『フランス人は「老い」を愛する』

60歳からを楽しむ生き方 フランス人は「老い」を愛する

 

一条真也です。
9日の夜から、小倉では強い雨が降っています。
10日は春の嵐で、日本各地で強雨や暴風雨になるとか。
ようやく「瀬戸際の2週間」を終えましたが、政府の専門会議では、新型コロナウィルスが長期化する可能性を示唆しました。気の重い日々がまだまだ続きますね。
『フランス人は「老い」を愛する』賀来弓月緒(文響社)を読みました。「60歳からを楽しむ生き方」というサブタイトルがついています。なぜ、この本を読もうと思ったかというと、ブログ「男と女 人生最良の日々」で紹介したフランス映画に登場する高齢者カップルがあまりにもオシャレで魅力的だったので、その秘密を探りたいと考えたのです。



著者は1939年愛知県に生まれ。1960年外交官上級試験合格、1961年名古屋大学法学部卒、外務省入省、英オックスフォード大学大学院留学(外務省在外上級研修員)。本省では、国連局、欧亞局、経済局に勤務。海外は、英国、スイス、ブラジル(2回)、米国(2回)、デンマークタンザニア、イタリア、カナダ、インド(2回)などに勤務。外務省退職後、清泉女子大学非常勤講師、NPO法人アジア近代研究所特別顧問。ローマン・カトリックだそうです。

f:id:shins2m:20200310135100j:plain本書の帯

 

本書の帯には「なぜ、フランスの高齢者は『人生は美しい(La vie est belle)』と口にするのか」「外務省を退職後、フランスのカトリック修道会で介護ボランティアをした著者が伝えたいこと」と書かれています。また、カバー前そでには、「何歳になっても人生を楽しむ!」と書かれています。

f:id:shins2m:20200310135128j:plain本書の帯の裏

 

また、帯の裏には「『笑うこと』『食べること』を愛するフランス人に学ぶ60歳からを楽しむ生き方」として、以下の言葉が並びます。

◎フランス人は規則正しい生活を「美しい」と考える

◎フランス人はお金をかけずにオシャレを楽しむ

◎フランス人はゴシップより政治に興味を持ち、テレビより新聞を好む

◎フランス人は自身の孤独感を認め、友人に話す

◎フランス人は陽の光を浴びながら暮らす

◎フランス人にとってジョークはユーモアでなく「エスプリ(才気)」

◎フランスの高齢者は遠足(バラデ)と巡礼を趣味にする

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第1章 老後を楽しみにするフランス人、
    老後に不安を覚える日本人

第2章 「孤独感」を和らげる
    フランスの高齢者たちの暮らし

第3章 心豊かに生きるフランス人の
    精神性(マンタリテ)

第4章 老いて家族の有り難さを見直す

第5章 老いの試練を受けながらも
    人生を最後まで楽しもう

「おわりに」

 

「はじめに」で、著者は、「私は、フランスのカトリック女子修道会の老人ホームのボランティアをする中で、多くのフランスの高齢者たちとの出会いがありました。その経験を通じて『年を重ねることが私たちの人生を豊かにする』という心境にいたることができました。この本では、フランスの高齢者から教わった『老いを生きる喜び』についてお話ししたいと思います」と述べています。

 

また、フランスには老いを「人生の実りと収穫の秋」と考える文化があるとして、「フランスでは年を重ねても(あるいは年を重ねたからこそ)生き生きと毎日を過ごしている多くの高齢者たちに出会いました。一般的に、フランス人は定年退職や引退を楽しみにして生きています。そして、30代、40代という若い時代、あるいは遅くても50代の初めから、その準備にとりかかります。そのことについても日本との違いを感じました」と述べます。さらに、日本で一般的にイメージされている通り、フランス人には、おしゃれや美食や性愛を、生きるときの大きな喜びと考える国民性があるといいます。そうした楽しみをフランス人は80歳になっても90歳になっても断念しようとはせず、フランスの高齢者たちは人生の最後まで生きることを楽しもうとするそうです。

 

著者いわく、フランス革命の「自由・平等・博愛」の精神に生き、徹底した個人主義者で合理主義者であるフランスの高齢者たちは、自分の境遇を他者のものと比較して、悲観したりやっかみを感じたりはしないといいます。自分よりももっと恵まれない人々のことを常に忘れない心の余裕というか心の優しさがあるからだとして、著者は「『自分の老いを愛する』フランスの高齢者たち。いつまでも自立した人間として生きる幸せを追求し続けるフランスの高齢者たち。その生き方や精神性には、私たち日本の高齢者も、学ぶところが多いのではないでしょうか」と述べるのでした。

 

 

