「アド・アストラ」

一条真也です。
荒れ狂う台風17号が一過した23日の夜、映画「アド・アストラ」を観ました。ネットでの評価が非常に低くて気になりましたが、実際に観てみると、なかなか興味深い内容でした。こういう大人向けのハードSF映画を「駄作」と決めつける人は、「スターウォーズ」とか「スタートレック」といった子ども向けのソフトSF映画の見過ぎでは?



ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
ブラッド・ピットトミー・リー・ジョーンズが共演したスペースアドベンチャー。地球外知的生命体を探求する父親に憧れて宇宙飛行士になった息子が、父の謎を探る。『エヴァの告白』などのジェームズ・グレイが監督を務め、『ラビング 愛という名前のふたり』などのルース・ネッガをはじめ、リヴ・タイラードナルド・サザーランドらが出演」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「地球外知的生命体探求に尽力した父(トミー・リー・ジョーンズ)の背中を見て育ったロイ・マクブライド(ブラッド・ピット)は、父と同じ宇宙飛行士の道に進むが、尊敬する父は地球外生命体の探索船に乗り込んだ16年後に消息を絶つ。あるとき、父は生きていると告げられ、父が太陽系を滅亡させる力がある実験“リマ計画”に関係していたことも知る」

 

この映画の主演はブラッド・ピットですが、彼はブログ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で紹介した現在日本で公開中の映画にもレオナルド・ディカプリオとW主演を務めています。もう何度も書いていますが、 ブログ「誕生日には同級生のことを考える」でも紹介したように、ブラッド・ピットとわたしは同い年です。ちなみにジョニー・デップも同い年で、トム・クルーズが1歳上、キアヌ・リーヴスが1歳下です。「だから、どうした?」と言われても困るのですが、なんとなく同年代の彼らには親近感をおぼえ、彼らが出演する映画はなるべく観るようにしています。「アド・アストラ」での彼は常に冷静沈着で、華はないものの、大人の男性の魅力が溢れていました。彼が演じるロイは孤独な男ですが、宇宙空間ほど孤独が似合う場所はありません。彼はたった1人で海王星を目指すことになりますが、1人で宇宙を旅する映画というのはこれまで観たことがありません。「太平洋ひとりぼっち」どころではない「宇宙ひとりぼっち」です。究極の孤独ですね。

 

ネットでの低評価にもかかわらず、わたしが敢えて「アド・アストラ」を観た理由には、同級生のピット君の応援という目的もありましたが、これまで宇宙をテーマをしたSF映画は(「スターウォーズ」とか「スタートレック」といった子ども向け映画は別にして)必ず観てきたということもありました。「アド・アストラ」を観ていると、これまでにスクリーンを彩った多くの宇宙を舞台にしたSF映画の名作を連想します。そのあたりを、映画評論家の高森郁哉氏は「映画.com」で、「監督らが発言しているように、本作の筋は、父を探索する旅の展開を含む古代ギリシア叙事詩オデュッセイア』と、その影響を受けた『2001年宇宙の旅』や『地獄の黙示録』の流れをくむ」と述べています。

 

さらに高森氏は、「衛星軌道上での重大事故で幕を開ける『ゼロ・グラビティ』、地球を救うミッションに旅立つ『サンシャイン 2057』、引退した高齢宇宙飛行士が駆り出される『スペース・カウボーイ』(ジョーンズとドナルド・サザーランドが今作で再共演)、海王星で消息を絶った宇宙船の救助に向かう『イベント・ホライゾン』、宇宙空間に隔てられた親子がメッセージを伝えようとする『インターステラー』等々、宇宙を舞台にしたハードSF映画を想起させる要素が満載」とも述べています。わたしは、ここに挙げられた映画をすべて観ていますが、特にブログ「ゼロ・グラビティ」で紹介した映画の影響を強く感じました。ともに、宇宙空間での絶体絶命の状況の中からいかにして地球に生還するかをドラマティックに描いています。

 

「アド・アストラ」では、宇宙旅行のシーンがリアルでした。地球から月へ行くロケットの内装などは旅客機のファーストクラスみたいで、興味深かったです。また、月のステーションの描写なども、「将来、月旅行が実現したら、本当にこんな感じになるんだろうな」と思いましたね。国境のない月面で、資源を目当てにした国際紛争が起きているというのも現実感がありました。ちょうど1年前の2018年9月、米国企業が民間人を乗せて月を周回する計画を発表しました。最初の搭乗者は日本人実業家で、最近、ZOZOの社長を退任した前澤友作さんになることが分かりました。アメリカの宇宙ベンチャー企業が計画した人類初の月旅行は2023年に出発する予定だそうですが、現在、アメリカ、ロシア、中国そして日本の会社が次々と宇宙旅行ビジネスに参入しています。

 

くだんの月旅行ですが、1人数千万円の費用にもかかわらず、応募者は後を絶たないようです。宇宙ビジネスの市場は10年で倍増し、今や35兆円に達しています。わたしも、「狂」がつくほどの月好きですので、なんとか生きているうちに月に行きたい、できれば月で死にたいと思っているのですが、なにぶん前澤さんのようにお金がないのがつらいところであります。ところで、「アド・アストラ」でのロイは、月から火星まで19日間、火星から海王星まで79日間をかけて目的地に辿り着きます。この日数というのは、昔の船旅みたいなイメージでしょうか。船では死者が出ると、遺体を海に流しますが、この映画でも宇宙船で亡くなった船長の遺体を宇宙空間へ放出するシーンがありました。これぞ、本物の「宇宙葬」ですね。



