増大など、さまざまな逆転現象が起こっています。それらすべての変化への対応が、今回の新型コロナウイルス感染拡大対策では求められているのです。

f:id:shins2m:20131002120305j:plainハートフル・ソサエティ』(三五館)

 

そもそも、観光業界の業績回復を目指す前に、わたしたちは観光の意味や本質について考える必要があると思います。ドラッカーの『ネクスト・ソサエティ』へのアンサーブックが2005年に上梓した拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の最終章「共感から心の共同体へ」で、わたしは観光について書きました。多くの人々が「21世紀は観光の時代である」と言いました。もともとホスピタリティが旅人へのもてなしから生まれ、発展したように、ホテルや航空機などの交通サービスを含め、観光とは人間の心に関わる巨大な概念です。観光の問題は、心の問題なのです。



観光を儀礼として捉えることもできます。事実、観光の原型の1つである巡礼は儀礼的な旅行にほかならず、日本の観光も「お伊勢まいり」や「熊野詣で」をはじめとした巡礼のフレームの中で形成されてきました。旅行とは、時間においても、空間においても、日常性から非日常性へ移行していく行為ですが、そこで旅行者は何より「いつもとは違う経験」を求めます。それは見るもの、聞くもの、食べるものとさまざまな次元にわたり、それによって「異文化」を体験するわけです。こうして、観光客は旅行によってリフレッシュする、つまり新たな存在として生まれ変わります。それゆえに、観光広告というものは「もう1人のあなたを発見するために、旅に出てみませんか」と語りかけるのです。



旅行という経験を、本物性、本来性を意味する「オーセンティシティ」の追求としてとらえる考え方があります。つまり、わたしたちは近代の疎外された世界に住んでおり、そこでは本当の自分を実現することができません。そこでもう1つの世界を求め、本当の自分をさがすために人は旅に出るというのです。そもそも住み慣れた家、あるいは田舎を捨て、都市へ出て、自己実現をはかろうとした近代人とは、実は「観光客」そのものなのです。その意味で、ツーリズムこそはグローバリズムに対抗する思想になりうるのではないでしょうか。そもそも世界中がマクドナルド化(なつかしい言葉ですが)してしまったら、観光という発想自体がありえなくなります。

 

 

「観光」とは、もともと四書五経の1つである『易経』の中の「観國之光」という言葉に由来します。「國之光」とは、その地域の「より良き文物」や「より良き礼節」と「住み良さ」をさします。すなわち観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしなのです。どんな土地にも、固有の光り輝く魅力があります。観光とは文字通り、その光を観ることにほかなりません。世界にあふれている多彩な「光」をただそのまま「観る」こと、これこそが観光という営みなのです。そして心の社会においては、観るだけでなく、その土地の人々の心が放つ「光」を「感じる」こと、いわば「感光」が求められていくと言えるでしょう。「観る」から「感じる」へ、「観光」から「感光」へ、そして、「まなざし」から「共感」へ。ここにおいて、ツーリズムとは、グローバル化が進む21世紀を生きる私たちの「心の共同体」をつくる作業として位置づけられるはずです。そのように、わたしは『ハートフル・ソサエティ』に書きました。同書のアップデート版の『心ゆたかな社会』(現代書林)でも、まったく同じ観光論を展開しました。

f:id:shins2m:20200417153030j:plain心ゆたかな社会』(現代書林) 

 

その『心ゆたかな社会』のアマゾン・レビューに北陸の観光業者と思われる方からの感想がありました。「ふく」さんという方ですが、「今こそ光を求めて・・・」のタイトルで、以下のように書かれています。
「本書は、すべての観光を生業とする者にとってのバイブルだと思った。現在私が居住する石川県は和倉、加賀など国内でもメジャーな温泉街を有する。また日本三大庭園の兼六園、お揃いの着物を着たカップルたちがそぞろ歩く東茶屋街など。四百年以上にわたり戦禍に見舞われなかった金沢の町並みには、藩政時代から脈々と培われた伝統と文化が息づく。誇り高き加賀百万石。5年前に北陸新幹線が開通、加えて急激なインバウンド需要により観光業界は飛躍的な成長を遂げてきた。そしてコロナショック。打ち出の小槌のごとく『北陸新幹線×インバウンド需要』による明るい未来(投資)を語ってきた人たちは一瞬にして沈黙。恩恵に浴してきた業者から悲壮な叫びがこだましている。我々に未来はないのか・・・・・・」



また、「ふく」さんは以下のようにも書かれています。
「観光とは何か。未来への『光』がみえない中、観光業界に携わる一個人として『光』を求めて、すがる思いで本書を手にした『観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしにほかならない。どんな土地にも、その土地なりの光り輝く魅力がある。そして、観光とは文字通り、その光を観ることなのである』『世界にあふれている多彩な「光」を「感じること」、いわば「感光」が求められていくと言えよう』『「観る」から「感じる」へ、「観光」から「感光」へ、そして「まなざし」から「共感」へ』『ツーリズムとはグローバル化が進む21世紀を生きるわたしたちの「心の共同体」をつくる作業として位置づけられるはずだ』と、ポストコロナには心ゆたかな思想が必要だと喝破する。本書の帯にあるワード『コロナからココロへ』がこころに染みる。観光業界に携わる我々に必要なフィロソフィーがここにはある。未来をみつめて志高き哲学(光)を求めていきたい。誇り高き国で、誇り高き都市で、誇り高き町で、光を放とう」



この「ふく」さんのレビューには大変感銘を受けましたが、その「感じる」「感光」「共感」を実現するためにも、感染拡大のリスクの高い「Go To トラベル」の前倒しは考え直すべきでしょう。「一度決めたことだから、予定通りやる」というのはお役所発想であり、現在のような非常事態にはふさわしくありません。もっと、状況の変化に合わせて臨機応変にやるべきです。第一、感染の不安を抱えたまま旅をしたところで、旅行者は少しも楽しくないではないですか!
たとえ、「Go To トラベル」の時期は後になろうとも、観光という営みは不滅ですので、日本人は必ず旅を続けることと思います。でも、日本の観光業界も、悪いことは言いませんから、海外からのインバウンド観光客に頼ることだけは、もう期待しない方がいいでしょうね。

 

心ゆたかな社会 「ハートフル・ソサエティ」とは何か
 

 

2020年7月14日 一条真也