第1章「老後を楽しみにするフランス人、老後に不安を覚える日本人」の冒頭を、「老いは『人生の実りと収穫の秋』」として、著者は以下のように書きだしています。
「フランスの高齢者たちは、よく人生を『一年の四季』にたとえます。ひとは春に生まれ春、夏、秋を生き冬に死ぬという考え方です。そして高齢期を『秋』と考えます。フランスの諺に『老いは熟した果実である』(La vieillesse est un fruit dans samaturite)というものがありますし、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(1920-2005)も高齢期を『人生の実りと収穫の秋』と形容しました。フランスでは、神父や修道女がよくこの言葉を口にしていました」
ちなみに、わたしは『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版社)という本を書きましたが、「人は老いるほど豊かになる」と訴えており、老いは「人生の実りと収穫の秋」という考え方には大賛成です。



フランス人は「La vie est belle(ラ・ヴィ・エ・ベル)」と叫びますが、その言葉に込める思いは、「人生を思い切り楽しもう」「生きる喜びを精一杯享受しよう」「人生を楽しく有意義なものとするために、自分自身で考え、自分独自の道を切り拓こう」というもの。フランスの高齢者は老いを賛美するためにこの言葉を発しますが、同じ精神を表すものとして、世界的に有名なフランスのシャンソン歌手エディット・ピアフ(1915-1963)が歌った『バラ色の人生(La vie en rose)』という有名な曲があります。著者は「『人生は美しい』と『バラ色の人生』には、フランス人の美しく、楽しく生きようという強い思いが込められているといえるでしょう」と述べます。

 

著者は「一般的に、われわれ日本人には『人生を思う存分楽しむという意識がやや希薄』なように感じられます。むろん、『定年後には、思いきり人生を謳歌するのだ』と意気込む現役世代の人は少なくありません。しかし、何かが欠けているような気もします。というのは、このような人たちの叫びには、退職して初めて人生を楽しもうとしていて、“今現在”を楽しく生きることが犠牲にされている悲哀みたいなものが感じられるからです」と述べます。



「自由を生きるフランス人」として、著者は、フランス革命の「自由・平等・博愛」の精神は、フランス人の生き方を支えていることを指摘します。フランス人は徹底した合理主義者、個人主義者だといわれていますが、彼らは自由に考え、自由に行動し、自由に生きようとします。しかしながら、著者は「フランス人は個人主義者ですが、利己主義者でも孤立主義者でもありません。フランス人は博愛主義者として社会の弱者の痛みを感じることができ、そうした人たちを支援するために行動しようとします。フランスの人たちはそういう生き方が自分自身の人生を充実させ、幸福にすると信じているのです」とも述べています。

 

フランス人たちの定年後までに準備に言及しながら、①貯蓄、②健康、③趣味・活動、④家族・友人、⑤感受性というカテゴリに分けて定年後の生活のためのスムーズな準備を考察しますが、特に興味深いのは③趣味・活動でした。著者は、「私の出会ったフランスの高齢者たちは、現役時代から、できるだけ多くの趣味を持ち、多くの活動に参加するよう心掛けていたといっていました。どんな趣味・活動かといえば、例えば、音楽や絵画の鑑賞、チェス、旅行、スポーツ、社会奉仕などです。そして、現役時代が終わりに近づく時期には、定年退職後の予想される生活環境(例えば、金銭的余裕など)に合わせて、趣味や活動の範囲を絞り込んだり優先順位を変更したりするのです」と述べています。

 

続けて、著者は以下のように述べます。
「趣味は、個人で楽しむだけでなく、地域コミュニティの同じ趣味を持つ人々の団体に所属できるというメリットもあるでしょう。そうすることで、高齢期にありがちな孤独感を和らげることができるのです。フランスの高齢者たちの間には、老いを共に楽しく生きることができる新たな友人を得ることを主要な目的にして、優先的な趣味を決めている人が多かったように思います」

 

次に、⑤感受性が興味深かったです。著者は、「若いときに怠けている者は年をとってから苦労する」というフランスの諺を紹介し、「特に私が大事にしてほしいと思うのは、日常生活の『当たり前のことがら』『小さなこと』の中に生きる喜びを見いだせる感受性を養うことです。死ぬまで海外旅行を大いに楽しみたいなどと意気込んでいても(可能であればもちろんそれも大変素晴らしいことですが)、体力と精神力は確実に衰えていきます。経済的余裕も次第に無くなっていくかもしれません。そのときに、いかに自分の身の回りの小さな出来事や自然をどれだけ楽しめるかが非常に重要になってくるのです」と述べます。

 

第2章「『孤独感』を和らげるフランスの高齢者たちの暮らし」では、「フランスの高齢者たちは孤独にどう向き合っているのか」として、著者は「孤独に対して不安を抱く気持ちは、日本人であれフランス人であれ、基本的には同じだと思います」と述べます。しかし、日仏では大きく違う点もあり、それは、フランスの人々は、孤独を感じるときに、信頼できる他の人に自分の孤独感を率直に口に出して、訴えることができるということだそうです。

 

