『感染症対人類の世界史』

感染症対人類の世界史 (ポプラ新書)

 

一条真也です。
緊急事態宣言が全面解除された翌日の26日、北九州市の北橋市長はツイッターで「これまで23日間新規患者ゼロでしたが、3日連続で陽性患者計12人の判明」を報告し、「感染第2波の入口に立っています」と市民に注意喚起しました。ネットでは「大丈夫なのか?」「油断大敵」と衝撃が走りましたが、とにかく今、世の人々の最も関心あるテーマは新型コロナウイルスの感染です。出版界でもウイルスや感染症に関する本が売れまくっています。おそらく今年のベストセラー・ランキングには何冊も入るのではないでしょうか。ブログ『新型コロナウイルスの真実』で紹介した本と並んで、よく売れているのが『感染症対人類の世界史』池上彰&増田ユリア著(ポプラ新書)です。

 

著者の池上氏は1950年、長野県生まれ。慶応義塾大学卒業後、NHKに記者として入局。事件、事故、災害、消費者問題、教育問題等を取材。2005年に独立。2012年から16年まで東京工業大学教授。現在は名城大学教授。増田氏は、神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのレポーターを務めました。本書のカバー表紙には著者2人の写真が使われ、「感染症との戦い方は歴史から学べ」「デマや差別に人類はどう対応してきたか?」と書かれています。

 

また、カバー裏表紙の上部には「人類は感染症とどう向き合い、克服してきたか――?」として、「幾度となく繰り返されてきた感染症と人類の戦い。天然痘、ペスト、スペイン風邪・・・・・・そして、新型コロナウイルスシルクロードの時代から人と物の行き来がさかんになり、感染症も広がっていった。現代と変わらないような民族対立やデマの蔓延の一方で、人類史に残る発見もあった。感染症の流行が人類に問うてきたことから冷静に向きあう術を学ぶことができる」「未来への挑戦!」と書かれています。

 

さらに、カバー裏表紙の下部には「生きる希望は歴史にあり!」として、「感染症拡大で起きたデマや差別にどう対応してきたのか」「日本の天平の大疫病の時に行われた復興政策とは」「ヨーロッパを何度も苦しめペストは、社会構造を大きく変えた」「死の前では貴族も農民も平等。感染症流行が社会構造を変えた」「米ソが手を取り合って天然痘根絶へ」と書かれています。

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第1章 シルクロードが運んだ病原菌

コラム●カミュの不条理小説『ペスト』

第2章 世界史をつくった感染症――天然痘

コラム●「ミイラ」の作り方
コラム●『女の平和』はこの頃書かれた
コラム●伝染病と香辛料

第3章 世界を震え上がらせた感染症――ペスト

コラム●感染症と差別的行動
コラム●「万有引力の法則」の発見とペスト
コラム●ルネサンスを理解するために
コラム●ボッカチオの『デカメロン

第4章 感染症が世界を変えた――日本編

コラム●銅は山口県から、金は宮城県から
コラム●鄧小平の「正三請負制」
コラム●仏像の楽しみ方

第5章 世界大戦の終結を早めた「スペイン風邪

コラム●原因が不明だったので名付けられた病気

第6章 人類の反撃始まる

第7章 今も続く感染症との戦い

「おわりに」
「参考文献」



「はじめに」では、「歴史から見えてくる感染症と人間のあり方」として、以下の対話が展開されます。

池上 どうやったら対処できるかわからないことが多い新しいウイルスが蔓延している、こういう世界の状況下で争っている場合ではないですよね。世界中が一致団結して、ウイルスと戦わなければなりません。感染症によって戦争が収まったり、戦争していたために感染症が広がってしまったりという歴史があります。そういった過去に今、私たちは学ぶ必要があります。 
増田 人間は、なんでも封じ込めることができて、対策を立てれば対応できると勘違いしているところがあると思うんです。でも、こういう新しいウイルスが出てきたときに、人間も自然の一部で無力な部分もあるのだと、謙虚な気持ちで向き合っていく必要があると思います。 
池上 私たちが謙虚な気持ちを持つためのきっかけにすることもできるかもし れません。人類の歴史というのは、感染症に翻弄されてきたわけですよね。私が学生時代に習った世界史では、こういった戦争がありました、あるいは、教会の権威が徐々に落ちましたといった書かれ方をしていることが多いですけれど、その裏には感染症が大きな影響を及ぼしていた。そんなことを知ると、驚くんですよね。単に私の勉強が足りなかっただけかもしれませんけれど(笑)。

 

