『世界の幻獣エンサイクロぺディア』 

一条真也です。
43冊目となる「一条真也による一条本」をお届けします。
世界の幻獣エンサイクロぺディア』(講談社)です。
2010年2月7日に刊行された監修書で、永井豪ダイナミックプロの本です。


世界の幻獣エンサイクロぺディア
(2010年2月7日刊行)

 

カバー表紙には永井豪先生による幻獣のイラストが描かれ、帯には「No.1幻獣クリエイターのイラストによる決定版『モンスター&化け物』図鑑!」と書かれています。


本書の帯

 

また帯の裏には、「世界と日本の魅惑の幻獣たち108体を各10タイプにカテゴライズし徹底解説!!」「【世界編】ドラゴン/ユニコーンケンタウロス/グール/マーメイド/サタン/ウィッチ/ヴァンパイア/ビースト/アンドロイド【日本編】龍/鬼/天狗/河童/人魚/狐/狸/猫/蛇/幽霊」と書かれています。この分類は、わたしが考えました。


本書の帯の裏

 

カバー前そでには、「幻獣とは何か――」として、こう書かれています。
仮説(1)、人間の想像力が生み出した存在
仮説(2)、未発見の実在する生き物
仮説(3)、この世界ではなく異界に実在するもの
仮説(4)、人間の無意識の願望が生み出したもの

 

本書の「目次」は、以下のようになっています。
はじめに「一点の闇から幻獣は生まれる」(永井豪
プロローグ「幻獣が世界を豊かにする」(一条真也

【Part1・・・世界編】

1 ドラゴン

●ドラゴン:史上最強の幻獣
       若い美女を生贄に捧げ、惨禍を逃れる
       サタンに見立てられた中世のドラゴン
●エキドナ:半人半蛇の怪物たちの母
       近親相姦もはばからない魔性の女怪物
ネッシー:史上最大の未確認生物
        恐竜の生き残りか!?
●ラミア:子供を襲う半人半蛇の美女
          ゼウスの妻ヘラに憎まれたリビアの女王
テュポーン:巨神族最大最強の怪物
        至高神ゼウスに一度は完勝
●ナーガ:インドの不死身の蛇神
        悪魔や半神も恐れる猛毒を操る
ヒドラ(ビュドラー):不死身の超エリート多頭龍
        斬れば斬るほど首が増殖する
        猛毒に悩まされた英雄ヘラクレス
●サラマンダー:炎を纏った小さなドラゴン
        中世ヨーロッパでは炎を消す幻獣

2 ユニコーン

ユニコーン:純潔を象徴する一角獣
        誤訳から生まれた凛々しい白馬の幻獣
           弱点は処女の純潔
●カンフュール:アフリカのユニコーン
        後ろ足に水かきのある水陸両棲生物
麒麟:獣たちの王である東洋の一角獣
        多色に彩られた美しい身体
        英雄の時代にあらわれる聖獣
●バフォメット:角の生えた山羊の悪魔
        サバトの魔術師たちは尾の下の顔に接吻
オナガー:嫉妬深いロバの一角獣
           さまよえるユダヤの民を救った幻獣
●アマルティア:ゼウスを育てた一角獣
         豊饒の角をもつ牝山羊

3 ケンタウロス

ケンタウロス:優劣激しい半人半馬の種族
         花嫁を誘拐した粗暴なケンタウロス
         英雄ヘラクレスらの教育係となったケイロン
スフィンクス:謎かけを出す人頭獅子聖獣
         王家の墓を護る守護神
         オイディプス伝説を生む怪物に変化
西王母:不老不死の仙薬を司る人面獣
              人面虎歯豹尾の奇獣から仙女に華麗に転身
●ボラク:人面有翼の輝く聖獣
               ムハンマド伝説に記録される
●エンキドウ:守神となった半人半獣
            ギルガメシュの誘惑の罠にかかる
サテュロス:情欲に溺れた山羊の人面獣
            酔ってニンフを追い回す好色家

4 グール

●グール:人肉食で快楽を得る怪人
      言葉巧みに人間を騙して襲う
      臆病で集団の人間を恐れる
●ゴブリン:悪戯好きの小さな妖精
      中世より家に棲みつく邪悪な小鬼となる
ブギーマン:子供をさらう悪の妖精
      アメリカでは無差別殺人に及ぶ殺人鬼
●ワイト:王家のミイラの怪物
      人間の生気を吸い取る悪霊
●スキュラ:毒薬で怪物に化けたニンフ
      シチリアの船乗りに恐れられた怪物
●マミー:怨霊魂の入ったミイラ
      エジプトを震撼させたマミーの祟り
サイクロプス:手先の器用な1つ目の巨人
      優れた技能を取り上げられ、悪鬼となる