ロイは、宇宙で失踪した父を探すために海王星に向かうのですが、その父を演じたのがトミー・リー・ジョーンズなのは、ちょっと違和感がありました。失踪した父は地球外生命体の探索中に失踪したということですが、ジョーンズの正体が宇宙人であることは、缶コーヒーのBOSSのCMによって日本人なら誰でも知っています。(笑)
冗談はさておき、くだんのCMでコミカルな印象の強いジョーンズがスクリーンに登場すると、どうしても日本の観客がストーリーを追う邪魔になる気がしました。また、ネタバレに注意しながら書きますと、ロイが苦労して父と対面するシーンがショボかったですね。あれだけ引っ張って期待を高めておいて、最後はガクッといった感じです。

 

キネマの神様 (文春文庫)

キネマの神様 (文春文庫)

 

 

「アド・アストラ」のテーマとして「父性」を挙げることができますが、もともと、アメリカ映画の本質とは父親を描くことにあります。ブログ『キネマの神様』で紹介した原田マハ氏の小説に登場する日米の映画ブロガーのやりとりでも、この点が最大の焦点となります。「フィールド・オブ・ドリームス」をはじめとしたアメリカ映画から「父親」というメインテーマを論じる日本人のゴウに対して、恐ろしいくらいに映画を知り尽くしているアメリカ人ローズ・バッドは、「どうやら君たち日本人は、我々アメリカ人の心の奥に柔らかく生えているもっとも敏感で繊細な『父性への憧れ』という綿毛を逆撫でするのが趣味らしい」と書き込みます。



そして、その正体を知れば映画関係者なら誰でも驚くというローズ・バッドは、アメリカ映画の本質について、以下のように述べるのでした。
アメリカにおける父性の問題は、しばしば製作者の大いなるコンプレックスとしてスクリーンに現れることがある。スティーブン・スピルバーグにとっても、長いあいだ関心を寄せるテーマのひとつだった。彼は、『フィールド・オブ・ドリームス』と同年に公開された『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』においてすら、このやっかいなお題目を取り上げようとした。後年になってからも、『ターミナル』でその片鱗が垣間見られる。トム・ハンクス演じる主人公がなんとしてもアメリカにやってこなければならなかったのは、父親が固執するジャズメンのサインを手にするためという、なんとも荒唐無稽で馬鹿げた理由だった。アメリカ人でもない男が、父親のためにすべてを賭けてアメリカに入国するという理由を捻出したあたり、スピルバーグの父性への執着が垣間見られて滑稽ですらある。ちなみにティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』の製作にも『父と息子の和解』を求めてスピルバーグは触手を伸ばしたともいう。『父性』のテーマには大監督すらおろおろと落ち着かなくなってしまうものなのだ」
(文春文庫『キネマの神様』p.198~199)

 

エイリアン──科学者たちが語る地球外生命

エイリアン──科学者たちが語る地球外生命

 

 

さて、トミー・リー・ジョーンズ演じるロイの父親は、地球外知的生命体を探求し続けてきましたが、海王星まで来ても、その証拠を見つけることができませんでした。それでも、彼は「必ず、この宇宙に知的生命体は存在する」と確信しており、ロイに向かって「2人で探そう」と呼びかけるのでした。ちょうど今、わたしは『エイリアン 科学者たちが語る知的生命体』ジム・アル=カリーリ著、斉藤隆央訳(紀伊国屋書店)という本を読んでいるので、とても興味深く感じました。同書では、「『エイリアン』は、もはやSFではない!」ということで、天文学、宇宙物理学、生化学、遺伝学、神経科学、心理学などの各分野を代表する20人の科学者や著作家が、地球外生命の定義、存在するための条件と可能性、その姿などを具体的、現実的に検討しています。地球上の生命の起源や、太陽系内外の星々の生命居住可能性(ハビタビリティ)を探り、最先端の探査方法を紹介する内容です。極限環境に棲む微生物から、人類を超越する無機質な知性体にまで考えをめぐらせ、SF小説や映画も切り口として多角的な視点で地球外生命をとらえています。



わたし自身は、この広大な宇宙に意識を持った存在が地球にしか存在しないというのは、あまりにも奇跡的であり、おそらく宇宙には隣人がいるのではないかと思っています。そういえば、今月20日、米国海軍がUFOの存在を公式に認めたという驚くべきニュースが入ってきました。米海軍は、過去15年間に同軍の操縦士が撮影した飛行物体を「未確認航空現象(UAP)」と分類し、調査していることをようやく認めたというのです。折しも同じ20日には、ネバダ州の機密軍事施設「エリア51」にUFO愛好家が集結するイベントが計画されました。フェイスブックでの参加呼びかけに、約200万人が参加を表明したそうです。エリア51は空軍の実験場や訓練場として使われていますが、立ち入りが厳しく制限されているために「UFOや宇宙人の秘密が隠されている」という噂が絶えません。「アド・アストラ」の日本公開の日である9月20日にこんなニュースが流れたというのも面白いですね。

 

2019年9月24日 一条真也