ザルツカンマーグート視察  

一条真也です。
全互協の創立45周年事業「中欧における冠婚葬祭事情視察研修2018」に参加しています。11日、ザルツブルグを視察した後、ザルツカンマーグートを訪れました。現地では船でザンクト・ヴォルフガングからザンクト・ギルデンに渡りました。


ザルツカンマーグート

ザンクト・ヴォルフガングの船着き場

いざ、ザンクト・ギルデンへ!

白馬の館を望む



ザルツカンマーグートは、オーバーエスターライヒ州ザルツブルク州にまたがるオーストリアの観光地です。ザルツブルク市の東方に位置します。ザルツカンマーグートというのは「塩の御料地」の意味であり、かつてこの地方の価値ある塩鉱がハプスブルク帝国の帝国直轄地だったことに由来しています。


船に乗り込みました

船上から見た景色

船上から見た景色

物想いに耽りました



Wikipedia「ザルツカンマーグート」の「概要」には以下のように書かれています。
「多くの山や湖に恵まれていることから、ザルツカンマーグートでは水上スポーツ、水浴び、ハイキング、ゴルフなど様々なレジャーを楽しむことが出来るうえ、湖畔でのんびりと寛ぐことも出来る。また、バート・イシュル近くでは、高山植物帯であるカトリナルムを目にすることが出来る。
また、ハルシュタット湖周辺は『ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観』として、ユネスコ世界遺産に登録されている。ザルツカンマーグート地方の代表的な郷土料理は、甘いパンケーキであるカイザーシュマーレン、ドーナツの一種であるクラップフェン、あるいはレープクーフェンなどである」


モーツァルトの母の生家

外壁にはモーツァルトの母(右)と姉(左)の肖像画が・・・

モーツァルトの母の生家の近くにある市庁舎

市庁舎の前には少年モーツァルト銅像が・・・

少年モーツァルト銅像の前で♪

教会の中で・・・



また、Wikipedia「ザルツカンマーグート」の「歴史と観光」には以下のように書かれています。
ザルツカンマーグート地方はオーストリア民俗学と観光産業の発祥の地とされている。19世紀にフランツ・ヨーゼフ1世がバート・イシュルに離宮を建てて以来、ウィーンの貴族たちはザルツカンマーグートに点在する村々に逗留するようになった。やがて貴族たちの間で当地の民族衣装を着て平民に混ざって歌ったり踊ったりして休暇を過ごすことが流行した。ヨハン大公はザルツカンマーグート地方の楽器や音楽を収集するように命じ、それがドイツ語圏での最も早い民俗音楽の収拾事業となった。ザルツカンマーグートの人々は自らの習俗が持つ文化的価値に気付き、上流階級や観光客のために料金をとって芸を見せるようになった。その数は次第に増えていき、公演のグループがいくつも編成された。中でも芸術的に優れたグループはウィーンに招かれオペラの前座などで芸を披露したり、ヨーロッパ全域からアメリカに至る巡業を行った。こうした民俗のプロフェッショナル化や観光化はチロル州などに波及した」


美しい湖水地方として世界的に知られるザルツカンマーグートですが、アルプスの山々と複数の湖から成っています。その自然美もさることながら、カラフルな家々や真っ白な教会が緑と湖に映え、風景がより一層魅力的に目に映ります。モーツァルトのお母さんの故郷ザンクト・ヴォルフガングも有名ですが、なんといっても、モント教会をはじめとする映画「サウンド・オブ・ ミュージック」のロケ地の数々がよく知られています。


映画史上に燦然と輝く名作「サウンド・オブ・ミュージック」は、1965年に公開されたロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画です。リチャード・ロジャース作曲、オスカー・ハマースタイン2世作詞、ハワード・リンゼイラッセル・クラウス脚本による1959年のミュージカルを映画化したもので、20世紀フォックスが配給しました。


「サウンド・オブ・ ミュージック」は、オーストリア出身のマリア・フォン・トラップによる自叙伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』を基にしています。「エーデルワイス」や「私のお気に入り」、「すべての山に登れ」、「ドレミの歌」、表題曲「サウンド・オブ・ミュージック」といった多くの曲がスタンダードとなっています。


船着き場で

バスの中で映画音楽を聴きました♪

ウィ−ン行きの列車が1時間も遅れました

今夜のわが夕食



帰りのバスでは、映画サントラのCDが流され、これらの名曲がバス中に響きました。美しい景色を眺めながら、なつかしいナンバーを聴くのは至福の時間でした。ザルツブルグからウィ−ンへ向かう列車の出発時間が1時間も遅れたので、駅でサラダとサンドイッチを買って夕食にしました。朝の出発時間から計算すると15時間以上のツアーとなり、非常に疲れました。でも、かけがえのない良い思い出となりました。



2018年4月11日 一条真也