「ファントム・スレッド」

一条真也です。
意識が朦朧とする中、このブログ記事を書いています。じつは、現在のわたしの体調は最悪です。扁桃炎で高熱が出てしまったのです。そのまま東京に出張しましたが、鼻がふさがったまま飛行機に乗ったため、耳も痛くなりました。さらには免疫力の低下で帯状疱疹になりました。まったく、トホホです。西新橋での業界の会議を終えたわたしは薬を服用し、赤坂見附のホテルでしばらく休んでから夕食を取りました。その後もホテルで静養していましたが、ふと思い立って夜更けに銀座へ向かいました。シネスイッチ銀座で上映されている映画「ファントム・スレッド」を観るためです。


けっして気まぐれの映画鑑賞ではありません。この映画、イギリスのロイヤル・ウエディングドレスを作る天才仕立て屋の物語で、英国式のシヴィル・ウエディング(人前結婚式)のシーンもあり、ブライダルビジネスのヒントが満載という評判を聞いていたのです。しかも、地方では上映されない単館系の作品です。これは、なんとしてでも観るしかありません。わたしは、伊達や酔狂で映画を観に行くのではないのです。というわけで、病身ながらマスク姿で銀座まで行ったものの、「ファントム・スレッド」はかの「アイズ ワイド シャット」もビックリの妄想的迷宮映画で、観ていてクラクラしてきました。


ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソン監督とダニエル・デイ=ルイスが再び組んだドラマ。1950年代の英国ファッション界で活躍するオートクチュールの仕立屋と、若きウエイトレスとの愛の軌跡を描く。ダニエルは裁縫師のもとでおよそ1年間衣装作りを学んでから撮影に臨んだ。『コロニア』などのヴィッキー・クリープス、『家族の庭』などのレスリー・マンヴィルらが共演。音楽をレディオヘッドジョニー・グリーンウッドが担当している」



また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「1950年代のロンドン。仕立屋のレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、英国ファッション界で名の知れた存在だった。ある日、ウエイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会った彼は、彼女をミューズとしてファッションの世界に引き入れる。しかし、アルマの存在が規則正しかったレイノルズの日常を変えていく」


本当は映画など観ないでゆっくり体を休めるべきだったのかもしれませんが、翌29日はわたしにとって大切なイベントがあり、なんとか明日の夜までには元気を取り戻したかったのです。それで荒療治ではありませんが、映画鑑賞でもすれば普段のリズムを回復できるのではないかと思った次第です。まあ、薬を服用しているので少しは体調が復活したように思えます。
アカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞した「ファントム・スレッド」には50着もの映画オリジナル・ドレスが登場しますが、どれもエレガントで素晴らしいものでした。わが社の衣装部門のスタッフたちにも見せたかったです。


現地時間5月19日にウィンザー城のセントジョージ礼拝堂で行われたヘンリー王子とメーガン・マークルのロイヤル・ウェディングが世界中の注目を浴びました。もともとウェディングドレスそのものがイギリスの発明であるとされていますが、花嫁メーガン・マークルの着たドレスも素晴らしかったですね。「ファントム・スレッド」の主人公も、各国の王室のプリンセスたちが着るウェディングドレスを仕立てる男です。主演のダニエル・デイ=ルイスは本作の役作りのため、1年間ニューヨークの裁縫師のもとでドレス作りを勉強し、実際に作れるまでになったといいます。また、デイ=ルイスが参考にしたブランドはバレンシアガだとか。


名優ダニエル・デイ=ルイスは1957年イギリス生まれですが、アカデミー主演男優賞を3回受賞している唯一の俳優として知られます。受賞作は「マイ・レフトフット」(1989年)、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)、「リンカーン」(2012年)ですが、特に「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」での演技は、イギリスを代表する映画雑誌である「Total Film」2012年4月号の特集企画「映画史に残る演技ベスト200」で見事3位に輝きました。ちなみに、1位は「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソン、2位は「レイジング・ブル」のロバート・デ・ニーロでした。すごいですね!


ヒロインのアルマを演じたヴィッキー・クリープスですが、がさつなウエイトレスを演じていた最初のあたりは器量も良くなかったのに、天才仕立屋のミューズになってからは、どんどん美しくなっていって驚きました。ちょっとユマ・サーマンに似ていますが、日本人女優なら綾瀬はるかといったイメージでしょうか。もっともクリープス演じるアルマのがさつな性格は直らず、特に音を立てながら朝食を取る不作法に、レイノルズは苛立つのでした。


男女というものは、いくら相手の容姿が気に入っていても、相手の所作が不快であれば大きなストレスとなるのです。ましてや、結婚相手が不作法者となれば、とても許せるものではないでしょう。それを乗り越える映画がオードリー・ヘップバーン主演のミュージカル映画の名作「マイ・フェア・レディ」(1964年)なのですが・・・・・・。
結婚といえば、「ファントム・スレッド」を観ると、結婚するのが怖くなります。いわば究極の反「婚活」映画と言えるかもしれません。ネタバレになるので詳しいことは書きませんが、甘いラブストーリーであるとか、「マイ・フェア・レディ」みたいなハッピーエンドのシンデレラ・ストーリーとか能天気に思っていたら、ものの見事に裏切られます。


監督のアンダーソンはミステリー映画の傑作「レベッカ」(1940年)を念頭に置きながら本作を製作したと語っています。デュ・モーリア原作の「レベッカ」は、裕福な英国人と結婚したものの、事故死したという前妻レベッカの影に後妻がおびえる物語です。よく考えたら、これも「結婚するのが怖くなる」映画ですね。もっとも「レベッカ」は妻になるのが怖くなる話ですが、「ファントム・スレッド」は夫になるのが怖くなる話です。それから、「ファントム・スレッド」はもはやミステリーというよりもホラーの領域に入っているかもしれません。わたしは病身ゆえに意識を朦朧とさせながらこの映画を観たのですが、それはまるで毒を盛られたかのような感覚であり、ある意味でこの怪作を観るのに最高のシチュエーションだったように思います。



2018年5月29日 一条真也