世の中に何も迹を残さず、名も残さずに終わりたい(熊沢蕃山)

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一条真也です。
言葉は、人生を変え得る力を持っています。
今回の名言は、江戸時代の陽明学者・熊沢蕃山の言葉です。
彼は、「自分は世の中に何も迹を残さず、名も残さずに終わりたいものだ」と述べました。これは一見、志を持たない者の寂しい人生を示す言葉のように思えます。
しかし、この言葉の持つメッセージを誰よりも理解し、また高く評価した人物がいました。昭和の陽明学者である安岡正篤です。

 

 

何を為すか、何をしたかということと、彼はどういう人間か、如何にあるかということとは別である。運に恵まれなければ、また本人が欲しなければ、本質的に立派な人でも、別に何もしないで終わることもある。そのように考えていた安岡正篤陽明学の先達である蕃山の「自分は世の中に何も迹を残さず、名も残さずに終わりたいものだ」という晩年の言葉に大いに共鳴したそうです。人間はつまらぬ者や、ピントの外れた者から褒められたり、持ち上げられたりしても、少しも嬉しくない。むしろ迷惑である。世間には苦笑いをするような褒め方をする人もよくいるが、かえって嫌なもの。蕃山のような賢人になると、誹られても、褒められても、さぞかしつまらなかったことだろうと、安岡は推測します。「如何に善を為すか」ということは案外当てにならぬものであり、大事なことはやはり「自分はどういう人間であるか」ということなのだというのです。

 

 

それを明らかにすることを「明明徳」(明徳を明らかにする)と言います。蕃山はそれに気がついていました。今まで自分で自分がわからなかった。人生や宇宙というものがまったく暗黒であった。しかし、たまたま学問をすることによって、ちょうど朝の陽光がさして万象が現われてくるのと同じように、蕃山は初めてはっと眼を開いたのです。これが彼の学問の始まりであり、またその追及が彼の生涯の学問でした。

 

すなわち蕃山は明徳の学問を行ったのです。そしてこの明徳の学において、江戸の当時最も活発で、真実・純真なものを陽明学に見出し、またその学問の偉大な人を中江藤樹において発見したのです。中国の明代に生まれた王陽明の学問は、別名「心学」と呼ばれます。あくまでも「知」を求めた朱子学に対して、「知行合一」を高らかに唱えた陽明の学問こそ「智」そのものに向かっていたと言えるでしょう。

 

日本に入ってからは、中江藤樹、熊沢蕃山をはじめ、山鹿素行、「忠臣蔵」で有名な浅野内匠頭長直、大石内蔵助良雄、さらには大塩平八郎、春日潜庵、河井継之助玉木文之進吉田松陰西郷隆盛乃木希典といった巨大な精神の山脈を作りあげていきました。数多くの宰相や大実業家を指導した昭和の碩学安岡正篤もこの山脈に位置します。なお、今回の熊沢蕃山の名言は、『孔子とドラッカー新装版』(三五館)にも登場します。

 

 

2019年2月28日 一条真也