吉本興業社長の会見に思う

一条真也です。
23日、東京に来ました。諸々の打ち合わせがあるのと、翌24日は全冠協主催の講演会が「ホテル・ベルクラシック東京」で開かれ、そこで講演します。26日、互助会保証の監査役会と取締役会に参加してから、北九州に戻ります。
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「日刊スポーツ」2019年7月23日号

 

さて、ブログ「宮迫&亮の会見に思う」で紹介した「雨上がり決死隊」の宮迫博之と「ロンドンブーツ1号2号田村亮が都内で開いた謝罪会見を受けて、22日に吉本興業の岡本昭彦社長が5時間30分を超える会見を行いました。それまでの闇営業問題から「吉本興業の内部事情」に世間の関心がすり替わった感があります。もちろん、わたしは長い会見を全部は見ていませんが、その主要部分を見て、いろいろと思ったことがあります。
まず、話題的に参議院選挙を殺してしまったこと。選挙の前日に宮迫&亮会見、翌日に吉本興業社長会見と、「わざとかいな!」と言いたくなるほどの見事なサンドイッチ殺法でした。国政選挙よりもお笑い界のスキャンダルを優先して取り上げるテレビ局も情けないですが、それを夢中で観る日本人に対しても「大丈夫か?」「もっと大事なことあるよ!」と言いたくなりますね。まあ、わたしもその1人ですが・・・。

 

政治とお笑いといえば、最近の吉本興業は官邸とベッタリです。ブログ「『桜を見る会』に参加しました」で紹介したように、今年4月13日、わたしは新宿御苑を訪れ、安倍総理主催の「桜を見る会」に参加しました。春の風物詩と言える行事ですが、参加している吉本芸人のあまりの多さに驚きました。同月、安倍首相は大阪市中央区にある吉本のお笑い劇場「なんばグランド花月」の舞台に現役首相として初登壇。6月6日には吉本芸人と官邸で面会するなど、「蜜月ぶり」をアピールしています。

 

第2次安倍政権発足後の13年に設立された官民ファンド「クールジャパン機構」(東京)も吉本と深い関係にあります。政府が約586億円出資する機構は14年と18年の2回、計22億円を吉本が関わる事業へ出資。さらには吉本などが参画した新会社が手掛ける「教育コンテンツ等を国内外に発信する国産プラットフォーム事業」へ最大100億円も出資するといいます。こういったこともあって、岡本社長も「俺は特別な人間や」という特権意識のようなものを持っているのでしょうか? 

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「スポーツ報知」2019年7月23日号

 

それにしても、岡本社長の会見は「?」でした。
「涙には涙を」とでも思ったのか、会見中に声を詰まらせたり、ハンカチで目を拭いたりといった行為は御愛嬌としても、5時間30分とは長すぎますよ。危機管理広報コンサルティング会社「エイレックス」の江良俊郎社長は、「長時間の会見だったが、かえって企業イメージを損ない、傷口を広げてしまった印象だ」と感想を述べています。宮迫&亮の会見は、闇営業からブラック企業問題に論点をすり替えることに成功したので作戦勝ちだと言えますが、一方の岡本社長の会見は「策士、策に溺れる」というか、作戦が完全に裏目に出たようですね。だいたい、「時間無制限」って、バーリ・トゥードの試合に挑むグレイシー一族じゃあるまいし!(苦笑)

 

その長い長い会見で、岡本社長の誠意が示せたかというと、まったく逆でした。「テープ回してないだろうな」という発言は冗談のつもり、「連帯責任で全員クビ」は身内感覚で発言、などと釈明しましたが、こんなこと誰が納得するでしょうか。自らのいじめを苦にして相手が自殺したら、「冗談だったのに」と言い訳するいじめっ子と同じではないですか。また、「笑い」を言い訳に使うところもダメですね。お笑い会社の社長でありながら、お笑いを冒涜しています。わたしが、嫌がらせで誰かの葬式ごっこをするのと同じことですよ。もちろん、わたしはそんな馬鹿なことはしませんし、葬儀という営みを何よりも大切に思っています。明日の全冠協での公演では、「葬祭業ほど素晴らしい仕事はない」ことを訴えるつもりです。

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「スポーツ報知」2019年7月23日号 

 

岡本社長の会見での発言内容に対して、吉本の芸人たちは猛反発しました。「極楽とんぼ」の加藤浩次などは、「会長も社長も辞めないなら、自分が辞める」とまで言っています。「ハリセンボン」の近藤春菜も会見を振り返り、「世間にこういう社長なんだと。芸人がなぜ声をあげていたかっていうことが、この会見を見て頂ければ分かったと思うんです。一般の方、見ている方に託す部分もありますけれど。それが伝わったっていうのは、この会見をやって良かったことだと思います」と述べていますし、岡本社長と大崎洋会長が減俸50パーセントを1年続ける処分には「正直、痛くもかゆくもないと思うんです」と言いました。

 