具体的には、「一緒に老人ホームに入っていた夫が死んで話し相手がいなくなってしまった」「老人ホームには友達といえるような親しい人がひとりもいなくて淋しい」「一人娘は私のことを忘れてしまっている。私は天涯孤独も同然です」「妻が亡くなって非常に淋しい。茶飲み友達程度でもよい、心から愛せる女友達が欲しい」などの例が挙げられています。著者は、「フランスの高齢者たちは人間味に満ちている」と感じたそうです。

 

では、日本の高齢者はどうでしょうか。
自らが高齢者である著者は、以下のように述べます。
「孤独感や寂しさを抱えていても、これを友人や家族に打ち明けることを躊躇する人が多いのではないでしょうか。それどころか、『毎日が充実していて、楽しくて仕方がない』というふりをする人も少なくないようです。日本人の『恥の精神』からくるもの、あるいは、『他の人に心配をかけたくないという気持ちの表れ』かもしれません。自分の孤独感を率直に認めて、他人にそれを伝えて心の支えを求める勇気が必要なのではないでしょうか」

 

第3章「心豊かに生きるフランス人の精神性(マンタリテ)」では、「笑い」に注目します。「フランス人にとってのジョークは『エスプリ(才気)』である」として、「笑いは、医学的にも高齢者の自立生活機能の維持に大きく寄与すると考えられています。フランスのレンヌの老人ホームのある神父は、寂しげであまり笑わない高齢者たちのことをいつも心配していました。高齢者が必要としているのは『無邪気な心から自然に湧きでるおおらかな笑いだ。そのような笑いは、他の人に向けられるときには、その人に対する優しさや愛情表現そのものになる』と、この神父は始終力説していました」と述べられています。

 

「笑い」だけでなく「恋」も大切な要素です。
「高齢期の性愛をタブー視しない」として、老人ホーム内外の多くのフランスの高齢者たちと交流しながら、著者ははフランスの人たちは死ぬまで恋をしたいと考えていることを知ったそうです。性愛の欲求は死ぬまで続くという著者は、「生きる喜びを感じるのは、『人を愛し、人に愛されている』ことを実感できるときではないでしょうか。そこに、性愛を含めるのはごく自然なことでしょう。友人同士の友情であれ、夫婦愛であれ、配偶者を失ったあとの恋愛であれ、死ぬまで誰かを愛し、誰かに愛されているという心の充実感があれば、高齢期はもっと幸せなものになるに違いありません。フランスの多くの高齢者たちの『性愛に生きる姿勢』を知って、そんな思いを強くしました」と述べています。映画「男と女 人生最良の日々」に登場する元レーサーの老人ジャンの言動を見れば、よくわかりますね。

 

第4章「老いて家族の有り難さを見直す」では、「最後に頼ることができるのは家族」として、フランスの高齢者たちに「定年後の生活に何を求めるか」と聞いたところ、次の3つを挙げる人が多かったそうです。第1に、家族、特に配偶者と一緒に多くの時間を過ごすこと。第2に、日常的に自然の美しさや爽快さに触れながら、生きること。第3に、社会的弱者のために奉仕活動をすること。これらを踏まえて、著者は「人間を最も幸せにするのは、『人を愛し、人に愛されている』という充実感です。その意味で、家族は、愛を与え、愛を得ることができる最も重要な生活の場なのです」と断言しています。

 

愛する人がいれば、必ず別れが訪れます。
「高齢期の死別の悲しみとどう向き合うか」として、著者は「死別の悲しみは、感情を抑制せずに、嘆き、悲しみを表現する方がよいといわれています。しかし、問題は、そもそも高齢者には、死別の悲しみに耐える体力や気力が残っていないということ。打ちひしがれる高齢者の支えになるのは、家族や友人などの存在です。修道会では、そうした喪失感に苛まれる高齢者たちを修道女やボランティアの人々が支えていました」と述べています。

 

第5章「老いの試練を受けながらも人生を最後まで楽しもう」では、「日本の高齢者仲間に伝えたいこと」として、著者は「フランスの高齢者は、『年を重ねたからこそ見える人生の素晴らしい景色がある』ことをよく知っています。いたわり合う老夫婦だけの穏やかな生活、日常生活の小さなこと、周囲の自然の爽快さと美しさ、子どもや孫との家族愛の絆、友人との友愛の絆などの中に、生きている喜びを感じようとします。生きていること自体に感謝する気持ちが強いのです」と述べるのでした。

 

 

「老い」に関する本はこれまでもたくさん読んできましたが、本書は読みやすく、またメッセージが具体的で示唆に富んでいます。世界で最も高齢化が進行する日本の高齢者たちが読むべき名著であると思いました。わたしは、かつて、『老福論』(成甲書房)という著書で「老いの豊かさ」について論じました。そこでは、古代エジプト古代ローマ、古代中国、そして日本の江戸時代などにおけるポジティブな「老い」の思想を紹介したのですが、現代のフランスに「老いの豊かさ」が存在していることに気づきませんでした。なんだか、エディット・ピアフの「バラ色の人生」が無性に聴きたくなってきました。

 

2020年3月10日 一条真也