5 マーメイド

●人魚(マーメイド):半人半魚の恋する乙女
        美しい唄声で男を誘惑するセイレン
        人間に恋する人魚の悲恋物語
●ネレイデス:超美人の海のアイドル
        泳ぎが上手なために人魚に変身
トリトンセイレンの男性版
        法螺貝で海を自由に操る
●グラウコス:ニンフに嫌われた海神
        不死の薬草を食べてトリトンに変身

6 サタン

●悪魔(サタン):反キリスト教の醜悪な怪物
        キリスト教の聖職者を誘惑堕落させる
        悪魔の記号は“6”
●ベルゼブブ:地獄王国の蠅の王
       サタンの参謀をつとめる
●デーモン:地獄の使い魔
       人間や動物の姿をした無数の邪悪な悪霊
●スケルトン:墓場から甦った骸骨
       血肉がないコンプレックスから人間を襲う
インキュバスサキュバス:性的に誘惑する夢魔
       女性の夢を犯して悪魔の子を産ませる
ガーゴイル:教会の屋根の魔物像
       聖職者に退治された怪物が、魔除けとして普及
オーディン:戦死者を集める北欧の死神
       キリスト教到来とともに悪魔になる
●リッチ:アンデッドの魔術師
          聖句箱に魂を隠し、不老不死を手に入れる
●インプ:悪魔化した意地悪な妖精
          親切をよそおって悪事を働く

7 ウィッチ

●魔女(ウィッチ):地獄の女魔法使い
      箒に乗って悪魔の秘密集会サバトに出席
      数百万人が抹殺された魔女裁判
メデューサ:怪物三姉妹の末娘
      女神アテナの不興を買って醜い怪物に
      メデューサの血から天馬ペガサスが生まれる
●ヘカテ:冥界の魔法の女神
      死者たちの王女となった怪物
●ヤクシー:仏教と敵対する悪魔的魔女
      邪悪で執念深い性格の美女
バルキリー:戦場の空を駆けめぐる魔女
      怪物から美しい女神へ華麗に転身

8 ヴァンパイア   

●吸血鬼(ヴァンパイア):生き血で生き延びる不死の怪物
              魔女に代わりヨーロッパを震撼させた悪魔
              血を嗜好する吸血鬼現象は事実!?
●ドラキュラ:吸血鬼の代名詞となった伯爵
         毎晩、吸血鬼となって人々を襲う老伯爵
         モデルは15世紀のヴラド串刺し公
●マハー・カーラ(大黒天):吸血鬼と化するインドの神
         人々に薬を与える代わりに血と肉を奪う
●ダーキニー:髑髏杯で血を啜る吸血神
         全裸で踊りながら血を味わう妖しい美女
●ネラプシ:全生物をターゲットとする吸血鬼
           教会の塔から見下ろし獲物を物色
●ストリガ:島の姿をした女吸血鬼
           寝ている幼児の血を啜る

9 ビースト   

●狼男:夜中に変身する肉食獣
     サバトに出席する魔女の乗り物になる
     狼男は実在する!?
●雪男:ヒマラヤの巨大怪物
     次々と発見される雪上の巨大足跡
ミノタウロス:不義の牛頭の怪神
     牡牛に欲情した王妃から生まれる
     自らの生贄によって殺される
キョンシー:中国のミイラの妖怪
     永遠に腐敗しないが、身体は硬い
●ゾンビ:黒魔術が復活させた亡者
     夜の農場でひたすら働かされる奴隷

10 アンドロイド

フランケンシュタインのモンスター:
     医学生が甦らせた死体の怪物
     超人的に強いが、繊細な感情の持ち主でもある
     退屈しのぎに書いた怪奇小説から生まれる
●ゴーレム:生命を得た泥人形
     人間に従い単純労働を行う
     聖句の紙をそのままにすると夜中に凶暴化する
グレムリン:機械文明の時代に生まれた妖精
     精密機械の誤作動はグレムリンの仕業だった!?
        もとは機械好きの善良な妖精
●未来怪人:放射能による変異人間
     2071年の未来人を軍隊のように襲う

【Part2・・・日本編】

1 龍

●龍:東洋の獣の長
     中国の龍の三停九似の思想を受け継ぐ
     庶民的な龍となった近世
●鐘ヶ淵の龍:鐘を鳴らす水辺の龍
        金属に弱い龍の伝説
●明神池の龍:祟りをもたらす池の龍
      全国的に伝わる明神池の龍
●九頭竜:疫病や水難から救う守護神
      もとは水害を起こす1つ頭の竜だった
●応龍:両翼を備えた善龍
      鷲と交わって生まれた龍
●蛟龍:風雨を起こす邪神
      水の霊でありながら退治された怪物