加藤浩次近藤春菜だけでなく、友近千原せいじ・・・さらには他にも吉本興行の現体制を批判する吉本芸人は多いです。それにしても、これだけ、所属タレントが会社の悪口を言う芸能事務所というのも前代未聞でしょう。元SMAPの「新しい風」の3人も、ジャニーズ事務所の批判など一切口にしないで退所していきました。
もはや吉本興業は、選手が脱退し続けた昭和の新日本プロレス大山倍達総裁の死後に分裂を繰り返した極真会館でも見られなかったほどの前代未聞の内部崩壊組織ではないでしょうか。ちなみに、大崎会長も岡本社長もダウンタウンのマネージャー出身だそうですが、岡本社長は会見で松本人志のことを「松本さん」と呼んでいました。社長と所属芸人の立場が逆ですが、新生UWFでいえば、松本人志前田日明、岡本社長が神社長みたいな存在なのかもしれませんね。

 

 

岡本社長の会見は、一部では、日大アメフト部の危険タックル会見以来の「失敗会見」と言われているそうです。たしかに、5時間30分に及ぶ長い長い会見で、岡本社長は語るべきことを語らなかったように思います。日常的にも、部下を恫喝したり、くだらない冗談を言うばかりで、大したことは語ってこなかったのでしょう。ソフィアバンク代表の田坂広志氏によれば、経営者の究極の役割とは、力に満ちた言葉、すなわち「言霊」を語ることであるといいます。社員の心を励ます言葉。マネジャーの胸を打つ言葉。経営幹部の腹に響く言葉。顧客の気持ちを惹きつける言葉。そうした言霊の数々を語ることこそ、経営者の役割なのです。

 

孟子 全訳注 (講談社学術文庫)

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孟子は、「吾れ言を知る」と言いました。
そして、その「言」を4つ挙げています。
1つは、ひ辞。偏った言葉。概念的・論理的に自分の都合のいいようにつける理屈。2つ目は、淫辞。淫は物事に執念深く耽溺することで、何でもかんでも理屈をつけて押し通そうとすることである。3つ目は、邪辞。よこしまな言葉、よこしまな心からつける理屈。4つ目は、遁辞。逃げ口上である。つまり、これら4つの言葉は、リーダーとして決して言ってはならない言葉なのです。

 

 

では、リーダーは何を言うべきか。それは、真実です。拙著『孔子とドラッカー新装版』(三五館)でも述べましたが、リーダーは第一線に出て、部下たちが間違った情報に引きずられないように、真実を語らなければなりません。部下たちに適切な情報を与えないでおくと、リーダーが望むのとは正反対の方向へ彼らを導くことにもなります。そして説得力のあるメッセージは、リーダーへの信頼の上に築かれます。信頼はリーダーに無条件に与えられるわけではありません。それはリーダーが自ら勝ち取るものであり、頭を使い、心を込めて、語りかけ、実行してみせることによって手に入れるものなのです。

 

ハートフル・カンパニー―サンレーグループの志と挑戦

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信頼できるリーダーとは、組織の利害の最も良き体現者であることを身をもって示し、自分は部下たちへの奉仕者だと考えます。そして、部下たちの成功を願って、彼らが必要とするものを与えます。こうした上司は、自らの評価は部下の1人ひとり、あるいは部門全体が成し遂げた成果によって決まると知っています。だから、部下の1人ひとりや部門に対する厚い支援を惜しまないのです。信頼できるリーダーのメッセージには説得力があると言われます。この説得力のレベルは、リーダー個人の資質にもよりますが、そのリーダーが組織でどれほどの地位を占めているかにもよります。またそれは、組織の健康状態の指標でもあります。組織の健康はリーダーの大切な資質の1つである「コミュニケーション力」から作られるからです。リーダーが人々を引っ張っていく根本は、コミュニケーション力にあるのです。

 

ホスピタリティ・カンパニー

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リーダーにふさわしいコミュニケーション力は、組織の価値観や文化に根ざしています。そして、社員、顧客、株主にメディアに至るまで組織に関わる人々にとって意義のあるメッセージから生み出されます。それには、組織の理念と使命と変革への意志が込められていなければなりません。リーダーのメッセージは、部下とのあいだに信頼関係を打ち立てるために発揮されます。その内容には次の4つの要素が備わっている必要があります。まず、意義です。人材、生産性、商品など、組織の現在と未来に関わる大きな課題について言及されていること。次に、価値観。組織の理念としてのビジョン、なすべき使命としてのミッション、それに文化が盛り込まれていること。3つ目は、首尾一貫性。言行が一致していること。そして4つ目は、メリハリ。一定の規則をもって語られることです。

 

ミッショナリー・カンパニー

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説得力のあるメッセージは、リーダーシップを発揮することで生み出されます。それは、リーダー個人の資質だけでなく、組織の価値観を体現しています。その組織がどれだけ開かれているか、まとまりがあるか、透明度が高いかなど、すなわち、組織文化・組織風土の表れでもあるのです。ドラッカーも言うように、リーダーのコミュニケーション力は、情報を伝えることよりも、ある組織文化のなかでの一体感、親近感を生み出すために役立ちます。最後に、リーダーは部下に向けて、さまざまな場で繰り返しメッセージを語り、リーダーが何を期待し、組織が何を望み、それに対して部下は何をすべきかの理解を求めるべきです。そうすれば、リーダーと部下たちは相互理解に基づいた連帯感をつくり上げ、相互信頼によって一丸となり、組織のゴールをめざすことができるでしょう。今回の岡本社長の会見から、わたしはリーダーの使命というものを再確認することができました。その意味では、岡本社長に感謝したいと思います。

 

2019年7月23日 一条真也