また、「自然に翻弄されてきた人間を知ることで見えるもの」として、増田氏が「感染症はじめ病気に立ち向かってきたからこそ、宗教の力もヨーロッパでは大きいんです。宗教というよすががないと、日々の生活の中で生きていけなかった」と言えば、池上氏は「困難なことが多いから、どうしても何かに頼りたくなる。例えば、それが日本では、奈良の大仏につながっていくわけだね」と言います。さらに、増田氏が「おもに8世紀、奈良時代の歴史が書いてある『続日本紀』を読んでいくと、ウンカという害虫の発生や不作、凶作といった記述があって、そのたびに元号を変え、都を転々と移すわけです。そうした中、疫病、このときは天然痘の流行があって、聖武天皇が大仏造立を命じました。太刀打ちできない病気が 憂延すると、人は何かよすがを求めて平和を祈ってきたんです」と語れば、池上氏は「『聖書』の中にも、バッタが大量発生したといった話があります。今また、アフリカからパキスタン、そして中国へと大量のバッタが迫っています。人間は常に自然に翻弄されてきたんです」と述べるのでした。



じつは、感染症の歴史に関しては、わたしは多くの本を読みました。それで本書に書かれてある内容も知っていることが多かったのですが、やはり対談本なので、2人の語り口で知識の理解が深まりました。たとえば、第3章「世界を震え上がらせた感染症――ペスト」では、「教会の権威が崩れ、ルネサンスへ」として、以下の対話があります。

増田 結局、ペストの流行によって、宗教の力が及ばないものがあるではないか、という意識を社会が持つことになるわけですよね。
池上 感染症が流行ると、どんなに祈ったところで、バタバタと人が死んでいくわけですから。結局、約2500万人、当時の人口の4分の1くらいが亡くなっているわけです。
増田 そうすると、宗教の権威も下がります。「死の舞踏」という絵があります。この絵には、王様をはじめ、身分の高い人たちが描かれ、その横に死神らしきものや骸骨が描かれています。病気の前には身分も関係なく、平等に倒れてしまう。そんな状況が風刺されています。
池上 一方で、ペストの犠牲者が増え、労働力が減った分、働く人たちの賃金が上がって、お金を手にした人たちは、それで自由を手に入れることも可能になるんですよね。

f:id:shins2m:20200417153029j:plain心ゆたかな社会』(現代書林)

 

その結果、教会の言うことを聞かない者も当然出てきます。増田氏は「教会の権威の失墜によって、もっと人間らしい自然な生活を取り戻そうという思いを持つ人たちが増えるのです。そんな個々の思いや活動が積み重なって、大きな潮流となり、ギリシアやローマ時代の文化を再生、復興しようというルネサンス(フランス語で「再生」)の時代へとつながっていきます」と述べ、池上氏は「ルネサンス感染症から生まれた」ということになるわけですね」と述べるのでした。この発言から、わたしは大きなインスピレーションを与えられました。というのも、100冊目の「一条本」となる『心ゆたかな社会』(現代書林)を6月11日に上梓するのですが、同書では、ポスト・パンデミック時代の社会ビジョンについて書きました。新型コロナが終息すれば、人は人との温もりを求め合います。ホスピタリティ、マインドフルネス、セレモニー、グリーフケアなどのキーワードを駆使して、来るべき「心の社会」を予見したのですが、そのメッセージは要するに感染症の後はルネサンス(再生)の時代が到来するということなのです。本物のルネサンスパンデミックの後に訪れたという史実を知れば、改めて自分の考えを確信することができました。



ルネサンス宗教改革の素地をつくって、プロテスタントが生まれました。その信者が増えていくと、カトリックの側の危機感も高まります。増田氏は「プロテスタントの教えが広がっていくと、自分たちの存在意義を高めないといけないという人たちが出てくるわけです。そんな彼らが対抗措置として行ったのが、世界へ航海して宣教することでした。カトリックの改革運動とも言えます。それが、イエズス会です」と述べます。池上氏は「こうしてカトリックが世界に布教を始めることになり、宣教師たちが南米に感染症を持ち込むことになるわけですね。歴史は本当につながっていますね」と言うのですが、本当に歴史のダイナミズムを実感します。こうやって知識をつなげていけば、歴史の理解も深まりますね。そして、増田氏は「人類の歴史という視点で考えると、感染症が流行ると、その時代の権威が揺さぶられる。そして大きな変化が生まれる。その繰り返しなんです」と述べるのでした。



西洋における感染症の歴史のハイライトが中世ヨーロッパなら、日本では奈良時代が興味深いです。第4章「感染症が世界を変えた――日本編」で、以下の対話が展開されます。

増田 奈良時代に、日本でも天然痘の大流行がありました。8世紀、735年から737年にかけての出来事で、天平の大疫病と呼ばれています。
池上 奈良の東大寺の大仏が疫病対策でつくられたことくらいしか知りません。
増田 聖武天皇は743年、国内の不穏な状況を仏教の力に頼って鎮めようとします。「鎮護国家」という言い方を教科書ではしていますね。精神復興のために大仏をつくることを決め、大仏造立の詔を出します。またそれに先だって741年には、国分寺国分尼寺建立の詔が出されています。
池上 だから東京にも国分寺という地名があるわけだよね。
増田 当時から残っているということですよね。全国にある国分寺国分尼寺が、その際に国ごとにつくられたわけですから。
池上 それほど当時は全国的にひどい状況だったわけですね。