2 鬼

●鬼:褌姿の地獄の死者
    怨念をもつ死者の魂の化身
    地獄思想によってカラフルな肌に
●牛鬼:水から生まれた野蛮な妖怪
    赤児を抱く濡れ女とともに出現
    江戸の牛鬼は娼婦だった!?
●生剥:囲炉裏から生まれた鬼
    毎年1日だけは里で暴れることが許される
●鬼(物の怪):姿のない怪しい鬼
    幽魂としての鬼のルーツ
酒呑童子:15の目をもつ鬼の大将
    毒入り酒を飲まされ退治される
●餓鬼:餓鬼道に堕ちた者の怨霊
    やせ細り腹だけが膨れた醜怪な姿に

3 天狗

●天狗:空を飛ぶ山の守護神
     大陸に由来する謎の飛行生物
     仏法の引き立て役となっていた
●女天狗:尼が化けた天狗
     優美な女性の姿で世俗にまぎれる
烏天狗:半人半鳥の天狗
     人間に負けることもある
     子供にやさしい烏天狗
●鼻高天狗:最高の神通力をもつ大天狗
      おごり高ぶって鼻高になった
鞍馬山僧正坊:日本最大の大天狗
      人類救済のため金星からやってきた?

4 河童

●河童:水棲の妖怪の代表
     江戸時代に定着した河童伝説
     皿の水が干上がると力を失う
●川男:背の高い水の精
     河童とは異なる川の生物
●川赤子:川岸に棲む子供の妖怪
     赤児のような鳴き声を出す
●海童:海に棲む河童
     群れをなして海辺に出現

5 人魚

●人魚:中国発祥の妖魚
     人魚とされていた山椒魚
     西欧よりもグロテスクな和製人魚
●海坊主:人間を襲う海の怪物
     海の生物を誤認していた
     船人を死の世界に誘い込む船幽霊
●磯女:波打ち際の女殺人鬼
     長い髪で海に引きずり込む
●海女房:身投げした女房の化身
     海の半魚人となった女房たち

6 狐  

●来つ寝:美女に化ける獣
      妻となって賢い子供を生む
      犬に吠えられて本性をあらわす
狐の嫁入り:夜間に長く続く灯火が出現
      狐が吐いた息が光っている?
●小刑部狐:天守閣にあらわれる狐神
      宮本武蔵も見た小刑部姫となった狐
●九尾の狐:金色の狐の妖怪
      尾の増殖によって妖怪化
●おさき狐:尾の先が裂けた家憑き狐
      家も繁盛するが、狐も繁殖して群がる

7 狸

●狸:化け上手な動物
    中国の恐ろしい山猫が由来
    物や人間に化けて人を騙すのが好き
●鵺:無気味な鳴き声の合成怪獣
    虎鶫を指していた言葉
    正体を明らかにした鵺退治伝説
茂林寺の狸:幻影を見せる狸
    僧として7代の住職に仕える
●狢:狸と同一視される動物
   『日本書紀』にも登場した日本古来の狸

8 猫

●猫又:年老いて妖怪化した猫
     人間のように言葉を理解し、二足歩行も可能
     7~8人もの人を食べる
●山猫:野生化した大型猫
     40~50年生きると獰猛になる
●人語を話す猫:しゃべる寺の飼い猫
     人間の錯覚から生まれた?
     猫も10年生きると人語を話す
●化け猫:猫の怨念の化身
     猫又とは異種の猫の妖怪
     息子を殺された母の復讐心を託された化け猫
●猫檀家:和尚想いの猫
     棺桶を吊り上げて怪猫を演じる

9 蛇

ヤマタノオロチ:8つの頭をもつ大蛇
      スサノオ神による退治伝説
      鉄の産出地の征服話だった!?
●野槌蛇:槌の形をした幻の蛇
      草原の守護神から生まれた
      僧侶が野槌に変化
●七歩蛇:猛毒をもつ小さな龍型蛇
      咬まれれば七歩の命
●濡れ女:人面蛇身の女妖怪
      深山の川で長い髪を洗っている