聖武天皇が即位したのは724年です。この頃、旱魃や飢饉が続き、734年には大きな地震が起こり、被害も甚大でした。そんな状況が続く中で疫病が広がったわけですが、この時代の疫病によって政治の中枢にいた藤原武智麻呂、房前、宇合、麻呂の四兄弟も相次いで亡くなり、以下の対話に続きます。

池上 権力争いが続く中で疫病のため、藤原四兄弟は亡くなってしまったと。
増田 そうなんです。その後、740年には、藤原広嗣大宰府で朝廷に反旗を翻し挙兵しますが、鎮圧されています。社会はもちろん、政治も不安定化していて、混乱した時代だったと思うんです。
池上 まさに感染症の流行が政治や社会に大きな影響を与えたわけですね。
増田 そうなんです。飢饉や地震、そして疫病もあった。そういったことが、当時の律令政権が自分たちで国の歴史をまとめた六国史には書いてあるんですね。その中の8世紀末にまとめられた『続日本紀』には、この時代のことが書いてあって、何か悪い出来事があるとその度に元号を変えて、都も転々としていたことがわかります。



第7章「今も続く感染症との戦い」では、「グローバル停戦の呼びかけ」として、国連のアントニオ・グレーテス事務総長の「ウイルスの猛威は、戦争の愚かさを如実に示しています」という発言を紹介します。さらにグレーテス事務総長は「COVID-19対策で歩調を合わせられるよう、敵対する当事者間でゆっくりとでき上がりつつある連合や対話から、着想を得ようではありませんか。しかし、私たちにはそれよりもはるかに大きな取り組みが必要です。それは、戦争という病に終止符を打ち、私たちの世界を荒廃させている疾病と闘うことです。そのためにはまず、あらゆる場所での戦闘を、今すぐに停止しなければなりません。それこそ、私たち人類が現在、これまでにも増して必要としていることなのです」



そして、最後にグレーテス事務総長は「今回の危機の現段階では、決定的な戦いは人類そのものの中で起こる。もしこの感染症の大流行が人間の間の不和と不信を募らせるなら、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう。人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう」と述べるのでした。このグレーテス事務総長の発言に、わたしは深く共感しました。


3月11日、WHOのテドロス事務局長は、新型コロナウイルスの感染の拡大と深刻さ、それに対策のなさに強い懸念を示し、「パンデミックに相当する」と表明しました。いわゆる「パンデミック宣言」です。もちろん憂慮すべき事態ですが、世界中のすべての人々が国家や民族や宗教を超えて、「自分たちは地球に棲む人類の一員なのだ」と自覚する契機になると、わたしは思いました。「宇宙船地球号」とは、アメリカの思想家・デザイナーであるバックミンスター・フラーが提唱した概念・世界観です。地球上の資源の有限性や、資源の適切な使用について語るため、地球を閉じた宇宙船にたとえて使われています。安全保障についても使われることがあり、「各国の民は国という束縛があってもみんな同じ宇宙船地球号の乗組員だから、乗組員(国家間)の争いは望まれない」というように使われます。わたしたちが「宇宙船地球号」の乗組員であることを自覚する、その最大の契機を今回のパンデミック宣言は与えてくれるのではないでしょうか。



今回のパンデミックですが、わたしは新しい世界が生まれる陣痛のような気がします。なぜなら、この問題は国際的協力なくしては対処できないからです。アメリカと中国とか、日本人と韓国人とか、キリスト教イスラム教とか、そんなことを言っている余裕はありません。人類が存続するためには、全地球レベルでの協力が必要とされます。もはや、人類は国家や民族や宗教の違いなどで対立している場合ではないのです。その意味で、「パンデミック宣言」は「宇宙人の襲来」と同じようなものです。新型コロナウイルスも、地球侵略を企むエイリアンも、ともに人類を「ワンチーム」にしてくれる外敵なのですから。よく考えてみると、こんなに人類が一体感を得たことが過去にあったでしょうか。戦争なら戦勝国と敗戦国がある。自然災害なら被災国と支援国がある。しかし、今回のパンデミックは「一蓮托生」ではありませんか。「人類はみな兄弟」という倫理スローガンが史上初めて具現化したという見方もできないでしょうか。

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ワンチームで行こう! 

 

今回のパンデミックを大きな学びとして、人類が地球温暖化をはじめとした地球環境問題、そして長年の悲願である戦争根絶と真剣に向き合うことができることを望むばかりです。人類はこれまでペストや天然痘コレラなどの疫病を克服してきましたが、それは、その時々の共同体内で人々が互いに助け合い、力を合わせてきたからです。韓国と北朝鮮も新型コロナ対策について電話会議を行いましたが、この動きをぜひ世界的に広めなければなりません。あわせて、新型コロナはITの普及によって全世界にもたらされている悪い意味での「万能感」を挫き、人類が自然に対しての畏れや謙虚さを取り戻すことが求められます。このようなポスト・パンデミックのメッセージを、わたしは近刊『心ゆたかな社会』の中で強く訴えました。

 

感染症対人類の世界史 (ポプラ新書)
 

 

2020年5月27日 一条真也