10 幽霊

●お岩:憤死をとげた妻の怨霊
     非情の夫に殺される
●雪女:妖艶な雪の怪異
     雪の精か女の霊、それとも月世界の姫
     男を腑抜けにする美しい雪の怪
人面犬:現代のスフィンクス
     遺伝子実験の失敗作?
●ろくろ首:寝ている間に首が遊離
     ろくろ首の証は首の横皺か紫筋
     発祥は中国・東南アジアの“飛頭蛮
口裂け女:昭和の学童が恐れた怪女
     子供たちの口を包丁で切り裂く
「参考文献」

 

講談社創立100周年記念出版の1冊として出版される本書の監修を務めることになりました。ファンタジー本における小生の監修テーマも、神々・聖人・魔人・怪人・聖地・幻想世界・天国・地獄と続いて、ついに「幻獣」に行き着きました。パートナーは、なんと、永井豪とダイナミック・プロ!
いわずとしれた、わが国コミックの最高傑作のひとつ「デビルマン」を生み出した最強の幻獣クリエイターです。本書の表紙は永井先生自身が描かれ、本書に登場する多くの幻獣のイラストもダイナミック・プロの精鋭陣が描いています。


ドラゴン

ユニコーン

 

わたし自身、小学生の頃から「デビルマン」の大ファンでしたので、憧れの「永井豪」の隣に「一条真也」の名前が並ぶとは、本当に夢のようでした。
いま、ファンタジー、アニメ、ゲームなどで昔ながらの幻獣が大量に復活し、大活躍しています。きっと、現実世界が無味乾燥で退屈きわまりないからかもしれません。そう、幻獣とは世界を豊かにする存在なのです。


スフィンクス

グール

 

幻獣とは何か。その正体について、わたしは4つの仮説を立ててみました。第1の仮説は、幻獣とは人間の想像力が生み出した存在であるということ。人間の想像力は限りないゆえ、当然ながらそこから生まれる幻想の生きものの数も無限のはずです。かのホルへ・ルイス・ボルヘスは『幻獣辞典』の序文において、現実の動物園に対して、神話伝説の動物園に行くことを読者にすすめています。ライオンのいる動物園ではなく、スフィンクスケンタウロスのいる動物園へと誘っているのです。


マーメイド

悪魔(サタン)

 

この第二の動物園の動物数は第一のそれをはるかに上回るといいます。なぜなら、幻獣とは現実の生きものの部分を結びつけたものにほかならず、順列の可能性が無限に近いからだというのです。たしかに、ケンタウロスとは馬と人間が合体したものであり、ミノタウロスは雄牛と人間が融合したもの。その他にも、ライオンの胴にワシの頭と爪をつけたグリュプスとか、鳥とヘビを組み合わせたバシリスクとか、山羊と魚がくっついたカプリコルヌスなどという幻獣もいたらしい。いずれも、古代ギリシャ人や古代ローマ人から伝わったヨーロッパではおなじみの幻獣です。考えてみれば、あの悪魔だって、山羊の角、カメレオンの胴、コーモリの羽根などを備えています。


メデューサ

吸血鬼(ヴァンパイア)

 

しかし、人類の想像力が生んだ最強最大の融合動物は、なんといっても龍でしょう。龍の角はシカ、顔はラクダ、翼はワシ、爪はタカ、手の平はトラ、そして体はワニや蛇です。神聖なものとして崇拝される動物を「トーテム」と呼びますが、龍は多くのトーテムが合体した霊獣なのです。龍というシンボルは世界的に広い適合性を持ち、異なる文明融合の橋渡しをしたようです。東洋の龍が水の精であったのに対して、西洋のドラゴンが火の精と化したことも興味深いですね。


狼男

グレムリン

 

しかし、幻獣は人間の想像上の産物だけとは限りません。第2の仮説として、幻獣とは未発見の実在する生き物という考え方があります。 ヨーロッパにおいて、スフィンクスケンタウロスといった架空の生きものたちは、なんと18世紀の後半まで現実の動物たちと一緒に各種の『博物誌』に登場していました。ということは、多くのヨーロッパ人たちはこれらの幻獣が現実に存在するものと考えていたのでしょう。実際に、サイなどは伝説の一角獣と重ねあわせて見られたといいます。




牛鬼

 

東洋においては、象や麒麟などの幻獣とされてきたものが、実在のゾウ、キリンとして発見され、大騒ぎになった例もあります。日本でも、河童を目撃したという人がたくさんいます。日本で未確認動物のことをUMAといいますが、河童こそ典型的なUMAだと考える人は多いです。
また、化け物の正体が人間であった可能性も否定しきれません。河童とは平家の落人、あるいは川辺の民、鬼は山の民、天狗は鼻が高く体の大きい西洋人など、その意外な正体説には大いに説得力があると思います。


烏天狗

河童

 

第3の仮説として、幻獣はこの世界ではなく異界において実在するという考え方があります。宮沢賢治の童話や詩は、その強烈な幻想性で知られています。じつは彼自身が異界を覗くことができた神秘家であった可能性が強いとされているのです。さまざまな場所で賢治が鬼神を目撃したという証言も多いです。あるときは、窓の外を指さしながら「あの森の神様はあまり良くない、村人を悩まして困る」と知人に語ったといいます。日本民俗学の父である柳田國男は、妖怪とは神の落ちぶれた姿であると述べました。驚くべきことに、賢治には「神」と「妖怪」の区別がついたようです。


海女房

刑部狐

 

また賢治は「さまざまな眼に見えまた見えない生物の種がある」と詩に書き残しています。生物には、見える生物と見えない生物の2種類があるというのです。後者こそ幻獣でしょう。
賢治だけではありません。ヨーロッパにおいても、スウェデンボルグには天使が見えましたし、ウィリアム・ブレイクには妖精が見えたといいます。賢治は地元の人々から「狐つき」などと言われ気味悪がられたこともあったようですが、どうやら神秘家たちには、異界の生物、すなわち幻獣を見る力が備わっていたようです。ということは、幻獣とは単なる想像上の生き物ではなく、異界という別の次元に実在しているのかもしれません。この宇宙は、わたしたちの住む宇宙だけではなく、多くの次元から成り立つ多次元宇宙(マルチ・ユニバース)なのだという説を連想してしまいます。




猫又

 

そして第4の仮説は、幻獣とは人間の無意識の願望が生み出したというものです。第1の想像力仮説とは違います。想像力はあくまで意識的なものですが、これは無意識のうちに幻獣を生み出すという人間の心のメカ二ズムに根ざしています。現代において最大の幻獣といえば、やはりネス湖の怪獣「ネッシー」が思い浮かびます。ナショナル・ジオグラフィックの制作する「サイエンス・ワールド」という番組でネッシーが取り上げられたことがあります。わたしは、市販されているそのDVDを観たことがありますが、非常にショックを受け、深く考えさせられました。


濡れ女

ろくろ首

 

1933年に初めて写真撮影されてから、多くの目撃証言が寄せられ、写真や映像が公開されてきたネッシー。最初の写真はトリックだったと明らかになり、その他の写真や映像もほとんどは、流木の誤認をはじめ、ボートの航跡、動物や魚の波跡などであったといいます。その正体についても、巨大ウナギやバルチックチョウザメ、あるいは無脊椎軟体生物などの仮説が生まれました。今のところ、どの説も決定打とはなっていません。


ネッシー

 

しかし、そんなことよりも、わたしは番組内で行なわれた1つの実験に目が釘付けになりました。それは、ネス湖に棒切れを1本放り込んで、湖に漂わせておくというものです。それから、ネス湖を訪れた観光客たちにそれを遠くから見せるのです。その結果は、驚くべきことに、じつに多くの人々が棒を指さして「ネッシーだ!」と興奮して叫んだのでした。わざわざネス湖にやって来るぐらいですから、ネッシーを見たいと願っていた人々も、その実在を信じていた人々も多かったでしょう。そして現実の結果として、彼らの目には棒切れが怪獣の頭に映ったのです。



人間とは、見たいもの、あるいは自分が信じるものを見てしまう生きものなのです。幻獣も興味深いですが、それを見てしまう人間のほうがずっと面白いと思いました。ネッシーを見たのと同じメカ二ズムで、かつてドラゴンや人魚や河童や天狗を見てしまった人間は多いはず。いや、幻獣だけではありません。神や聖人や奇跡など、すべての信仰の対象について当てはまることではないでしょうか。きっと、人間の心は退屈で無味乾燥な世界には耐えられないのでしょう。そんな乾いた世界に潤いを与えるために、幻獣を必要とするのではないでしょうか。



いま、ファンタジー、アニメ、ゲームなどで昔ながらの幻獣が大量に復活し、大活躍しています。きっと、現実の世界が乾いていて、つまらないせいでしょう。海外の幻獣は「モンスター」と呼び、日本の幻獣は「化け物」と呼ぶのがしっくりくるかもしれません。いずれにせよ、人間が生きていく上には幻獣の存在が欠かせないようです。
そう、幻獣が世界を豊かにするのです。プロローグの最後に、わたしは「さあ、それでは、世界のモンスターや日本の化け物が一堂に会した最高に贅沢で妖しき競演を心ゆくまでお楽しみあれ!」と書きました。

 

世界の幻獣エンサイクロペディア

世界の幻獣エンサイクロペディア

 

 

2019年12月2日 一条真也